学位論文要旨



No 110745
著者(漢字) 朝倉,俊英
著者(英字)
著者(カナ) アサクラ,トシヒデ
標題(和) 共役系ポリ芳香族を用いる有機薄膜の作製とその物性
標題(洋)
報告番号 110745
報告番号 甲10745
学位授与日 1994.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3236号
研究科 工学系研究科
専攻 工業化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 戸嶋,直樹
 東京大学 教授 斎藤,泰和
 東京大学 助教授 奥原,敏夫
 東京大学 助教授 橋本,和仁
 東京大学 講師 本間,格
内容要旨

 ポリ芳香環化合物は、電子共役系が分子全体に拡っており、一般に耐熱性を有するため、有用な有機電子材料として注目されている。しかし、容易に多量のポリマーが得られる化学的重合法によるものは、その多くが不溶不融のため加工性に問題があり、高分子であることの特長を活かしきれない。電解重合法を用いることで、膜の形で得ることができるが、多量に得るには特別な工夫を必要とする。本研究は、化学的重合法により得たポリ芳香環化合物の低加工性を克服することを目的として行ったものである。第一のアプローチとして、ベンゼン重合体に置換基を導入し、可溶化したトルエン重合体を用い、エンジニアリンクプラスチック(エンプラ)とのブレンド膜を作製し電気伝導性について検討した。第二のアプローチとして、不溶不融のポリマーから、真空蒸着によって薄膜を作製した。3つの異なる方法で合成したポリ-p-フェニレン(PPP)から、真空蒸着法によってそれぞれ薄膜を作製し、得られた薄膜の発光特性を中心に検討した。

1.トルエン重合体(PT)とエンプラとのブレンド膜

 PTはトルエンを塩化アルミニウム、塩化銅(I)で重合させたものを用い、ブレンドするエンプラとしては、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリ(2,6-ジメチルフェニレンオキシド)(PPO)、ポリカーボネート(PC)をそれぞれ用いた。ブレンド膜の作製は、PPSの場合には-ジクロロメタンを、PPO、PCの場合にはクロロホルムを溶媒としてキャスト法で行った。走査電子顕微鏡(SEM)でモルフォロジー観察をし、表面導電率の測定を、非ドープ状態と塩化アンチモン(V)(SbCl5)でドーピングした状態で行った。その結果、まず、PT単独では、極めて不連続な膜しか得られないが、エンプラとのブレンドによって良好な膜が得られることが明らかとなった。ブレンド膜の破断面のモルフォロジーは、PPS、PCの場合には一様であったが、PPOの場合では不規則な形をしていた。表1に、各ポリマーの単独膜およびブレンド膜の非ドープ状態での表面導電率の値を示す。その値は、PCとのブレンド膜の場合が最も高い。エンプラ単独膜とブレンド膜の導電率の比も同様にPCの場合が最も高く5000倍にもなっている。これは、PCのもつアニオン性のカルボキシル基がPTにドーピングに似た状態を作り出したためと考えられる。PPOの場合にブレンド化によって逆に導電性が低下したのは、上述の不規則なモルフォロジーに由来すると考えられる。ドーピング状態での導電率はPPOとのブレンド膜の場合が最も高いが、PPOは長時間ドーピングすることで膜自体が流動化し、形を失う欠点を有する。

表1 ポリマー膜の非ドープ状態での表面導電率に対するブレンドの効果
2.ポリ-p-フェニレン(PPP)薄膜

 蒸着の原料となるPPPは3種類の方法で合成した。ベンゼンを塩化アルミニウム、塩化銅(I)で重合させたものをPPP-K、1,4-ジブロモベンゼンをニッケル錯体触媒でGrignardカップリングさせたものをPPP-Y、ベンゼンを塩化銅(I)/塩化アルミニウム/酸素系触媒で重合させたものをPPP-Tとする。蒸着は、へき開KBr単結晶または無蛍光石英板を基板として、2×10-5Torrで開始した。平均1℃/secの昇温速度で、PPP-T、PPP-Kで680℃、PPP-Yで480℃まで加熱して蒸着した。へき開KBr単結晶上に作製した薄膜についてFT-IR測定を、無蛍光石英板上に作製した薄膜について光吸収、発光および発光励起スペクトル測定を行なった。

 1)PPP薄膜のIRスペクトルと分子量 3種類のPPPを原料として作製した薄膜の、それぞれのIRスペクトルで、PPPの特性吸収帯を観察し、まず、真空蒸着法によってPPPの薄膜を作製できることを確認した。しかし、分子鎖末端に相当する吸収強度は薄膜の方が原料粉末よりも相対的に大きかった。これは、真空蒸着によって分子量が低下することを示している。得られた薄膜が、THFおよびクロロホルムに一部可溶であった事実も、分子量の低下を支持するものである。この分子量の低下は、C-C結合の開裂により進んだと考えられる。

