学位論文要旨



No 110788
著者(漢字) 宋,文奉
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ムンボン
標題(和) 白金表面におけるNOとCOのレーザー光励起過程の研究
標題(洋) Study of Laser-induced Prodesses of NO and CO Molecules Adsorbed on Clean Pt Surfaces
報告番号 110788
報告番号 甲10788
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2830号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村田,好正
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 小間,篤
 東京大学 教授 田中,虔一
 東京大学 助教授 古川,行夫
内容要旨 【序】

 様々な反応が表面上で起こるため、表面の研究が盛んになってきた。角度分解光電子分光は清浄表面とその表面に吸着した分子の電子状態を調べるのに有力な手法である。表面上での反射吸収赤外分光を用いた測定は、高い分解能(0.25-0.5 meV)とすべての測定システムが真空外にあるため、吸着子の確認や吸着サイトを調べるのに適している。金属表面に吸着した分子の熱過程は脱離、解離、反応などの様々な過程が競合して起こるため、その詳細なメカニズムを明かにするのは難しい。一方、光励起過程は価電子の基底状態から励起状態へ励起過程であるため、反応選択性が高く、また反応の素過程に近く、分子の動的過程を解明するのに欠かせない研究分野である。しかしながら、金属の存在による多くの緩和チャンネルのため、励起状態の寿命は極めて短く(<10-14s)、あまり進んでないのが現実である。そこで、本研究ではNO/Pt(001)表面とNO及びCO/Pt(111)表面でのレーザー光励起過程について研究を行った。

【実験】

 測定は、超高真空槽(base pressure 1×10-10 Torr)内で行った。試料は、機械的に研磨した後、アルゴンイオン衝撃と酸素中のアニーリング、フラッシングを繰り返して清浄化した。NO及びCO/Pt(111)の実験装置は二段に構成され、上段では反射吸収赤外分光(RAIRS)と熱脱離、下段では4枚グリッド型の低速電子回折装置と共鳴多光子イオン化(REMPI)の測定ができるようになっている。NO/Pt(001)の場合はHe I(21.2 eV)光源,回転可能な半球型エネルギー分析器で電子状態が調べられる。

 実験は、80KでPtにNOとCOを吸着させ、レーザー光照射による吸着子の反応をREMPI法、RAIRS法とARUPS法を用いて調べた。RAIRSとARUPSはレーザー光照射前後のスペクトルのピークの強度より吸着子の反応を調べる。REMPIでは表面から脱離する中性の分子を、多光子で共鳴イオン化させ、マイクロチャンネルプレートで検出する。吸着した分子を励起させるために、照射光としてエキシマーレーザー(6.4、5.0と3.5eV、パルス半値幅=11ns)とYAGの二倍波(2.3eV)を用いた。

【実験結果及び考察】1)NO/Pt(001)でのレーザー励起脱離の研究

 80Kで低速電子回折の実験を行うと,Pt(001)清浄表面ではhex構造が,また一酸化窒素を飽和吸着させた表面ではバックグラウンドの高い(1×1)構造に弱いhex構造が混在したパターンが観察される。清浄表面は(111)表面とほぼ同等な表面構造を持ち,NO/Pt(001)表面は,部分的に吸着NO分子により(1×1)表面になっていることから説明できる。NO/Pt(001)の光電子スペクトルを測定したところ、NOの2b軌道からの電子に起因するピークが露出量により計3種類観測される。露出量(a)0.65Lの時2.5eV,(b)0.97Lの時3.0eV,(c)1.99Lの時1.6〜2.7eVである。

 2.5と3.0eVの強度の比は0.8L(1 L=1×10-4Pa・S)で急激に増大する。LEED観察結果を考慮すると、この0.8Lにおける変化はPt表面のhex→1×1相転移に対応すると考えられる。よって2.5eVのピークはPtのhex表面に吸着した、3.0eVは1×1に吸着したNOに起因すると考えられる。一方、露出量が高い場合に見られる1.6〜2.7eVの肩は、相転移に従って生じる1×1表面の原子密度が減少することにより欠陥が生じ、そのサイトに吸着したNOによるものと推測される。ArFエキシマーレーザーを照射すると、1.6〜2.7eVのピーク強度の減少が観測された。この結果、欠陥サイトのNOがレーザー光により選択的に脱離するものと考えられる。

