学位論文要旨



No 110762
著者(漢字) 池田,博
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ヒロシ
標題(和) ギジムシロ属Leptostylae節(バラ科)の分類学的研究
標題(洋) Taxonomical studies of genus Potentilla L.section Leptostylae(Rosaceae)
報告番号 110762
報告番号 甲10762
学位授与日 1994.06.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2821号
研究科 理学系研究科
専攻 植物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大場,秀章
 東京大学 教授 岩槻,邦男
 東京大学 助教授 矢原,徹一
 東京大学 講師 邑田,仁
 東京大学 助教授 高橋,正征
内容要旨

 バラ科キジムシロ属(Potentilla L.)は主に北半球の温帯から寒帯,高山帯にかけて分布する属で,2亜属6節約300種が知られている(Wolf,1908;Yu & Li,1980).ヒマラヤ地域では温帯から高山帯にかけて分布し,多様な生育地に進出し,その多くはLeptostylae節の植物である.Leptostylae節はヒマラヤ地域で多様化した節で,キジムシロ属の中で最も進化した分類群とする見解(Wolf,1908)と,原始的とする見解(Yu & Li,1980)とがある.この様な対立した見解が生じるのは,Leptostylae節の種の多様性が充分には掌握されるには至っていないことによる.Leptostylae節の種レベルの分類を確立することはキジムシロ属の分類を行なう上で重要と考えられる.

 Potentilla lineata群はヒマラヤ地域の温帯から高山帯の主要な構成種となっている.Kalkman(1968)は,Wolf(1908)とYu & Li(1980)によってClosterostylae節に分類されたP.lineata群がLeptostylae節の種と類縁が近いことを示唆した.Leptostylae節の種レベルの研究ではP.lineata群をその対象に含めるのが妥当である.

 本研究はLeptostylae節の多様性を把握することを目的とし,1)P.lineata群の分類学的位置,2)Leptostylae節のヒマラヤ地域産の種レベルの分類,3)P.lineata群の種多様性の解析,について研究を行なった.分類体系の確立にあたっては,記載された全ての分類群についてタイプ標本を含む既存の全標本の再検討を行なった.

1.Potentilla lineata群の分類学的位置

 Closterostylae節とLeptostylae節は花柱の子房につく位置とかたちには違いがあるとされた.(Wolf 1908).しかし,P.lineata群とP.lineata群以外のClosterostylae節に属す種,Leptostylae節の種を比較したところ,花柱の子房につく位置と花柱のかたちにはさまざまな様態が観察され,これらの花柱の形質の差異にもとづいて分類群を区別することはできないことがわかった.他方,托葉の合着の程度(図1)と花茎の伸長様式では2つの形質状態が区別され,かつP.lineata群はLeptostylae節の種と同様の形質状態を共有し,他のClosterostylae節の種とは明らかに別の形質状態をもつことが判明した(表1).このようなP.lineata群とLeptostylae節との形質の共通性は,P.lineata群が分類学的にLeptostylae節に含まれる可能性の高いことを示唆する.

2.Leptostylae節の種レベルの分類

 Leptostylae節の種レベルでの分類を行なうため,野外観察とタイプを含む既存の標本を用い,多くの形態形質について解析を行なった.その結果,以下の形質には多様性が見いだされ,これらの形質の差異にもとづいて種を認識した.

a.分類形質の解析

 分枝様式(図2):5型が認められた.1)匍蔔枝をだす,2)小数の枝をだす直立性の根茎を持つ,3)節に鱗片葉を生じる長い根茎をもつ,4)地上付近で多数分枝してクッション状になる,5)根茎から地中性の匍蔔枝をだし,新個体になった後に独立する.

図表図1.托葉の合着.A:Closterostylae節B,C:Potentilla lineata群B,C,D:Leptostylae節. / 表1.Potentilla lineata群とPotentilla lineata群以外のClosterostylae節とLeptostylae節との比較 / 図2.Leptostylae節にみられる分枝様式. A:匍匐型 A-1:側生型 A-2:頂生型 B:直立根茎型 C:長根茎型 D:クッション型 E:独立型 破線:枯死部.

