本論文は対流圏の低緯度及び中緯度地方における擾乱の構造と南北伝播の様相を、データ解析と数値実験により研究したものである。 用いた資料はECMWFの客観解析データの700、500、300hPa等圧面高度場であり、期間は1984-1991年の7年間である。 本論文の第2章においては、周期約5日で西進する東西波数1の波を研究している。上記のデータを用い、赤道を中心として2-8日のフィルターをかけコンポジットすることにより、このような波が検出された。この波はラプラスの潮汐方程式を満たすノーマル・ロスビー波と考えられるが、既に、Madden and Julian(1972)によって、データ解析から存在が指摘されていた。しかし、本論文はこの波の存在だけでなく、この波が南半球では北西-南東の方向に等位相線が傾いていること、北半球では位相の南北変化がほとんどないことを、明確に示した。この点が、本論文のもたらした重要な知見である。 南半球における、この位相の傾きは、この波の発生源が南半球の高緯度地方にあることを示唆している。そこで、この波の生成の原因を調べるために、球面上の線型の浅水方程式系を用いて、強制に対する大気の応答を数値的に求めている。その結果、強制力が高緯度(65S)に存在し、用いたダンピングの緩和時間が10日の場合、データ解析の結果と類似の構造の波が再現できることを示した。波の位相が南北に変化するためには、強制力が高緯度にあることが重要であり、さらに、エネルギーの伝播には強制力の振動数が波の共鳴振動数を中心に幅を持つことが重要であることも、数値実験の結果から示された。この数値実験においては、強制力の具体的原因は特定されていないが、時間変動する東西一様流と南極の山岳地形(の波数1の成分)との相互作用が強制力として重要であると推論されている。 結局、東西波数1のノーマル・ロスビー波の水平構造を初めて明確に検出したのみならず、その励起源についても極めて有力な説を提出したことになる。 次に、本論文の第3章において、中緯度の統観規模擾乱(周期2-7日)の南北伝播を議論している。つまり統観規模擾乱を発達期と減衰期とに分けて、移動する方向を調べている。その結果、南北方向に関しては、減衰期にあるものは、赤道向きに移動する場合が相対的に多いことがわかった。減衰期には鉛直構造は順圧的であることに注目して、球面上の非発散の順圧モデルを用いて、擾乱の伝播を数値的に調べている。その結果、擾乱が北東-南西の等位相線の傾きを持っている時、擾乱は赤道向きに伝播することが示された。 この章の研究結果は、前章と異なり、明解な新しい発見があるとは必ずしもいえないが、データ解析による事実の検出から出発して、数値モデルを構築し、その計算結果によりデータ解析の結果を説明した努力は高く評価される。 以上に概説したように、本論文においては、東西波数1つのノーマル・ロスビー波の構造・成因と中高緯度の綜観規模擾乱の南北伝播について、優れた研究が試みられている。特に、前者は重要な発見を含んでいると考えられる。従って、本研究により、気象学に重要な貢献がなされたと考えられる。よって、論文提出者は博士(理学)の学位を授与するに十分であると判断する。 |