学位論文要旨



No 110781
著者(漢字) 常田,聡
著者(英字)
著者(カナ) ツネダ,サトシ
標題(和) イオン交換基を有するグラフと高分子鎖を利用した高性能タンパク質分離膜の開発
標題(洋)
報告番号 110781
報告番号 甲10781
学位授与日 1994.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3247号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 中尾,真一
内容要旨 1.緒言

 医薬品、食品、化粧品分野でのバイオ生産物の工業的生産は、急速に拡大しつつある。バイオ生産物の生産プロセスにおいて、目的物質の分離精製を中心としたダウンストリームプロセシングは、製品の質を決めるだけでなく、製造コストにも大きく影響する。そのため、’分離精製度’が高く、かつ’分離精製速度’の速い分離操作が要求されている。ほとんどの生体分子は、荷電し得るので、電荷の違いを利用したイオン交換クロマトグラフィーによる分離が有効である。

 高分子材料を修飾して機能を付与するとき、放射線グラフト重合法は、適用できる基材の形状、材質が広範囲であることから有力な手法である。本研究の目的は、放射線グラフト重合法を用いて、高分子基材にイオン交換基をもつグラフト高分子鎖を導入し、新規のタンパク質分離材料を開発することである。本研究のもうひとつの目的は、溶媒およびタンパク質という2つのプローブを用いてグラフト高分子鎖のキャラクタリゼーションを間接的におこなうことである。水やアセトンの透過流束という’流動特性’から、あるいは、タンパク質溶液の透過に伴うイオン交換吸着という’物質移動特性’から、単離が困難なグラフト鎖のコンフォメーションを推察した。

2.研究内容(1)スルホン酸基を有するグラフト鎖の高分子基材への付与

 スルホン酸基を有するビニルモノマーであるスチレンスルホン酸ナトリウム(SSS,CH2=CHC6H4SO8Na)を、放射線グラフト重合法を適用して、汎用の高分子にグラフト重合する手法を提案し、用途に適した形状や材質をもつ強酸性カチオン交換材料を簡単に合成できることを示した。ポリエチレンを基材として用いる場合、まず親水性モノマーを一段目にグラフト重合して膜を親水化した後、SSSをグラフト重合する手法、すなわち二段グラフト重合法によってSSSを導入できた。これは、膜の親水性の向上により、マトリクスを押し広げるように水が侵入し、ポリエチレン結晶表面へのSSSモノマーの拡散が促進されたからである。さらに、この知見をもとに、アクリル酸やヒドロキシエチルメタクリレートのような親水性モノマーとSSSとを混合したモノマー中でグラフト重合反応をおこなう手法、すなわち共グラフト重合法を提案した。この手法によって、さまざまな形状(中空糸膜、不織布、フィルム)をもつポリエチレン、ポリプロピレンおよびテトラフルオロエチレンという高分子にスルホン酸基を容易に導入できることを示した。

(2)イオン交換基を有するグラフト鎖のコンフォメーションの実験的解明

 多孔性膜に導入されたグラフト鎖のコンフォメーションは、グラフト鎖の性質(内部パラメータ)と透過溶液の性質(外部パラメータ)によって決まる。内部パラメータとして、グラフト鎖の長さ、グラフト鎖密度および官能基密度がある。また、外部パラメータとして、溶媒の種類、pH、イオン強度および温度がある。放射線グラフト重合法を適用して、多孔性ポリエチレン膜にグリシジルメタクリレート(GMA)をグラフト重合し、続くジエチルアミンとの反応でグラフト鎖中のエポキシ基をジエチルアミノ(DEA)基(-NH(CH2CH8)2)に変換した。このとき、グラフト鎖密度を一定に保ち、グラフト鎖中エポキシ基からDEA基への転化率を変えることによって、DEA基密度0〜6.7[mol/kg-基材]を有する膜を得た。グラフト鎖が形成する部位は、膜の細孔表面部およびアモルファス内部に分類できる。細孔表面部に形成したグラフト鎖の伸縮挙動を膜の透水性能から推察し、また、アモルファス部内に形成したグラフト鎖の伸縮挙動を膜の体積膨張から推察した。その結果、水中でDEA基が解離するために、細孔表面部のグラフト鎖が自身のもつ同種の正電荷の反発によって膨潤し、細孔を塞ぐことがわかった。一方、アセトン中ではグラフト鎖は収縮したままであった。さらに、グラフト鎖は放射線架橋によってその伸長が制限されること、およびグラフト鎖の伸縮は可逆的に起こることがわかった。

