学位論文要旨



No 110744
著者(漢字) 矢口,裕之
著者(英字)
著者(カナ) ヤグチ,ヒロユキ
標題(和) 光変調反射分光法による半導体歪ヘテロ構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 110744
報告番号 甲10744
学位授与日 1994.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3235号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 金原,粲
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 助教授 尾鍋,研太郎
内容要旨

 光変調反射分光法は変調分光法の一種で,反射分光を行う際に別の光を変調の励起光として用いて,光を照射したときと照射しないときの反射率の変化のスペクトルを測定する方法である。この方法は他の変調分光法と同様にエネルギー精度及び感度が高く,かつ変調に光を利用することから非破壊・非接触評価法であるという優れた点をもつ。このような特長のある光変調反射分光法を用いて半導体歪ヘテロ構造に関して研究を行った。特に非破壊・非接触であるという特長は歪層を含むヘテロ構造を評価する上で重要である。対象とした系はGaAs/GaAsP歪障壁量子井戸,GaAsP/GaP歪量子井戸,Ge/SiGe歪障壁量子井戸の3つである。いずれの系に対しても光変調反射分光法の特長を十分に活用した研究となっている。本研究で得られた結果は以下のようなものである。

 (1) GaAsP歪ヘテロ構造は従来より多くの研究がなされ,バンドオフセットに関する研究もその重要性から様々な方法で行われてきた。しかしながら,この系が歪系であるにも関わらず,バンドオフセットの歪に対する依存性や混晶組成に対する依存性等は明らかにされていなかった。

 本研究では,光変調反射分光法が最低エネルギーの光学遷移だけでなくより高エネルギーの遷移も観測できるという特長を利用してGaAs/GaAsP歪障壁量子井戸におけるヘテロ界面におけるバンドオフセットの決定を行った。特に,量子数の大きい準位に関する遷移エネルギーはバンドオフセットに対して敏感であるという点と,障壁層のバンドギャップを直接測定できるという点から,正確にバンドオフセットの決定を行う事が可能となった。

 図1にGaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造のバンドラインアップを示す。GaAsP歪障壁層では2軸の引っ張り応力のため,図1に示すように電子-軽い正孔間のバンドギャップの方が電子-重い正孔間のバンドギャップよりも狭くなっている。

図1 GaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造のバンドラインアップ

 図2にGaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造から得られる典型的なスペクトルを示す。n=3の量子準位に対応する光学遷移まで明瞭に観測されている。また歪によって分裂しているGaAsP歪障壁層のバンドギャップに対応する遷移も観測されている。

図2 GaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造の光変調反射分光スペクトル

 光変調反射分光測定及び有効質量近似に基づいた量子準位計算から図3に示すようなバンドオフセットのP組成依存性が得られた。バンドオフセットはP組成x<0.23の範囲でほぼ線形に変化し,伝導帯のバンドオフセット比はQcEc/(Ec+Evh)=0.57±0.05であることがわかった。この値は,従来報告されたものよりもかなり大きいが,他のグループの実験結果も十分に説明できることから信頼性の高いものであると考えられる。

 (2) 直接遷移ギャップが最小エネルギーギャップではない材料系,すなわち間接遷移型の材料系に対しても光変調反射分光法では光学遷移エネルギーを容易に測定できる事を利用して,GaAsP/GaP歪量子井戸及びGe/SiGe歪障壁量子井戸のヘテロ界面におけるバンドオフセットを求めた。

 図4にはGaAsP/GaP歪量子井戸構造におけるバンドラインアップを示してある。GaAsP/GaP歪量子井戸構造においては井戸層が歪層となるために価電子帯の分裂を生じる。一方,Ge/SiGe歪障壁量子井戸構造の場合はGaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造と同様のバンドラインアップになっている。実験の結果,点におけるバンドオフセット比Qc(=Ec/(Ec+Evh))についてGaAsP/GaP歪量子井戸においては0.68±0.1,Ge/SiGe歪障壁量子井戸においては0.68±0.08という値が得られた。図5にGe/SiGe歪障壁量子井戸のバンドミオフセットに関する実験結果を示す。

図表図3 GaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造のヘテロ界面におけるバンドオフセット / 図4 GaAsP/GaP歪量子井戸構造のバンドラインアップ図5 Ge/SiGe歪障壁量子井戸構造のヘテロ界面におけるバンドオフセット

 GaAsP/GaP歪量子井戸については,実験より求められたバンドオフセット比をもとに最小エネルギーギャップを形成しているX点におけるバンドラインアップを検討すると図4に示してあるようにtype-Iであることが結論される。このことは間接ギャップに関するフォトルミネッセンス測定の結果からも裏付けられた。

 (3) ヘテロ界面の平坦性はデバイス特性に関係するために,その検討は不可欠である。光変調反射分光法によって得られる量子準位間の光学遷移の線幅から界面の平坦性について検討を行った結果,Ge/SiGeヘテロ界面においては励起子のBohr半径と同程度の範囲では±1ML程度の凹凸が存在することがわかった。さらに,励起子のBohr半径よりも大きい範囲では10ML程度の高さの段差が存在する事を示す光変調反射分光スペクトルが観測された。

