学位論文要旨



No 110774
著者(漢字) 全,昶厚
著者(英字)
著者(カナ) チョン,チャンフー
標題(和) 水耕栽培における溶存酸素の制御
標題(洋) Control of dissolved oxygen concentration of nutrient solution in hydroponics
報告番号 110774
報告番号 甲10774
学位授与日 1994.09.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1519号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高倉,直
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 助教授 藏田,憲次
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨

 水耕栽培での根圏酸素環境は、土壌の酸素環境とは大きく異なる。水中の根が利用出来るのは溶存酸素のみであり、溶解度も大きくないことから、水耕栽培では溶存酸素と根呼吸特性の関係を明らかにすることが重要である。本研究では、水耕栽培での溶存酸素環境の究明とその環境の改善を目的とした。

 本研究は全体で4章からなる。第1章では水耕栽培における根呼吸のための溶存酸素の重要性に関して、過去の研究の総説を行い、本研究の目的を述べた。第2章の第1節では、多くの水耕栽培システムの中でも最も普及しているDFT(湛液法)とNFT(薄膜法)の両ベッド内での溶存酸素濃度の測定を行い、両システムでの白菜の生育を比較した。

 生育前半期では、両ベッドでの溶存酸素濃度の差は、見られなかったが、生育後半期になるとDFTでベッド内の場所による溶存酸素が異なった。出口部分の溶存酸素濃度が同じベッドの入口での濃度より低いのが明らかとなった(図1)。生育後半期のNFTの溶存酸素濃度の場所による差はあまりなかった。両ベッド内の多数の場所での根の生育も、溶存酸素と同様に場所による差が認められ、生育の不均一は、場所による溶存酸素の不均一に起因することが判明した。

 第2章の2節では、第1章の結果から、DFTとNFTシステムの長所を生かした新しい栽培方法を考案し、その利用の可能性を確認した。DFTとNFTの根本的な差は、水深と空気中への根圏露出の違いにある。栽培初期は、DFTの条件から、植物の生育が旺盛になり酸素要求量が増えることに合わせて徐々にNFTの条件に変化させる動的管理法を考案した。

 定植板の最初の高さは、水面から、3種類に固定した。3つの高さで最初の3日間、生育させた後、各処理区の定植板の半分を毎日2.4mmづつ、持ち上げた。初期3日間の根の生育を比較すると、DFT条件であった0.5cm固定区が、他の処理区より良い生育結果を示した。毎日2.4mmづつ定植板を持ち上げながら20日目間生育させた後の、主根の長さと1株の根の乾物重などの根の生長は、動的管理区で一番良かった(表1)。この結果からDFTからNFTに変わる動的管理の有効性が確認された。

図表Table 1. Effect of dynamic management of root exposure to air above the nutrient fluid on the root growth of seedlingsz. / Fig.1.DO concentration changes at the various locations in the DFT and NFT beds.

 第3章第1節では、根呼吸のための最低溶存酸素濃度を決定し、様々な溶存酸素濃度での根呼吸速度を求め、さらに、気層の酸素分圧を高める酸素不足改善法の可能性を調べた。そのために、気密性の高い水耕システムを製作した。異なる酸素分圧で、目的の溶存酸素濃度を作り出し、植物を生育させながら溶存酸素の経時変化を測定した。各処理区での最初の溶存酸素濃度は、過飽和、飽和、飽和の1/2、飽和の1/10であった。測定開始から溶存酸素濃度は減小し、78.2molL-1一定となり、これが定植後26日目のレタス根呼吸のための最小溶存酸素濃度であることが分かった。

 溶存酸素の経時的な減少のパターンから、呼吸速度を溶存酸素濃度の関数として表す式を求めた(図2)。その式から、水耕栽培ベッドで、一般的な溶存酸素濃度での生育末期のレタスの根呼吸速度は、23℃で2.9から6.7molL-1(mL_root)-1となった。さらに、各試験区での根の生長量と蒸散速度を調べ、溶存酸素が生育を決定する重要な環境要因であることを確認した。呼吸量が多かった過飽和区での生育は、飽和区より小さく、気層の酸素分圧を高める方法は、望ましくないことが分かった。

 第3章第2節では、連続的に酸素供給を行いながら、根呼吸速度を求めるために、異なる通気方法において、まず酸素伝達係数を求め、さらにその通気率と相対生長率との関係を明らかにした。そのため連続測定可能な実験装置を製作した。測定開始前に溶存酸素を窒素ガスで置換させて、溶存酸素濃度を下げ、定植後32日目のレタスを生育させながら、6日間測定を行った。6日間の測定期間中の溶存酸素濃度は、各試験区の通気率によって、異なる溶存酸素濃度で安定した。このことから、酸素伝達係数によって、根呼吸速度が決定されることが示唆された。測定したこの係数値、溶存酸素濃度、根の体積等の変数を用いて根呼吸速度を求めた。この係数値が大きくなればなるほど、呼吸速度も増加する結果を得た。さらに通気が生体重と根全体の相対生長率に及ぼす影響を調べ、係数が0.018hr-1以上の処理区では、相対生長率に差はないこと、したがって、この値はレタス生産の水耕栽培装置での溶存酸素制御の最適値であると考えられることを明らかにした(図3)。

図表Fig.2.Relationship between the rate of root respiration and the DO concentration.Plants are at the stage of 26 days after transplanting.Marks are the average of three replications.Lines show the estimated rates of root respiration. / Fig.3.Effects of aeration on the relative growth rates(RGRs)of fresh weight and root volume.*)Different alphabetical letters indicate significant difference at the 0.05 level on a Duncan’s multiple range test.

