地球磁気圏と太陽風との相互作用の結果として磁気圏内にプラズマの対流運動が起きるメカニズムは、1960年代になされた太陽風の発見以降多くの研究者によって論じられて来た。地上における磁場計測や人工衛星による電場計測等によって、惑星間空間磁場(IMF)が北向きの時には磁気圏内の昼側極域に太陽方向のプラズマの流れが生じることが解っている。この流れは、磁気圏境界面上で起こる磁力線の再結合(リコネクション)が起因であると説明されている。IMFが北向きの時にはカスプの高緯度側で磁気圏磁場とシース中の磁場とが反平行となり、リコネクションが起きる。シース中の磁力線とつながった地球起源の磁力線の電離層高度への投影点(フットポイント)では、極冠域境界に沿って夜側へと向かう流れが励起される(図1)。その結果、極冠域内の流れが閉じるように極冠の内側では太陽向きの流れが起こる。 最近の人工衛星による観測により更に詳細なプラズマの流れとプラズマのフラックスの比較がなされ、太陽方向の流れの領域への太陽風起源のイオン(プロトン)の侵入が報告されている。これから高緯度リコネクションの際にカスプ領域では磁場の張力により局所的に太陽方向の流れが励起され、同時に太陽風中のプラズマが磁力線に沿って磁気圏内に入り来むという考え方が示されている。 図1 従来の高緯度リコネクションモデルの概念図 極域、特にカスプ域周辺におけるプラズマの流れとイオンの降込みの様子の比較は、太陽風と磁気圏の相互作用の物理を理解する上で大変重要である。しかし、過去の研究ではIMFが北向きの時のカスプの観測は少数の例による定性的な議論にとどまっている。本研究では科学衛星「あけぼの」(EXOS-D)の1989年4月から1990年12月までの電場及びプラズマ計測器のデータを用い、太陽方向の流れを伴うイオンの降下現象について定量的な解析を行なった。特に太陽方向のプラズマ流に沿ったパスについてイオンの降込みのパターンやスケールを明らかにし、高緯度リコネクションモデルの妥当性を検証した。 従来の観測結果と同様「あけぼの」でもIMFが北向きの時に磁気緯度75゜以上の高緯度域で太陽方向のプラズマ流が観測された。同時に太陽風に起源を持つと考えられるプラズマの降り込みがしばしば観測された。これらの観測事例中、イオンのエネルギーが緯度とともに増加し分散を起こしていることがあった。図2は夜側から昼側に向う衛星のパスで電場とプラズマのフラックスを観測した一例である。(a)は電子・イオンのE-tダイアグラムと電場の3成分の時間変化を、(b)は衛星の軌道及び電場から算出したプラズマの流れの方向を120km高度平面に投影した結果を表す。17:16〜17:26UTに、太陽方向の流れ(電場のy成分が負)と同時に1keV程度のエネルギーを持つイオンがエネルギー分散を伴って観測されている。図3は17:16:28UTにおけるイオンと電子のスペクトルのプロットである。イオンのスペクトルは1.6keV付近にピークを持っている。この例ではエネルギー分散現象の起きている一連のイオンのデータにおいてピークにおけるエネルギーは4keVから100eVまで減少しており、太陽風から磁気圏に入り込んだイオンが何らかの機構でエネルギー分散を起こしたことを示唆している。一方電子のスペクトルは数十eV程度のエネルギーにおいてフランクスが強くなっており、やはり太陽風起源であることを示唆している。 図2の様な太陽方向プラズマ流中でのイオンのエネルギー分散現象が、磁気圏境界面上の比較的狭い領域で太陽風中のイオン注入が起こり、観測高度までの所要時間がエネルギーによって異なるために起きた(Velocity Filter Effect)のであれば、衛星の軌道とプラズマの流れの方向が平行に近い時に多く観測されることが期待される。図4はIMFが北向きの時の「あけぼの」の観測例中、イオンのエネルギー分散現象が見えた時の流れと衛星の軌道とのなす角度の頻度を示す。半数以上において角度は30゜以下であり、分散現象はVelocity Filter Effectによるものであると言え、注入の機構として高緯度リコネクションが裏付けられる。 図2 1990年5月8日に「あけぼの」で観測されたデータ(a)電子・陽イオンのE-tダイアグラムとGMS座標系での電場の3成分の時間変化(b)120km高度の電離層にマッピングした衛星の軌道とプラズマの流れの方向図3 1990年5月8日17:16:28UTにおける「あけぼの」で観測されたイオンと電子のエネルギースペクトル図4 1989〜1990年の「あけぼの」の観測例中、太陽方向プラズマ流中で陽イオンのエネルギー分散現象が見えた時の、流れと衛星の軌道とのなす角度の観測頻度 一方衛星の軌道とプラズマの流れの方向が平行に近いにもかかわらず、太陽方向の流れに伴って降り込むイオンにエネルギー分散が見られない場合も多数あった。これらのイオンはスペクトル解析等からDiffusionによって磁気圏内に入ったものと推察された。 図5は「あけぼの」で太陽方向のプラズマ流を伴ってイオンの降込みが観測され、しかも衛星の軌道とプラズマの流れとの成す角が30°以内であった20パスにおいて、降込み領域を120km高度に投影した時の流れに沿ったスケールの分散である。ハッチはエネルギー分散が観測されず、Diffusionによってイオンが入り込んだと考えられる事例を、白抜きはエネルギー分散が観測され、高緯度リコネクションによりイオンが注入されたと考えられる事例を表す。ハッチしてあるケースではスケールは100〜150kmに集中している。この長さを磁気圏境界面に投影するとおよそ1Re(地球半径)になり、高高度衛星によるEntry Layerの実測とほぼ一致する。