学位論文要旨



No 110784
著者(漢字) 小野,陽
著者(英字)
著者(カナ) オノ,アキラ
標題(和) センダイウイルス被膜糖タンパク質の細胞内輸送における小胞体内Ca2+の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 110784
報告番号 甲10784
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博総合第44号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 庄野,邦彦
 東京大学 助教授 大隈,良典
 東京大学 助教授 楠見,明弘
 東京大学 助教授 須藤,和夫
 東京都臨床医学研究所 部長 川喜田,正夫
内容要旨

 細胞内Ca2+濃度の恒常性は、さまざまな細胞機能の発現と密接に関係していることが知られている。近年、細胞膜のCa2+動員機構に加えて、小胞体(ER)がCa2+ストアとしての役割を通して、これらの細胞機能発現に関与していることを示す知見が得られてきているが、この点に関してはまだ統一的見解の得られていない部分も多い。そこで本研究では、Ca2+ストアとしてのERが細胞機能の発現に果たす役割に関する理解を深めることを目的として、センダイウイルス(HVJ)感染細胞にERのCa2+-ATPaseの特異的阻害剤タプシガージン(Tg)を投与し、ERのCa2+ストアに変動を与えたときに、ウイルスの増殖の素過程がどのような影響を受けるかについて検討を行った。ウイルスはその増殖の過程で宿主細胞の多くの機能を利用する。このような機能のいずれかが阻害されるとウイルス増殖は抑制されるので、Tgを投与した際に感染細胞のウイルス産生が受ける影響を解析し、抑制される素過程を明らかにすることは、ERに貯蔵されているCa2+イオンがどのような役割を果たしているかを包括的に調べる簡便な方法であると考えられる。このような観点で実験を進めた結果、Tg処理細胞においてはウイルス被膜タンパク質であるHN及びF0タンパク質の細胞内輸送が、それぞれER/シス・ゴルジ領域及びポスト・ゴルジ領域で阻害されていること、また、このように異なる部位で阻害されるどちらのタンパク質についても、その立体構造形成に異常が見られることが明らかになった。

 BALB3T3細胞におけるウイルス増殖に対するTgの影響 BALB3T3細胞にHVJを感染させ、経時的に上清中のウイルス粒子数を測定した結果、非処理の対照では、時間経過にしたがって、放出されたウイルス粒子数の増加が見られたが、Tgを投与した場合には36時間経過してもほとんど放出が見られず、ウイルス増殖に対する強い阻害が認められた。ところが、HVJ感染細胞を[35S]メチオニンにより標識し、抗HVJ抗血清による免疫沈降を行ったところ、Tg処理の有無にかかわらず、ウイルスタンパク質の合成に関して、ウイルス粒子放出に対するTgの阻害作用を説明しうるほどの顕著な差異は認められず、Tgによるウイルス増殖の阻害はタンパク質合成とウイルス粒子の放出の間の段階で起こると考えられた。

 HVJのHNタンパク質(HN)は、ウイルス粒子の放出にさきだって細胞膜に一旦組み込まれる膜タンパク質であり、赤血球吸着能を持っているため、細胞膜への組み込みを赤血球吸着試験により判定することができる。この方法により、HNの細胞膜への組み込みを比較すると、Tg処理細胞では、Tg非存在下のものに比べて著しい抑制がみられた。また、HNともう一つの被膜タンパク質F0の一方に対する抗体を用いて、感染細胞の表面のみを蛍光染色したところ、Tg処理をした細胞では細胞表面上にどちらの抗原も認められなかった。以上の結果から、Tgは被膜タンパク質の細胞内輸送の過程に影響すると考えられた。

