学位論文要旨



No 110748
著者(漢字) 東,貞成
著者(英字)
著者(カナ) ヒガシ,サダノリ
標題(和) 2・3次元地下構造を考慮した強震動特性 : 観測・理論に基づく検証と定量的評価
標題(洋)
報告番号 110748
報告番号 甲10748
学位授与日 1994.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2816号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 助教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 吉井,敏尅
 東京大学 講師 工藤,一嘉
 東京大学 助教授 大久保,修平
内容要旨

 ある地点における強震動を予測することは、原子力発電所や高層ビル、橋梁といった重要構造物の耐震設計を行なう上で必要不可欠なものである。1985年のメキシコ地震をはじめとする最近の被害地震は、地盤条件や2・3次元地下構造が地震動に与える影響の大きさを広く知らしめるものとなった。本論文はこのような背景から、2・3次元の地下構造が強震動特性に及ぼす影響について、神奈川県西部の沖積谷である足柄平野をテストフィールドとして観測と理論の両面から検討を行なったものである。

 本論文は以下に示す5章から構成されている。

 まず、第1章では研究の背景と目的について述べている。現実の地下構造は3次元的であるが、注目する地震波の周期帯域によっては1次元あるいは2次元問題で解決できることがある。そこで観測記録に2次元あるいは3次元地下構造の影響が現われているかどうかをチェックし、その結果によって適当な次元のシミュレーションによる定量的評価を行なう必要がある。既往の研究の紹介を交えながら、観測記録の解析による地下構造の影響の検証と、現実の地下構造に基づくシミュレーションとの結合の重要性を指摘した。

 第2章では、足柄平野で実施された屈折法地震探査の走時データから、インバージョンによって2次元・3次元地下構造モデルを求めた。地下構造は多層の不規則境界モデルとしてモデル化され、境界は1次元(2Dモデル)または2次元(3Dモデル)のBスプライン関数の重ね合わせで表現された。理論走時は簡単な波線で計算され、観測走時との残差の2乗和を最小にするようにスプライン関数の係数と各層のP波速度を決定するが、その際モデルが滑らかであるという束縛条件の下で解いた。最適な束縛条件は赤池のベイズ型情報量基準を最小にすることで得られ、与えられたデータ量に対して最適なモデルを得ることができた。走時曲線から足柄平野は4層構造であり、インバージョンの結果、各層のP波速度は2.2km/sec(固定)、3.0km/sec、4.2km/sec、5.5km/secとなった。2次元モデルでは最表層は閉じた盆地構造をしており、第2層/第3層は傾斜境界になっている。また、最表層については複雑な3次元境界形状が得られた。これらのモデルを基にしてシミュレーションが行なわれた。

 次に、第3章では足柄平野に展開されている強震観測網で得られた記録を解析することで、足柄平野の地下構造が地震波形に及ぼす影響の検証を行なった。観測波形から2・3次元地下構造が影響を及ぼしている波群を抽出する手法としては、Vidale(1986)によるcomplex polarization filterを用いたpolarization解析と周波数-波数スペクトル解析(Capon,1969)とを組み合わせたものを用いた。まず、ランニング・スペクトル解析により、観測波形から卓越した波群を見つけ、polarization解析によって各観測点での波群の振動性状(振動の主軸方向、粒子軌道の楕円度など)を調べる。次に全観測点または堆積層上の観測網で波群の周波数-波数スペクトルを求め、その伝播方向と見かけの位相速度を求める。この手法によれば、震源以外の方向から到来する波群でも、到来方向とそれに対する粒子軌道を知ることができるので、波の種類の特定ができる。

 強震動予測において興味ある問題としては、不規則構造に対する地震動の入射の仕方による応答の相違がある。ここでは平野南側の相模湾内で起きた3つの地震、震源が浅く不規則構造に対する入射角が小さい(1)1989年7月9日伊豆半島東方沖地震、(2)1990年2月20日伊豆大島近海地震と、対照的に震源が深くて不規則構造に対する入射角が大きい(3)1989年10月14日伊豆大島近海地震について上記の手法を適用し、次のような結果を得た。

