フラボノイドは植物中に広く存在し、多彩な生理機能を持つ二次代謝産物であることからさまざまなレベルでの研究が行われている。マメ科植物においてフラボノイドは外界からの刺激に応じて生産される抗菌性物質ファイトアレキシンとして機能するが、5-デオキシ型フラボノイドの構造を持ち、カルコン合成酵素(CHS)と還元酵素(CHR)の共同的働きによりその基本骨格が合成されている。本研究は5-デオキシ型フラボノイドの生合成について検討することを目的として、CHS,CHR両遺伝子クローニングを行い、両者のプロモーター領域についてそのDNA配列の比較を行ったものである。 研究に必要なCHSおよびCHRのcDNAクローニングは比較的近縁の植物であるインゲンマメ、ダイズ由来のプローブあるいはシーケンスを用いイーストエキスをエリシターとして誘導したmRNAより調製した。それぞれ発現ベクターに組み込み、カルコン合成酵素(CHS)およびそれと共同して働く還元酵素(CHR)の活性を持つことを確認している。この段階でさらに詳しくエリシターによるmRNAの誘導をノーザンにより検討した結果、CHS,CHRともに対照実験ではほどんど発現していないが、エリシター(イーストエキス)処理により両者とも類似したパターンでの急激な誘導が見られ、得られたcDNAはともエリシターに対応して発現するmRNAに由来するものと考えられた。 ゲノミックサザン分析から、クズの培養細胞のカルコン合成酵素(CHS)遺伝子は6-7コピーの遺伝子から成る遺伝子ファミリーを構成していると推定された。親植物のフラボノイドには一般のフラボンやアントシアンもあり、エリシターによる誘導とは関係がないものも存在している。ゲノムライブラリーより得られたクローンの一つは、さきに得られたcDNAと同一の配列を含み、さらに上流領域は機能が検討されているインゲンマメのプロモーター部分とある程度相同性が見られた。ここに得られたCHS上流領域500bpについては、タバコ毛状根培養による実験からエリシターに応答するプロモーターであることが確認されている。一方カルコン合成酵素と共同して働く還元酵素(CHR)遺伝子はクズ培養細胞において4コピーの遺伝子から成る遺伝子ファミリーを構成していると推定された。ゲノミックライブラリーより3つのクローンが得られたが、上流領域を比較すると2つのグループに分けられることが分かった。 エリシターに応答するカルコン合成酵素(CHS)遺伝子上流領域500bpについては、ある程度機能が同定されているインゲンマメのものと比較しminimal promotor,conserved motif,BoxIII(activator,silencer)など共通した幾つかのシス配列を見いだすことができた。一方還元酵素(CHR)はエリシターにより誘導される5-デオキシ型フラボノイド合成に特有な酵素であり、プロモーター領域の機能はカルコン合成酵素のものとは異なると考えられたが、事実その配列は大きく異なっていた。しかしカルコン合成酵素(CHS)の配列と比較することによりシス配列と思われる配列を推定することができた。一つのグループには、CHSに存在するminimal promotor,activator,conserved motifに類似した配列が見られたが、他のグループにはconserved motifは欠けていた。この二つの酵素(CHS,CHR)のエリシターに対する応答は非常に似ているが、このエリシターに対する応答にどの配列が必要かは植物での実験が必要である。以上本論分はエリシターに応答して発現するカルコン合成酵素(CHS)と還元酵素(CHR)のcDNAクローニングと大腸菌での発現、それぞれのゲノム遺伝子のクローニングと配列決定、相同性配列の同定によるシス配列の機能推定などを行ったものである。本論文は生薬学、植物生化学の進展に寄与することが大きく博士(薬学)の学位に値するものと判定した。 Structures of CHS and CHR promoters |