 托葉:根出葉の托葉裂片の合着の程度に以下の3型が認められた.1)裂片は離生する,2)裂片はと途中まで合着し,先は2裂する,3)裂片は完全に合着し,円頭になる.なお,茎葉の托葉の合着程度は同一個体の根出葉の場合と異なり,根出葉の托葉裂片が離生の場合でも茎葉の托葉裂片が合着する型としない型があった.

 花序:二出集散花序を基本とするが,花序の節間が短縮し,散形状となる型が見いだされた.二出集散花序では同一個体で内で花序枝につく花数の減少がみられ,ときに花を単生する場合もあった.

 花序のつく位置:匍蔔枝上に花を頂生する型と匍蔔枝につく葉の葉腋に花をつける型とがあった.

 雄蕊数(図3):キジムシロ属では雄蕊は最大3刊に環に配列し,各環には最大10本の雄蕊をだす.各環につく雄蕊数には広い変異が観察されたが,以下の3型が区別された.1)20本を基本とし,25本から30本になる,2)10本から20本,3)5本から8本.なお,雄蕊は1)型は3環,3)型では1環に配列する.2)型は中間の1環に10本配置するほか,内外の各環に小数の雄蕊がでる.

b.種レベルの分類

 上記の形質に基づいて種レベルの分類を行なった結果,これまで別種として記載されていた30種は13種に分類されることが判った.また,5つの未記載種が存在することが判明した(表2).それらの未記載種のうち2種はこれまで暫定的にP.leuconotaとされた標本中から見いだされ,残り3種はネパールで行なった集団解析により見いだされた.

 種レベルの分類において従来の分類と大きく異なる結果が得られたのは,種内変異に関する解析の不足から,小葉の形,毛の量,花序の花の数など変異が連続する形質を種の区別に用いたことによる.今回,多くの形質について解析を行ない,変異が一定で安定した形質を用いることにより,より的確に分類学的に種を識別することができたと考えられる.

c.染色体数

 これまでLeptosstylae節の種の染色体数はP.anserinaを除き,全く知られていなかった.本研究で,同節の18種中,ネパールに産する全12種について染色体数を調べた.その結果,Potentilla leuconota,P.cardotiana,P.commutata,P.aristata,P.makaluensis,P.glabriusculaは2n=14,P.anserina,P.contigua,P.kaligandakiensis,P.turfosoides,P.microphyllaは2n=28,P.peduncularisは2n=42であることが判明し,染色体数に種内変異は見られなかった.2n=14,28,42はそれぞれ2倍体,4倍体,6倍体と推定され,Leptostylae節内に倍数性が発達していることが明らかになった.

3.Potentilla lineata群の多様性の解析

 Potentilla lineata群は形態的に多型で,個体単位の標本の比較では種の境界は不明瞭であり,分類は混乱していた.P.lineata群の解析では,標本による比較とともに,野外集団の解析が種を識別する上で有効と考えられた.ネパールヒマラヤでは12地点でP.lineata群植物の集団を見いだすことができ,集団を構成していた487個体を用いて形態形質の解析,染色体数の算定等を行ない,分類学的検討を行なった.

a.形態の解析

 正常な花粉の形成が見られない雑種と推定される個体を除く406個体について,托葉の合着,花柄の腺毛,柱頭の形態について変異を観察した結果,異なる形質状態を持つ3型(タイプa,b,c)が見いだされた(表3,4).

 タイプcについては,頂小葉対の基部が軸に対して沿下する葉を持つ個体と持たない個体が見いだされたが,沿下する程度はさまざまであり,これが分類形質として有効であるかどうかを総合的に判断するために,19の形質(図4)を用いて主成分分析を行なった.その結果,タイプcの中に主成分1から3を用いて4つのまとまりが認められた(図5).頂小葉対を分類形質として用いる有効性が他の量的形質の変異から支持された.

