[1]Si(111)上のAg、Cu、Auのエピタクシャル成長とRHEED強度の振動現象 (1-1)下地表面の温度の成長に及ぼす影響
(a)室温から400℃の場合:清浄なSi(111)-7×7構造の表面にCu、Agの蒸着(蒸着速度は約4ML(原子層)/分)中におけるRHEEDの鏡面反射点の強度変化の測定を行った。Cuの場合には、室温では4つの強度振動ピークが観察されたが、100℃〜200℃では一つの振動ピークしか観察されず、250℃以上になると振動ピークは完全に消えた。Agの場合には、室温では2つの振動ピークが観察され、280℃では1つの振動ピークに変わって、400℃以上では振動ピークは消えた。
(b)室温から低温160Kの場合:図1はSi(111)上のAgのエピタクシャル成長について、蒸着速度を60ML/分に固定し、温度を300K(RT)、260K、220K、160Kと変えた場合のRHEED強度振動の形の変化を示したものである。これを見ると、(1)温度が低くなるに従って、振動ピークの数が多くなり、またその形も明瞭になった。(2)温度が低くなるに従って、ピーク位置が右側(厚さが増す方向)にずれた。160Kの時にこのピークの形が最も明瞭になったので、このピーク位置を点線で示した。これをみると、(3)最初の6MLまでは周期が不規則な振動ピークが見られるが、その後周期的な振動ピークに変わった。このように6ML以上の厚さではいずれの温度でも振動周期はほぼ一定となるが、300Kではこの周期が1MLであったものが、160Kでは1.45MLに増加した。(4)2番目の振動ピークは小さいが、温度が下がるに従って大きくなり、その周期は0.5ML(RT)から1ML(160K)まで大きくなった。Cuの場合も表面温度が下がるとAgと同様な傾向を示したが、ほぼ46MLまでの振動ピークが確認された。
(1-2)蒸着速度の成長に及ぼす影響
図2はSi(111)上のAgのエピタクシャル成長について、160Kにおいて、蒸着速度を4、10、30、60ML/分と変えた場合のRHEED強度振動の変化の様子を示したものである。図1(d)と図2(d)は同じものである。これをみると、蒸着速度を速くすると、(1)振動ピークの数が多くなる。(2)ピーク位置が右側にずれた。(3)2番目の小さいピークも序々に大きくなり、その周期0.3ML(4ML/分)から1ML(60ML/分)まで大きくなった。
以上のような実験結果から次のような結論がえられた。高温になる程表面原子の自由行程が大きくなり、これがテラスの幅より大きくなると、表面原子はすべてステップまで移動してそこで成長する(ステップフロー型成長)ので、RHEEDの強度振動が現れなくなることが分かった。しかし、下地の温度を低くすると、原子の平均自由行程が小さくなり、これがテラスの幅より小さくなるとテラス上に2次元的な結晶核が多数形成され、RHEEDの強度に多数の振動ピークが観察されるようになったものと見られる。また蒸着速度を大きくすることは表面原子同志の衝突が多く、2次元核が形成され易くなる。従って下地の温度を下げた場合と同様な効果となり、多数の振動ピーク観察がされたものと解釈された。
次に図1及び2で見られたRHEED強度振動の周期、ピークの高さ、位相のずれなどの変化について、ミクロな成長のメカニズムを考察する。
(1)図1、2における最初のピークの幅(周期)はほぼ1原子層であった。これはSi(111)-7×7構造の表面にはダングリンボンドがあり、表面に飛来してきた原子はダングリンボンドと強く結合し、拡散も小さく、1原子層で飽和したものと推定される。
(2)2原子層目は、Ag原子層の上のAgの成長となるが、これは原子の平均自由行程が大きいので、部分的にステップフロー型成長となり、テラス上の中央にしか2次元核ができなくなり、2層目の振動のピークが小さいと推定された。しかし、蒸着速度を速くした低温表面の場合には、平均自由行程が小さくなり、テラス上には多数の2次元核が形成され、振動ピークが大きくなったと推定された。
(3)3〜6層目までは周期が大きくなっているが、これは2次元核の上に更に次の原子層の2次元核が形成されてしまうような成長(これをラフネスの大きい表面成長と呼んでいる)となったと考えられる。このような場合には振動の周期が大きくなる。
(4)6層目以上では、金属上の金属の成長となり、周期的な成長となったと推定される。
(1-3)成長中における蒸着の中断の実験を行った。蒸着中にこのような実験を行うと、蒸着原子の動きや拡散の様子が分かる。図3はのAは中断しない場合である。Aの場合のように蒸着を開始して、強度が増加してピーク位置Pになった時点で蒸着を一度中断し、その後再開したものがBである。またPより少し低い位置で蒸着を中断し、再開したものがCである。Bでは中断した時間に相当する厚さだけ左にずらしてある。これをみると、BやCでは再開後の成長の周期は長くなっている(右側にずれる)ことが分かる。これは蒸着を中断すると、表面原子はより安定な所に移動して、より平坦な表面ができる。その結果、蒸着を再開したときに、それが新しい原子層の成長の開始点となり、成長の位相が遅れる効果をもたらしたものと推定される。
(1-4)表面構造依存性
×-Agの構造上にAgを成長させた場合は室温と低温いずれの場合も振動ピークが観察されなかった。この結果から×-Ag表面上でのAg原子の拡散の平均自由行程が、160Kの低温でもテラス幅より大きいことが測定された。また160Kの表面にAgを蒸着した場合には、0.2MLでは×と×、0.5MLでは×と×と6×6の新しい共存表面相が形成されることを見出した。後者がは本研究で発見されたものである。
[2]Si(111)表面からCuの等温脱離過程の研究 Si(111)表面に3MLのCuを蒸着し、この表面を高温に加熱した場合の脱離の実験を行った。この脱離過程をみると、最初は時間の経過と共にCuK線が直線的に減少したが、Cuの量が1.3MLになった時点でCuが再び1.5MLに増加する異常な現象を発見した。この現象は次のように解釈された。バルクの状態図によれば、CuはSiの中に少し溶解する。この溶解度は高温になる程大きい。Cuの脱離実験では一つの実験が終了した後に表面を再び清浄化するために、時々1300℃で加熱したが、この温度ではCuの溶解度が高いため、Cuは部分的にSi内部に溶解したと考えられる。この表面にさらに3MLのCuを蒸着して700℃で脱離実験を行った場合、1300℃より溶解度が低いため、内部に溶け込んだCuが再び表面に析出してきたために、途中でCuが増加するような異常な脱離曲線が観察されたと考えられた。
そこで、700℃で1時間Si(111)表面を加熱し、溶解したCuを析出、脱離させた。このようにして清浄化したと考えられる表面に3MLのCuを蒸着し、脱離実験を行った。その結果、脱離過程に見られたCuの異常な増加現象は見られなくなった。このような溶解表面で詳しく実験を行った結果、脱離過程にはCuが直線的に減少する三つの脱離ステジーA、B、Cが観察された。そのB、Cの脱離エネルギーは57.2、21.2Kcal/molであった。RHEED観察によってAは微粒子、Bは(5×5+シリサイド)構造、Cは(5×5+7×7)構造からの脱離に対応することが明らかにされた。これはCu-Siシリサイドからの脱離プロセスを初めて詳しく観察し、それを解明した結果となった。