 1)(1)、(2)の主要動はLove波と同定された。それに対して(3)のS波初動は平野の下から入射したSH波と同定された。

 2)(2)の周期5秒を中心とする後続波群で、堆積層内において到来方向が震源を向かないものの存在が明らかになった(図1)。振動の卓越方向や分散性を調べた結果、Love波として同定された。周囲の岩盤上観測点も含めた全点で周波数-波数スペクトルをとるとピークが極端に弱まり、到来方向も震源に近づくことから、堆積層内に卓越する波群であることが分かった。したがって、この波群は平野西端部の形状の影響を受けて堆積層内を伝播する表面波であると言える。

 3)長周期(9sec〜)ではほぼ震源方向から到来する波であるが、全般的に到来方向が西よりになっている。

 4)(3)の解析から、3秒未満の地震波については空間的相関性が失われていることが明らかになった。

図1 1990年2月20日伊豆大島近海地震で見られた後続波群。左:波群の到来時間帯における各強震観測点での振動卓越方向。右:堆積層内の観測点で求めた波群の周波数-波数スペクトル(周期5秒)。堆積層内の観測点(JNI,NSK,NRD,SKW,CNT,TKD)では、波群の伝播方向に対して直交方向に振動が卓越しているので、この波群はSH波またはLove波であることが分かる。

 不規則構造による2次的な表面波の生成や、3次元構造によって伝播方向が変化することによる地震波の集中は、地震動の継続時間の延長と後続波群の振幅増大をもたらす。地震工学の見地に立てば、このような現象は、メキシコ地震で問題になった長時間の震動による建物被害につながるため、注目に値する。また、3)の地震波の到来方向が全般的に西よりになっている問題については、相模湾における屈折法地震探査の結果から、震源から平野に至る伝播経路における大局的な地下構造の影響を考える必要性を指摘した。

 第4章では、観測記録の解析で得られた結果を基に、疑似スペクトル法による2次元・3次元のシミュレーションを行なった。不規則構造に対する地震波の入射の仕方による応答の相違については2次元シミュレーションで検討をした。2次元地下構造モデルに第2章で求めた足柄平野の地下構造を用い、表面波入射と実体波の鉛直入射に対する地表面の応答を調べた。その結果、盆地端部で2次的に生成・伝播する表面波が見られたほか、実体波の鉛直入射では堆積層における入射波の増幅が顕著に現われた。また、周期3秒の地震波に最表層が大きく影響しているのに対して、周期5秒の地震波ではほとんど影響が現われないことが2次元シミュレーションで分かった。このことから、1989年伊豆大島近海地震で見られた短周期地震動の空間的な相関性の喪失に、最表層の複雑な3次元形状が大きく関わっていることが示唆された。3次元シミュレーションでは、1990年伊豆大島近海地震の観測記録の解析で得られた地震波の伝播方向の変化について調べるため、最表層を除いた形で足柄平野西端部をモデル化し、Love波の伝播問題を扱った。そしてLove波が平野に入射したときの波面の曲がりから伝播方向の変化を捉えた(図2)。

図2 3次元モデルによるLove波伝播のシミュレーション。左:足柄平野西端部の境界形状。数字はkm。x,y,z軸はそれぞれ東西、南北、深さ方向を表わす。3層構造で、Vs=1.5,2.4,2.8km/sec、最下層の上面境界は図の下面(水平境界)である。右:Love波が南(図の下)から入射して伝播しているときの波面の様子。境界の影響で波面が変化しているのが分かる。

 第5章では本研究で得られた成果についてまとめ、結論を述べた。本研究は、足柄平野をテストフィールドとして、2・3次元の地下構造が強震動に与える影響を波群の伝播問題に着目して評価することで、強震動予測の定量的評価に向けての一連の流れを追ったものである。得られた結果は以下の通りである。

 1)観測記録の解析から地下構造の影響が地震動の後続波群に大きく現われることが明瞭に示され、2次元シミュレーションによって2次的な表面波の生成・伝播が、3次元シミュレーションによって地震波の伝播方向の変化がそれぞれ捉えられた。