 Ca2+濃度の変動と細胞内輸送阻害 ジ(tert-ブチル)-ベンゾヒドロキノンやシクロピアゾン酸のようなERのCa2+-ATPaseの阻害剤、あるいは、A23187やイオノマイシンのようなCa2+-イオノフォアをHVJ感染細胞に添加し、その影響を赤血球吸着試験により検討した結果、これらの試薬もTgと同様に、タンパク質輸送を阻害することが明らかになった。このことは、HNの輸送が、実際に細胞内のCa2+濃度変化によって阻害を受けていることを示唆する。同様の結果はF0タンパク質(F0)についても得られた。HVJのFタンパク質は、細胞膜上に前駆体F0の形で輸送されるが、これは細胞外にトリプシンを添加するとF1とF2の2種のポリペプチドに開裂する。このことを利用して細胞内のF0と細胞表面に露出したF0を識別することができる。そこで、パルスーチェイスを行ったHVJ感染細胞をトリプシンで処理した後、細胞溶解液を調製し免疫沈降を行った。その結果、F0の場合もイオノマイシンによって細胞膜上への発現が抑制されることが示された。このとき、細胞外にEGTAを添加すると、細胞外にCa2+が存在しているときに比べてより強い抑制が起こることが示された。このことから、Tgによる輸送阻害の主因は、細胞質中のCa2+濃度の増加ではなく、ERなどCa2+ストアとして機能する細胞小器官中のCa2+濃度の減少であることが示唆された。更に、イオノマイシンとTgが同一のCa2+ストアに作用しているかどうか検討するために、Ca2+蛍光指示薬Fura-2を用いて、細胞質Ca2+濃度の変動を解析した。Tgを投与した場合には、細胞質Ca2+濃度の一時的な増加が認められた。この結果は、ERのCa2+取り込みがTgによって強く阻害された結果、ERからのCa2+の流出が顕在化したことを示している。イオノマイシンを加えた場合にも細胞質Ca2+濃度が一時的に増加したが、引き続きTgを加えてもそれ以上の増加は認められなかった。このことはイオノマイシンもTgと同じCa2+ストア(ER)に作用してCa2+を流出させ、ER内Ca2+を涸渇させたことを示唆している。

 HN及びF0は、ER及びゴルジ体の中で糖鎖付加を受ける糖タンパク質である。そこでTg存在下で蓄積するこれらの膜タンパク質の糖鎖の特性を、ERで付加される高マンノース糖鎖を認識し消化するエンドグリコシダーゼH(endoH)を用いて調べることにより、細胞内輸送のどの段階がTg感受性であるかを検討した。HVJ感染細胞のパルスーチェイスを行い、抗HNあるいは抗F抗血清により免疫沈降を行った後、沈降物をendoHで処理し、SDS-PAGEにより分析したところ、HNはTg非存在下では、標識後1.5-2時間経過するとendoH抵抗性となったが、Tg存在下では、3時間経過してもendoH感受性のままにとどまった。これに対してF0は、Tg存在下においても非存在下においても、チェイス後には大部分がendoH抵抗性を示した。更にF0について、トランス・ゴルジ領域で付加されるシアル酸を特異的に消化するノイラミニダーゼを用いて、同様の解析を行った結果、Tgの有無にかかわらず、チェイス後にノイラミニダーゼ感受性を獲得することが示された。これらの事実は、Tg処理によって細胞内Ca2+の分布に異常が生じた結果、HNはER/シス・ゴルジ領域において、F0はトランス・ゴルジ領域以降において、それぞれその輸送が阻害されることを示している。

 抗HNあるいは抗F抗血清と蛍光標識した小麦胚芽凝集素(WGA)を用いてHVJ感染細胞の二重蛍光染色を行った結果、Tg存在下では、HNはWGAによって染色されるゴルジ領域には存在せず、ER領域に局在することが明らかになった。一方、F0は、核の周囲のER領域だけではなく、ゴルジ領域にも存在していることが示された。これらの結果はウイルス膜タンパク質の糖鎖解析の結果を支持する。

