量子井戸(QW)構造を有する高性能半導体デバイスの開発、研究が盛んに行なわれている。QW半導体レーザは従来のダブルヘテロ構造半導体レーザに比べて、低しきい値電流密度、高信頼性などが得られ、性能が格段と向上することが証明された。また、QW構造を利用した高移動度電子デバイスの研究も盛んに行なわれている。 本研究ではこれらのデバイスの設計のために重要なパラメータである励起子の振動子強度および励起子-フォノン相互作用について研究を行ない、いくつかの新しい知見が得られた。 励起子の振動子強度は励起子遷移の確率に直接比例する。また、振動子強度の研究から二次元励起子の特性を探ることができる。振動子強度の井戸幅依存性は次の式で表される。 ここでaBは励起子の井戸面内の半径である。は電子ホールのoverlapを表す。Zは結晶成長の方向を表す。傾向としては井戸輻が小さくなるにつれ、振動子強度が大きくなる。しかし、井戸幅が非常に小さい場合は波動関数のbarrierへのしみだしが大きくなりoverlapが小さくなることで振動子強度が減少する。この井戸幅依存性は現在までまだ証明されていない。 振動子強度の強さは励起子の有効質量、量子閉じ込め効果、誘電率閉じ込め効果、バンドのnonparabolicity、バンドのmixingに依存する。理論的な計算の報告は数件あったが,これらの効果を全部考慮した計算はAndreaniらによって行われ、1990年に報告された。従来の実験研究においては、振動子強度は主に励起子の吸収面積から評価されてきた。しかし、いくつかの原因でこのような方法によって得られた結果は誤差が大きく、理論とは一致しなかった。 QW構造においてもう一つ理論的にも実験的にも大変注目されているのは励起子-フォノン相互作用である。QW構造によって3次元結晶ではみられなかったフォノンモードが現われるので、物理的に非常に興味深い系となっている。また、異なるフォノンモード毎に異なる形で励起子(又は電子)と相互作用をするので、QW構造においてどのフォノンモードが相互作用を左右しているのかを確認することは非常に重要である。なぜなら、フォノンとの相互作用は高温でのキャリアの移動度を、さらに高速電子デバイスの性能を決めるものだからである。従来の研究では種々のフォノンモードを仮定してQWにおける励起子(又は電子)-フォノン相互作用の検討がなされてきたが、どのフォノンモードが主に寄与していることについてはまだ実験的に解明されていなかった。 実験 使われた試料はすべて単一量子井戸(SQW)である。AlGaAs/GaAsおよびInGaAs/GaAs QWsはMBE法によってGaAs基板上に作製したもの、GaAs/GaAsP QWはMOVPE法でGaAsP基板上に作製したものである。AlGaAs/GaAs系は格子整合しているのに対し、InGaAs/GaAsおよびGaAs/GaAsP系は井戸層に歪みが加えられている。 用いた方法はフーリエ分光法をベースにした反射法である。この方法は非破壊、簡単、しかも感度が良いと言う特徴がある。この方法はGaAs/GaAsPヘテロ界面でのバンド不連続量を決める際に重要な情報をもたらした。本研究では、測定によって得られたSQWにおける励起子の反射スペクトルを直接フィットすることによって励起子の遷移エネルギー、半値輻および振動子強度を求めた。従来の吸収法では(1)吸収面積の取り方によって結果は誤差が異なる;(2)吸収スペクトルは透過スペクトルから求めたが、実際、反射スペクトルによる修正をしないと真の吸収が得られない;(3)通常のgrating型の分光器は感度が悪いので、吸収量を増やすために多重量子井戸構造を用いるが、井戸間の不均一性のためスペクトルが変形を受ける。一一等の理由により実験結果の信頼性に問題がある。我々の方法では、これらの誤差を与える要因は全部除去することができる。また、この方法では単一量子井戸に対し室温でも励起子の遷移を観測できるので、正確に振動子強度の温度依存性を調べる事が可能となる。 測定にあたって使われたフーリエ分光装置はBOMEM社製DA3.0システムである。分解能は2.0cm-1であり、ほぼ垂直入射の光学configurationであった。参考試料としてGaAsのスペクトルを取ることによって装置の不安定性によるスペクトルのバックグラウンドの修正を行なった。測定は4.2Kから室温まで行なった。反射スペクトルの計算は多層膜構造に対する行列法を利用し、誘電率の温度依存性を考慮した。井戸層の中の励起子の吸収による誘電率の変化は で与える。ここでEexは励起子の遷移エネルギーであり、は半値幅である。Aは吸収の強さを表し、単位面積あたりの振動子強度と次の関係を持つ。 ここでm0は電子の質量で、Lは井戸幅である。 結果 図1から図3までに得られた反射スペクトルの温度依存性を示す。すべての温度領域で計算は実験を精度よく再現することがわかる。また、高温での遷移エネルギーの減少はバンドギャップの温度依存性を反映している。 振動子強度の井戸幅依存性を図4から図6までに示した。