 2)不規則構造による短周期地震波の空間的な相関性の喪失が見られた。

 原子力施設のような重要構造物は非常に安全サイドで設計が行なわれているが、本研究で示したような流れによって地震動の定量的評価がかなりの精度で行なわれるようになれば、建設コストの低減化を図ることができる。一方、長大構造物においては入力地震動の空間的な不均質性を考慮した設計が必要な場合があると思われる。

審査要旨

 地震に伴なう現象は地面の強い震動として観測されるのが基本であるから、その震動を正確に予測することは地震学の基礎となる。強震動はその伝播の過程で地下構造の影響を受けるということは従来よく知られていたことだが、近年、1985年のメキシコ地震などを通して単純な深さ方向の地下構造だけでなく、その二次元あるいは三次元的構造が強震動に大きな影響を及ぼすことが指摘されてきた。本論文はこの問題について、神奈川県小田原市付近の足柄平野における強震動観測、およびその結果の解析とシミュレーションにより解明を試みたものである。

 本論文は5章からなり、以下のような構成になっている。第1章では、強震動に及ぼす地下構造の影響、特に二次元、三次元的形状の影響が近年注目を集めている背景や、本論文の研究目的が述べられている。また、同じような目的で行なわれた既往の研究について、理論的な研究と観測記録の解析に関する研究に分けて概観した。その概観の結果として、両者の研究を独立に行なうのではなく、それらを連係させた研究が重要あることを指摘し、本論文の方向性を示した。

 その後まず第2章では、1988、1989の両年に研究対象地域、足柄平野で実施された屈折法探査の観測記録と、それを用いた地下構造の解析結果が述べられている。後段における強震動シミュレーションで利用しやすいように、ここでは地下構造がいくつかの均質層と、それらを隔て二次元あるいは三次元の形状を持った境界面に近似され、その境界面形状が人工地震の屈折波走時で求められている。その際の逆問題においては、解の安定化のために統計学の最新の知識が導入され、複数の境界面を有する地下構造探査における最初の適用例となった。

 続いて第3章では、足柄平野に展開されている強震計観測網を用いて実際に得られた強震動記録が解析され、第2章で得られた地下構造の影響が出ているか否かが検証された。その結果によれば、1989年伊豆半島東方沖地震および1990年伊豆大島近海地震の記録において、その到来方向が震源を向かないで西にずれる顕著な後続波群が見い出された。この波群は伊豆大島近海地震に特に顕著で、周期5秒前後、震動方向は到来方向に垂直な向きが卓越しており、Love波と理解されている。5秒より長周期の波群はほぼ震源方向から到来していることから、このLove波は短周期のため三次元的な地下構造の影響を受け、到来方向が曲げられたものと同定された。

 第4章では、第2章で得られた地下構造を用いて第3章のLove波を再現するシミュレーションが行なわれた。シミュレーション手法としては差分解法における疑似スペクトル法が用いられ、不均質な格子点分布を適用して人工反射波の問題を回避している。まず二次元構造を与えて、地下構造のごく浅い部分は問題となっているLove波にほとんど影響を及ぼさないことが確かめられ、これに基づいて浅い部分を除いた三次元構造に震源方向から入射した場合のLove波の伝播がシミュレーションされた。そしてその結果は、足柄平野における沖積谷の西側斜面がLove波の到来方向を曲げて、観測点からはその方向が西にずれたように見えるメカニズムを再現している。

 最後に第5章では、本研究で得られた結果をまとめるとともに、この種の研究に関する将来の展望が述べられている。

 以上のように本論文は、三次元的地下構造の影響を受けた強震動を、神奈川県足柄平野という小規模沖積平野において見い出し、種々の手法でそれを検証した点に第一の意義がある。また、地下構造探査から強震動観測、そしてそれらの解析・シミュレーションと、地震学分野に必要な一連の研究をシステムとして推進したことは、地球惑星物理学にもたらす意義は大きい。よって本審査委員会は全員一致で、本論文が博士(理学)の学位論文に値するものと判断した。

 なお、本論文第3章は工藤一嘉氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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