学位論文要旨



No 110742
著者(漢字) 楊,坤鋒
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,クンフォン
標題(和) 日本と台湾における農業金融制度の比較分析
標題(洋)
報告番号 110742
報告番号 甲10742
学位授与日 1994.04.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1518号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荏開津,典生
 東京大学 教授 和田,照男
 東京大学 教授 原,洋之介
 東京大学 助教授 藤田,夏樹
 東京大学 助教授 生源寺,真一
内容要旨

 日本と台湾との農業金融制度を比較研究するという考えは,主として次の事情から生じている。日本,台湾各国の農業金融制度に関する研究は,国により差はあるものの,ある程度進められてきており,両国にこける農業金融制度の発展とその特色については,一応明らかにされている。しかしながら,一国における農業金制度,機関の特色,機能が他国のそれとどう異なっているか,またそれはなぜかということになると,一国の研究にとどまらず,両国の研究により比較検討する必要があると考えられる。周知のとおり,台湾の農業金融制度は,戦前日本の農業金融制度に基づいて築かれているが,両国の制度には,ある程度の差があり,一方では失敗し,一方では成功する点もある。その違いは何に基づくのであろうか。これらは究明されるべき課題と考えられる。一国の農業金融制度の事情の記述にとどまらず,他国の事情と対比することによって,その国の特色を一層際立たせることができる。ひいては,その原因の究明まで進むことができると考えられる。

 論文の主要な研究目的は,次のとおりである。

 第一に,両国の農業金融制度の展開と確立を比較,分析し,それぞれの農業金融機関の特殊性,組織,機能等を究明することへの布石とする。

 第二に,日本と台湾における農業金融制度は,政府と農協(農会)に担われ,きわめて,政策的,人為的組織であり,それが,今日の両国が農業金融組織の特徴的なあり方である。これらの点に着目しつつ,両国の組織と機能とのあり方を比較し,両国における農業金融市場の共通性,相違性と特殊性などを究明する。

 第三に,両国は農業金融制度の成功してきた国といわれているが,どのような要因が成功を支えか,それぞれの成功の要因を検証する。

 第四に,以上のように,両国における農業金融制度を比較,分析することを通じて,台湾の農業金融制度に具体的に適切な建言を採ることとする。

 論文の構成については,全体を3部に分け,第1部を「序章と理論」,第2部を「両国の農業金融制度におけるそれぞれの沿革・展開・確立に関する比較分析」,第3部を「戦後,両国の農村金融市場におけるそれぞれの特徴・システム・機能と働きに関する数量的な比較分析」にあてる。第1部の「序章と理論」においては,両国の農業金融制度を比較・分析際に,より深く理解するために,農業金融に関する二つの理論のフレームワークについて述べておいた(第一章)。さらに第2部の「両国の農業金融制度におけるそれぞれの沿革・展開・確立に関する比較分析」においては,日本について,明治時代から,台湾については,日本統治時期から,今日までの農業金融の発展と確立とについて,概説した。そして,それらの歴史的実情の展開の解明において,前第1部で述べた理論が適用かどうかを検証しようとする。

 日本と台湾の特殊農業金融機関の展開は,次の2点で極めて大きな相違がみられる。

 第一に,日本における勧業銀行と農工銀行とその設立については,明治の始めに日本が世界に門戸を開き,資本主義的経済発展のスタートを切った際,西欧先進国の経済水準に急速に追い付くための手段として,経済発展と殖産興業を政策的に促進するということを目的としていた。そのような特殊銀行として農業分野に勧業銀行と農工銀行が設置された。台湾の特殊農業金融機関の設立は,台湾銀行の場合,台湾糖業-日本政府国家権利-台湾銀行の三者一体的な結合を原則として,日本の植民経営=支配と水利灌漑事業を土台に設立されたものであった。

 第二に,産業組合の設立は,日本の場合,すでに1870年代後半の農村の不況の深刻かによって,農民の自己防衛手段として,小農の金融機関としては産業組合方式による非営利性,相互信用的な金融機関の組織と政策が必要であることが強調され,民間からの力で設立されたものである。台湾の場合,当時,類似信用組合の不振のきっかけによって,日本の産業組合を母体として,設立されたものあった。

 また,次の点で両国の特殊農業金融機関の展開は,ほぼ共通する特徴を示している。

 第一に,特殊銀行設立の当初に,両国とも政府の手厚い保護と政府による厳しい監督があった。

 第二に,特殊の制限の性格を持っていた。

 第三に,両国の特殊農業金融機関において,それぞれの制度,組織,法令等がほぼ一致するようになっていた。

 両国の農業金融の確立過程における最大の相違点は,日本での農業金融体系の確立は,戦前に設立された農業金融機関に基づきながら,国民の経済発展における農業,金融情勢が変化する中で,農業金融行政等の諸施策を次第に推進して成し遂げられたのである。台湾においては,植民地時代の遺産である旧日本系農業金融機関と中国大陸から移植された中国農民銀行との両者に基づいて,今日のような農業金融体系の確立を完遂した。

 両国の確立過程で明確的に現れている共通点は,戦時中の日本農協と戦後の台湾農会とは,完全に政府の農業統制機関になりさがったことである。特に,政府の米集荷,戦時(後)食料確保の下請け機構になったことが,日本の農協と台湾の農会との最大の役目であり,また,最大の特徴でもあった。

