学位論文要旨



No 110768
著者(漢字) 川瀬,隆治
著者(英字)
著者(カナ) カワセ,タカハル
標題(和) 3次元不均質媒質中の圧力源による界面動電現象
標題(洋) Electrokinetic phenomena caused by pressure sources in an inhomogeneous medium
報告番号 110768
報告番号 甲10768
学位授与日 1994.07.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2823号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木下,肇
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 河野,長
 東京大学 助教授 渡辺,秀文
 東京大学 助教授 歌田,久司
 東京大学 講師 笹井,洋一
内容要旨

 界面動電現象は、多孔質媒質中に流体がある場合に間隙圧勾配と電位勾配のカップリングをもたらす現象である。火山、断層、地熱地帯などの地殻活動が活発な地域では、活動にともなう間隙圧勾配が生じると、この現象によって地表での電磁場異常をもたらす可能性がある。したがって界面動電現象は、地殻活動を知る為の手がかりとなる観測上重要な物理現象といえる。こうした考えは、20世紀前半から知られており、界面動電現象についての理論的研究もこのころから行われるようになった。一方、観測事実からもその可能性を示唆する結果が得られている。例えば代表的な例として、長野県松代の群発地震の際に地震活動の活発化と同時期に全磁力異常と地下水の湧水量の増加が見られたことが、1976年に報告されている。

 一方、界面動電現象によって地表に生じる電磁場異常の定量的な見積りについても過去に多くの研究がなされている。しかしその多くは、支配方程式を解析的に取り扱う必要からなんらかの近似または仮定を施したものであった。現在知られている代表的な報告では、半無限均質媒質を仮定した場合の地表面より上では電磁場異常が生じないとされている。本論文では、2次元または3次元の有限差分法を用い、適切な境界条件を置くことによって過去の報告にみられたような近似または仮定を使わずに定量的な見積りを行うことを可能にした。また、差分法であるため、あらゆる形の不均質構造、圧力源分布についてモデル計算することを可能にした。その結果、半無限均質媒質中の圧力源によって生じる表面の電場、磁場について、現在一般的に知られている代表的な報告にみられた結論と以下の点で異なる知見を得ることができた。

1.半無限均質媒質中の圧力源による地表での電位分布

 半無限均質媒質を仮定した場合でも、界面動電現象による電位異常は地表に生じる。均質媒質中での支配方程式からは、圧力と電位は共にラプラス方程式を独立に満たすのみで、両者の間にカップリングは生じない。地表の境界条件では、圧力を0と置くことができ、また鉛直方向の電流が0になる必要がある。こうした要請は結果的に、地表において鉛直方向の電位勾配と圧力勾配が比例する関係をもたらす。

 過去の報告では、圧力源が十分深くに存在し地表から遠方にあると近似される場合には、圧力と電位の絶対値の比例関係にあり、地表での圧力の境界条件はゼロとしているため、地表での電位分布もまたいたるところでゼロという結果になる。こうした考えは一般に広く信じられていた。

 しかし、上のような近似を与えずに電位分布を計算すると、地表で鉛直方向の電位勾配と圧力勾配が比例する関係があることから、地表自身が鉛直方向の不均質境界となって電位と圧力のカップリングをもたらす。その結果、半無限均質媒質を仮定した場合でも地表に電位分布異常が生じる場合があり、点圧力源の場合にはその真上の地表を中心にした同心円状の分布をすることがわかった。

2.圧力源の形状に依存した磁場

 半無限均質媒質を仮定した場合でも圧力源の形状、即ち電流分布に依存した磁場が地表で観測される。半無限均質媒質中の点圧力源を仮定した場合、生じる電流は軸対称な動径方向の成分と鉛直成分のみで角度方向の成分がゼロであることから、生じる磁場は角度方向の成分のみをもつ。一方地表では電流は流れないから、Ampareの法則によってそこに存在する磁場も0になる。

 過去の報告では、そのほかの形の圧力源を点圧力源の集合と考え、それによってできる地表での磁場も点圧力源によってできる磁場の重ね合わせで表現されると考えられた。即ち、半無限不均質媒質を仮定すればいかなる圧力源によっても地表に磁場は生じないとする考え方が一般的となった。

 しかし、前述の点圧力源の場合のようにAmpareの法則から磁場が0になることを導くには、そこに生じ得る磁場が角度方向の成分のみをもっているという条件が必要になる。複数の点圧力源が存在してどの様な鉛直方向の座標軸をとっても電流の角度方向の成分をいたるところで0にすることができない場合には、地表での磁場分布は地中の角度方向の電流分布によるから、圧力源の形や分布に依ることになる。

