学位論文要旨



No 110747
著者(漢字) 丁,享斌
著者(英字)
著者(カナ) チョン,ヒョンビン
標題(和) 対流圏大気循環の変動特性に関する研究
標題(洋) Characteristics of variability of the atmospheric circulation in the troposhere
報告番号 110747
報告番号 甲10747
学位授与日 1994.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2815号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松田,佳久
 東京大学 助教授 山形,俊男
 東京大学 助教授 木村,龍治
 東京大学 教授 新田,勍
 東京大学 助教授 高橋,正明
内容要旨 (1)はじめに

 等圧面高度場の時系列データで一週間以内の変動成分を濾過すると、中緯度では東西波数5-6、低緯度では波数1の空間スケールの擾乱が卓越している。中緯度の擾乱は帯状流の不安定によって発生する傾圧不安定波であることはよく知られている。線形理論によれば、その擾乱は基本場の流れによって移流される。一点相関解析によると、現実の大気では擾乱の平均的な移動速度ベクトルの空間分布は気候学的な風場と第一近似的には一致する。しかし、詳しく調べると擾乱の移動速度ベクトルは統計的に赤道方向に伝播する傾向を示す。ここでは、擾乱を発達期、減衰期に分け、それによって移動ベクトルを分類して長周期変動成分の風場と比較した。その結果、発達期と減衰期には有意な差が見られたのでその原因を球面順圧Rossby波の理論を用いて議論する。低緯度で見られる東西波数1の擾乱は中緯度あるいは高緯度まで至る構造を持つ。これをコンポジット解折で明らかにする。その結果、鉛直方向に順圧的な、周期5日の自由振動波(Longuet-Higgins,1968;Madden and Julian,1972;その他)に似た構造が見られた。南半球ではNW-SEの位相の傾きが維持されるので、その原因と意味を線形の球面浅水波方程式(Laplace潮汐方程式)を用いて考察する。

(2)資料

 用いた資料はECMWFの客観解析データのなかで、700,500そして300hPa等圧面高度場である(一部は100,10hPaも解析)。期間は1984-1991の7年間である。

(3)中緯度の総観規模(周期2-7日)擾乱の南北伝播について

 総観規模擾乱を発達期と減衰期に分けて、移動束度ベクトルを調べた。移動速度ベクトルが東西方向と成す角度の頻度分布を分析してみると、発達期には極向きと赤道向きが対称的に分布しているが、減衰期には極向きより赤道向きの頻度が多い。また、地衡風に対しても減衰期には赤道向きにずれる。この傾向は500hPa面とこれより高層では共通に見られる。鉛直構造を調べると、減衰期には発達期より位相の傾きが小さく順圧的になる。即ち、赤道向きの伝播は順圧的なプロセスによって生じる特徽のように見える。それで、球面の非発散順圧モデルを用いて、擾乱の南北位相構造と帯状流のシアに注目して、渦の分散過程を調べた。擾乱がNE-SW(北半球)の位相を持っている時は赤道向きに伝播する。擾乱の伝播速度であるパケット速度を定義して、擾乱の位相と帯状流による依存性を調べた。その結果、南北方向のパケット速度は擾乱の位相の構造によって決まることが分かった。パケット速度に対する帯状流の効果は擾乱の位相によるものに比べて小さい。

(4)東西波数1の擾乱の構造と発生源について

 図(1)は赤道を中心にコンポジットした(2-8dayのフィルターをかけた)東西波数1の構造である。北半球では位相の南北変化がほとんどないが、南半球ではNW-SEの位相の変化が見える。2日前と2日後のコンポジットを比べて見ると、約周期5日で西に進みながら、南半球の高緯度から北向きにエネルギが伝る。即ち、南半球の高緯度に発生源が存在することを示唆する。その原因を探るため、線形の球面浅水波方程式をもって波の強制力に対する応答を調べた。強制力の中心の緯度、強制力の幅、粘性などをパラメータにして数値実験を行った。図(2)は強制力が高緯度(65S)に存在し、幅が10度、粘性が1/10日であるとき得られた結果である。位相が南北に変化しているのは強制力が高緯度にあることが重要であって、エネルギの伝播には強制力の振動数が波の共鳴振動数を中心に幅を持つことが本質的である。

