学位論文要旨



No 110771
著者(漢字) 池本,隆昭
著者(英字)
著者(カナ) イケモト,タカアキ
標題(和) カルシウムによるカルシウム放出機構に対するカルモジュリンの二相性効果
標題(洋)
報告番号 110771
報告番号 甲10771
学位授与日 1994.07.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第973号
研究科 医学系研究科
専攻 第二基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野々村,禎昭
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 講師 飯野,正光
 東京大学 講師 大内,尉義
内容要旨

 骨格筋の生理的収縮は、細胞内の筋小胞体からCa2+放出が生じることにより発生する。筋小胞体からのCa2+放出機構として、Ca2+によるCa2+放出機構が詳しく調べられてきた。近年、このCa2+によるCa2+放出の性質を有するチャネル蛋白(ライアノジン受容体)が、植物アルカロイドであるライアノジンの特異的な結合を利用して単離、精製され、さらにその一次構造も明らかにされた。このチャネル分子は、その形態と存在部位から考えて、生理的Ca2+放出機構としても機能すると考えられている。生理的Ca2+放出では、Ca2+によるCa2+放出とは異なるモードでライアノジン受容体チャネルの開口が起こる可能性が示されているが、生理的Ca2+放出機構の解明への一つのアプローチとして、Ca2+によるCa2+放出機構の性質、特にその活性の調節をさらに深く解明することは重要である。

 Ca2+によるCa2+放出機構は、種々の細胞内物質によってその活性が影響を受けることが知られている。カルモジュリンは生体組織に広く分布し、多様な役割を持つと考えられている蛋白質であるが、分離筋小胞体を用いた実験において、生理的に細胞内に存在する濃度でCa2+によるCa2+放出を抑制すると報告されている。今回、生理的微細構造をできるだけ維持したスキンドファイバーを用いて、骨格筋筋小胞体のCa2+放出に対するカルモジュリンの影響を解析した。その結果、分離筋小胞体を用いた結果では得られなかったカルモジュリンのCa2+によるCa2+放出機構に対する促進効果を新たに発見した。

<実験方法>

 標本には、ウサギ腸腰筋を用い、サポニンまたは-エスシンを処理することによりスキンドファイバーを作成し、細胞内環境を自由に制御できるようにした。Ca2+放出速度を測定する実験では、ATP存在下にCa2+ポンプを利用して一定量のCa2+を筋小胞体に取り込ませた(pCa6.7,90秒)後に、種々の条件でCa2+放出を引き起こし(テスト処理)、最後に高濃度のカフェインを適用し筋小胞体内に残存するCa2+を放出させ、蛍光Ca2+指示薬fura-2によってこの残存するCa2+量を測定した。これを途中でテスト処理を行なわなかった対照と比べてCa2+放出速度を算出した。

<結果および考察>1.Ca2+によるCa2+放出に対するカルモジュリンの効果

 カルモジュリン(1M)はMg2+除去液中で、筋小胞体からのCa2+放出を引き起こした。このことからカルモジュリンは以前の分離筋小胞体を用いた報告とは異なり、Ca2+によるCa2+放出を亢進させる可能性が考えられた。そこでCa2+によるCa2+放出の活性の程度を表す指標として、Ca2+放出速度を種々のCa2+濃度で測定したところ、カルモジュリンはMg2+除去下においてpCa5.5よりも低いCa2+濃度条件下で、Ca2+放出速度を2から3倍上昇させ、促進作用が観察された。Mg2+(0.5mM)存在下でさらに高Ca2+濃度領域まで調べると、pCa6.0では促進がみられるが、pCa5.0およびpCa4.5では逆にCa2+放出を抑制し、Ca2+濃度により二相性の効果が観察された。さらにこの二相性の効果は、非加水分解性ATPアナログのAMPOPCPおよび1.5mM Mg2+存在下においても、ほぼ同程度のCa2+放出速度の促進及び抑制が得られた。したがって、カルモジュリンはMg2+やアデニンヌクレオチド化合物存在下でも、変わらず二相性効果を持つと考えられる。

