80年代は、ロボット工学にとっては、センサー技術、制御技術の分野で新しい技術が次々と取り入れられ重要な進歩がはかられた10年であった。生物学、神経生理学、進化論、生態学の分野が、自律型ロボットとその環境への相互干渉につき重要なモデルを提供した。初期の時代とは違って、制御アーキテクチャーでは現実的な知覚が重要な役割を演じるようになってきている。ニューラルネットワークとか遺伝アルゴリズムとかに基づく行動指向の制御システムが提案されるようになってきている。高度な、記号論理に基づく計画・問題解決型の研究は、センサー依存の低レベルの制御システムに変わってきた。さらに、応答速度を上げるために並列とか分散処理の技法が開発され始めてきた。結局のところ、実時間でロボットと環境の相互干渉を直接的に取り込めるようなロバストなシステムが搭載される可能性がでてきた。ロボットは外界の刺激に、より敏感に反応を示すようになってきたのである。 これらの反応型システムは、自律型ロボットの進むべき方向としては間違いないものと思われるが、克服すべき限界を多数抱えている。今日までの応用分野は、衝突回避、酔歩、狭い領域の自由空間探索等の低レベルのものに限られている。より複雑なミッションをこなすことのできる純粋な反応型システムの構築には問題があるように見える。目的地を陽に与えることなく行動の方向を決定するためには、ロボットと環境の相互干渉を総合的に判断して、ロボットを望ましい方向に導くことが必要である。研究者によっては、環境の"好意"に信頼をおかない人もいる。複雑なミッションになれば内部に世界モデルを持つことも必要かもしれないし、行動の予測がつくものであれば抽象的なモデルでも充分なこともある。 本論文では、自律型潜水艇の制御アーキテクチャーの発展と、その衝突回避問題への応用について述べるものである。 ハイブリッドシステムについては既に述べた通りである。しかし,より込み入った制御システムを構築するためには、記号や低レベルの表現法と同時に軌道計画や目的地指向の理由付けのための反応の総合化について成すべきことは沢山残されている。 そこで本論文では、自律型潜水艇AUVのハイブリッド型制御アーキテクチャーの展開とその衝突回避問題への応用を扱うことにする。実時間処理を損なうようなことなしに、従来の反応型手法より柔軟な制御ユニット間の関係を論じるものである。制御システム内部の表現法を導入することにより、純粋反応システムに関する柔軟性についても述べることにする。 制御システムの中で別々の仕事を同時に処理する必要性を考慮すると、分散処理モデルが想起される。さらに、システムの構成の簡単化、縮小化、誤動作に対する耐久性等の必要性を勘案すると、並列分散型のハードウエアーのボードを使うことも一方法である。 そのようなボードの上で走らせる数値モデルは、基本的にはいわゆる"俳優"モデルであり、その中では多数の処理モジュールが同時に演算を行い、協調のための道具としてメッセージを伝達する機構をもっている。そのようなモデルは、いわゆるオプジェクト指向プログラムと関係がある。処理モジュールあるいはオブジェクトは、データ構造を保護しており、一つのモジュールの情報が直接に他のモジュールにつながらないような構造になっている。情報の処理はメッセージにより起動させられ、結果もまたメッセージにより他のモジュールに伝達される。 制御ユニット間の通信を改善するために、並列目的指向言語"ABCL/1"に基礎をおく考え方を取り入れた。要素あるいは代理人が異なる知識領域で作動し、知的状態に至り、問題解決や協調行動のために協力するような枠組みを構築するために、さらに特別のことがなされた。それは"代理人指向プログラム"に基づくもので、"俳優"から誘導される特別のものである。モデルの搭載と解析は別のモデルに基づく。それは、通信シーケンス処理あるいは"CSP"であり、並列分散処理の言語としては、"OCCAM"である。 ここで提案している制御システムの一例として、海底面近傍でのソナーによる航行を取り上げることにする。 ソナーを用いた衝突回避問題は移動ロボットとAUVに対して議論することにする。工業用陸上ロボットでは、衝突回避用アルゴリズムは多数開発されている。そしてそれらは記述された世界モデルに基づくものである。潜水艇の軌道計画への拡張は文献にいくつか見られる。しかし、多くの場合にAUVのミッションは、静止状態の世界を表現するために、はるか前方の障害物の情報を与えることなしに行動できるようになっていなければならない。その一方で、規定されたモデルがないならば、衝突回避あるいは(かつ)世界モデルを構築するために、ロボットは障害物の前で止まることを余儀なくされる。