学位論文要旨



No 110779
著者(漢字) 倉本,繁
著者(英字)
著者(カナ) クラモト,シゲル
標題(和) アルミニウム合金の低温における変形と破壊
標題(洋)
報告番号 110779
報告番号 甲10779
学位授与日 1994.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3245号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 助教授 柴田,浩司
内容要旨

 21世紀初頭には国際協力による宇宙ステーションの運用が計画されており、我が国においても自主技術による初の大型ロケットH-IIが本年打ち上げられた。現在ロケットの推進剤には液体水素/酸素が用いられており、推進剤タンク用材料としては機密性に優れる溶接構造とすることが可能で、かつ低湿で顕著な脆性を示さないアルミニウム合金が用いられている。また、2020年の実現を目指す地球環境保全を目的とした国際水素エネルギーシステム構想(WE-NET計画)では、液体水素の海上長距離大量輸送を可能にするためのタンカーの開発が待たれている。ここでもタンカー用材料としてアルミニウム合金が使用される可能性が高い。さらに近年超伝導技術の応用が進みつつあり、低温用材料としてのアルミニウム合金の用途は今後確実に拡大するものと考えられる。しかし、現在使用されている合金は溶接可能であることを最優先に選ばれたものであり、元来低温での使用に適した合金として開発されたものではない。よって、低温での既存合金の機械的特性データの蓄積はあるものの、組織と低温での変形・破壊挙動との関係についてはほとんど明らかにされていない。そこで本研究では、低温での強度および靭性に優れるアルミニウム合金の開発の基礎的指針を得ることを目的とし、時効硬化型アルミニウム合金の低温における変形・破壊挙動と組織との関係について詳細に検討することにした。なお、従来アルミニウム合金がLNG(約100K)タンカー用材料として使用された実績があること、また将来的には上述のように宇宙および超伝導関連の分野等で極低温域(40K以下)で使用されること、さらに実験条件の安定性および実験遂行上の安全性等を考慮し、本研究においては低温での試験は液体窒素(77K)および液体ヘリウム(4.2K)を使用して行なった。

 まず第1章では低温用材料に要求される特性、既存アルミニウム合金の低温での機械的特性、これまでに明らかにされている低温での変形および破壊挙動、そして合金開発の状況についてまとめた。そして現時点での問題点を明らかにし、本研究の目的を明確にした。

 次いで第2章『時効硬化型アルミニウム合金の低温における粒界破壊』では基礎的観点から、粗大結晶粒を有する3種類の時効硬化型アルミニウム合金(Al-4.5%Zn-1.5%Mg,Al-5%CuおよびAl-3%Li合金)を用いて低温での引張試験を行ない、粒界近傍の組織および粒内の変形組織と粒界破壊の様式との関係について詳細に検討した。その結果、Al-5%CuおよびAl-3%Li合金のように粒界近傍の組織が粗い(粗大な粒界上析出相と広いPFZを有する)場合にはディンプル型の粒界破壊、Al-4.5%Zn-1.5%Mg合金のように粒界近傍の組織が微細でかつ平面すべりが発達する場合にはレッジ型の粒界破壊が起こることがわかった。そしてディンプル型粒界破壊を起こす場合には試験温度により延性は変化しないが、レンジ型粒界破壊を起こす場合には延性が試験温度低下にともない低下することを明らかにした。

 次に第3章『Al-4.5%Zn-1.5%Mg合金の低温粒界破壊に及ぼす銅添加の影響』では第2章の結果を受け、Al-4.5%Zn-1.5%Mg合金の時効組織を制御することにより、低温でのレッジ型粒界破壊の抑制および延性向上が可能であるかどうか検討した。その結果、本合金に1.5%以下の銅を添加すると低温での変形時に形成される平面すべりの発達が抑制され、低温での粒界破壊が起こりにくくなり延性が向上することがわかった。

 第2章および第3章では粗粒合金の低温での変形・破壊挙動に及ぼす時効組織の影響について検討した。しかし実用高強度アルミニウム合金では、回復・再結晶組織の制御を目的として、マンガン、ジルコニウムおよびクロムが単独または複合添加される。そして添加元素の種類および添加量により、溶体化処理後の回復・再結晶組織は異なり、それにともない室温での延性・靭性にも差を生じることが今までによく知られている。そこで第4章『再結晶抑制元素を添加したAl-4.5%Zn-1.5%Mg系合金の低湿引張特性』ではマンガン、ジルコニウム、クロムをそれぞれ添加したAl-4.5%Zn-1.5%Mg合金の77Kおよび4.2Kにおける引張特性を調べ、回復・再結晶組織と低温延性との関係を明らかにすることにした。その結果、77Kでの延性・靭性向上にはジルコニウムまたはクロムを添加して未再結晶組織とすることが粒界破壊の抑制ならびに延性向上に有効となるものの、セレーションの発生する4.2Kにおいてはそれほど効果がなく添加元素の種類により延性に差を生じないことが判明した。