 この実験ではまた、抗HN抗血清、抗F抗血清のいずれを用いた場合も、Tg存在下では、蛍光染色した細胞の蛍光強度がTg非処理の細胞と比較して、減少していることが認められた。このことからTgによって輸送阻害を受けた2種類のウイルス膜タンパク質は、細胞内に蓄積せず、分解されていく可能性が示唆された。この点について詳しく検討するため、Tg存在下および非存在下において、感染細胞のパルス‐チェイスを行い、各時点で得られた細胞溶解液を免疫沈降により解析した。細胞溶解液中の2種類の膜タンパク質の量はTgの有無にかかわらず、チェイスの過程で減少していくことが示された。しかし、Tg非存在下では、ウイルス粒子の形で培養上清中に放出されたHN及びF0の量が増加していくのに対し、Tg存在下では膜タンパク質の細胞外への放出は認められなかった。これらのことから、Tg存在下では、HN及びF0は細胞内で分解されていくことが明らかになった。

 Tgによる輸送阻害のメカニズム F0タンパク質の細胞内輸送過程の中で、Tgが直接影響を及ぼすのはどの段階であるかを検討するために、パルス標識の前後のいくつかの時点でTgを投与し、F0の細胞内輸送に対する阻害効果を比較した。HNについては、チェイス後にendoH抵抗性を獲得するかどうかを指標にして輸送の有無を評価した結果、HNがER内にある限りTgの投与によって直ちに輸送が阻害されることが明らかになった。一方、F0については、前述したトリプシン処理によるF1断片生成を指標にして輸送阻害の有無を評価した。その結果、パルス標識の3時間前にTgを投与しておいたものでは、F1断片は検出されず、ノイラミニダーゼ感受性のF0が検出された。ところがパルス標識の開始と同時、あるいは、パルス標識の直後にTgを投与した場合には、Tg非存在下のものと同様にF1断片の生成が見られ、輸送阻害が起こらないことが明らかになった。これらの結果は、TgによってF0の輸送が実際に阻害されるのはF0がポスト・ゴルジ領域まで移動した後であるにもかかわらず、その原因は合成およびER膜への挿入の時点ですでにF0に刻印されていることを示している。

 免疫沈降によって回収したHN及びF0を非還元条件下のSDS-PAGEにより解析した結果、Tgによる輸送阻害が起こる条件下では、パルス標識直後のHN及びF0の示すバンドの移動度がTg非存在下のものと異なっていることが明らかになり、合成された直後の時点で立体構造に異常があることが示された。F0については更に、立体構造特異的モノクローナル抗体を用いて免疫沈降を行ったところ、輸送阻害の起こる条件下ではendoH抵抗性を獲得した分子の沈降量に減少が認められ、ゴルジ装置に輸送された後にも立体構造上の異常があることが示された。以上の結果は、Tgによる輸送阻害の直接の原因がER内Ca2+環境の変化に起因する高次構造形成の異常であることを示唆している。

審査要旨

 本研究は、細胞内Ca2+濃度の恒常性と細胞機能の発現の関係を解明するための試みの一環として、小胞体の役割を明らかにすることを目的として行われた。小胞体は細胞内のCa2+貯蔵小器官の一つとして、Ca2+濃度の調節に大きく寄与していると考えられている。本論文の著者は、センダイウイルス(HVJ)感染細胞に小胞体のCa2+輸送ATPaseの特異的阻害剤タプシガージン(Tg)を投与し、小胞体のCa2+貯蔵機能に変動を与えたときに、ウイルス増殖の素過程がどのような影響を受けるかについて検討を行った。ウイルスはその増殖の過程で宿主細胞の多くの機能を利用する。このような機能のいずれかが阻害されるとウイルス増殖は抑制されるので、Tgを投与した際に感染細胞のウイルス産生が受ける影響を解析し、抑制される素過程を明らかにすることは、小胞体に貯蔵されているCa2+イオンがどのような役割をはたしているかを包括的に調べるための簡便な方法であり、すぐれた着眼であると考えられる。

 論文は、序論、材料と方法、結果、考察の四つの部分から構成されている。序論において著者は、まず、細胞機能の制御におけるCa2+イオン濃度の調節の意義、および、それに関連した小胞体の役割に関する研究と理解の現状を総括している。そして、ウイルス増殖過程に対する小胞体機能阻害剤の効果の研究を行うことの意義について述べ、本研究の意図と全体的な方向づけを明らかにしている。この序論と、それに続く材料および実験方法に関する詳細かつ周到な記述は、本論文の中心をなす結果および考察の部分への有効な導入である。

