学位論文要旨



No 110749
著者(漢字) 李,鍾守
著者(英字)
著者(カナ) リ,チョングス
標題(和) 植物への外来遺伝子導入及び発現における有用プロモーターの開発
標題(洋) Exploitation of Useful Promoters in Introduction and Expression of Foreign Genes in Plants
報告番号 110749
報告番号 甲10749
学位授与日 1994.05.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第686号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三川,潮
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 岩崎,成夫
 東京大学 助教授 榎本,武美
 東京大学 助教授 海老塚,豊
内容要旨 [序論]

 植物病原性土壌細菌(Agrobacterium)として知られている根頭癌腫病菌(A.tumefaciens)や毛根病菌(A.rhizogenes)が植物体傷口から感染すると、菌体中に存在する巨大プラスミド(TiあるいはRiプラスミド)の一部であるT-DNAが切り出され、植物ゲノムDNA中に組み込まれる。T-DNA上には植物細胞中で発現する数種の遺伝子が存在し、これら遺伝子の働きにより特徴的な腫瘍あるいは毛状根が形成される(Fig.1)。このような性質を用いてTi,Riプラスミドはさまざまな改変を施され、高等植物への遺伝子導入ベクターとして広範囲に利用されている。外来遺伝子の導入による形質転換植物を作製する際、よりよいプロモーターを用いる事が極めて重要である。今までカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターが 主に使われてきたが、これを上回るより強いプロモーターの開発は非常に期待されている。一方、外界刺激に応答するプロモーターや組織特異的に発現するプロモーターがいくつか知られているが、このような性質を利用し、特定の遺伝子を特定の組織で、特定の時期に発現させ、有用な形質転換植物を作製する事もまた同じように期待されている。またこのようなプロモーターを評価するには今までプロトプラストを用いた一過性の活性を調べる方法、植物を再生させた後、活性を測定する方法がとられてきた。しかしながら、前者ではプロモーター活性を正しく評価できない事、後者では再生に時間ががかる事など、欠点があり、よりよいプロモーターの評価法が期待される。

Fig.1 Schematic drawing of the tumor-inducing process

 本研究ではカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターの他に、強力に発現するプロモーターとして西洋ワザビ(Horseradish)のペルオキシダーゼ(POP)、特異的に発現するプロモーターとしてクズ(Pueraria lobata)のカルコンシンターゼ(CHS)geneの5’上流部位を選び、その活性を毛状根レベルで比較検討した。更に形質転換植物体の創出の目的でSarcophaga peregrinaの抗菌蛋白Sarcotoxin IA(STXN)のcDNAをタバコに導入し,transgenic tobaccoを作製したことを報告する。

[結果と考察]1.プロモーター活性の検討比較

 プロモーターは外来遺伝子の発現において重要である。本実験ではまずCaMV35Sプロモーター、西洋ワサビペルオキシダーゼプロモータ(POP)とP.lobata CHS geneの5’側上流の500bp断片(CHS pro)のプロモーター活性を比較することにした。CaMV35Sプロモーターの場合は既存のpBI 121を使い、POPとCHS proはreporter geneとして-glucuronidase(GUS)geneにfusionさせてchimeric geneを構築した。triparental matingによりこれらプラスミドを導入したA.rhizogenes15 834をタバコとエンウに感染させた。感染2-3週間後感染部位より生じた不定根を切り出し,kanamycin(Km)を含むMurashige-Skoog(MS)個体培地上で選択した。得られた毛状根は液体培養後、GUS活性測定の実験材料として使用した。各毛状根を無作為に数cloneずつ取って染色法で調べた結果,POPが一番強い活性を与えた。また,CHS geneの5’上流の500bpはプロモーターとしての機能を持っていることが明らかになった(Table 1)。これら毛状根は数回植え継いでもGUS活性はほとんど変化せず安定であり、今までプロモーター解析研究に使ってきたプロトプラスのtransient assayに代わりに有効な手段となり得ることを示唆している。

Table 1.Expression of -glucuronidase (GUS)in hairy roots of Nicotiano tabacum under various promoters(by histochemical method)
2.エリシターによるP.lobata CHSプロモーターのregulation

