学位論文要旨



No 110751
著者(漢字) 渡邊,洋一
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ヨウイチ
標題(和) ミトコンドリアtRNAの特異構造とその機能
標題(洋)
報告番号 110751
報告番号 甲10751
学位授与日 1994.05.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3237号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 熊谷,泉
内容要旨

 本論文は、細胞外タンパク質合成システムを利用して新しい機能や物性を持つタンパク質を創成するという大きな目標を実現するための基礎研究として、まずシステムの単純化戦略を探る目的で、天然のシステムで比較的単純化されていると考えられる動物モトコンドリア(mt.)のタンパク質合成系に注目し、そのtRNAの機能構造を検討したものである。動物mt.tRNAの中には、細菌や細胞質などの通常のtRNAよりも単純な構造を持つものの存在することが、おもに遺伝子解析から推定されているが、これらのtRNAをRNAレベルで解析した例はほとんどない。本論文では、それら特異な構造を持つと推定されるmt.tRNAについて、RNAレベルでその構造と機能の解析を行なった。

1。牛mt.セリンtRNA(UCN)の高次構造の推定

 UCN(NはU、C、A、G)コドンに対応する牛mt.セリンtRNA(UCN)について、ヌクレアーゼの限定分解および他の哺乳類のtRNA遺伝子との比較より、二次構造を推定したところ、次のような特徴が見いだされた。1)アクセプターステムとDステムの間には1塩基しか存在しない(通常は2塩基)。2)アンチコドンステムは6塩基対である(通常は5塩基対)。この特徴がtRNAの立体構造に及ぼす影響を調べるため、さらに詳細な構造解析を化学修飾剤(塩基部分を修飾するジメチル硫酸とジエチルピロカーボネート、リン酸を修飾するエチルニトロソ尿素)を用いて行なった。その結果、本研究で推定した二次構造の二本鎖(ステム)部分に位置する全てのCとAは温和な条件下では反応しなかった。このことは推定した二次構造が妥当であることを強く示唆している。推定二次構造の一本鎖部分のうち、いくつかの塩基の反応性が低かったことから、これらの残基が関与する三次元的な相互作用の存在が示唆された。また、アクセプターステムとDステムの間に位置する5’端から8番目の塩基は修飾を受けやすかったことから、通常のtRNAに存在する、この塩基とDアーム内の塩基との相互作用は、このtRNAの場合、存在しないことが示唆された。以上の結果と通常のtRNAについての反応性および立体構造モデルに基づいて、牛mt.セリンtRNA(UCN)の立体構造モデルを分子模型を用いて構築した。その結果、このtRNAもやはりL字型の立体構造をとりうること、このtRNAの二次構造上の二つの特徴が両方そろうことによって、tRNAの機能部位であるアンチコドンと3’末端のCCA配列を通常のtRNAと同じ様に立体的に配置できることが推定された。

2。線形動物mt.tRNAの特異構造と機能の解析

 二種の線形動物(線虫Caenorhabditis elegans、豚回虫Ascaris suum)のmt.DNA上には通常の二次構造を組めるtRNA遺伝子は一つも存在せず、かわりにDアームを欠失したtRNA遺伝子が2種、さらに線形動物だけに特徴的な、Tアームを欠失したtRNA遺伝子が20種存在することが報告されている。しかし、そのRNAでの実際の塩基配列の決定や、このような変則的な二次構造を持つtRNAが実際に機能するかについては全く研究されていないため、本論文ではこれらの解明を目的とした。A.suum筋肉より定法にしたがって全tRNA画分を調製し、これからゲル電気泳動法、およびtRNAの特定領域に相補的な配列を持つ固相化DNAプローブとのハイブリダイゼーションにより、初めて十数種のtRNAを分離した。電気泳動によって分画した画分の塩基配列を解析し、少なくとも16種のtRNA遺伝子に由来するtRNA分子を同定した。その3’末端には、遺伝子にはコードされていない、全tRNAの共通配列である、CCA配列が転写後付加されていることを確認した。次に、これらのtRNAのうちの3種類についてヌクレアーゼの限定分解と化学修飾法による解析を行なった結果、それらは既にDNA配列から推定されたような特異な二次構造を形成していることが示唆された。されに、電気泳動で部分精製したtRNAのアミノ酸受容能を調べ、少なくとも3種のアミノ酸については有為な受容活性が検出された。この結果は特異な構造を持つ線形動物ミトコンドリアtRNAが、実際にミトコンドリアの蛋白質合成系において機能する分子であることを強く示唆している。以上本論文は、これまで手のつけられていなかったミトコンドリアtRNAの構造と機能について新たな知見を見出したものであり、tRNAの単純化戦略を探る上で大きく貢献するものである。

