学位論文要旨



No 110787
著者(漢字) マサル,デシデリウス
著者(英字) Desiderius C. P. Masalu
著者(カナ) マサル,デシデリウス
標題(和) 常磐海山列の古地磁気学 : 海山列の成因と太平洋プレートのテクトニクス
標題(洋) Paleomagnetism of the Joban Seamount Chain : Its Origin and Tectonic Implications for the Pacific Plate
報告番号 110787
報告番号 甲10787
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2829号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬川,爾朗
 千葉大学 教授 伊勢崎,修弘
 東京大学 教授 木下,肇
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 玉木,賢策
内容要旨

 本研究では、セミノーム最小化法を用いたインバージョン(seminorm minimization inversion method)により、北西太平洋の13の海山(常磐海山列の10海山、千島海溝の1海山、中部太平洋海山群の2海山)の古地磁気学的研究を行なった。今回解析した13の海山のうち、10の海山から信頼性のある結果を得ることができた。常磐海山列の走行はN53°Eであり、周囲の地磁気異常縞模様の走行(N68°E)とは異なる。これは常磐海山列が海嶺上で形成された地形ではないことを示している。この海山列周辺の地殻は、磁気異常番号M14とM11の間(約1億3800万年前〜1億3300万年前)に形成されたものである。また、この研究では研究船白鳳丸による航海(KH90-1 leg1、KH92-3 leg1・2、KH93-1 leg1・2)で得たオリジナルなデータを使用した。

 本研究で得た信頼性のある古地磁気極は、磐城海山と日立海山の結果を除いて全てが8800万年前〜8200万年前の太平洋の見かけの極移動曲線(apparent polar wander path,APWP)上にあり、これらの海山が主に白亜紀中期〜後期に形成されたことを示している。常磐海山列中のギヨーである磐城海山・日立海山の指す古地磁気極は、現在知られている太平洋のAPWPの最古端よりはるか北西にあり、この結果はこれらの海山がジュラ紀〜白亜紀前期に形成されたことを示唆する。北西太平洋の海山群は、ジュラ紀-白亜紀前期から少なくとも8200万年前までの間に、主に3つの異なる古緯度で形成された:最初のものが北緯12度付近、次が正確に古赤道上、その次は南緯15度付近である。

 常磐海山群は2つの明らかに異なる古緯度において形成されており、全ての海山が同じ古緯度で形成されるはずの単一のホットスポット起源とは相容れない結果である。さらに古地磁気極の分布から、磐城・日立海山は、常磐海山列の中央に位置しているのだが、この海山列中の他の海山よりもはるかに古いことが示唆される。これは常磐海山列における火山活動は年代と共に進行したものではなかったことを示し、やはり単一のホットスポット起源から予期されることとは矛盾する。

 今回の磐城・日立海山の結果と、これまでに公表されたジュラから白亜紀前期のものとされる北西太平洋の海山についての信頼性のある古地磁気データとをまとめて解析を行い、その時代の太平洋のAPWPを検討した。北方向への移動量から、ジュラ紀〜白亜紀前期の太平洋の海山は2つのグループに分かれることと、それらの相対的な年代が確認された。平均の極は古いほうのグループが北緯74.4度、東経278.2度(95=16.7°、7.9°)、新しいほうのグループが北緯59.3度、東経289.4度(95=12.9°、11.9°)にあり、太平洋プレートがジュラ紀から白亜紀前期の間に南へ移動したことがわかる。この太平洋プレートのジュラ紀から白亜紀前期にかけての南への移動は、西太平洋の海山のこの時期における北への移動量が白亜紀中期〜後期の海山よりも小さいという結果からも支持される。新しいほうの極の平均的な年代は、磐城・日立海山の年代の見積りから、1億3000万年前〜1億2500万年前頃と思われる。この2つの極が、これまではっきりしていなかったジュラ紀〜白亜紀前期の太平洋のAPWPであると考えられる。