 第4章では結論を述べた。

 以上本論文は、実際の水耕栽培での根圏環境を改善する新しい制御方法を考案し、溶存酸素濃度と根呼吸速度との関係を明らかにした。さらに水耕栽培における溶存酸素制御のための基本的なデータを得、学術上、応用上貢献することができると思われる。

審査要旨

 水耕栽培での根圏酸素環境は、土壌の酸素環境とは大きく異なる。水中の根が利用出来るのは溶存酸素のみであり、溶解度も大きくないことから、水耕栽培では溶存酸素と根の呼吸特性の関係を明らかにすることが重要である。本研究では、水耕栽培での溶存酸素環境の究明とその環境の改善を目的とした。

 本研究は全体で4章からなる。第1章では水耕栽培における根呼吸のための溶存酸素の重要性に関して、過去の研究のレビューを行い、本研究の目的を述べた。第2章の第1節では、多くの水耕栽培システムの中でも最も普及しているDFT(湛液法)とNFT(薄膜法)の両ベッド内での溶存酸素濃度の測定を行い、両システムでの白菜の生育を比較した。

 生育前半期では、両ベッドでの溶存酸素濃度の差は、見られなかったが、生育後半期になるとDFTでベッド内の場所による溶存酸素が異なった。出口部分の溶存酸素濃度が同じベッドの入口での濃度より低いのが明らかとなった。生育後半期のNFTの溶存酸素濃度の場所による差はあまりなかった。両ベッド内の多数の場所での根の生育も、溶存酸素と同様に場所による差が認められ、生育の不均一は、場所による溶存酸素の不均一に起因することが判明した。

 第2章の2節では、第1章の結果から、DFTとNFTシステムの長所を生かした新しい栽培方法を考案し、その利用の可能性を確認した。DFTとNFTの根本的な差は、水深と空気中への根圏露出の違いにある。栽培初期は、DFTの条件から、植物の生育が旺盛になり酸素要求量が増えることに合わせて徐々にNFTの条件に変化させる動的管理法を考案した。

 定植板の最初の高さは、水面から、3種類に固定した。3つの高さで最初の3日間、生育させた後、各処理区の定植板の半分を毎日2.4mmづつ、持ち上げた。初期3日間の根の生育を比較すると、DFT条件であった0.5cm固定区が、他の処理区より良い生育結果を示した。毎日2.4mmづつ定植板を持ち上げながら20日間生育させた後の、主根の長さと1株の根の乾物重は、動的管理区で一番良かった。この結果からDFTからNFTに変わる動的管理の有効性が確認された。

 第3章第1節では、根呼吸のための最低溶存酸素濃度を決定し、様々な溶存酸素濃度での根呼吸速度を求め、さらに、気層の酸素分圧を高める酸素不足改善法の可能性を調べた。そのために、気密性の高い水耕システムを製作した。異なる酸素分圧で、目的の溶存酸素濃度を作り出し、植物を生育させながら溶存酸素の経時変化を測定した。各処理区での最初の溶存酸素濃度は、過飽和、飽和、飽和の1/2、飽和の1/10の4段階であった。測定開始から溶存酸素濃度は減少し、78.2molL-1一定となり、これが定植後26日目のレタス根呼吸のための最小溶存酸素濃度であることが分かった。

 溶存酸素の経時的な減少のパターンから、呼吸速度を溶存酸素濃度の関数として表す式を求めた。この式から、栽培ベッドで一般的な溶存酸素濃度での生育末期のレタス根の呼吸速度は、23℃で2.9〜6.7molL-1(mLroot)-1となった。さらに、各試験区での根の生長量と蒸散速度を調べ、溶存酸素が生育を決定する重要な環境要因であることを確認した。呼吸量が多かった過飽和区での生育は、飽和区より小さく、気層の酸素分圧を高める方法は、望ましくないことが分かった。

 第3章第2節では、連続的に酸素供給を行いながら、根呼吸速度を求めるために、異なる通気方法において、まず酸素伝達係数を求め、さらにその通気率と相対生長率との関係を明らかにした。そのため連続測定可能な実験装置を製作した。測定開始前に溶存酸素を窒素ガスで置換させて、溶存酸素濃度を下げ、定植後32日目のレタスを生育させながら、6日間測定を行った。6日間の測定期間中の溶存酸素濃度は、各試験区の通気率によって、異なる溶存酸素濃度で安定した。このことから、酸素伝達係数によって、根呼吸速度が決定されることが示唆された。測定したこの係数値、溶存酸素濃度、根の体積等の変数を用いて根呼吸速度を求めた。この係数値が大きくなればなるほど、呼吸速度も増加する結果を得た。さらに通気が生体重と根全体の相対生長率に及ぼす影響を調べ、酸素伝達係数が0.018hr-1以上の処理区では、相対生長率に差はないこと、したがって、この値はレタス生産の水耕栽培装置での溶存酸素制御の最適値であると考えられることを明らかにした。

 第4章では結論を述べた。

 以上本論文は、実際の水耕栽培での根圏環境を改善する新しい制御方法を考案し、溶存酸素濃度と根呼吸速度との関係を明らかにし、さらに水耕栽培での溶存酸素制御のための基本的なデータを得たもので、学術上、応用上貢献するところが極めて大きい。

 よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判定した。

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