 以上の2つの知見の他に以下のことが明らかになった。

 半無限均質媒質中の圧力源に依って生じる地表の電位分布異常は流体の電気伝導度とツェータ電位に特に強く依存し、その他のパラメーターはこれら2つのパラメーターに比べて影響は小さい。

 また断層のような横方向の不均質構造を与えた場合の点圧力源による電位分布は、半無限均質媒質の場合にみられた同心円状の分布が不均質の走行方向またはその鉛直方向にゆがむ分布をする。一方磁場分布については、不均質の走行方向の水平成分とそれに直行する方向の水平成分とで絶対値に違いがでる。これはこれら2方向のうち一方の電流成分が他方に比べて卓越することによるものである。従って、鉛直成分は四象現型の分布をする結果が得られた。過去に行われた断層破砕帯での理論計算からは、大きな磁場の異常が見られないと結論されていた。しかしそこで求められた結果は、本計算で求められた水平2成分のうち小さい値の成分であり、それと直行する方向の成分についてはそれよりも大きな異常が生ずる。このことによって、断層破砕帯での磁気異常を界面動電現象で説明する道を開くことができたといえる。

 この様な界面動電現象の数値実験プログラムを以下のような野外観測データに応用し、プログラムの有用性とモデルの定量的な議論を行った。

1.海洋潮汐変動を圧力源とする海岸線付近での界面動電現象モデル

 海洋潮汐は、振幅、位相、周期などその振舞いが明かな数少ない自然界の圧力源の一つと考えられる。この圧力源によって海底では間隙圧の周期変動がもたらされ、海陸間の圧力差による界面動電現象が生じることが考えられた。こうしたモデルの数値実験からは、海岸線に直行する測線で測った電位変動振幅は海岸線からはなれるに従って緩やかに減少すること、またその海岸線近傍での振幅値が海面水位の単位変動に対しておよそ1mVになることが明らかになった。この解析の際、観測点の地形標高は結果に大きく影響するため、実際の観測点に即した地形分布を計算モデルにも与えている。実際にこうした海岸線付近での地電位データを得るために海岸線にほぼ直行する約500mの測線を張り、野外観測を実行した。得られた20日分のデータを潮汐成分解析プログラムBAYTAP-Gで解析し、潮汐成分を決定した。その結果、海岸線からの距離に対して緩やかに減衰する振幅分布の電位成分が得られ、その大きさは、即位長さの潮汐変動に対して海岸線近傍でおよそ2mV程度であるという結果が得られた。従って、こうした観測結果が界面動電現象による数値モデルで説明されることがわかった。またその場合、さらに観測値を説明するためには、ツェーク電位が200mV程度であることがモデルから推定された。

2.地形標高と相関のある電位分布の界面動電現象によるモデル化

 自然電位は海岸線を基準点として測定すると、標高が高くなるにしたがって小さくなる傾向が見られる。このことは自然電位の地形効果として一般に知られている。この原因について地下水の重力による流動、電解質の濃度差の不均質などが考えられてきたが、その定量的な考察は行われていなかった。この現象が前者の考えによる界面動電現象で説明される可能性を調べるために、以下のような条件下でのモデルを設定した。

 1)地下水面水位は地形と相関のある分布をしている。

 2)地下水面水位は定常的な天水の供給を受け、分布は変わらない。

 3)地下水面水位の分布は十分になだらかで、電位分布を求める際に水平面として近似することができる。

 この様な仮定を置くことによって、界面動電現象で扱う圧力は地下水面で水平方向の勾配のみをもつ分布をとることを示した。またその相対値は空隙率、密度、重力加速度、地下水面水位の積として与えられる。こうした値を数値実験の圧力源として用い、標準的な物性量をもつ均質媒質について地表での電位分布を計算した。その結果、600mほどの高さをもつ地下水分布に対しておよそ200mVの自然電位異常が生じることがわかった。実際に伊豆大島で観測された自然電位異常はおよそ400mV程度であるため、物性量の誤差を見込めばこうしたモデルによって自然電位の地形効果を十分に説明することができる。

 また、伊豆大島内で全13点の地電位差連続観測を行った結果、海岸線での観測点を基準にすると、主に標高の高い観測点での自然電位に年周変化がみられた。この変化は春から夏にかけて正、秋から冬にかけて負のピークになり、最大振幅はおよそ40mVとなる。変化のモデルとしては、夏場に多い降雨が秋口にかけて流動し、地形効果と同じメカニズムで電位変動をもたらすことが推定される。