 植物の光、ストレス,pathogen attackなどに対する防御機構におけるCHSはフラボノイドやイソフラボノイド化合物生成のkey enzymeと知られている。特にP.lobata CHSは培養細胞の様々なエリシター処理によってその量が増加することが当研究室の研究結果で明らかになっている。ところがエリシター処理が遺伝子レベルでどんな影響を与えるのかに関してはまた報告がない。前述の実験で使ったCHS geneの5’側上流の500bpは当研究室でクズの培養細胞からcloningしたCHS cDNAをprobeとしてgenomeより得たcloneであり、このcloneがエリシターにresponseして発現するCHSなのか、あるいは恒常的に発現しているものか不明であった。そこで私はP.lobata CHSプロモーターのエリシターresponseを調べることにした。CHS geneの5’上流500bp及び300bpを導入したcloneの毛状根に塩化銅(CuCl2)あるいはイストエキス(YE)を数種の濃度で加え、24時間液体培養後、毛状根のGUS活性を染色法で調べた結果Cucl2は0.01-0.001mM,YEは0.1-0.01mg/mlの濃度範囲でエリシター処理しない毛状根より高い活性をみせた。次にこういうプロモーターのエリシターに対するresponseをYE0.05mg/mlの濃度でGUS活性を蛍光法で測定した。500bpのCHSプロモーターの場合エリシター処理によるGUS活性の増加幅は300bpのプロモーターの方より3-5倍になったことが観察され,プロモーターのエリシター認識には少なくとも500bpの全長が必要と考えられる(Table 2)。しかし同時に行ったCaMV35Sプロモーターの場合はエリシター処理に対してどんな濃度でもGUS活性は観察されなかったので、CHSプロモーターの前半の約300bp部分のエリシターresponseも有意であると考えられる。以上の事から当研究室でcloneしたCHS geneはエリシターに対して動くCHSということが明らかになった。今回の実験に使ったCHSプロモーターはP.lobata CHS gene family中の一部であり、今後,他のCHSプロモーターのclone化および核蛋白よりnuclear factorの同定を行う必要があると思われる。

Table 2.Change of GUS Activities in Hairy Roots of Tobacco Containing Different Promoters after Elicitation with Yeast Extract
3.センチニクバエ(Sarcophaga peregrina)の抗菌蛋白Sarcotoxin IA cDNAのタバコへの導入および発現

 外来遺伝子の植物への導入による形質転換研究の一つとしてSarcophaga peregrinaの抗菌蛋白Sarcotoxin IAのcDNAを選んで抗菌性植物体の創出を試みた。CaMV35Sプロモーターの下流にSTXN cDNAをつないでpJL11を作成し,POPプロモーターの下流にSTXN cDNAをつなぎpJL1207を構築した。この際STXN cDNAのATG initiation codon より5’側上流約100bpを除いた。両方のプラスミドはtriparental matingによりA.tumefaciens LBA4404に導入し,kanamycin(Km)あるいはKmとhygromycin(Hm)が含まれているLB培地上で選択後,transformed Agrobacteriaを液体培養し、leaf disk法でタバコに感染した。感染3-4週間後leaf diskよりshootが出たleaf diskを数回植え継ぎ、育ったshootは最終的にregenerationさせて完全なtransgenic tobaccoをそれぞれ18clone(transformant)ずつ得た。そのうち各々9cloneの葉よりゲノムDNAを調製し,STXN cDNAをprobeとしてsouthem blot hybridizationを行った。CaMV35Sプロモーター(pJL11)を使った場合は7clone,POPプロモーター(pJL1207)を使った場合は9cloneにおいてhybridizationが観察され、STXN cDNAの植物ゲノムDNAへの挿入を確認した。次にsouthern blotでpositiveなcloneについてnorthern blot hybridizationを行ない、転写レベルでの検討を行った(Fig2)。この結果、POPによる発現誘導はCaMV35Sプロモーターより約2-3倍強いことがmRNAレベルで観察された。以上のことからPOPは外来遺伝子の発現研究に強力なtoolとして使えることが示唆された。次にwestern blot hybrydizationによるSTXNの生成を検討した。しかし抗体と特異的に反応する蛋白を検出する事ができなかった。この原因としては発現量が検出限界以下、あるいは生成されたtoxinが植物体内で分解された可能性が考えられる。

図表Fig.2 Northern blot hybridization of total RNA isolated from transgenic tobacco
[結論]

 毛状根の作製は植物の再生に比べて短時間で行う事ができ、また、プロモーターの活性も安定しており、プロモーターの解析を行う際の有用な手法である事が明らかになった。また、西洋ワサビのペルオキシダーゼプロモーター(POP)は遺伝子発現研究において有効なプロモーターということが判明した。本研究室でcloningしたP.lobata CHS geneの5’側上流500bp領域にCHSプロモーターの機能が確認され、またエリシター処理によって顕著なGUS活性を見せた事から,このcloneはP.lobata CHS gene familyのうちのエリシターにresponseするcloneである事が判明した。今回の実験よりP.lobata CHS geneのプロモーターについてnuclear factorの同定など、遺伝子転写機構に関する研究の前進が大きく期待される。POPの応用として行ったSarcotoxin IA cDNAの植物への導入では蛋白の生成を確認する事ができなかったが、POPプロモーターによる発現はmRNAレベルで高い発現が確認され、POPの有用性が形質転換植物体で判明した。