審査要旨

 本論文「光変調反射分光法による半導体歪ヘテロ構造に関する研究」は,半導体歪ヘテロ構造におけるバンド不連続量や界面の平坦性について,光変調反射分光法を用いて明らかにしたものである。半導体歪ヘテロ構造では,従来の格子整合条件下で作製されるヘテロ構造に比べて,材料選択の幅が広がり,かつ歪を意図的に導入することでより自由にバンド構造を変化させられるという利点がある。本研究では,この歪ヘテロ構造に着目し,主にヘテロ界面におけるバンド不連続量に関する検討を行なっている。バンド不連続量は,デバイス応用上きわめて重要なパラメータであるにもかかわらず,実験的に正確な決定を行なうことは難しく,理論的な予測も困難である。歪ヘテロ構造の場合には,バンド不連続量が歪の大きさに依存するために,一層取り扱いが困難で,実験的にも理論的にも検討が不十分な状況にある。

 そこで,本研究では,光変調反射分光法を用いて歪ヘテロ構造におけるバンド不連続量を明らかにすることを目的としている。この手法はエネルギー精度及び感度が高く,かつ変調に光を利用することから非破壊・非接触評価法であるという優れた点をもつ。特に非破壊・非接触であるという特長は歪ヘテロ構造を評価する上で重要である。

 本論文は以下に示すような全8章から構成されている。

 第1章「序論」では,本研究の背景,目的及び本論文の構成が述べられている。

 第2章「半導体歪ヘテロ構造」では,バンド構造に対する歪の影響を取り扱う変形ポテンシャル理論について述べている。さらに,実験の解析に必要となる歪量子井戸構造における価電子帯サブバンド構造に関する理論的記述を行なっている。

 第3章「光変調反射分光法」では,本研究で用いている光変調反射分光法の原理及び特長について述べている。

 第4章「X線回折による構造解析」では,本研究で量子井戸構造を精密に決定するために用いたX線回折について述べている。特に,X線回折の動力学的理論及び量子井戸の構造解析への適用法に関する記述を行なっている。

 第5章から第7章までは,半導体歪ヘテロ構造におけるバンド不連続量に関する実験結果について述べており,本論文の主要部分となっている。

 第5章「GaAs/GaAsP歪障壁量子井戸構造におけるバンド不連続量」では,GaAs/GaAsPヘテロ界面におけるバンド不連続量の決定に関する実験方法及び結果について述べている。GaAsP歪ヘテロ構造は従来より多くの研究がなされ,バンド不連続量に関する研究もその重要性から様々な方法で行われてきたが,この系が歪系であるにも関わらず,バンド不連続量の歪に対する依存性や混晶組成に対する依存性等は明らかにされていなかった。本研究では,光変調反射分光法が最低エネルギーの光学遷移だけでなく,より高エネルギーの遷移も観測できるという点を利用して,GaAs/GaAsP歪障壁量子井戸におけるヘテロ界面におけるバンド不連続量の決定を行っている。特に,量子数の大きい準位に関する遷移エネルギーはバンド不連続量に対して敏感であるという点と,障壁層のバンドギャップを直接測定できるという点が,正確にバンド不連続量を決定することを可能としている。光変調反射分光測定及び有効質量近似に基づいた量子準位計算から,バンド不連続量はP組成x<0.23の範囲でほぼ線形に変化し,伝導帯のバンドオフセット比はQc=0.57±0.05であるという結果が得られている。この値は,従来報告されたものよりもかなり大きいが,他のグループの実験結果も十分に説明できることから信頼性の高いものであると考えられる。

 第6章「GaAsP/GaP歪量子井戸構造におけるバンド不連続量」では,光変調反射分光法が,間接遷移型の材料系に対しても点における光学遷移エネルギーを容易に測定できることを利用して,ヘテロ界面におけるバンド不連続量を求めた結果について述べている。実験の結果,点における伝導帯のバンドオフセット比Qc=0.60±0.04という値が得られている。実験より求められたバンドオフセット比をもとに,最小エネルギーギャップを形成しているX点におけるバンドラインアップを検討するとtypeIであることが結論される。このことは間接ギャップに関するフォトルミネッセンス測定の結果からも裏付けられている。

 第7章「Ge/SiGe歪障壁量子井戸構造におけるバンド不連続量及び界面の評価」では,第5章と同様に間接遷移型であるGe/SiGeヘテロ界面の点におけるバンド不連続量を求めた結果について述べている。バンド不連続量はGe組成に対してほぼ線形に変化し,伝導帯のバンドオフセット比0.68±0.08という値が得られている。

 ヘテロ界面の平坦性はデバイス特性に影響するために,その検討は不可欠である。光変調反射分光法によって得られる量子準位間の光学遷移の線幅から界面の平坦性について検討を行うことによって,Ge/SiGeヘテロ界面においては励起子のBohr半径と同程度の範囲では1ML程度の凹凸が存在するという結果が得られている。さらに,励起子のBohr半径よりも大きい範囲では10ML程度の高さの段差が存在する事を示す光変調反射分光スペクトルを観測している。

 第8章「結論」では,本研究の総括を行なっている。

 以上,本論文は,従来検討が不十分であった歪ヘテロ構造におけるバンド不連続量を非破壊・非接触評価法である光変調反射分光法によって明らかにしたものである。また,光変調反射分光法が,本研究で対象とした材料系のみならず他の材料系に対しても,バンド不連続量を決定する標準的な手法となることを示した点も重要である。

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54421