 以上の応用結果から、本論分で示した界面動電現象の数値実験は十分にその有用性が確かめられた。また火山、断層、地熱地帯などに特有の電位、磁場分布の異常を界面動電現象で説明するモデルの定量的な議論を可能にした。既にいくつかの火山や断層で得られている観測値の定量的な議論が期待される。

審査要旨

 本論文は5章からなり、界面動電現象の定量的評価を行なうためのモデリング手法の開発と,その手法の観測データへの適用について,詳細な研究を行なった結果について述べられている.第1章では,従来の研究の概要をまとめ,本研究で解決すべき問題点が論じられている.第2章と第3章では,界面動電現象を支配する基礎方程式の物理的な解釈と,その数値的な解析手法の導出手順が述べられている.第4章において,3例の野外観測データの解釈が,本研究で開発した手法によってなされ,本論文の結論が第5章に述べられている.

 本研究は、地下水層や地熱地帯などで発生する,界面動電現象による電場や磁場の異常分布およびその時間的な変動の様子を,数値計算により定量的に評価するための手法を開発した点に、最大の特徴が認められる。従来の研究では,界面動電現象の存在が理論的に示され,室内実験による裏付けもなされているものの,現実の地表で観測される地電位差などのデータから,地球内部の物性の分布や状態を表す物理量(圧力・流量など)を定量的に推定する手段がなかった.本研究では,既に得られている基礎方程式を3次元直交座標系で離散化することにより,任意の圧力分布に対する3次元不均質媒質内の界面動電現象のモデル化を可能にした.このように,界面動電現象について基礎方程式を具体的に数値計算で評価するという数量評価の表現は,本研究においてはじめて導出された.この手法の開発により,地殻上部断層付近の流体流動を伴う地殻活動による地磁気・地電位差の異常変化や,火山・地熱地帯における地下の熱水活動に伴う地電位分布などについての定量的な議論が行なえるようになった.

 本論文の主要部である2章及び3章では,この手法を用いて界面動電現象の性質とその発生機構を明かにした.その中には,従来の研究においては不明であったり,誤って解釈されていた事象を含む.例えば,半無限媒質中に圧力源が存在するとき,媒質表面には電位差が発生しないと考えられてきたが,表面における境界条件を正しく考慮することにより電位差が発生することを具体的に示した.また,界面動電現象に伴う磁場の発生機構について考察を行ない,圧力源による電流の分布に応じて発生する磁場の空間分布が決定されることを明かにした.さらに,いくつかの典型的な不均質構造についての数値実験を行ない,ゼータ電位・電気伝導度・空隙率などの個々の物性定数の不均質な分布が,発生する電磁場におよぼす影響について,考察を加えた.

 第4章においては,野外観測とその解釈が述べられている.伊豆大島において地電位差の野外観測を,長基線・短基線二通りの方法で実施した.長基線の観測は,NTT電話回線を用いた連続観測で,短基線の観測は移動用の測定器を用いて,100〜500mの電極間隔で行なった.こうして得られた,海岸付近に見られる潮汐周期の電位差変動・地形に相関のある電位差分布・地電位差の年周変化等の野外観測データの解釈に,本研究で開発したモデリングの手法を応用した.潮汐周期の電位差変化の原因は,潮位変化による圧力変化が海岸から内陸の地下水層へ伝播するモデルを考え,具体的に数値計算結果と観測結果の比較を行なった.結論として,地表近くの比抵抗を測定にもとづいて25・mとしたとき,観測された振幅および位相の空間分布を説明するために,流動電位係数が3.5×10-7V/Pa程度であることを得た.地形と相関のある電位分布の原因としては,地表の標高に相関のある圧力的に不均衡な地下水面を考え,地下水層内部の水平方向の圧力勾配による,電位の発生機構を提案した.さらに具体的に数値計算を行ない,潮汐変化の解析で得た媒質の物性に対する条件に矛盾なく観測値を説明するモデルを得た.地電位の年周的変化については,地形効果の原因となっている地下水面の位置が,降雨などにより季節変化することがその原因であると推察した.以上の応用例によって,本研究で開発したモデリングの手法が,現実の地球物理学的な観測事実を定量的に議論するうえで有効であることが示された.

 本論文は地球物理学的に興味深い現象である界面動電現象の定量的評価のための数値計算手段を開発したという点で,極めて大きな貢献をした.これにより,従来はあいまいな解釈が与えられていた現象に,物理的にもはっきりとした解釈が与えられた.また,観測データから地球内部の物性や状態を推定する手段を提出した.

 以上のように,本論文は新しい手法に基づき,地球電磁気学の分野に大きな貢献をしたことが認められ,博士(理学)を授与できる内容であることが確認された.

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