 戦後両国における農村金融市場の比較分析については,系統金融と制度金融との比較を行う。すなわち,系統金融における組織,根拠法,主管機関,指導・監査,余剰金の配当,系統金融機関の農業貸付の農村金融市場に占める比重,事業範囲および資金の調達と運用などの比較が行われる。制度金融の比較分析については,両国の制度金融の根拠法,専業的政府の農業金融機関の有無,貸出機関の機能,融資方法および農業信用保証(保険)制度などの比較が行われる。特に,両国における各農業金融機関の資金の調達と運用の比較について,次の表に示すものである。

日本と台湾との系統金融資金調達と運用(1989年)
審査要旨

 本論文は,日本と台湾を対象として,農業の成長を支える農業金融の制度・機能・成果について,歴史分析と現状分析の両面から実証的な比較研究を行ったものである。論文は序章と結章を含む全9章から構成されている。

 序章では本研究の意義と方法が述べられている。続く第1章は比較研究のベースとなる理論フレームの提示にあてられており,とくに農村金融市場学派Rural Financial Market Schoolと農業金融構造学派Farm Finance Schoolの学説が詳細に吟味される。農村金融市場学派の検討からは,農村貯蓄動員,実質利子率,取引費用を明示したモデルが実証分析に有効な視点を提供することが示され,金融構造学派の理論からは,非公式的貸手Informal Lenderに交渉上の地位に基づく搾取の可能性が存在することや,公式的貸手Formal Lenderにおける危険回避行動が農業の過小投資に結びつく傾向などが,分析上重要なポイントとして明らかにされている。

 第2章から第4章は両国の農業金融の歴史的展開過程を分析している。

 まず第2章は日本の農業金融の歴史を対象としており,明治期における農村金融市場の二重構造(公式的金融と非公式的金融)の数量的分析に始まり,農民相互金融としての頼母子講・無尽・報徳社の形成過程の分析,農業特殊銀行の設立・変貌過程の分析,のちの農協系統金融につながる産業組合金融の構造分析などが提示される。本章の研究は,主として歴史的資料・文献の詳細な吟味に依拠しており,勧業銀行が1940年代に至ってもなお農業金融機関としての地位を保持していた点など,従来の定説とは異なる興味深い事実が明らかにされている。

 第3章では,日本の植民地時代に台湾銀行・日本勧業銀行(台北支店)・産業組合の3つの農業金融機関としてスタートした台湾の農業金融制度の歴史があとづけられる。3つの農業金融機関に関しては,地主高利貸層との対抗関係における勧業銀行の位置づけや,実質的に信用事業単営組合であった産業組合の不安定性と貯蓄組合への転化など,それぞれの構造的特質が本研究独自の視点から明らかにされる。また,戦後の農業金融制度に関しては,勧業銀行の台湾土地銀行への再編などにみられる戦前との連続性と,中国農民銀行の設立などの不連続性とが詳細に論じられる。さらに,台湾金融制度の特徴である地下銭荘や会(hwci)などの非公式的金融の地位についても,数量的分析が提示される。

 第4章は前2章の分析を両国金融制度の比較の観点から整理している。すなわち,政府の保護・政府の規制・根拠法規の側面から歴史的な共通点が指摘されると同時に,植民地政策の影響や非公式金融のシェアの観点に立って相違点を明らかにしている。

 第5章から第7章は両国の戦後の農村金融市場の構造分析である。

 まず第5章では日本の農村金融の現状が,制度的特徴・与信面のパフォーマンス・農家金融の構造の3つの側面から明らかにされる。農協系統金融と制度金融のシステムと機能が整理されたのち,農村信用の成長率とカバレッジ・資金回収率・貸出コスト・実質利子率などのデータの検討に立って,政府による介入のもとにある日本の農業金融制度が全体として良好なパフォーマンスを残していると評価される。また,近年の農業構造の変化と金融自由化のなかで生じている日本の農村金融市場の変化が,農家レベルとセクターレベルの統計に基づいて整理されている。

 第6章は台湾の農村金融市場の現状分析である。まず,戦前との連続的な側面と不連続な側面とからなる複雑な台湾農業金融制度の構造と機能が整理される。とりわけ中国農民銀行・台湾土地銀行・合作金庫の中央3機関については,業務統計の研究によって,近年の農業貸出金額が,制度上の下限割合を満たしていないことが明らかにされている。さらに本章では,中興大学(台湾)が過去に実施した農村金融に関する農家調査の結果を詳細に分析することによって,農家の金融構造が日本のそれと比較しうるかたちで提示されている。とくに,台湾農業金融においても,最近年になって非公式的金融のシェアが急速に低下するという興味深い事実が摘出される。また,農家貯蓄の動員・貸出成長率・資金延滞率・実質利子率などのデータを検討した結果,台湾の農業金融も比較的よい成果をあげているとの結論が導かれる。

 第7章は前2章の分析を両国の農村金融市場の比較の観点から整理している。制度の詳細に立ち入った比較検討がなされており,とくに台湾の農協金融システムが上部機関を欠いているために生じる資金の過不足と経営の不安定という興味深い問題点が指摘されている。

 第8章は結章であり,研究全体の結論を述べるとともに,本研究がとくに台湾の農業金融制度に対して有する政策的含意について論じている。

 以上を要するに,本論文は日本と台湾の農業金融に関して,豊富なデータ分析に基づいて,歴史・現状の両面について比較研究を行ったものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位に値するものと認めた。

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