図表図3.雄蕊数の変異.A:20本型 B:10本型 C:5本型. / 表2.Leptostylae節の種レベルの分類 / 表3.Potentilla lineata群の3型の特徴 / 表4.Potentilla lineata群の3型の個体数の分布 / 図4.測定部位.a:全体 b:萼筒の背軸観 LL:葉長 NLL:小葉数 LLL:頂小葉長 WLL:頂小葉幅 NS:鋸歯数 NT:副萼鋸歯数 LE:副萼長 WE:副萼幅 LC:萼長 WC:萼幅 LT:花弁長 WP:花弁幅 LF:花糸長 LA:葯長 WA:葯幅 LS:花柱長 WS:花柱幅 LO:子房長 WO:子房幅.
b.分類学的検討

 分類学的検討を行なった結果,タイプaはP.festiva,タイプbはP.lineataに該当することが判った.タイプcはP.josephianaとP.polyphyllaに分けられ,P.polyphyllaの中にvar.polyphylla,var.interrupta,var.himalaicaの3変種が区別された.以上の結果からP.lineata群は4種3変種に分類するのが妥当である,と結論された(表5).

図表図5.タイプcの主成分分析.(D)は頂小葉対の基部が沿下する個体,(S)は沿下しない個体を示す. / 表5.Potentilla lineata群の種レベルの分類.
c.染色体数と雑種形成

 Potentilla festivaは2n=28,P.lineataは2n=14,P.josephianaは2n=42,P.polyphyllaの3変種は2n=28で,染色体数に種内変異はみられなかった.2n=14,28,42はそれぞれ2倍体,4倍体,6倍体と推定され,P.lineata群についても倍数性が発達していることが明らかになった.雑種と推定される個体の雑種性は染色体数からも支持された.

結論

 1)Potentilla lineata群はLeptostylae節と共通性が高く,分類学的にはLeptostylae節に含められる可能性が高い.

 2)ヒマラヤ産Leptostylae節は18種に分類され,そのうちの5種は未記載種であった.

 3)Potentilla lineata群は4種3変種に分類された.

審査要旨

 本論文、Taxonomical studies of genus Potentilla L.section Leptostylae(Rosaceae)[キジムシロ属Leptostylae節(バラ科)の分類学的研究]は、第3章からなる。第1章はPotentilla lineata群の分類学的位置、第2章はLeptostylae節の種レベルの分類、第3章はPotentilla lineata群の多様性の解析について述べられている。

 第1章は、現代分類学の視点ならびにヒマラヤでのキジムシロ属の多様性解析の結果から分類体系を歴史的に考察され、問題点が指摘された。これまでの指標形質が再検討され、また指標形質として新たに発見された根生葉の托葉、茎の分枝などの多様性も用い、従来はClosterostylae節に分類されたヒマラヤ、チベットおよび中国産の種がLeptostylae節の種とは分類学的には区別できず、それらが後者の節に分類されるべきであることが明かにされた。

 第2章はこれまでClosterostylae節に分類されてきた、Potentilla lineataとその近縁種群を、ネパール・ヒマラヤでの集団解析と標本を用いた解析により、分類学的に再検討され、分類体系が正され、学名が定められ、記載された。染色体数が調査され、種の細胞遺伝学的均質性が明らかにされた。さらに、標本を引用し、変異幅と分類群の境界が明らかにされてた。

 第3章は、従来のLeptostylae節に含まれるヒマラヤ、チベットおよび南西中国(云南・四川)産種の分類学再検討である。その基礎はヒマラヤでの集団解析および世界の主要標本館から借用した2000点あまりの標本を用いた形質の変異性の解析にある。分類体系を正され、全分類群の正名が定められ、記載された。染色体数が調べられ、種の細胞遺伝学的均質性が明らかにされた。さらに、標本を引用し、変異幅と分類群の境界を明示された。

 なお、本論文は、大場秀章氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53832