DNA複製に際し,DNA polymeraseはかならずプライマー分子を要求する。このプライマーはRNAであることが一般的である。またDNA合成は、5’→3’の一方向にのみ進行する。そのため、直鎖状DNAの末端がいかにして複製されるのか、という問題が提起されており、未解決の問題として残されている。直鎖状DNAをゲノムとして持つ生物は、この問題を解決するために様々な機構を獲得している。例えば大腸菌ファージT7は、巨大連結分子(コンカテマー)を形成し、隣接する分子のDNA末端をプライマー分子として利用している。また、タンパク質をプライマー分子として用いることで、末端のDNA複製を解決しているものもある。このprotein-priming DNA replication(タンパク質始動型DNA複製)は、アデノウイルスおよび枯草菌ファージM2と29で、証明されている。プライマーとして機能するprimer protein(PP)は複製終了後、そのままDNA末端に末端タンパク質(TP)として残るため、タンパク質をプライマーとするものは、末端にタンパク質を共有結合したゲノム(TP-DNA)を持つ。in vitro実験系での解析からDNA複製の開始には、PPとウイルス由来のDNA polymerase(pol)と、TP-DNAの3要素が必要であることがわかっている。本研究は、protein-priming DNA replicationのメカニズムを明らかにすることを目的として、枯草菌ファージM2と29のPPの機能を分子遺伝学の手法を用いて解明したものである。 1PP中のRGD配列の役割 -in vitro DNA replication system ファージM2、29のPPのアミノ酸配列中に、Arg-Gly-Asp(RGD)配列が保存されており、合成トリペプチドRGDが、ファージM2、29のトランスフェクションを阻害することから、この配列の重要性が示唆されていた。そこで部位特異的変異誘起法によりRGD配列に相当する部分の遺伝子に変異を導入し、変異型PPを大腸菌内で、作り精製した。これらの変異型PPの活性を、in vitroで測定した。その結果、1.in vitroでのprotein-priming反応の効率が、変異型PPでは、低下した。2.PPはpolとヘテロダイマー複合体を形成するがglycerol density gradient centrifugation法を用いた解析の結果、この複合体は変異型PPでも形成された。3.PPはprotein-priming反応の際に、TPを認識するが、変異型PPでは、この効率が低下した。以上の結果よりPPのRGD配列は、protein-priming DNA replicationの際にTPを認識するシグナルとなっていることが示された。(RGD配列は、細胞接着に関与するフィブロネクチンの作用部位の配列で、タンパク質-タンパク質相互作用のシグナルである。) 2、in vivoの実験系の確立 PPの構造と機能の関係をin vivoで調べるため、in vivoの実験系の構築を試みた。ファージM2では、PPの遺伝子にsupressor sensitive mutationがはいったsusEファージが分離されている。M2susEファージはsu-菌を宿主とした場合、増殖できない。そこで、su-菌でPPの発現系の構築を試みた。この発現系ができれば、PPの構造と機能の関係をプラークの有無で調べることが可能となる(complementation test)。IPTG(isopropyl--D(-)-thiogalactopyranoside)で誘導可能なspac promoterの下流にPPの遺伝子を組み込んだ。さらに枯草菌ゲノムにシングルコピーで組み込むために、枯草菌のhisAの一部もクローニングして、integration vectorとした。(結果)1.PPの発現系を持つ菌にM2susEファージを感染させたところ、IPTGで誘導をかけた場合にのみプラークが生じ、実験系が確立したことが示された。2.枯草菌DNA polymeraseIIIの阻害剤である6HPUraを用いることによって、IPTGを加えた時にのみ、ファージのDNA polymeraseによるDNA合成を、[3H]-チミジンのとりこみによって検出する系も確立した。3.この実験系の解析から、ファージDNA polymeraseは、nick translation活性が乏しいことが示唆された。 3、PP中のRGD配列の役割 -in vivo DNA replication system 2で述べた実験系を用いてPPの構造と機能の関係をin vivoで調べた。その結果、DGD型のものは、burst sizeが、著しく減少した。RGD配列の中でもRが特に重要であることが示された。 またprotein priming DNA replicationを行なう様々な種のウイルス、プラスミドのPPのアミノ酸配列を比較したところ、RGD配列が共通にみられることが明らかになった。RGD配列を介した末端認識は、protein priming DNA replicationの共通のメカニズムであることが示唆された。 4、M2のPPと29のPPの機能の比較 ファージM2と29は互いに類縁関係にあり、形態及び遺伝子配置もよくにている。両者のPPのアミノ酸配列の相同性は62.4%あり、またpolに関しては86%の相同性がある。RGD配列は両ファージのPP中にあり、かつ、その位置も相同なところにある。このように相同性の高いPPとpolに関して、M2と29の間で互換がきくのか、あるいは、種得異性がみられるのかについて、in vivoおよびin vitroで調べた。 (in vivo)2.で構築した系でM2PP遺伝子のかわりにM2pol、29のPP、polの遺伝子をクローニングした。これにより両ファージのPPとpolの発現系が構築できた。そこで、M2susE,susGおよび29sus3,sus2ファージを感染させて、complementation testおよび6HPUraを用いてDNA合成の有無を調べた。1.homologousな系の時にのみコンプリメントしたが、heterologousな系ではPP、polともにコンプリメントしなかった。2.6HPUraを用いたチミジンの取り込み実験の結果、hecerologousな系では、いずれの場合にも、DNA合成が全く起こらなかった。(in vitro)1.priming反応でも、homologousな系の時にのみ活性が検出できた。2.PPはTPを認識するが、M2PPはM2TP及び29TPを認識できた。同様に29PPはM2TP及び29TPを認識できた。3.M2PPはM2polと複合体を形成する。また29PPは29polと複合体を形成する。しかしM2PPは29polと、また、29PPはM2polと複合体を形成できないことを示唆するデータを得ている。以上の結果は、ファージM2と29の複製装置は、機能的、構造的によく似ているにもかかわらず、互換がきかず、種特異的な相互作用がみられることを示している。そしてPP,polのいずれの場合においてもheterologousな系ではDNA合成が起きなかったことから、種特異性はDNA複製の開始時に発揮されることが判明した。 5、キメラPPを用いた解析 PPのアミノ酸配列の中で種特異性にかかわる領域を探すため、M2と29の間でキメラPPを作製し解析した。キメラPPを作製する方法はまずM2と29のPPの遺伝子をタンデムにつなぎ、境界部で切断後、大腸菌recBC,sbcA株に導入しhomologous recombinationを用いる方法と、部位特異的変異誘起法によりアミノ酸配列が変わらないように変異を入れて制限酵素部位を作り、後にこの制限酵素部位を利用してDNA断片をいれかえる方法を用いた。解析はin vivoのcomplementation testを用いた。その結果、C末端側が種特異性にかかわっていることが示唆された。 |