滑走状態のAUVではかかる行動は不可能であるし、航行速度がきわめて遅い潜水艇の場合には、この行動は障害物の全面で艇が何回も停止するといる奇妙な運動をさせられる原因ともなる。 ある種の世界モデルを仮定する前述の方法の代わりとしての、艇を誘導するための壁つたいの方法は、直接に現時点でのセンサーによる障害物の知覚を用いる。このことによりロボットは障害物からあらかじめ決められた距離だけ離れて誘導される。 陸上ロボットでは壁つたいのアルゴリズムの事例が数多くある。AUVの場合には、そのようなアプローチのもっと込み入った事例が機雷探知の艇の誘導に提案されている。この方法は、前もって解っている目標に艇を誘導するためのいくつかの衝突回避ルールより構成されており、検出された障害物から一定の安全距離を保つようになっている。さらに、それは検知されない障害物に接近しすぎる運動を回避するために、衝突防止ソナーで見える範囲の情報を利用する。この方法は、障害物で形作られた迷路型のシナリオの内部で平面的に運動するAUVのシミュレーションを用いることでテストされた。ここでは実時間誘導の問題については触れない。 海中でのミッションの場合にはとくに、迷路タイプのシナリオよりは広い空間となる場合が一般である。もう一つの壁つたいの衝突回避誘導アルゴリズムの例を、海底面に沿う場合で示してある。そのアルゴリズムも、海底面を検知する数個のエコーサウンダーを用いて、鉛直面内のAUVの運動シミュレーションで検証してある。このようなアルゴリズムの欠点のいくつかはソナーシステム利用に付随する限界に関係がある。 本論文では、鉛直面内の海底面つたいと衝突回避も扱った。しかし前述のアルゴリズムに関する改良は、ここで提案している制御アーキテクチャーの枠組みにより実現される。さらに制御システムのツールとしての誘導アルゴリズムはより簡便に、より容易に解析できるものである。 実時間のシステムの実行について検討する。ここでは、この応用分野における制御システムのモジュールについて記述している。鉛直面内の海底面つたいのタスクを考慮するとき、本論文で提案している誘導アルゴリズムは、実時間で更新される格子状の地図を採用している。純粋の海底面つたいのタスクは、ミサイル誘導で発展したものと同様な追尾規則に基づくアルゴリズムに従って行われている。追尾誘導規則と時間変化する地図とを組み合わせたものを同時に走る二つのモジュールに搭載した。誘導規則は、操縦状態により構成される離散的事象システムに基づくより複雑な制御構造の中のツールとして用いられている。 誘導システムのシミュレーションでは、実験より求められた艇の数学モデルを用いた。解析結果は、同じ艇で初期に開発されたアルゴリズムを用いた結果と比較してある。ここで用いたシミュレーションモデルは、制御システムを搭載した並列分散ボードを用いて開発したものである。 この分散型誘導システムの検証の次の段階として水槽実験を行った。このために新しい実験法を開発した。 移動ロボットに関する多くのトピックと同様に、実験は、無人潜水艇、特に自律型潜水艇AUVの研究開発に計り知れない貴重な情報を与えてくれる。物理システムと周辺環境との相互干渉は、外部世界が実際にどのように感知されているか、外部刺激に対する応答がどのように表現されているかを示すものである。 水中ロボット実験の主たる問題点の一つは、高価なことと、建造に当たっては異なる専門分野の経験と時間を要することである。このようなわけで、水中ロボットのオペレーション中における検知、航行、制御のような異なる分野のアイディアを調査するためには、潜水艇が手に入らない場合には、テストベッドの搭載に多大の時間を要しなければならない。 本論文では、水中ロボットの行動を多面的に調査するために、並列分散型制御システムで誘導される耐航性試験水槽の曳航電車を用いる方法を提案する。必要な施設の殆どは既に用意されている。残りの必要なものは、曳航電車の制御システムの採用と、検知システムに関係するセンサーの搭載のみである。 曳航電車の可動空間の広さと分散型制御システムの計量化を考えると、この方式は水中ロボットの実験としては自由度の高いテストベッドとなっている。ソナー、カメラ等の異なるタイプのセンサーを、艇に取り付けることは容易であり、かつ処理ユニットで調べることも容易である。センサーやアクチュエータの配列の容易さもこの実験システムのもう一方の特色である。このテストベッドの最初の実験で、環境を検知する際の不正確さや制限に対抗するためにロバストな表現を用いることが重要であることがわかった。さらに、並列分散型ボードを用いて誘導を補助するために地図を搭載することにより、制御システムの実時間処理が効率よく行われることがわかった。 |