Pacific Polar Wander Path
審査要旨

 海山は、海溝、中央海嶺と並んで、固体地球のダイナミクスが極めて顕著に大洋底に現れたものである。太平洋の海洋底に数多く分布する海山は、地球深部からのマントルプリュームの噴出物として海底に残された火山であり、マントルプリュームの活動を忠実に反映している。海山に関する研究は、海山に関する地質学的研究、海山の重力と地殻均衡に関する研究、海山磁気に関する研究に大きく区分されるが、そのいずれも未解決の問題を多く含んでいる。火山活動によって形成された海山は、火山活動の継続時間とその後の二次磁化のため、複雑な磁化構造もつものが一般的である。このため、海山磁気の解析手法はよりよくその磁化構造を再現できるよう常に改良されてきた。また、形成された海山はプレート運動にともなって移動し、現在の磁場のもとにおかれているため、複数の海山を解析することにより、プレートの運動を復元することが可能である。本論文は、海山の古地磁気を最新の手法を用いて解析し、その結果に基づき太平洋のテクトニクスを議論したものである。解析対象とした海山は、著者が3つの研究航海に参加して自ら観測した西太平洋、中央太平洋の13の海山である。そのうちの10の海山は、西太平洋の常盤海山列に含まれ、北東にのびる顕著な列状構造をなす。本論文は、マルチナロービーム地形観測装置によって得た正確な海山地形を使用して、Seminorm minimization methodとよばれる最新の手法により海山の磁化構造をインバージョンによって従来より精度よく求めたことに大きな特色を有する。

 第1章では、海山の持つ一般的な問題と、海山磁気に関連した特殊な問題、特に、見かけの極移動曲線と海山磁気解析法の問題点について述べ、本論文の位置付けを行なっている。第2章では、太平洋の海山とテクトニクス、太平洋プレートの見かけの極移動曲線、および常盤海山列に関する過去の研究の総括を行なうとともに、自ら取得した精密地形データをもとに常盤海山列の地質学的記載を行なっている。

 第3章では、本研究で使用した精密地形と全磁力の観測データの取得法、およびそれらを使用したデータの解析法について述べている。解析法については、観測データの前処理法について述べた後に、海山の地形、全磁力観測データを使用して、海山の磁化構造をインバージョンで求める手法(Seminorm minimization method)および解析結果の評価法について詳しくその利点を含め記述している。従来一般的に使用されている最小自乗法によるインバージョンが、海山の一様帯磁を仮定しないと解けないのに対して、Seminorm minimization methodは、非一様帯磁の成分も含めて解くことができ、格段に正確な海山磁化構造を復元できるものであり、海山磁気研究においては画期的な手法である。本研究は、この新手法を、西太平洋の海山群に始めて本格的に適用した研究である。なお、著者自身は、本学の修士論文研究で常盤海山列の5つの海山について、最小自乗法を使用した解析を行なっている。

 第4章では、Seminorm minimization methodを使用した13の海山の磁化構造の解析結果について詳述している。著者が、以前行なった、常盤海山列の5つの海山に対する最小自乗法による解析では2つの海山においてしか、信頼のおける解析結果を得ることができなかったが、本研究では13のうち、11の海山において信頼のおける結果を得ており、本手法の有効性が顕著に現れている。今回信頼できる解析結果を得られなかった2つの海山は、手法に問題があるのではなく、データの密度が不十分であったものと判断される。さらに、著者の以前の研究において得た上の2つの海山の解析結果は、今回の新手法による解析結果と整合的であり、このことからも、今回の解析結果が正しものと判断できる。著者は、これらの解析結果に基づいて、それぞれの海山の古地磁気極、古緯度、磁化強度について記載し、各値の評価を行なっている。

 第5章では、第4章の解析結果に加えて、過去の中央太平洋、西太平洋の海山について行なわれた解析結果のうち、信頼のおけるもの14の海山に関する結果をコンパイルし、これらを合わせて、太平洋プレートの見かけの極移動曲線、各海山の古緯度と太平洋プレートの動き、海山群の成因、海山の磁化強度などを7つの副章に分けて、多岐にわたる議論を展開している。まず、今回解析した各海山の古地磁気極を、従来の研究で提唱されている太平洋プレートの見かけの極移動極線と比較し、その差異に関して詳細な議論を行なっている。この結果、常盤海山列の日立海山、磐城海山を除くすべての海山は、従来提唱されている見かけの極移動曲線と整合的であると結論している。従来の見かけの極移動曲線は、現在から後期白亜紀までの極移動を示しているので、著者は、ここで、この極移動曲線からはずれる上記の2つの海山は、この極移動曲線の延長上に位置しているので前期白亜紀より以前に形成された海山であり、この2つの海山の古地磁気極を使えば、従来提唱されている見かけの極移動曲線をさらに古い地質時代へ延長できるのではないかという仮説を立てている。この仮説は、日立海山、磐城海山の平頂侵蝕面の深度とプレートの冷却効果による沈降を考慮して得たこれらの海山の推定年代が前期白亜紀の範囲に入ることからも裏付けられ、著者はさらに、従来の研究で行なわれた14の海山の解析結果も導入し、ジュラ紀までの見かけの極移動曲線を提案するに至っている。