 「結果」は、TgによるHVJ増殖阻害の主要な標的がウイルスの被膜を構成する2種類の膜内在性糖タンパク質HN(血球凝集素)およびF0(膜融合タンパク質前駆体)の細胞内輸送の段階にあることを明らかにした、I.BALB3T3細胞におけるウイルス増殖に対するTgの影響;HNおよびF0タンパク質の輸送阻害が、小胞体からのCa2+流出によるCa2+の涸渇によるものであることを示し、また、HNの輸送が比較的早期の段階で阻止されるのに対してF0の輸送は後期のGolgi装置/細胞膜間で阻止されることを明らかにした、II.Ca2+濃度の変動と細胞内輸送阻害;および、これらの結果を受けて輸送阻害の原因をさらに追究し、HN,F0タンパク質はともにTg存在下では合成直後から高次構造形成に異常が認められることを明らかにした、III.Tgによる輸送阻害のメカニズムの三つの部分から構成されており、Iで発見された新しい事実がII,IIIと順次掘り下げられ、膜タンパク質、分泌タンパク質の細胞内輸送における合成直後のペプチド鎖の折りたたみの重要性とそのCa2+依存性を指摘した考察に収斂する構成となっている。

 やや詳しくみると、Iにおいては以下の事実を記載している。BALB3T3細胞にHVJを感染させ、経時的に上清中のウイルス粒子数を測定した結果、Tgを投与した場合にはほとんどウイルス粒子の放出を認めず、ウイルス増殖に対する強い阻害を認めた。ところが、ウイルスタンパク質の合成に関しては、Tg処理の有無にかかわらず顕著な阻害は認められなかった。HVJのHNタンパク質の赤血球吸着能を利用して赤血球吸着試験によりHNの細胞膜への組み込みを比較したところ、Tg処理細胞では、非処理の対照に比べて著しい抑制がみられた。また、HNあるいはF0タンパク質に対する抗体を用いて感染細胞の表面を蛍光染色したところ、Tg処理をした細胞の表面にはどちらのタンパク質も検出されなかった。以上の結果は、Tgが被膜タンパク質の細胞内輸送の過程を強く抑制することを示すものである。

 IIにおいて得られた結果は以下のように要約される。Tg以外のCa2+ATPase阻害剤、あるいは、イオノマイシン等のCa2+イオノフォアをHVJ感染細胞に投与し、その影響を赤血球吸着試験により検討した結果、Tgと同様に、これらもタンパク質輸送を阻害することが明らかになり、HNの輸送阻害の原因が細胞内Ca2+濃度の変化であることが示唆された。蛍光性Ca2+指示薬Fura-2を用いて、細胞質Ca2+濃度の変動を解析した結果、イオノマイシンとTgはいずれも小胞体に作用してCa2+を流出させ、小胞体内Ca2+を涸渇させていることが示された。細胞表面に輸送されたF0タンパク質がトリプシン処理によって開裂し、F1断片を生じることを利用し、それを指標として検討した結果、F0タンパク質の輸送についても同様の結果が得られている。さらに、Tg存在下で蓄積するこれらの糖タンパク質の糖鎖の特性を調べ、細胞内輸送のどの段階がTg感受性であるかを検討した。Tg非存在下では、HNは合成後2時間以内にエンドグリコシダーゼH(endoH)抵抗性となったが、Tg存在下ではendoH感受性のままであった。一方F0は、Tgの有無にかかわらず、endoH抵抗性を獲得していった。さらに時間が経つと、F0はノイラミニダーゼに対して、同様にTgの有無にかかわらず感受性を示すようになった。これらの事実は、Tg処理によって細胞内Ca2+の分布に異常が生じた結果、HNは小胞体/cis-Golgi領域において、また、F0はtrans-Golgi領域以降においてそれぞれ輸送が阻害されることを示している。抗HNあるいは抗F抗体と蛍光標識小麦胚凝集素を用いてHVJ感染細胞の二重蛍光染色を行った結果もウイルス膜タンパク質の糖鎖解析の結果を支持するものであった。