2)NO/Pt(111)でのレーザー励起過程の研究

 Pt(111)においてNO分子は低被覆率の場合にはbridgeサイト、高被覆率の場合にはon-topサイトに吸着する。図1(b)、(d)に被覆率の異なる表面で、6.4eVの光刺激により脱離するNOをREMPI法で測定した結果を示す。飽和吸着の場合は光刺激による脱離が観測される。RAIRS法によって調べたところ、光照射前後で赤外吸収強度が減少することが見られることから、on-topサイトのNOは光刺激脱離を起こすことがわかる。

 低被覆率の場合、ArFエキシマーレーザー照射により脱離するNO分子をREMPI法で検出することを試みたが、図1.(d)に見られるように脱離分子はほとんど検出できなかった。一方、RAIRSではレーザー光照射とともにbridgeサイトのピークの強度が消失することが見られる。このことから、光励起解離が起こっていると考えられる。光解離後の表面を調べるためにbridgeサイトのNOを光解離させた後NOを再び飽和吸着させた表面において、REMPIによる光刺激脱離の測定を行った(図1.(a)、試料p)。また飽和吸着させた表面(図1.(b)、試料a)、飽和吸着させた後に220Kまで加熱した表面(図1.(c)、試料h)からもREMPIにより脱離を測定し、それらを比較すると、脱離量が大きく異なることがわかった。これらの表面で測定したRAIRSのスペクトルを図2に示す。試料a(図2.(a))と比べて試料p(図2.(b))ではNOの伸縮振動(N-O)が低エネルギー側に、試料h(図2.(c))では高エネルギー側にシフトする。一方、酸素原子をつけた後にNOを飽和吸着させた表面(図2.(d)、試料o)は試料hと同じく(N-O)が高エネルギー側にシフトするのが見られた。bridgeサイトのピーク減少した表面からのN2の熱脱離スペクトルを測定したところ、約400 Kに非常に鋭いピークが観測された。この系において、熱的にはN吸着表面を作成することができない事を考えると、光励起により準安定相が形成されていることを示唆する。これらの結果から、bridgeサイトのNOに光照射をすると解離が起こり表面にはN原子が残ると考えられる。これに対して、on-topサイトのNOは光刺激により脱離し、また加熱するとNOは一部解離して表面にはNOとO原子が残ると結論される。

図表図1.脱離するNOの減衰曲線 / 図2.RAIRSのスペクトル

 光励起によるbridgeサイトのNOの解離のメカニズムを明かにするために、解離の断面積、波長とレーザー強度依存性を測定した。解離の断面積は〜10-20cm2である。3.5eVのXeFレーザー照射ではRAIRSのピークの位置及び形は変化しないが、5.0eVのKrFレーザー照射では(N-O)が低エネルギー側にシフトし、ピーク強度減少するのが観察された。しかし、ArFレーザー照射と比べると断面積は1/4程度である。このことから、光励起によるbridgeサイトのNOの解離のしきい値は3.5と5.0eVの間であることがわかる。またレーザー強度依存性は一光子過程を示唆する。このことから下地の白金の価電子から吸着したNOのB2IIへの遷移が解離を引き起こしている可能性が高いと考えられる。それに対してNOの2aへの遷移が脱離を引き起こしている。

3)CO/Pt(111)でのレーザー励起脱離の研究

 CO/Pt(111)の系で(2+1)REMPI法を用いて脱離するCO分子の並進、回転、振動温度を測定した。ArFレーザー励起の場合、各々2200、150、3400Kであった。照射するレーザー光の波長依存性はなく、脱離のしきい値が2.3と3.5eVの間にある。これらのことから光刺激脱離の中間の励起状態には吸着子の2a(2の反結合性軌道)準位が関与していると考えられる。80KでPt(111)にCOを吸着させると、吸着量()が1/3ML以下ではon-topサイトのみに吸着するが、1/2MLではon-topサイトとbridgeサイトに1:1に吸着する。1/2MLの表面で、レーザー光照射前後の反射吸収赤外スペクトルを比較するとon-topサイトのみ吸収強度が減少するのが見られた。さらに、on-topサイトのピークはその形状が大きく変化することがわかった。これらの結果から光励起よりon-topサイトのCOのみ脱離していると考えられる。

審査要旨

 本論文は4章からなり,第1章は概要,第2章はPt(001)からのNOの光脱離の紫外光電子分光法(UPS)による研究,第3章はPt(111)上のNOの光励起反応の反射吸収赤外分光法(RAIRS)による研究,第4章ではPt(111)からのCOとCO+の紫外及び可視のレーザー誘起脱離について述べている.