審査要旨

 植物病原性土壌細菌である根頭癌腫病菌(Agrobacterium tumefaciens)や毛状根病菌(Agrobacterium rhizogenes)が植物に感染すると、菌に存在するTiあるいはRiプラスミドの一部であるT-DNAが切り出され、植物ゲノムDNAに組み込まれ、T-DNA上に存在する遺伝子が発現することにより特徴的なクラウンゴールや毛状根が形成される。このような性質を植物への外来遺伝子の導入に用いるためTi,Riプラスミドにさまざまな改変が加えられ、広範囲に利用されている。植物への外来遺伝子の導入にはこれまで主としてカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターが使われてきたが、これを上回る強力なプロモーターや外界刺激に応答するプロモーターなどの開発が期待されている。またこのようなプロモーター活性を評価するにはプロトプラストを用い一過性の活性を調べる方法、植物体を形質転換後に再生させ評価する方法がとられてきた。しかしながら前者ではプロモーター活性を正しく評価できないこと、後者では植物体の再生に時間がかかることなど欠点があり、より簡便で有効な評価法の開発が期待されている。本研究では先ずプロモーターの活性や外界刺激にたいする応答を調べるため、より簡便な毛状根培養を用いる方法について検討し、更にこの方法で強力なプロモーター活性が確認された西洋ワサビ(horse radish)のペルオキシダーゼプロモーターを利用し昆虫(Sarcophaga peregrina)の抗菌蛋白sarcotoxin IA cDNAのタバコへの導入を試みている。

1.毛状根培養によるプロモーター活性の評価

 毛状根培養によるプロモーター活性の評価については、CaMV35Sプロモーター、西洋ワサビペルオキシダーゼプロモータ、およびエリシターに対する応答が期待されるクズ(Pueraria lobata)由来のカルコン合成酵素(CHS)プロモーターについて行った。いずれも-グルクロニダーゼ遺伝子(GUS)にプロモーターをつないだプラスミドを構築し、野生型Agrobacterium rhizogenes 15834に導入し、リーフディスク法によりタバコに感染させた。カナマイシンを含む培地で毛状根を選択し継代培養後、染色法によりプロモーター活性を評価した。定性的ではあるがペルオキシダーゼプロモーターはCaMV35Sプロモーターを上回る強力な活性が認められ、毛状根法はプロモーター活性の評価に利用できることが確認された。さらにCHSプロモーターについてはCHS遺伝子上流領域500bpと300bpについて同様に毛状根培養を作成し、塩化銅、イーストエキスに対する反応を染色法により調べた所、塩化銅では0.01-0.001mM,イーストエキスでは0.1-0.01mg/mlの範囲で明瞭な応答反応が見られた。次いでイーストエキスに対するGUS活性の応答を蛍光法で測定し、500bpでは活性がイーストエキス処理により3倍以上上昇するのに対し、300bpでは上昇は低く、エリシターに対し充分な応答を示すには500bp以上の領域が必要であることが認められ、また同時にクズから得られたプロモーターがエリシター応答性のプロモーターであることも確認された。毛状根法はプロトプラスト法では出来ないエリシターに対する応答も確認することが出来る簡便で有用な方法であることが明らかにされた。

2.センチニクバエ(Sarcophaga peregrina)抗菌蛋白sarcotoxin IA cDNAのタバコへの導入

 ペルオキシダーゼプロモーターが植物出来の強力なプロモーターであることが毛状根培養法で確認されたことから、このプロモーターを用いsarcotoxin(STXN)遺伝子の導入について検討した。対照としてCaMV35SプロモーターにSTXNを繋いだプラスミドを構築し、またぺルオキシダーゼプロモーターにはSTXN開始コドンを合わせたプラスミドを構築した。それぞれをタバコに感染させ抗生物質による選択を経て形質転換再生植物を得た。サザン法によりゲノムDNAへの導入を確認後、ノーザン法により転写レベルでの検討を行った所、mRNAレベルではペルオキシダーゼプロモーターがCaMV35Sプロモーターより3倍程度強く発現していることが認められた。しかしウエスタン法では抗菌蛋白を検出することが出来ず、翻訳レベルでの発現は見られなかった。この原因には種々の要因が考えられるが、蛋白発現の為にはさらにプロモーターやmRNAの構造の検討が必要と思われる。本論文はプロモーター活性の評価法として毛状根培養を用いる方法を確立し、また植物由来の強力なプロモーターを用いる外来遺伝子導入法について検討し蛋白の発現には至っていないがmRNAでの強力な発現を確認したものである。本論文は生薬学、植物生化学の進展に寄与することが大きく博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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