 IIIにおいては以下の結果が得られている。タンパク質の細胞内輸送過程の中でTgが直接影響を及ぼすのはどの段階であるかを知るために、パルス標識前後の種々の時点でTgを投与し、輸送阻害効果を比較した。HNは合成後小胞体内にある限り、Tgの添加によってその輸送がただちに阻害された。しかし、F0については、トリプシン感受性を指標(前述)として輸送阻害を評価した結果、パルス標識3時間前にTgを投与した場合には阻害が認められたが、パルス標識の直後にTgを投与した場合には輸送阻害が起こらないことが明らかになった。この結果は、F0の輸送が実際に阻害されるのはF0がtrans-Golgi領域まで移動した後であるにもかかわらず、その原因は合成直後の時点ですでにF0に刻印されていることを示している。そこで、免疫沈降によって回収したHNおよびF0を非還元条件下のSDS-PAGEにより分析した結果、Tgによる輸送阻害が起こる条件では、小胞体内に存在する合成直後のHNおよびF0の立体構造に異常があることが明らかになった。F0についてはさらに、立体構造特異的モノクローナル抗体を用いて免疫沈降を行ったところ、輸送阻害が起こる条件下では、endoH抵抗性を獲得した分子の沈降量が著明に少なく、Golgi領域に輸送された後にも立体構造上の異常が残っていることが示された。

 以上の実験結果に基づき、また、関連する研究の結果を参照しつつ、著者は、TgによるHVJ被膜タンパク質HNおよびF0の細胞内輸送阻害の機構について以下のように考察している。両膜タンパク質の輸送阻害の第一原因は小胞体からのCa2+の流出による小胞体Ca2+ストアの涸渇である。上述の通り、小胞体内Ca2+濃度の低下によって、HNおよびF0タンパク質の高次構造の異常が生じる。HNタンパク質の構造異常は、ただちに小胞体内のシャペロンによって認識され、HNは小胞体内に留置され分解への途をたどる。一方F0タンパク質の場合は、高次構造の異常がただちに認識されることなくGolgi装置に輸送され、正常な糖鎖のプロセシングを受けるが、その間合成直後に刻印された高次構造異常の痕跡は残留しており、それがGolgi装置から細胞膜への輸送の段階ではじめて認識されて輸送阻害が起こると考えるのが適切である。小胞体内で生じた高次構造異常が、遅れて、Golgi段階ではじめて認識される場合があることを明確に示したのは本研究が最初である。また、本研究によって、見かけ上は著しく異なるTg存在下のHN,F0両タンパク質の挙動の違いを、小胞体における立体構造形成のCa2+依存性という共通の要因に還元できることが明らかになった。小胞体内Ca2+ストアを変動させることによって、分泌タンパク質および膜タンパク質の細胞内輸送に見かけ上、さまざまな異常が生じることが知られているが、その分子的基礎の理解はまだ不十分である。本研究の結果は、タンパク質立体構造形成のCa2+依存性という角度からこの問題を統一的に理解し、混乱した状況を整理することができる可能性を示唆するものということができる。

 このように本研究は、HVJの増殖の過程で細胞内Ca2+濃度の変動に最も感受性の高い反応が膜タンパク質の細胞内輸送であることをはじめて明らかにするとともに、膜タンパク質の細胞内輸送のCa2+依存性の重要な要素として小胞体内における立体構造形成のCa2+依存性を考慮すべきであることを明確に示し、これをキーワードとしてこの分野における理解の混乱した状況を整理することができる可能性を示し、一つの方向付けを行ったものである。ウイルス-宿主相互作用の理解、タンパク質の細胞内輸送におけるCa2+の意義の解明に向けて大きな手がかりと発展の契機を与えたという意味で本研究の意義は大きく、その成果は国際的にも十分に高い水準に達していると評価することができる。本論文の内容は共著の論文として公表される予定であるが、内容の大部分は本論文提出者の考案と努力によるものである。

 以上の評価に基づいて、審査委員会は、本論文提出者には本研究の成果によって博士(理学)の学位を受ける資格があるものと判断する。

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