(3)スルホン酸基を有するグラフト鎖の金属イオンおよびタンパク質吸着特性

 放射線グラフト重合法を適用して、多孔性ポリエチレン膜に3通りの反応経路でスルホン酸基を導入し、それぞれの膜の物性(透水性能、比表面積およびイオン交換容量)、および金属イオン(銅イオン)とタンパク質(リゾチーム)の吸着特性を調べ、比較した。グリシジルメタクリレート(GMA)をグラフト重合し、プロパンスルトンおよび亜硫酸ナトリウムとの反応によって得られるスルホン酸基を有する膜をそれぞれSP膜およびSS膜とよぶ。SP膜の銅イオン吸着容量はスルホン酸基密度にほぼ比例したのに対し、リゾチーム吸着容量はスルホン酸基密度に依存せず、一定であった。これより、金属イオンに比べて分子量が高いタンパク質は、膜のアモルファス内部に侵入できないため、細孔表面部にあるグラフト鎖にのみ吸着し、その吸着容量は比表面積をタンパク質の占有面積で割りふって算出される単層吸着量に等しいことがわかった。これに対し、SS膜のリゾチーム吸着容量は、スルホン酸基密度の増加とともに増大し、多層吸着を起こすことがわかった。イオン交換基をもつ互いに架橋されていないポリマー鎖が、タンパク質に触毛(Tentacle)のようにからみついて吸着する形態を見いだした。

(4)イオン交換基を有するグラフト鎖へのタンパク質のTentacle吸着

 放射線グラフト重合法を用いて、多孔性ポリエチレン製中空糸膜に、エポキシ基をもつ前駆体モノマーとしてグリシジルメタクリレート(GMA)をグラフト重合し、続くジエチルアミンとの反応でジエチルアミノ(DEA)基を、亜硫酸ナトリウム(SS)との反応でスルホン酸基をそれぞれ導入した。さらに、タンパク質の非選択的吸着を抑制するために、残存するエポキシ基に水酸基を導入し、親水化した。得られた膜をそれぞれSS-Diol膜およびDEA-EA膜とよぶ。それぞれの膜にリゾチームおよび牛血清アルブミン(BSA)溶液を透過させ、その吸着容量を調べた。膜の細孔表面にタンパク質が単層吸着したときの吸着量を基準にして、タンパク質の吸着層数(テンタクル結合度)を求めた。いずれの膜もグラフト鎖中のイオン交換基密度が大きいほどタンパク質のテンタクル結合度は増大することがわかった。SS-Diol膜のリゾチーム吸着容量は最大で200g/kg、DEA-EA膜のBSA吸着容量は最大で490g/kgであり、いずれも単層吸着量の約11倍の吸着容量をもつことがわかった。タンパク質の吸着にともなって細孔が埋められるために生じる膜の圧力損失をHagen-Poiseille式を用いて推算し、実測値と比較した。その結果、タンパク質が膜の細孔壁からグラフト鎖に沿って最密充填的に近い形で吸着しているというモデルが妥当であることを実証した。さらに、SS-Diol膜およびDEA-EA膜は、タンパク質の種類や分子量によらず、テンタクル吸着を起こすことを確認した。