図表図(1):周期2-8日の東西波数1のコンポジット。等値線間隔は2m、負の値は点線で示す。 / 図(2):数値実験の結果。周期3-7日の強制力が65Sにある時。等値線間隔は1m。
(5)結論

 500hPa等圧面高度場の数日周期の変動を訓べると中緯度では総観規模の高低気圧が、低緯度では東西波数1の順圧的な全球的自由振動波が卓越する。減衰期の総観規模擾乱は順圧Rossby波の性質を示し、位相の南北傾きと分散性の関係から、より低緯度に伝播する性質を示す。赤道で相関が最大になる波数1の擾乱は、実は中緯度に最大振幅を持つ波数1、周期5日の全球的順圧自由振動波であって、南半球の高緯度の周期数日の大気変動が励起源になっていることが理論的に示唆される。

審査要旨

 本論文は対流圏の低緯度及び中緯度地方における擾乱の構造と南北伝播の様相を、データ解析と数値実験により研究したものである。

 用いた資料はECMWFの客観解析データの700、500、300hPa等圧面高度場であり、期間は1984-1991年の7年間である。

 本論文の第2章においては、周期約5日で西進する東西波数1の波を研究している。上記のデータを用い、赤道を中心として2-8日のフィルターをかけコンポジットすることにより、このような波が検出された。この波はラプラスの潮汐方程式を満たすノーマル・ロスビー波と考えられるが、既に、Madden and Julian(1972)によって、データ解析から存在が指摘されていた。しかし、本論文はこの波の存在だけでなく、この波が南半球では北西-南東の方向に等位相線が傾いていること、北半球では位相の南北変化がほとんどないことを、明確に示した。この点が、本論文のもたらした重要な知見である。

 南半球における、この位相の傾きは、この波の発生源が南半球の高緯度地方にあることを示唆している。そこで、この波の生成の原因を調べるために、球面上の線型の浅水方程式系を用いて、強制に対する大気の応答を数値的に求めている。その結果、強制力が高緯度(65S)に存在し、用いたダンピングの緩和時間が10日の場合、データ解析の結果と類似の構造の波が再現できることを示した。波の位相が南北に変化するためには、強制力が高緯度にあることが重要であり、さらに、エネルギーの伝播には強制力の振動数が波の共鳴振動数を中心に幅を持つことが重要であることも、数値実験の結果から示された。この数値実験においては、強制力の具体的原因は特定されていないが、時間変動する東西一様流と南極の山岳地形(の波数1の成分)との相互作用が強制力として重要であると推論されている。

 結局、東西波数1のノーマル・ロスビー波の水平構造を初めて明確に検出したのみならず、その励起源についても極めて有力な説を提出したことになる。

 次に、本論文の第3章において、中緯度の統観規模擾乱(周期2-7日)の南北伝播を議論している。つまり統観規模擾乱を発達期と減衰期とに分けて、移動する方向を調べている。その結果、南北方向に関しては、減衰期にあるものは、赤道向きに移動する場合が相対的に多いことがわかった。減衰期には鉛直構造は順圧的であることに注目して、球面上の非発散の順圧モデルを用いて、擾乱の伝播を数値的に調べている。その結果、擾乱が北東-南西の等位相線の傾きを持っている時、擾乱は赤道向きに伝播することが示された。

 この章の研究結果は、前章と異なり、明解な新しい発見があるとは必ずしもいえないが、データ解析による事実の検出から出発して、数値モデルを構築し、その計算結果によりデータ解析の結果を説明した努力は高く評価される。

 以上に概説したように、本論文においては、東西波数1つのノーマル・ロスビー波の構造・成因と中高緯度の綜観規模擾乱の南北伝播について、優れた研究が試みられている。特に、前者は重要な発見を含んでいると考えられる。従って、本研究により、気象学に重要な貢献がなされたと考えられる。よって、論文提出者は博士(理学)の学位を授与するに十分であると判断する。

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