 第1章では金属表面に強く化学吸着した2原子分子のレーザー励起による脱離,解離反応について、これまでの研究結果の紹介と脱離機構の概念的説明,Pt(001)とPt(111)に吸着したNO,CO分子の構造などが述べられ,本研究の重要性が論じられている.第2章は村田研究室で以前に見いだした6.4eVのレーザー光励起によるPt(001)からのNOの脱離での吸着種による選択性の原因を明らかにするため,HeI共鳴線による角度分解型UPSの測定をしている.吸着NO分子の結合性軌道の2b準位に着目し,Pt(001)表面に80KでNO分子を吸着させると,1.0L(1×10-6Torr・s)のNOの露出量で,Pt表面は一部hex構造から1×1構造に相転移し,この相転移で生じた両構造領域の境界の欠陥サイトに吸着したNO分子が,脱離に活性であることを示した.そしてこの結果は脱離機構から考えられる,中間の励起状態の寿命が長い吸着種が脱離に活性であることと矛盾なく説明できると論じている.

 第3章では光励起過程での吸着種による選択性の研究にRAIRSの測定が効果的であることに着目し,その測定装置を組み上げ,Pt(111)に吸着したNO分子の紫外レーザー照射による挙動を,RAIRSによる吸着NO分子のN-O伸縮振動を測定し,その変化を追跡している.また脱離NO分子を共鳴多光子イオン化法(REMPI)により検出している.その結果,低被覆率ではNO分子はPtの2原子に跨っての吸着,すなわちブリッヂサイトに吸着し,レーザー照射によって脱離はしないが,1光子過程で解離することを見いだしている.一方,高被覆率ではPt原子の直上,すなわちオントップサイトに吸着し,レーザー励起脱離が1光子過程で起きることを示している.また分解,脱離のしきい値はそれぞれ3.5と5.0eVの間,2.3eV以下であるという結果を得ている.さらにブリッヂサイトに吸着したNO分子を光解離させた後にNO,N2の熱脱離の測定,光解離後にNOを飽和吸着させてRAIRSと光脱離の測定などから,ブリッヂサイトのNO分子は光照射によりO原子が脱離してN原子が表面に残ること,しかも吸着N原子は準安定状態であると推測している.一方,熱処理した場合にはNOは一部分解してO原子が残る.このように光励起過程は熱過程とは明らかに異なっている.またブリッヂサイトに吸着したNO分子では,孤立分子のB2II準位に関連した準位へ励起が起き,解離過程に行くのが妥当であると論じている.一方,オントップサイトに吸着した分子は,吸着子の反結合性軌道である2a準位へ励起が起き,脱離過程に行くと説明している.

 第4章ではPt(111)上のCOがレーザー誘起の1光子過程で脱離し,脱離のしきい値が2.3と3.5eVの間であることを示している.また脱離CO分子の並進,回転,振動温度を(2+1)REMPIで測定し,例えば6.4eV励起の時,それぞれ2200,150,3400Kであるという結果を得ている.これらのことからNO,COの脱離過程の中間の励起状態が吸着分子の2a準位であることを明かにしている.一方,RAIRSの測定結果は低被覆率ではオントップサイトのみに,高被覆率になるとオントップサイトとブリッヂサイトにほぼ1:1で吸着し,オントップサイトの吸着CO分子のみが脱離することを示している.さらにC-O伸縮振動のスペクトルの高振動数部分がレーザー照射により減少することから,p(2×2)構造で吸着したNOの,異なる位相のドメインの境界に吸着した分子が脱離に活性であると結論している.CO+のイオン脱離は3光子過程で起き,励起エネルギーのしきい値は5.0eVより高いという興味ある結果を得ている.

 なお,本論文の第2,3,4章は村田好正,福谷克之氏らとの共同研究であるが,論文提出者が主体となって研究を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

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