 2)PPP薄膜の光吸収 薄膜の電子スペクトルは、PPP-Yでは、220および288nmにピークが観測された。これに対し、PPP-TとPPP-Kはほとんど同じで、208および332nmにピークが観測され、さらに、332nmより長波長側に肩ピークが認められた。一方、薄膜のクロロホルム可溶部の溶液の電子スペクトルでは、PPP-Yは309nmに1本のピークがあるのに対し、PPP-KおよびPPP-Tでは、それぞれ311および307nmに主ピークが認められる他に、より長波長側にいずれも肩ピークが認められた。

 PPP-Yは、1,4-ジブロモベンゼンより合成されるので、1,4-置換ベンゼン環のみが存在すると考えられ、溶液での309nmのピークは、PPP本来の電子系の光吸収ピークと同定できる。一方、PPP-KおよびPPP-Tの場合には、PPP-Yでも現われた310nm付近の吸収の他に長波長側に肩ピークが見られる。これは、PPP-KおよびPPP-Tがベンゼンの酸化重合によって合成されるため、1,2-フェニレンや、さらに分子内架橋した縮合環構造が形成される可能性があり、このような構造を薄膜内にも含んでいるため、主ピークより長波長側に肩ピークが現われたと考えられる。

 3)PPP薄膜の発光 図1にはPPP薄膜の、図2にはPPP薄膜より調製したクロロホルム溶液の、それぞれ発光および発光励起スペクトルを示す。図1に示す3種の薄膜の発光スペクトルは大きく異なっているように見える。しかし、図2を見ると、薄膜から調製した溶液の発光スペクトルでは、PPP-K(図2b)とPPP-Y(図2c)は極めて類似している。そこで、図1を再び注意深く観察すると、いずれの発光スペクトルにも425、455、490nm付近にピークがあり、その相対強度が異なるだけである。に図1bは図1cと比べて短波長側が再吸収により消光されているとして理解できる。すなわち、PPP-YおよびPPP-K薄膜の発光は、PPP分子のS1-S0の電子遷移に伴う発光であり、S0の振動準位により分裂していると考えられる。これに対し、PPP-T薄膜の発光では、短波長側の3つのピークは同様に理解されるが、605nmのピークはこの考え方では説明できない。PPP-T薄膜より調製した溶液の発光スペクトルも、PPP-YやPPP-Kとは異なり、より長波長の発光ピークが観測されている。この事実は、PPP-T薄膜が、PPP以外の発光種を含んでいることを示している。また、PPP-TとPPP-K薄膜では発光が全く異なるにもかかわらず、その励起スペクトルはほぼ同じであることは、光吸収はPPP分子が担っており、励起PPP分子から異発光種へ励起状態が移行していることを示唆する。しかし、溶液の長波長発光ピークの波長は薄膜の長波長ピークとはかなり異なっており、この異なる発光種が単独で発光しているということでは薄膜の発光は説明できない。従って、この異なる発光種がPPP結晶内に共有結合で取り込まれて、PPPのバンドギャップ間に新たな準位を形成することによってより長波長の発光が観測されるようになると考えられる。

 4)非対称PPP膜の発光PPP-T膜特有の現象として、PPP-T膜の基板近くと基板から離れた部分で異なる発光スペクトルを示すことを見出した。すなわち、図3に示すように、基板近くでは長波長発光が強いが、離れた部分では長波長発光に比べて短波長側のバイブロニック発光の強度が強くなる。この膜を熱処理(N2下、200℃、1時間)すると、バイブロニック発光の強度が低下した。この際の膜表面のモルフォロジー変化をSEMで観察したところ、加熱により結晶が成長していることが観察された。このことから、結晶性が低い部分から短波長のバイブロニック発光が、高い部分から長波長発光が生起すると考えられる。

図表図1 石英板上に作製したPPP薄膜の室温における発光スペクトル(実線)と発光励起スペクトル(破線)。a)PPP-T薄膜(=280nm、=615nm)、b)PPP-K薄膜(=280nm、=488nm)、c)PPP-Y薄膜(=270nm、=425nm)。 / 図2 PPP薄膜のクロロホルム溶液の発光スペクトルと発光励起スペクトル。a)PPP-T薄膜溶液(=300nm、()=380nm、()=465nm)、b)PPP-K薄膜溶液(=305nm、=375nm)、c) PPP-Y薄膜溶液(=305nm、=375nm)。図3 非対称PPP-T薄膜の発光スペクトル(=260nm)。a)励起光を膜表面から入射させた場合、b)励起光を基板側から入射させた場合。
3.ポリチオフェン(PTh)薄膜