2.カルモジュリンによるCa2+放出増強時におけるライアノジンの効果

 低濃度側Ca2+によるCa2+放出の促進が、Ca2+によるCa2+放出機構(ライアノジン受容体)に作用した結果であるか、それとも別のCa2+放出機構を活性化したのかを明かにする目的で以下の実験を行った。ライアノジンはCa2+によるCa2+放出チャネルの活性の上昇に伴ってこのチャネルに結合し、チャネルを開口固定してCa2+漏出経路をつくるため、筋小胞体のCa2+容量を減少させることが知られている。一方、Ca2+によるCa2+放出チャネルが活性化されていなければライアノジンの効果はほとんど見られない。pCa6.5、Mg2+除去下においてライアノジン単独処理を120秒間行なった場合、その後のCa2+取り込み量に変化はみられなかった。しかし、同じCa2+濃度でライアノジンとカルモジュリンを同時に処理した後には、明らかなCa2+取り込み量の減少が観察された。この結果は、カルモジュリンがCa2+によるCa2+放出チャネルに作用してこれを活性化することを明確に示すものである。

3.カルモジュリン濃度とCa2+放出速度の関係

 pCa6.0、0.5mM Mg2+条件(Ca2+放出促進条件)下においてカルモジュリン濃度とCa2+によるCa2+放出に対する促進作用の大きさの関係を求めたところ、0.2MでCa2+放出速度の上昇が観察され5Mでもその増強反応は飽和しなかった。しかし、pCa5.0、0.5mM Mg2+の条件(Ca2+放出抑制条件)下では0.5Mカルモジュリンですでにその抑制反応は飽和し、濃度を上昇させても抑制が強まることはなかった。促進作用と抑制作用での用量・反応関係の解離は、それぞれの機構が異なることを示唆する。

4.カルモジュリンの二相性効果に対するカルモジュリン拮抗薬の影響

 カルモジュリンのCa2+によるCa2+放出の促進および抑制作用に対する、カルモジュリン拮抗薬であるクロールプロマジン、W-7の効果を観察した。それぞれの薬物は単独でCa2+放出促進作用を有していた。しかしカルモジュリンを同時に与えた場合、Ca2+放出速度は低Ca2+濃度ではさらに2から3倍に上昇し、高Ca2+濃度では約1/2に減少した。すなわち、カルモジュリンのCa2+放出に対する効果に対して、カルモジュリン拮抗薬に拮抗作用はみられなかった。また、カルモジュリン拮抗薬と同様な作用をもつ、カルモジュリン依存性燐酸化酵素IIのアミノ酸配列の290から309番目に相当するペプチドフラグメントを用いても同様な結果が得られた。したがって、カルモジュリンのCa2+放出に対する作用は、これまでに知られているカルモジュリン依存性の調節機構とは異なるものであることが示唆される。

5.-エスシン処理スキンドファイバーにおけるCa2+放出速度の測定

 生理的に細胞内に存在するカルモジュリンがCa2+によるCa2+放出機構に影響を与えていることを明確にするために、-エスシン処理スキンドファイバーを用いてCa2+放出速度を測定した。-エスシンによるスキンドファイバーは、サポニン処理標本に比較してカルモジュリンの保持が良いことが期待される。温和な条件(5M,10分間)で-エスシン処理することにより作成したスキンドファイバーでは、低濃度Ca2+条件下におけるCa2+放出速度は、サポニン処理スキンドファイバーのCa2+放出速度より明らかに速く、また高濃度Ca2+条件下のCa2+放出速度は遅く、すべてのCa2+濃度範囲でサポニン処理スキンドファイバーのカルモジュリン存在下(1M)におけるCa2+放出に近い速度を示した。しかも、このような-エスシン処理筋では外因性のカルモジュリンの効果はみられず、カルモジュリンの透過牲が強く制限されていることが示された。したがって、以上の結果は、生理的に細胞内に存在するカルモジュリンが、Ca2+によるCa2+放出機構に対する調節機能を持つことを示唆する。

 以上のように、カルモジュリンは低Ca2+濃度域でCa2+によるCa2+放出機構を促進する作用を持つことが明らかにされた。これは分離筋小胞体を用いた結果とは異なるものである。この理由として、分離筋小胞体では消失しているが、スキンドファイバーでは保存されているCa2+によるCa2+放出機構の調節メカニズムの存在が示唆される。Ca2+によるCa2+放出チャネルと生理的Ca2+放出を行うチャネルは同一である可能性が強いので、このカルモジュリンの作用は骨格筋の生理的Ca2+放出チャネルの性質を表す、重要な発見であると思われる。

 Ca2+によるCa2+放出機構は心筋では骨格筋とは異なり、生理的Ca2+放出に重要な役割を演じていると考えられている。一方、横紋筋以外の多くの組織にもCa2+によるCa2+放出チャネルが存在することが近年明らかにされてきている。従って心筋を初め、他の組織においてもカルモジュリンとCa2+によるCa2+放出機構との関係を明かにしていくことが重要であると思われる。

