学位論文要旨



No 110759
著者(漢字) 荒井,毅
著者(英字)
著者(カナ) アライ,タケシ
標題(和) C60単結晶の電気伝導
標題(洋) Electrical Transport Properties of Single-Crystal C60
報告番号 110759
報告番号 甲10759
学位授与日 1994.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2818号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 池畑,誠一郎
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 教授 家,泰弘
内容要旨 1。はじめに

 C60(バックミンスターフラーレン)は、1985年にKroto等により発見された分子である。分子構造は図1に示すように切頭12面体、即ちサッカーボール型という高い対称性を持つ構造である。銅酸化物以外でもっとも高温の超伝導体であるアルカリ金属化合物や有機強磁性体で最高のキュリー点を持つTDAE化合物が発見されるなど、物性物理の面でも興味深い。

図1。サッカーボール型分子C60の形状。直径約10Åである。

 半導体である純粋なC60結晶についても多くの研究がなされてきた。しかし電子構造を理解する上で重要である輸送特性に関する研究は極めて少ない。特にこの研究を始めた当初は、C60とC70の混合物の薄膜を用いた2、3の研究が報告されているのみであった。そこで我々は、良質の単結晶試料を用いて純粋なC60の電気伝導の研究をはじめた。この過程で電気伝導に対する酸素の劇的な影響を観察し、その影響を取り除いて酸素に影響されないC60の電気伝導を研究することができた。さらに酸素の影響についても詳しく研究した。

2。実験方法

 輸送特性の測定に用いたC60単結晶はフラーレン中での純度99。8%以上の粉末試料から作成した。作成方法はMeng等により報告された昇華法をさらに大きな結晶を得られるように改良したものである。試料は端子付けの時以外は大気に触れさせず真空中又は高純度ヘリウム中で保存し、光にも当てないなど変質に特に注意した。典型的な大きさは2×2×2mm3である。結晶構造である面心立方構造に特有の面や稜がよく出ているうえ、X線回折の結果からも良質の結晶であるとわかった。

 電気伝導の測定はバンデアポウ型の4端子法で行なった。接点は金線を単結晶の結晶面に押し付けたもので、オーミックな電流電圧特性を有する点や高温での安定性の点で優れている。微弱なホール電圧を測定するため特に電気的なノイズの除去、試料の温度の安定に苦心した。

3。酸素の影響

 C60結晶の電気抵抗は酸素にさらされることで後に述べる酸素を除去された状態から4桁以上増大し2×1010cm以上の高抵抗を示す。図2に酸素にさらされた時の電気抵抗の時間変化を示す。活性化エネルギーは酸素の吸収量が増えるに連れ連続的に0。95eV以上に増大する。一方ホール係数は増大し、キャリアー数の減少を示す。ホール移動度には顕著な変化は観察されなかった。この酸素の影響は真空中300℃でベーキングすることで回復し、室温で吸収された酸素は可逆に放出されるとわかった。

 酸素の影響は他の物性にも見られる。図3に帯磁率の変化を示す。始め真空中570Kでベーキングして酸素を取り除いた試料は全温度域で温度依存性のない反磁性を示した。この試料を1気圧の酸素に12時間及び16日間さらすと、低温で大きな常磁性成分が現われる。内挿図に示された増加分の逆数の温度変化にみるように、この増加分はキュリー則に従う。酸素が分子の形のまま吸収され気体中と同様にスピンS=1を持つとすると、C601分子あたりの酸素分子の吸収量は12時間で4%16日間で8%になる。C60中の酸素は磁気モーメントを持って吸収されている。

図表図2。酸素を含まないC60単結晶0。21気圧の酸素にさらした際の電気抵抗の時間変化。 / 図3。C60粉末試料の帯磁率に対する酸素の効果。真空中でベーキングすることで酸素を放出させたものおよび12時間及び16日間1気圧の酸素にさらしたものを示す。内挿図は酸素にさらすことで現われた常時性成分の逆数の温度変化を示す。

 この酸素の影響は真空中570Kでベーキングすることで消失し、さらに1部は室温で真空にさらすのみで起こる。このことから吸収された酸素は真空中で高温でベーキングすることで完全に放出され、一部は室温で真空中にさらすのみで放出されるとわかった。この吸収は物理吸着的である。

 さらにX線回折の回折強度の変化から吸収された酸素分子は面心立方格子中の八面体位置に存在するとわかった。

 我々は物理吸着的性格と磁気モーメントの存在から酸素は酸素分子の形で吸収されその位置は面心立方構造の8面体位置と結論した。電気伝導への影響はホール係数の増加からキャリアーであるホールの密度の減少によると考え、通常の半導体の外来伝導をモデルに不純物の補償効果によるキャリアーの減少で議論した。

4。酸素を含まないC60単結晶の電気伝導

 我々は真空中570Kで試料をベーキングすることでC60単結晶から酸素を取り除き、酸素を含まない状態での電気抵抗とホール係数を295Kから570Kで測定した。電気抵抗は295Kで1。0×105cm、温度依存性は図4に示すようにexp(EA/kBT)に従い活性化エネルギーEAは0。26eVである。ただ500K以上の高温ではその温度変化は小さくなる。ホール係数からキャーリアーはホールでホール密度は295Kで3×1014/cm3と見積られる。温度変化はやはり0。26eVの活性化エネルギー型で図5に示す通りである。