 第4章において77Kでは高延性であった過時効した未再結晶材が4.2Kでは延性が低下してしまう現象には、セレーション発生時の不均一変形が関係している可能性が高いと考えられた。そこで第5章『アルミニウム合金の極低温におけるセレーション発生時の不均一変形』では、Al-Zn-Mg系およびAl-Cu系合金について表面粗さ測定機で高倍率の試験片表面起伏を測定することにより、セレーション発生時の比較的マクロな変形挙動と回復・再結晶組織との関係について調べた。その結果、室温では比較的均一に変形が進行するのに対し、4.2Kでは変形は不均一に進行しておりセレーション発生により引張試験片平行部にくびれが生じることがわかった。またそのような不均一変形は未再結晶組織となっている場合に顕著となり、再結晶している場合には比較的変形の局在化の程度は低かった。これは未再結晶材においては熱処理前の加工(熱間圧延や押出し)により生じた加工集合組織が残存し、著しい優先方位を持つ組織となっているためであると考えられた。

 液体ヘリウム温度のような極低温におけるセレーションは、材料の比熱や熱伝導度が低温で顕著に小さくなることに基づいており、このような不均一変形の生じる温度域での延性低下は純アルミニウムにおいても報告されている。よって時効硬化型の合金においても延性の低下は完全には避けられないものと考えられるが、第5章の結果から未再結晶組織とせずに完全に再結晶させれば、多少なりとも変形の局在化を防ぎ、その結果として延性ならびに靭性を向上させることが可能だと思われた。そこで最後に第6章『アルミニウム合金の低温における延性向上のための組織制御』では溶体化処理時に再結晶する合金を対象とし、組織制御による低温での延性向上を試みることにした。その結果Al-Zn-Mg系合金には中間加工熱処理(ITMT)を適用して再結晶粒の微細化を図ることにより、またAl-Cu系合金については銅添加量を低下させ粗大相を減少させることで低温延性の向上が可能であることが明らかとなった。とくに第3章で行なったの同様の組織制御を施したAl-4.5%Zn-1.5%Mg系ITMT材は、4.2Kにおいて0.2%耐力が約530MPa、断面減少率が約33%と、既存合金にない優れた機械的特性を示した。

 以上のとおり時効硬化型アルミニウム合金の低温における変形と破壊について検討を行ない、第2章および第3章では時効組織と低温での延性および粒界破壊挙動との関係について、また第4章および第5章では再結晶組織と低温での引張特性およびセレーションが発生する場合の変形挙動について、それぞれ低温で高延性となるような組織制御法を明らかにするための知見を得ることができた。そして最後の第6章では、それらをもとに実際に低温で高強度・高延性となるような合金を作製し、低温における引張特性を明らかにした。本研究で得られた重要な知見の一つは、低温での粒界破壊は粒界近傍の組織(粒界上析出相のサイズおよびPFZの幅)に大きく影響を受けるが、とくにレッジ形成型の粒界破壊の場合は室温よりも低温で延性が低下するということである。このレッジ型粒界破壊はAl-4.5%Zn-1.5%Mg系合金の例で示したように、銅を添加して粒内の変形を均一化すれば粒界割れが抑制されて延性が向上することもわかった。もう一つの重要な知見は再結晶抑制元素を添加して未再結晶組織とすると、77Kでの延性を向上させることは可能であるが、4.2Kではセレーションの発生に伴う不均一変形が顕著となり延性を向上させることができないということである。これは未再結晶材においては熱処理前の加工により生じた加工集合組織が残存しているためである。この結果から同じ「低温」といっても77K程度で使用する場合と4.2Kのようにセレーションが発生する温度域で使用する場合とでは異なった組織制御をするべきであることが明らかとなった。77K程度では再結晶抑制効果の大きいZrやCrを添加して未再結晶組織にしたり、またITMTにより再結晶組織を微細化して、さらに時効組織を制御するため銅を添加することが延性向上に有効である。一方セレーションが発生する4.2Kのような極低温においては、ITMTにより微細再結晶組織とするのがよい。以上のようにこれまで不明であった低温での変形および破壊挙動と金属組織との関係について詳細に検討し、その結果から低温での時効硬化型アルミニウム合金の延性向上のための組織制御の基礎的指針を得ることができた。本研究で得られた新しい知見を用いて、今後アルミニウム合金の低温での機械的特性を向上させることができよう。したがって本研究は工業的に非常に大きな意義を持つと考えられる。