(5)Porous & Tentacle型イオン交換膜のタンパク質吸着特性

 多孔性中空糸膜にジエチルアミノ(DEA)基を有するグラフト鎖を導入した膜(DEA-EA膜)に牛血清アルブミン(BSA)を含む溶液を透過させ、その吸着特性を調べるとともに、実用化の可能性について考察した。滞留時間33〜165sの範囲でBSAの破過曲線は滞留時間によらず一致し、BSAがDEA基に吸着されるまでの拡散移動抵抗が無視できることが示された。DEA-EA膜に吸着したBSAは100%回収することができ、グラフト鎖中の水酸基によってBSAの非選択的吸着が完全に抑制されていることがわかった。また、吸着と溶出操作を5回ずつ繰り返しても、膜の吸着性能は変化しなかった。BSA濃度0.2〜10mg/mLの範囲で、DEA-EA膜のBSA平衡吸着量はBSA濃度によらず一定であり、低濃度の溶液中からもBSAを効率よく捕集できることを示した。つぎに、膜に透過させる溶液の条件(外部パラメータ)を変えたときにグラフト鎖のコンフォメーションが膜の吸着性能に及ぼす影響について調べた。pHおよびNaCl濃度の増加とともにグラフト鎖は収縮し、BSAの吸着量は低下した。さらに、DEA-EA膜からなるモジュールと、従来のイオン交換ビーズを充填したカラムについて、タンパク質吸着分離の処理速度の比較をおこなった。モジュール容積1000cm3、操作圧力0.1MPaという条件で、DEA-EA膜モジュールによる吸着処理速度は200cm3/sであると推算された。一方、イオン交換ビーズ充填カラムを用いてこの膜モジュールと同じ処理速度を得るためには、直径1.4mのビーズを内径110cm、高さ0.10cmのカラムに充填する必要があり、工業化は困難であると判断した。

3.結言

 放射線グラフト重合法を適用して、イオン交換基を有するグラフト鎖を多孔性膜に付与し、タンパク質を分離精製するための新規の膜を開発した。この膜を利用することによって、従来のイオン交換ビーズでは実現できなかったバイオ生産物の高速、高容量吸着分離が可能になる。

審査要旨

 医薬品、食品、化粧品分野でのバイオ生産物の工業的生産は、急速に拡大しつつある。バイオ生産物の生産プロセスにおいて、目的物質の分離精製を中心としたダウンストリームプロセシングは、製品の質を決めるだけでなく、製造コストにも大きく影響する。そのため、’分離精製度’が高く、かつ’分離精製速度’の速い分離操作が要求されている。ほとんどの生体分子は、荷電し得るので、電荷の違いを利用したイオン交換クロマトグラフィーによる分離が有効である。本研究の目的は、放射線グラフト重合法を用いて、高分子基材にイオン交換基をもつグラフト高分子鎖を導入し、新規のタンパク質分離材料を開発することである。

 まず、第1章においては、緒論として放射線グラフト重合法、イオン交換体の合成法について述べ、さらにイオン交換を利用したタンパク質分離精製法の現状についてまとめている。

 第2章においては、イオン交換基を有するビニルモノマーを利用したイオン交換体の新規合成法について検討した。スルホン酸基を有するビニルモノマーであるスチレンスルホン酸ナトリウムと、アクリル酸や2-ヒドロキシエチルメタクリレートのような親水性モノマーとを混合したモノマー中でグラフト重合反応を行う手法、すなわち共グラフト重合法を提案した。この手法によって、さまざまな形状(中空糸膜、不織布、フィルム)をもつさまざまな材質(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン)の高分子基材にスルホン酸基を容易に導入できることを示した。

 第3章においては、イオン交換基を有するグラフト鎖のコンフォメーションの実験的解明をおこなった。放射線グラフト重合法によって、弱塩基性アニオン交換基であるジエチルアミノ(DEA)基をポリエチレン製多孔性膜に導入した。グラフト鎖が形成する部位は、膜の細孔表面部およびマトリクス内部に分類できる。細孔表面部に形成したグラフト鎖の伸縮挙動を膜の透水性能から、また、マトリクス内部に形成したグラフト鎖の伸縮挙動を膜の体積膨張からそれぞれ推察した。その結果、水中でDEA基が解離するために、細孔表面部のグラフト鎖が自身のもつ同種の正電荷の反発によって膨潤し、細孔を塞ぐことがわかった。一方、アセトン中ではグラフト鎖は収縮したままであった。さらに、グラフト鎖は放射線架橋によってその伸長が制限されること、およびグラフト鎖の伸縮は可逆的に起こることが確認された。