図表図4。酸素を含まないC60単結晶の電気抵抗の温度依存性。大気中で端子付けした後に300℃でベーキングすることにより酸素を放出させたものである。 / 図5。酸素を含まないC60単結晶のホール係数RHの温度依存性。キャリアーはホール。右側の軸はRH=1/neより求めたホールの密度。

 ホール移動度は図6のように0。15cm2/Vsでほとんど温度に依存しない。Frankevich等により得られたドリフト移動度と温度依存性は同様だが値は1桁小さい。この低い移動度の値はキャリアーの移動が通常の半導体のようなバンド描像に基づくコヒーレントな運動ではなく、ポーラロン等のトンネリングやホッピングによることを示唆している。

 この酸素を含まない単結晶の電気伝導は250Kで大きな変化を示している。これは室温で自由に回転している分子が向きを揃えて止る1次相転移の臨界温度である。図7に160Kから570Kでの電気抵抗の温度変化を示す。低温側で電気抵抗の40%程度の減少と共にEAの値が0。26eVから0。15eVへ変化する。この変化は分子の配向による電子構造の大きな変化を示すものであり、フラーレン関係物質における分子の配向の重要性を示す。

図表図6。酸素を含まないC60単結晶のホール移動度の温度依存性。キャリアーはホール。 / 図7。酸素を含まないC60単結晶の広い範囲での温度依存性。内挿図は250Kの相転移点付近を示す。

 これらを通常の半導体のモデルに基づき議論した。活性化エネルギーから求めたギャップエネルギーはC60結晶のバンドギャップに比べ著しく小さく真性伝導とは考えらない。キャリアーが不純物から励起される場合に基づき議論した。電気抵抗及びホール係数の温度依存性から見積られる不純物濃度はC601分子につき100ppm程度である。

審査要旨

 C60は、1985年Kroto等により発見され、ダイヤモンド、グラファイト以外の新たな炭素の形態として着目された。直径約10Aの大きな分子が、単結晶を形成し、アルカリ金属化合物で、30Kに達する高い転移温度をもつ超伝導体となる事等から大いに研究されている物質である。しかしながら、半導体である純粋なC60単結晶に於いてさえも最も基礎的な電気伝導度の測定値も大きくばらついており何が本質的な値であるのかはっきりしないのが現状である。

 本研究は、その原因を明らかにするためC60の単結晶の物性、特に電気伝導の測定を中心に行ったものである。物性の研究に於いて純粋な試料を得る事は、まず第一になすべき事であるが、本研究では、従来報告されていた方法を改良し、大きな単結晶を得る事に成功した。この単結晶の電気伝導度を4端子法で測定したが、その際電気伝導度は酸素の存在で大きく異なる事を見い出した。更に、詳細に酸素の影響を調べたところ、酸素の吸収量が増すに従い抵抗値は増大し、酸素のない状態から4桁以上増大する事が明らかとなった。抵抗の温度依存性は活性化エネルギー型であるが、活性化エネルギーも酸素の吸収量が増大するにつれ連続的に増大し、0.26eVから0.95eV以上に増大する。又、この酸素による抵抗値、活性化エネルギーの変化は可逆であり、物理吸着である事を明らかにした。この結果、従来の測定値のばらつきは、単結晶の質のみならず、酸素の吸着が、その大きな原因の一つとなっている事をはじめて明らかにした。酸素の影響は、他の物性にも見られる。帯磁率は酸素のない試料では、温度依存性のない反磁性である。一方、この試料を酸素にさらすと、低温で大きなCurie的常磁性成分が現れ、酸素の吸収量の大きいもの程この成分が大きくなる事を見い出した。これらの結果から酸素は分子の形のままC60単結晶に物理吸着される事が明らかとなった。また、X線回折強度のその場観察から酸素分子の存在位置は、C60面心立法格子中の八面体位置に存在する事を明らかにした。では、何故酸素分子吸着によって抵抗値が増大するかが大きな問題として残る。これに対して、本研究では、ホール係数の測定を行った。酸素を含まない純粋な試料では、ホール係数の測定から、キャリアーはホールである事、又、酸素吸着によってホール係数は増大し、キャリアーであるホール数が減少する。この結果、酸素吸着による抵抗の増大は主にキャリアー数の減少によると考えられる事を示した。酸素吸着によるキャリアー数の減少と活性化エネルギーの増大を説明するためC60誘導体不純物に起因するアクセプター準位が拡がりを持ち、酸素によって不純物補償が行われるというモデルを提唱した。しかしながら、このモデルの妥当性については、今後の研究をまたねばならない。また、純粋な試料についてホール係数と抵抗の温度依存性を正確に測定し、ホール移動度は、測定温度域(295K〜570K)でほとんど温度に依存しない事を見い出した。この結果は、キャリアーの移動が、通常のバンド描像ではなくポーラロン等のトンネリングやホッピングによる事を示唆している。以上のように本研究はC60単結晶の物性について、酸素の物理吸着が大きな影響を与える点を明確に示し、重要な寄与をなしたものである。

UTokyo Repositoryリンク