審査要旨

 本論文は、低温での強度および延・靭性に優れるアルミニウム合金の開発の基礎的指針を得ることを目的とし、Al-Zn-Mg、Al-CuおよびAl-Li系時効硬化型アルミニウム合金の低温における変形・破壊挙動と金属組織との関係について、基礎的検討を行なったものである。これまでもLNGタンクやロケットの推進剤タンク用材料としてアルミニウム合金が使用されてきたが、それらはとくに低温用に開発された合金ではない。今後の超電導技術や宇宙関連技術の発展、さらにはWE-NET計画の進展などに伴い、低温用アルミニウム合金の需要の大幅な拡大が予測され、新たな合金開発を支える基礎的知見の蓄積が求められている。

 第1章は序論であり、低温用材料に要求される諸特性について述べるとともに、既存アルミニウム合金の低温での機械的特性とこれまでに報告のあった低温での変形および破壊挙動についてまとめた。そして現時点での問題点を明らかにし、本研究の目的を明確にした。

 第2章ではまず基礎的観点から、粗大結晶粒を有する3種類の時効硬化型アルミニウム合金(Al-4.5%Zn-1.5%Mg,Al-5%CuおよびAl-3%Li合金)を用いて低温での引張試験を行ない、粒界近傍の組織および粒内の変形組織と粒界破壊の様式との関係について詳細に検討した。その結果、Al-5%CuおよびAl-3%Li合金のように粒界近傍の組織が粗い(粗大な粒界上析出相と広いPFZを有する)場合にはディンプル型の粒界破壊を呈し、Al-4.5%Zn-1.5%Mg合金のように粒界近傍の組織が微細でかつ平面すべりが発達する場合にはレッジ型の粒界破壊を生じることを示した。そしてディンプル型粒界破壊を起こす場合には試験温度により延性は変化しないが、レッジ型粒界破壊を起こす場合には延性が試験温度低下にともない低下することを明確にした。

 第3章では前章の結果を受け、Al-4.5%Zn-1.5%Mg合金の時効組織を制御することにより、低温でのレッジ型粒界破壊の抑制および延性向上が可能であるかどうか検討した。その結果、本合金に0.5〜1.5%の銅を添加すると低温での変形時に形成される平面すべりの発達が抑制されるとともに、低温でのレッジ型粒界破壊が生じにくくなり、延性が向上することを明らかにした。

 第4章では実用合金と同様に再結晶抑制元素としてマンガン、ジルコニウム、クロムをそれぞれ添加したAl-4.5%Zn-1.5%Mg合金の77Kおよび4.2Kにおける引張特性を調べ、回復・再結晶組織と低温延性との関係を明らかにした。そして、77Kでの延性・靭性向上にはジルコニウムまたはクロムを添加して未再結晶組織とすることが粒界破壊の抑制ならびに延性向上に有効となることを示した。しかしながらセレーションの発生する4.2Kにおいてはそれほど効果がなく、添加元素の種類により延性に大きな差を生じないことが判明した。

 第5章では、Al-Zn-Mg系およびAl-Cu系合金について、セレーション発生時の比較的マクロな変形挙動と回復・再結晶組織との関係について調べた。その結果、室温では比較的均一に変形が進行するのに対し、4.2Kでは変形は不均一に進行しておりセレーション発生により引張試験片平行部にくびれが生じることがわかった。またそのような不均一変形は未再結晶組織となっている場合に顕著となり、再結晶している場合には変形の局在化の程度は比較的低いことを明らかにした。このように、未再結晶組織とすると77Kでの延性を向上させることは可能であるが、4.2Kではセレーションの発生時の不均一変形が顕著となり延性が低下することから、主として使用される温度域に応じて異なった組織制御をするべきであることを明確にした。

 第6章では前章までの結果を踏まえ、溶体化処理時に再結晶する合金を対象として組織制御による低温での延性向上を試みた。そして、Al-Zn-Mg系合金には中間加工熱処理(ITMT)を適用して再結晶粒の微細化を図ることにより、またAl-Cu系合金については銅添加量を低下させ粗大(CuAl2)相を減少させることで共に低温延性の向上が可能であることを明示した。とくにAl-4.5%Zn-1.5%Mg-1%Cu-0.3%Cr合金のITMT材は、4.2Kにおいて0.2%耐力が約530MPa、断面減少率が約33%と既存合金にない優れた機械的特性を示した。

 以上の通り、本論文はこれまで不明であった低温での変形および破壊挙動と金属組織との関係について詳細に検討し、その結果から低温での時効硬化型アルミニウム合金の延性向上のための組織制御の基礎的指針を明らかにした。本論文において得られたこれらの新しい知見は、今後の材料学の進歩に多大の貢献を果たすことが期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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