 原料ポリマーはビチオフェンをモノマーとして、塩化銅(I)-塩化アルミー酸素系触媒で化学的に合成したものを用いた。真空蒸着操作は、2×10-5Torrで開始し、15℃/minの昇温速度で300〜350℃まで加熱して行なった。その結果、得られた薄膜のIRピークは原料とほぼ一致するが、クロロホルムに対する溶解性は向上することが認められた。これは、PPPと同様に、蒸着により分子量が低下したためと考えられる。電子スペクトルは、薄膜では326nmに、クロロホルム溶液は337nmにピークが観測された。溶液の発光スペクトルでは、434および456nmにピークが観測された。これらの事実から、この薄膜の構成分子の共役長はチオフェン環3つ程度であると評価される。薄膜のCV測定では、Ipa=1.1Vvs.Ag/AgClにピークが現われ、かなり高電位であったことも、この考え方を支持する。しかし、発光では504、600および636nmにピークが観測された。この事実から、共役長が短いにもかかわらず、共役部間の相互作用によってバンド構造を作っていると考えられる。

 以上をまとめると、加工が困難であるポリ芳香族の性質を克服するために、2種の方法で薄膜を作製した。まず、溶媒可溶なトルエン重合体をエンジニアリングプラスチックとブレンドすることで良好な膜を得、興味深い導電率の上昇を発見した。次に、不溶不融のポリ(p-フェニレン)を原料として真空蒸着法により、薄膜を作製しその発光特性について検討した結果、特異的な長波長の発光と非対称性発光を発見し、その機構についての新しい知見を得ることができた。

審査要旨

 本論文は、全6章より構成されている。第1章では本研究の位置付けがなされ、第2章では、キャスト法による共役系ポリ芳香族のポリマーブレンド膜について述べられている。第3-5章では、真空蒸着法による共役系ポリ芳香族の薄膜の作製と物性について述べられている。第6章で全体を総括している。以下に各章を簡潔にまとめる。

 第1章では、研究の背景として、導電性材料としての共役系ポリ芳香族についての研究の歴史について述べている。さらに、共役系ポリ芳香族の問題点について述べ、本研究の位置付けを明らかにしている。

 第2章では、キャスト法による、可溶性トルエン重合体とエンジニアリングプラスチックを用いたポリマーブレンド膜の作製とその物性について検討している。この結果、ポリカーボネートとトルエン重合体のポリマーブレンド膜について、特異的な導電率の向上が起こることを見いだしている。さらに、その機構について、ポリカーボネートのカルボキシル基とトルエン重合体との相互作用を主張している。

 第3章では、3種類の、異なる化学的重合法で合成したポリ(p-フェニレン)(PPP)を原料とした、真空蒸着法による薄膜の作製とその物性について検討している。まず、薄膜の赤外吸収スペクトルを測定し、3種類のPPPのいずれを原料として用いても、真空蒸着法によりPPP薄膜が得られることを明らかにし、その赤外吸収スペクトルおよび可溶性に関する研究から、この蒸着過程で分子量の低下が起こることを主張している。ついで、これらPPP薄膜の発光スペクトルを測定し、原料の種類によって薄膜の発光スペクトルが異なることを明らかにし、薄膜の溶液の発光スペクトルとの比較から、合成時の副生成物の存在が、発光スペクトルの差異を生んでいることを主張している。さらに、薄膜の発光の機構について考察している。

 第4章では、第3章の結果をふまえて、真空蒸着法で作製したPPP薄膜の非対称性について検討している。3種類のPPPのうちの1つを原料とした場合にのみ特異的に、薄膜の表面付近とバルクとの発光スペクトルが異なることを見いだし、薄膜作製後の熱処理あるいは基板温度を変化させて作製した薄膜の、発光および表面モルフォロジーの観察から、非対称性発現の機構について、薄膜の構造と関連付けて新しい考え方を提案している。

 第5章では、化学的重合法で2,2’-ビチオフェンから合成したポリチオフェンを原料とした、真空蒸着法による薄膜の作製とその物性について検討している。その結果、薄膜の発光スペクトルは従来の電解重合法によるものとよく類似しており、電気化学的活性と紫外可視吸収スペクトルについての検討で、電気化学的酸化還元の繰り返しで不可逆的変化が起こることを明らかにし、この変化をポリチオフェンの分子構造と関連付けて考察している。

 第6章では、全体を総括し、本研究結果が共役系ポリ芳香族を用いた薄膜の作製と物性に、従来にない新しく有用な知見を与え、新しい機構による光・電子物性発現を提案している点で意義深いものと結論している。

 本研究は、耐熱性に優れた共役系ポリ芳香族を用いて薄膜を作製し、種々の新しい光・電子物性を明らかにしており、期待する物性を有する高分子薄膜を設計するための指針を与えるものとして、機能性高分子化学、高分子固体物理のみならず、高分子を用いたデバイス作製など応用分野の発展にも寄与するものであり、基礎的、応用的見地から高く評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54422