骨格筋の生理的収縮は、細胞内の筋小胞体からCa2+放出が生じることにより発生するが、その詳しい機構は不明のままである。カルモジュリンは、細胞内に常に存在し、かつCa2+放出機構に対して影響を及ぼしている可能性があるにもかかわらず、その作用の解析はこれまで分離筋小胞体や精製ライアノジン受容体を用いた実験にとどまっており、生理的な状態での作用は解析されていなかった。本論文では、より生理的状態を保っていると考えられるスキンドファイバーを用いて、骨格筋筋小胞体のCa2+放出に対するカルモジュリンの影響を解析した。 1.サポニンにより作成したスキンドファイバーにおいてカルモジュリン(1M)は、筋小胞体からのCa2+放出を引き起こした。そこでCa2+によるCa2+放出の活性の程度を表す指標として、Ca2+放出速度を種々のCa2+濃度で測定したところ、カルモジュリンはpCa5.5よりも低いCa2+濃度条件下で、Ca2+放出速度を上昇させ、促進作用が観察された。pCa5.5よりも高いCa2+濃度条件下は逆にCa2+放出を抑制し、Ca2+濃度により二相性の効果を持つことがはじめて示された。 2.ライアノジンはCa2+によるCa2+放出チャネルの活性の上昇に伴ってこのチャネルに結合し、チャネルを開口固定してCa2+漏出経路をつくるため、筋小胞体のCa2+容量を減少させることが知られている。一方、Ca2+によるCa2+放出チャネルが活性化されていなければライアノジンの効果はほとんど見られない。pCa6.5、Mg2+除去下においてライアノジン単独処理を行なった場合、その後のCa2+取り込み量に変化はみられなかった。しかし、同じCa2+濃度でライアノジンとカルモジュリンを同時に処理した後には、明らかなCa2+取り込み量の減少が観察され、カルモジュリンはCa2+によるCa2+放出チャネルに作用してこれを活性化し、Ca2+放出速度の上昇を示すことが明らかにされた。 3.カルモジュリンがCa2+放出を促進する条件下と抑制を示す条件下での用量・反応関係は異なっていた。したがって、カルモジュリンによるCa2+放出の促進作用と抑制作用は、それぞれの機構が異なることが示唆される。 4.カルモジュリン拮抗薬であるクロールプロマジン、W-7は、カルモジュリンのCa2+放出に対する効果に対して、拮抗作用を示さなかった。また、カルモジュリン拮抗薬と同様な作用をもつ、カルモジュリン依存性燐酸化酵素IIのアミノ酸配列の290から309番目に相当するペプチドフラグメントを用いても同様な結果が得られた。したがって、カルモジュリンのCa2+放出に対する作用は、これまでに知られているカルモジュリン依存性の調節機構とは異なるものである可能性が考えられる。 5.温和な条件(5M,10分間)で-エスシン処理することにより作成したスキンドファイバーでは、低濃度Ca2+条件下におけるCa2+放出速度は、すべてのCa2+濃度範囲でサポニン処理スキンドファイバーのカルモジュリン存在下(1M)におけるCa2+放出に近い速度を示した。しかも、このような-エスシン処理筋では外因性のカルモジュリンの効果はみられず、カルモジュリンの透過性が強く制限されていることが示された。したがって、生理的に細胞内に存在するカルモジュリンが、Ca2+によるCa2+放出機構に対する調節機能を持つことを持つ可能性が強い。 以上のように、カルモジュリンは低Ca2+濃度域でCa2+によるCa2+放出機構を促進する作用を持つことが明らかにされた。これは分離筋小胞体を用いた結果とは異なるものであるが、本論文ではより生理的機能を保持した標本により解析しているので、Ca2+放出機構を解明するうえで重要な情報である。 本論文は、骨格筋のCa2+放出機構を深く解析し、カルモジュリンがCa2+によるCa2+放出機構に対して二相性の効果を持つことを明らかにした。Ca2+によるCa2+放出チャネルと生理的Ca2+放出を行うチャネルは同一である可能性が強いので、このカルモジュリンの作用は骨格筋の生理的Ca2+放出チャネルの性質を表す重要な発見であると考えられ、学位論文に値するものと認められる。 |