本論文は六章からなり、第一章序論、第二章実験、第三章Ni(100)上のカーバイドの水素化反応の中間体の検出およびその反応性、第四章Ni(100)上における吸着COの直接水素化反応、第五章高分解能電子線エネルギー損失分光法(HREELS)のMoOX蒸着膜への応用、第六章MoOx蒸着膜およびTiO2(110)上での炭化水素吸着種の光反応について述べられている。 第一章は本研究の背景である合成ガス(CO+H2)からの炭化水素や含酸素炭化水素化合物を合成する触媒の特徴や問題点について記述されている。 第二章は主としてHREELS法を表面反応に用いる際の工夫や実験手法について詳細に述べられている。 第三章ではメタネーション反応、CO+3H2CH4+H2O,の中間体とされているカーバイドをNi(100)表面に作り、その水素化で生成するCHx中間体を直接検出し、その構造及び反応性について調べた。カーバイド濃度が小さいNi(100)-C表面は(1×1)構造であるが、カーバイド濃度が大きくなると(2×2)p4g構造に変わることが知られている。このようなカーバイドが水素化されメタンが生成するとすると、水素化の中間体としてCHXが表面に生成すると予想される。しかし、これまで、カーバイドを水素化し生成するCHXを直接検出した例はなかった。 本論文では、カーバイド濃度が小さい(1×1)構造の表面とカーバイド濃度が大きい(2×2)p4g構造の表面に分けて詳細な研究を行った。カーバイド濃度の低い(1×1)Ni(100)-CをH2で水素化すると、室温で容易にCHXが生成することを見いだした。生成したCHX吸着種がCH,CH2,CH3のいずれであるかをHREELSを用いて決める実験を行い、カーバイドの水素化で直接生成する安定な中間体はCH2であることを明らかにした。また、CH2CH3にエネルギー障壁があることを明らかにし、CH4を解離させると、何故CH3がニッケル表面に安定に生成するのかを理解できた。 一方、(2×2)p4gNi(100)-Cを同じ条件でH2で水素化してもHREELSでCHXは全く検出されない。しかし、フィラメントで熱解離した水素原子で(2×2)p4gNi(100)-Cを水素化するとCH2でなくCHが生成することを見つけた。しかし、このような原子状水素での処理では表面炭素は減少せず、メタンまでは水素化されない事が分かった。さらに、原子状水素で(2×2)p4gNi(100)-C表面を処理する実験で、次の構造緩和が起きる事を見つけた。 ここで、(2×2)p4g表面を原子状水素で水素化しても表面の炭素量は減少しないので、メタンは生成しない。原子状水素処理をしない(2×2)p4gNi(100)-C表面を加熱すると、表面カーバイドは680Kで分解し炭素原子はNiバルクに溶解するだけでグラファイトへの転移は起きない。しかし、ここで得たc(2×2)Ni(100)-CH表面を加熱すると600Kでグラファイトに転換することから、c(2×2)Ni(100)-CHの生成はグラファイトへの転換を促進することが分かった。これらの一連の実験から、メタンまで水素化される中間体としてのカーバイドは、これまでに言われているような(2×2)p4gNi(100)-Cではなく、表面に分散して生成する(1×1)構造のCNi4であると結論した。 第四章ではこれまで起きないとされていたNi(100)表面でのCOの直接水素化を見つけた事をのべている。即ち、水素中に極く微量の酸素が存在すると、Ni単結晶中に溶けている水素が表面に析出し、直接COと反応しHxCOyを生成する事を見つけた。重水素を使いHREELSとTDSを組み合わせた実験から、この新しい反応を確認した。 第五章と第六章はこれまでのCHXの研究でC-H伸縮振動が主として衝突散乱によるエネルギー損失であることが分かり、この特徴を利用することでHREELSを単結晶以外の固体表面への応用を試みた研究である。MoOx及びTiO2(110)表面での光反応に応用し、HREELSを単結晶以外の系にも使える事を示した。 なお、論文内容の一部はCatal.Letters,16(1992)407,Surf.Sci.,283(1993)117及びCatal.Letters,25(1994)105に中村潤児、田中虔一らとの共著で既に発表されているが、いずれの論文も本論文提出者がトップオーサーとして主体的に行った研究であり論文への寄与が十分であると認めた。従って、本論文の提出者である賀泓は東京大学博士(理学)の学位を受けるに十分な資格を持つと判断する。 |