これはこれらのイオンがDiffusionによって侵入したという考察を裏付けている。他方高緯度リコネクションによるカスプ域への太陽風起源のイオンの注入を考える時、イオンの降込み領域の上流側の端は注入が起こった場所のフットポイントに、下流側の端はカスプ(ここでは磁力線がシースと直接つながった領域をさしている)の赤道側の境界に対応すると考えられる。図5は、エネルギー分散を起こしているケースでは流れに沿ったスケールが一般に長く、500kmにも達することもあることを示している。これらの事例は、図2の例に代表される様に、イオンが注入された地点のフットポイントはカスプの赤道側境界より数百km反太陽側に位置していることを示唆している。 図6は、これらの20パスについて、太陽方向のプラズマ流を伴って陽イオンの降込みが観測された期間の衛星のパスをプロットしたものである。エネルギー分散が観測された例では、エネルギーが減少する方向を矢印で示してある。緯度80゜以上では殆ど全ての例においてエネルギー分散が見られ、プラズマが高緯度リコネクションによって注入されたことを示している。 図表図5 太陽方向の流れを伴ってイオンが降込み、かつ衛星の軌道と流れとのなす角が30゜以内であった事例において、120km高度面に投影した降込み領域の流れに沿ったスケールの分散。ハッチはイオンにエネルギー分散が見られなかった事例を、白抜きはエネルギー分散が観測された事例を示す。 / 図6 太陽方向の流れを伴ってイオンが降込み、かつ衛星の軌道と流れとのなす角が30゜以内であった事例において、降込みが観測された期間の衛星の軌道のプロット。エネルギー分散が観測された事例では、エネルギーが減少する方向を矢印で示してある。 図7は図2と同様太陽方向のプラズマの流れとそれに伴う太陽風起源のプラズマの観測例であるが、衛星は朝方から夕方方向にプラズマ流を横切っている。07:16UTにおいて磁気緯度83゜付近でイオンの降込みが観測されており、これはプラズマ流が反太陽方向(電場のy成分が正)から太陽方向(電場のy成分が負)へ向きを変えている場所に一致している。従来の高緯度リコネクションモデルでは太陽方向の流速が速い程強いイオンのフラックスが期待され、この現象を説明することが出来ない。 図7 1989年11月10日に「あけぼの」で観測されたデータ。フォーマットは図2と同様 また高緯度リコネクションによって太陽向きのプラズマ流を伴ったイオンの降り込みが起こるのであれば、リコネクションの理論より、リコネクションが起こる地点におけるアルフベン速度はシース中のプラズマ速度に比べて速いはずである。従って図6中の高緯度域(>80°)におけるイオンの降り込みは、リコネクションが起こる地点におけるアルフベンマッハ数(MA:プラズマの速度をアルフベン速度で割ったもの)が1より小さい時に起こっていることが期待される。図8はIMFが北向きかつ「あけぼの」が磁気緯度80°以上の昼側の領域を通過して太陽方向のプラズマの流れを観測した時の、磁気圏境界面上かつ真昼の子午面上で緯度70゜におけるMA(モデルからの予想値)の分散を表す。白抜きは太陽方向のプラズマの流れに伴ってイオンの降込みが観測された事例に対応している。イオンが降込むのはMAが0.8を越えた時に限られ、多くは1を越えた時であることが見てとれる。MAが大きい時、太陽方向のプラズマ流を伴なった太陽風起源のプラズマの降り込みは、従来の高緯度リコネクションでは説明することが出来ない。 図8 1989〜1990年においてIMFが北向きであり、「あけぼの」が磁気緯度80°以上の昼側の領域を通過して太陽方向のプラズマの流れを観測した時のアルフベンマッハ数(MA)の分散。白抜きは同時にイオンの降込みが観測された例を示す。 以上の観測結果よりMAが大きい時のリコネクションとそれに伴う太陽風起源のプラズマの降り込みについて以下のようなモデルが提唱される。リコネクションによって出来た磁場のkinkは太陽風と同じ方向へ流され(図9)、そのフットポイントでは反太陽向きの流れが励起される。kinkを通過した太陽風起源のイオンは地球に向かう速度成分を殆ど持たないため低高度では観測されない。kinkの運動は電離層に電流を流し、シースを流れるプラズマのエネルギーを消費する。プラズマ速度がアルフベン速度を下回るとkinkの運動は太陽方向に変わり、太陽風起源のイオンは地球方向に加速されて降り込む。結果として、高緯度領域において太陽向きの流れの中で太陽風起源のイオンがエネルギー分散を伴って観測されたというモデルが本研究から提示される。リコネクション後のkinkの一連の運動と、それに対応する電離層高度での対流の様子は図10に示されている。 図9 高緯度リコネクションが起こる地点におけるアルフベンマッハ数が大きい時の、磁場のkink付近におけるプラズマの速度(V,Vbulk)、kinkの速度(Vf)の様子 本研究の結果から導出された、IMFが北向きの時のイオンの降り込みとプラズマの対流の対応の様子は図11に示されている。即ち磁力線がシースとつながっている領域(open)と閉じている領域(closed)の境界付近では100〜150kmのスケールでDiffusionによって侵入したイオンの降り込みが存在する。MAが大きい時にはプラズマ流の反転する所でイオンの侵入が始まり、太陽方向の流れに沿って数百kmのスケールを持った降り込みが観測される。 図表図10 本研究の結果から提示される、高緯度リコネクションが起こる地点におけるアルフベンマッハ数が大きい時の、磁気圏境界面におけるkinkの運動と対応する電離層高度での対流の様子 / 図11 本研究の結果から導出された、IMFが北向きの時のイオンの降り込みと対流の対応の様子 |