審査要旨

 本論文は、細胞外タンパク質合成システムを利用して新しい機能や物性を持つタンパク質を創成するという大きな目標を実現するための基礎研究として、まずシステムの単純化戦略を探る目的で、天然のシステムで比較的単純化されていると考えられる動物ミトコンドリア(mt.)のタンパク質合成系に注目し、そのtRNAの機能構造を検討したものである。動物mt.tRNAの中には、細菌や細胞質などの通常のtRNAよりも単純な構造を持つものの存在することが、おもに遺伝子解析から推定されているが、これらのtRNAをRNAレベルで解析した例はほとんどない。本論文では、それら特異な構造を持つと推定されるmt.tRNAについて、RNAレベルでその構造と機能の解析を行なった。

1。牛mt.セリンtRNA(UCN)の高次構造の推定

 UCN(NはU、C、A、G)コドンに対応する牛mt.セリンtRNA(UCN)について、ヌクレアーゼの限定分解および他の哺乳類のtRNA遺伝子との比較より、二次構造を推定したところ、次のような特徴が見いだされた。1)アクセプターステムとDステムの間には1塩基しか存在しない(通常は2塩基)。2)アンチコドンステムは6塩基対である(通常は5塩基対)。この特徴がtRNAの立体構造に及ぼす影響を調べるため、さらに詳細な構造解析を化学修飾剤(塩基部分を修飾するジメチル硫酸とジエチルピロカーボネート、リン酸を修飾するエチルニトロソ尿素)を用いて行なった。その結果、本研究で推定した二次構造の二本鎖(ステム)部分に位置する全てのCとAは温和な条件下では反応しなかった。このことは推定した二次構造が妥当であることを強く示唆している。推定二次構造の一本鎖部分のうち、いくつかの塩基の反応性が低かったことから、これらの殘基が関与する三次元的な相互作用の存在が示唆された。また、アクセプターステムとDステムの間に位置する5’端から8番目の塩基は修飾を受けやすかったことから、通常のtRNAに存在する、この塩基とDアーム内の塩基との相互作用は、このtRNAの場合、存在しないことが示唆された。以上の結果と通常のtRNAについての反応性および立体構造モデルに基づいて、牛mt.セリンtRNA(UCN)の立体構造モデルを分子模型を用いて構築した。その結果、このtRNAもやはりL字型の立体構造をとりうること、このtRNAの二次構造上の二つの特徴が両方そろうことによって、tRNAの機能部位であるアンチコドンと3’末端のCCA配列を通常のtRNAと同じ様に立体的に配置できることが推定された。

2。線形動物mt.tRNAの特異構造と機能の解析

 二種の線形動物(線虫Caenorhabditis elegans、豚回虫Ascaris suum)のmt.DNA上には通常の二次構造を組めるtRNA遺伝子は一つも存在せず、かわりにDアームを欠失したtRNA遺伝子が2種、さらに線形動物だけに特徴的な、Tアームを欠失したtRNA遺伝子が20種存在することが報告されている。しかし、そのRNAでの実際の塩基配列の決定や、このような変則的な二次構造を持つtRNAが実際に機能するかについては全く研究されていないため、本論文ではこれらの解明を目的とした。A.suum筋肉より定法にしたがって全tRNA画分を調製し、これからゲル電気泳動法、およびtRNAの特定領域に相補的な配列を持つ固相化DNAプローブとのハイブリダイゼーションにより、初めて十数種のtRNAを分離した。電気泳動によって分画した画分の塩基配列を解析し、少なくとも16種のtRNA遺伝子に由来するtRNA分子を同定した。その3’末端には、遺伝子にはコードされていない、全tRNAの共通配列である、CCA配列が転写後付加されていることを確認した。次に、これらのtRNAのうちの3種類についてヌクレアーゼの限定分解と化学修飾法による解析を行なった結果、それらは既にDNA配列から推定されたような特異な二次構造を形成していることが示唆された。さらに、電気泳動で部分精製したtRNAのアミノ酸受容能を調べ、少なくとも3種のアミノ酸については有為な受容活性が検出された。この結果は特異な構造を持つ線形動物ミトコンドリアtRNAが、実際にミトコンドリアの蛋白質合成系において機能する分子であることを強く示唆している。以上本論文は、これまで手のつけられていなかったミトコンドリアtRNAの構造と機能について新たな知見を見出したものであり、tRNAの単純化戦略を探る上で大きく貢献するものである。

 よって本論文は工学的に価値のあるものと認められ、博士(工学)の学位を与えられる論文として合格したと認められる。

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