審査要旨

 骨格筋の生理的収縮は、細胞内の筋小胞体からCa2+放出が生じることにより発生するが、その詳しい機構は不明のままである。カルモジュリンは、細胞内に常に存在し、かつCa2+放出機構に対して影響を及ぼしている可能性があるにもかかわらず、その作用の解析はこれまで分離筋小胞体や精製ライアノジン受容体を用いた実験にとどまっており、生理的な状態での作用は解析されていなかった。本論文では、より生理的状態を保っていると考えられるスキンドファイバーを用いて、骨格筋筋小胞体のCa2+放出に対するカルモジュリンの影響を解析した。

 1.サポニンにより作成したスキンドファイバーにおいてカルモジュリン(1M)は、筋小胞体からのCa2+放出を引き起こした。そこでCa2+によるCa2+放出の活性の程度を表す指標として、Ca2+放出速度を種々のCa2+濃度で測定したところ、カルモジュリンはpCa5.5よりも低いCa2+濃度条件下で、Ca2+放出速度を上昇させ、促進作用が観察された。pCa5.5よりも高いCa2+濃度条件下は逆にCa2+放出を抑制し、Ca2+濃度により二相性の効果を持つことがはじめて示された。

 2.ライアノジンはCa2+によるCa2+放出チャネルの活性の上昇に伴ってこのチャネルに結合し、チャネルを開口固定してCa2+漏出経路をつくるため、筋小胞体のCa2+容量を減少させることが知られている。一方、Ca2+によるCa2+放出チャネルが活性化されていなければライアノジンの効果はほとんど見られない。pCa6.5、Mg2+除去下においてライアノジン単独処理を行なった場合、その後のCa2+取り込み量に変化はみられなかった。しかし、同じCa2+濃度でライアノジンとカルモジュリンを同時に処理した後には、明らかなCa2+取り込み量の減少が観察され、カルモジュリンはCa2+によるCa2+放出チャネルに作用してこれを活性化し、Ca2+放出速度の上昇を示すことが明らかにされた。

 3.カルモジュリンがCa2+放出を促進する条件下と抑制を示す条件下での用量・反応関係は異なっていた。したがって、カルモジュリンによるCa2+放出の促進作用と抑制作用は、それぞれの機構が異なることが示唆される。

 4.カルモジュリン拮抗薬であるクロールプロマジン、W-7は、カルモジュリンのCa2+放出に対する効果に対して、拮抗作用を示さなかった。また、カルモジュリン拮抗薬と同様な作用をもつ、カルモジュリン依存性燐酸化酵素IIのアミノ酸配列の290から309番目に相当するペプチドフラグメントを用いても同様な結果が得られた。したがって、カルモジュリンのCa2+放出に対する作用は、これまでに知られているカルモジュリン依存性の調節機構とは異なるものである可能性が考えられる。

 5.温和な条件(5M,10分間)で-エスシン処理することにより作成したスキンドファイバーでは、低濃度Ca2+条件下におけるCa2+放出速度は、すべてのCa2+濃度範囲でサポニン処理スキンドファイバーのカルモジュリン存在下(1M)におけるCa2+放出に近い速度を示した。しかも、このような-エスシン処理筋では外因性のカルモジュリンの効果はみられず、カルモジュリンの透過性が強く制限されていることが示された。したがって、生理的に細胞内に存在するカルモジュリンが、Ca2+によるCa2+放出機構に対する調節機能を持つことを持つ可能性が強い。

 以上のように、カルモジュリンは低Ca2+濃度域でCa2+によるCa2+放出機構を促進する作用を持つことが明らかにされた。これは分離筋小胞体を用いた結果とは異なるものであるが、本論文ではより生理的機能を保持した標本により解析しているので、Ca2+放出機構を解明するうえで重要な情報である。

 本論文は、骨格筋のCa2+放出機構を深く解析し、カルモジュリンがCa2+によるCa2+放出機構に対して二相性の効果を持つことを明らかにした。Ca2+によるCa2+放出チャネルと生理的Ca2+放出を行うチャネルは同一である可能性が強いので、このカルモジュリンの作用は骨格筋の生理的Ca2+放出チャネルの性質を表す重要な発見であると考えられ、学位論文に値するものと認められる。

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