InGaAs/GaAs及びGaAs/GaAsPQWにおける励起子の振動子強度は本研究によって初めて求められたものである。ここで研究されている各種のQWについて、励起子の振動子強度は同じオーダーであることがわかった。AlGaAs/GaAsQWについては種々の効果を考慮した計算結果と他の実験により得られた結果もあわせて図4に示した。明らかに、他の実験より本研究で得られた結果は理論と一致していることが分かる。このことから励起子の振動子強度が我々の実験方法でより正確に求められることがわかった。 図表図1.Al0.28Ga0.72As/GaAs SQWにおける励起子の反射スペクトル。実線:計算。 / 図2.In0.1Ga0.9As/GaAs SQWにおけるe1-hh1励起子の反射スペクトル。実線:計算。 / 図3.GaAs/GaAs0.8P0.2SQWにおけるe1-hh1励起子の反射スペクトル。実線:計算 / 図4.AlGaAs/GaAsQWにおけるe1-hh1励起子の振動子強度の井戸幅依存性。 図5と図6から分かるようにInGaAs/GaAs及びGaAs/GaAsPQWにおいて励起子の振動子強度が井戸幅の変化に対して最大値を持つ事が本研究によって初めて実証された。しかしながら、このような井戸幅依存性はAlGaAs/GaAsQWにおいては見られなかった。これはAlGaAs/GaAsQWではバンドの不連続量が大きく、かつ励起子の有効質量が大きいので、実験した井戸輻よりかなり狭い井戸幅にして初めて波動関数のbarrierへのしみたしが顕著になるからである。InGaAs/GaAs及びGaAs/GaAsPQWにおける振動子強度の温度依存性は励起子の有効質量や量子閉じ込め効果によって説明できる。 ゼロフォノン線の振動子強度の温度依存性を図7と図8に示す。温度の上昇に伴う振動子強度の減少は本研究において初めて観測された。これはQWにおける励起子遷移に伴うフォノンsidebandの強度がフォノンの増加を反映して高温でつよくなるので、ゼロフォノン線の強度が減少したためであると考えられる。図のなかの実線は次の平均フォノンモードを利用したDebye-Waller因子の温度依存性を表す。 図表図5.InGaAs/GaAsQWにおけるe1-hh1励起子の振動子強度の井戸幅依存性。 / 図6.GaAs/GaAsP QWにおけるe1-hh1励起子の振動子強度の井戸幅依存性。 / 図7.Al0.28Ga0.72As/GaAsQWにおけるe1-hh1励起子のゼロフォノン線の振動子強度および半値幅の温度依存性。 / 図8.In0.1Ga0.9As/GaAsQWにおけるe1-hh1励起子のゼロフォノン線の振動子強度および半値幅の温度依存性。 ここでf0はトータル振動子強度で、<h>は平均フォノンエネルギーである。<S>はHuang-Rhys因子と呼ばれ、励起子-フォノン相互作用の強さを表す。図からわかるようにゼロフォノン線の強度の減少は励起子とフォノンとの相互作用によるものと考えられる。従ってゼロフォノン線の振動子強度の温度依存性から励起子-フォノン相互作用を調べることができる。 励起子-フォノン相互作用の井戸幅依存性を図9に示した。AlGaAs/GaAs系とInGaAs/GaAs系では全く異なる井戸幅依存性を示すことを初めて見出した。これは両者において異なるフォノンモードが相互作用を支配しているためであると考えられる。AlGaAs/GaAs系について図中の点線は井戸のなかに閉じ込められている、いわゆるconfinedフォノンモードとの相互作用の井戸幅依存性を表す。一方、InGaAs/GaAs系について図中の実線は格子振動が全空間に拡がったいわゆる準3次元フォノンモードとの相互作用の井戸幅依存性を表す。実線が実験結果と良く一致していることは、これらのフォノンモードがそれぞれの量子井戸において支配的な励起子-フォノン相互作用になっている事を強く示唆する。この結果はこれらのQWにおける歪みの有無および界面の急峻性の違いによるものと思われる。以上から、Al(Ga)As/GaAs系において、高移動度を得るためには、フォノンを狭い井戸に閉じ込めればよい事が結論される。 図9.励起子-フォノン相互作用強度の井戸幅依存性。結論 1)QWにおける励起子の振動子強度を評価する新しい手法を開発した。 2)種々のQWにおける励起子の振動子強度は同じオーダーである事を明らかにした。 3)未解決であった振動子強度の井戸幅依存性を本研究によって初めて実証した。 4)振動子強度の組性依存性について研究を行なった。 5)ゼロフォノン線の振動子強度の温度依存性を本研究によって初めて観測された。 6)励起子フォノン相互作用について研究を行った。AlGaAs/GaAsQWではconfinedフォノン、InGaAs/GaAsQWでは準3次元フォノンがそれぞれ相互作用を支配していることを初めて明らかにした。 7)本研究で得られた結果は光デバイスおよび高速電子デバイスの設計に非常に有用な情報を与えるものと考えられる。 |