 著者は、さらに、今回解析したものを中心に合計25の海山の古緯度から海山の北方移動の大きさを求め、各海山の形成年代との相関関係を検討している。この際に、海山の年代は、それぞれの海山の古地磁気極の見かけの極移動曲線上の位置から求めている。その結果、前期白亜紀-ジュラ紀の海山の北方移動距離がそれよりも若い年代の海山よりも一率に小さいのを見い出し、前期白亜紀-ジュラ紀には、太平洋プレートは南進していたと結論している。この結論は、国際深海掘削の結果からも独立に推論されており、十分に妥当な結論であると考えられる。

 著者は、また、海山群の成因に関し、各海山の古緯度に基づき議論を行なっている。まず、常盤海山列の古緯度が二つのグループに分かれることから、常盤海山列は、単一のホットスポットから形成されたものではないと結論している。これは、著者の修士論文と同じ結論となっている。また、今回、解析した海山と従来の研究結果からコンパイルした海山群の古緯度は、ほぼ、南東太平洋のポリネシアホットスポット群の現在の活動域内に入ることから、中央-西太平洋に広範に分布する海山群は、ポリネシアホットスポット群のジュラ紀から現在に至る活動により形成されたものと結論している。著者は、解析の結果得られた海山の磁化強度についても簡単に議論している。得られた結果によると、海山の磁化強度は、3 A/mから13 A/mまでのばらつきがあり、考えられる原因として、同一海山中の正逆帯磁の混在、古地球磁場強度の変化、化学的二次磁化による影響を列挙している。

 以上をまとめると、本論文の主要な成果は以下のように要約できる。(1)中央-西太平洋の海山群について、マルチナロービーム測深によって得られた正確な海山地形データを用い、新手法 Seminorm minimization methodによって11の海山について信頼のおける磁化構造を求めることに成功した。(2)従来の太平洋の海山磁気の研究結果と、本解析結果を総合的に検討することにより、従来、現在から後期白亜紀までについて提唱されていた太平洋プレートの見かけの極移動曲線をさらに延長し、前期白亜紀-ジュラ紀にいたるまでの太平洋プレートの見かけの極移動曲線を新たに提唱した。(3)各海山の古緯度、北方移動距離と海山の生成年代を検討することにより、現在北進している太平洋プレートは、前期白亜紀-ジュラ紀には南進していたと結論した。この結論は、新たに提唱された前期白亜紀-ジュラ紀の見かけの極移動曲線とも整合的である。(4)従来の研究結果とも合わせ、海山群の古緯度をコンパイルすることにより、現在西太平洋、中央太平洋に見られる、海山群は、現在南東太平洋を中心に活動しているポリネシアホットスポット群により形成されたものと結論した。

 本論文は、正確な海山地形と海山の非一様磁化を仮定した新解析手法を、中央-西太平洋の海山群に対して始めて本格的に適用し、信頼のおける海山の磁化構造を求めることに成功している。この解析結果は、地球上で最も高密度の海山密集帯である同地域の海山の研究に一時代を画するものであり、今後、この解析結果は多くの関連研究で引用されることになろう。また、この解析結果に基づき、著者が新たに提案した、ジュラ紀に至るまでの太平洋プレートの見かけの極移動曲線は、特に、ジュラ紀の部分については、全く始めて提案されたものであり、今後の太平洋プレートに関する古地磁気研究に大きな影響を与えるものと考えられる。さらに、前期白亜紀-ジュラ紀における太平洋プレートの南進を海山磁気の解析結果に基づいて独立に提唱したことは、従来、他の分野の研究からも提唱されていた前期白亜紀-ジュラ紀太平洋プレート南進仮説を極めて現実性のあるものにしており、中生代太平洋プレート運動復元研究における大きな貢献として評価できる。以上の審査に基づき、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として十分な価値があるものと判定した。

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