 第4章においては、スルホン酸基を有するグラフト鎖の金属イオンおよびタンパク質吸着特性について検討した。放射線グラフト重合法を適用して、多孔性ポリエチレン膜に3通りの反応経路でスルホン酸基を導入し、それぞれの膜の物性(透水性能、比表面積およびイオン交換容量)、および金属イオン(銅イオン)とタンパク質(リゾチーム)の吸着特性を比較した。グリシジルメタクリレート(GMA)をグラフト重合し、プロパンスルトンおよび亜硫酸ナトリウムとの反応によって得られるスルホン酸基を有する膜をそれぞれSP膜およびSS膜とよぶ。SP膜の銅イオン吸着容量はスルホン酸基密度に比例したのに対し、リゾチーム吸着容量はスルホン酸基密度に依存せず、一定であった。これより、金属イオンに比べて分子量が高いタンパク質は、膜のマトリクス内部に侵入できないため、細孔表面部にあるグラフト鎖にのみ吸着し、その吸着容量は比表面積をタンパク質の占有面積で割りふって算出される単層吸着量に等しいことがわかった。これに対し、SS膜のリゾチーム吸着容量は、スルホン酸基密度の増加とともに増大し、多層吸着を起こすことがわかった。イオン交換基をもつ互いに架橋されていないポリマー鎖が、タンパク質に触毛(テンタクル)のようにからみついて吸着する形態を見いだした。

 第5章においては、テンタクル吸着を発現するタンパク質分離膜の合成法の確立と性能評価をおこなった。放射線グラフト重合法を用いて、多孔性ポリエチレン製中空糸膜に、ジエチルアミノ基およびスルホン酸基をそれぞれ導入した。さらに、タンパク質の非選択的吸着を抑制するために、残存するエポキシ基を水酸基に変換し、親水化した。それぞれの膜に牛血清アルブミンおよびリゾチーム溶液を透過させ、その吸着容量を調べた。いずれの膜もグラフト鎖中のイオン交換基密度が大きいほどタンパク質の吸着容量は増大し、最大で単層吸着量の約11倍の吸着容量をもつことがわかった。タンパク質の吸着に伴って細孔が埋められるために生じる膜の圧力損失をHagen-Poiseuille式を用いて推算し、実測値と比較した。その結果、膜の細孔璧からグラフト鎖に沿ってタンパク質が最密に充填されて吸着するというモデルが妥当であることを実証した。さらに、タンパク質の種類や分子量によらず、テンタクル吸着が起きることを確認した。

 第6章においては、テンタクル吸着の物理化学的特性を評価するとともに実用化への可能性を考察した。まず、吸着破過特性が流速に依存しないことから、タンパク質がイオン交換基に拡散するときの移動抵抗が無視できることが示された。つぎに、膜に吸着したタンパク質は100%回収することができ、グラフト鎖中の水酸基によってタンパク質の非選択的吸着が完全に抑制されていることがわかった。さらに、本研究で開発した膜モジュールと従来のイオン交換ビーズ充填カラムについて、タンパク質の吸着処理速度を推算した結果、吸着速度と吸着容量のいずれの点においても膜モジュールが有利であることがわかった。

 最後に第7章において本論文の総括と展望を述べた。

 以上、本論文においては、放射線グラフト重合法を適用して、イオン交換基を有するグラフト鎖を多孔性膜に付与し、タンパク質を分離精製するための新規の膜を開発した。このとき、グラフト鎖のコンフォメーションを制御することによってタンパク質の多層吸着(テンタクル吸着)が実現できることを示した。以上の成果を生かして、バイオ生産物の高速・高容量吸着分離を実現できる分離膜を開発した点で、化学生命工学とくにバイオ分離工学の分野に貢献することが大である。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UT Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54425