海水準変動のうち、特にグローバルに起こる海水準変動はユースタシーと呼ばれる。ユースタシーには周期の異なる5つのオーダーの変動サイクルがあるとされ、百万〜1千万年周期のものはサードオーダーサイクルと呼ばれる。しかし、この百万〜1千万年という長さは、生層序の区分単位の長さと等しいがそれ以下であるため、このサイクルがグローバルに起こるユースタシー起源であることは生層序学によっては確かめられない。従って、サードオーダーサイクルのグローバル性については長い間疑問視されてきた。 本研究は(1)サードオーダーサイクルは本当にユースタシー起源なのか?(2)もしユースタシー起源であるならばその原因は何か?という2つの問題を解明することを目的とし、サードオーダーサイクルの実体に迫った。 本研究は富山県八尾地域、岐阜県瑞浪地域、三重県一志地域および静岡県掛川地域に分布する前期〜前中期中新統を対象に海水準変動の識別を行なった。各地域の中新統は主に礫岩、砂岩、泥岩からなり、その層厚は八尾地域で3,000m、瑞浪地域で170m、一志地域で1,200m、掛川地域で2,500mに達する。八尾、瑞浪および一志地域の中新統は沖積扇状地システムと海岸平野システムの堆積物からなり、沖積扇状地一海岸平野システムが前進後退を繰り返しながら全体として上方へ移動したことにより形成された。一方、掛川地域の中新統はその堆積開始時からすでに海洋環境下にあり、中新世を通して陸化することはなかった。 八尾、瑞浪および一志地域は堆積相の垂直変化が顕著で、海水準の上昇に関連づけられるラビンメント堆積物や海水準の低下時に形成される不整合により柱状図中に海水準変動が識別できる。また、一志と掛川地域においては、厚い、沖合い性の泥岩層中の特定の層準に限り、タービダイトやスランプ、デブリーフローといった重力流堆積物が認められ、それらの堆積イベントは海水準の低下に関連付けられる。八尾地域に3つ(下位よりY1、Y2、Y3)、瑞浪地域に3つ(下位よりM1、M2、M3)、一志地域に3つ(下位よりI1、I2、I3)、掛川地域に2つ(下位よりK1、K2)の海水準の低下イベントが認定できた。これらの海水準変動は数百万年間に2〜3回の低下が起こっていることから、先の定義によりサードオーダーサイクルに相当する。 各地域で認められたサードオーダーサイクルの同時性を検証するために、本研究は古地磁気層序学を導入した。瑞浪、一志、掛川地域において新たに古地磁気の測定を行ない、八尾地域においては既存のデータを用いた。古地磁気層序によると認定された11のイベントは時間間隙の大きさによって短期の低下イベント(百万年以下の間隙)と長期の低下イベント(百万年以上の間隙)に分けられる。短期の低下イベントはその年代に基づきイベントI1-K1、イベントY1-M1-I2-K2、イベントY2-M2に分けられる。イベントI1、K1はいずれもPolarity Chron C5DN内に位置づけられることから対比され、その年代は17.7±0.9Maと見積もられた。イベントY1、M1、I2はいずれもChron C5BR内に位置づけられ、イベントK2は下位にC5BRの地層を、上位にC5B2Nの地層をともなうことから対比可能で、その年代は15.7±1.1Maと見積もられた。また、イベントY2、M2は、それらの下位の地層の時代がY2ではChron C5BN中のSubchron C5B1R、M2ではC5BRと後者のほうが古いが、これは後者における海水準の低下量が大きかために侵食量も大きかったことによるもので、上位の地層がいずれもChron C5BN中に位置づけられることから対比可能で、その年代は15.0±0.7Maと見積もられた。 一方、長期の低下イベントに分類されたY3、M3、I3は、その上位の地層の時代がY3(中期中新世)とM3-I3(鮮新世)とで異なることから、対比は不可能である。 研究地域内で対比できた3つの短期の低下イベントを古い方よりJmi1、Jmi2、Jmi3と名付ける。これらの3つのイベントがグローバルに対比できるかどうかを調べるために、これらのイベントと北米のニュージャージーおよびフィリピン海の北大東島の海水準変動との比較を行なった。ニュージャージーにおいては前期〜前中期中新統中に海水準低下に伴う3つのハイエタスが認められ、サードオーダーサイクルが認められる。ハイエタスの間隙はストロンチウム同位体層序により、19.3±1.4〜17.6±1.3Ma、17.3±1.3〜16.5±1.3Ma、16.0±1.3〜12.2±1.9Maと見積もられ、Jmi1は19.3±1.4〜17.6±1.3Maのハイエタスに、Jmi2は17.3±1.3〜16.5±1.3Maのハイエタス、Jmi3は16.0±1.3〜12.2±1.9Maのハイエタスに対比できる。ニュージャージーにおけるハイエタスの間隙はいずれも本州中部の不整合の間隙より長いが、これは前者では海水準の低下量が大きかったために侵食量が大きかったとして説明できる。 北大東島においては前期〜前中期中新統中に2つのハイエタスが認められており、ここでもサードオーダーサイクルが認められる。ハイエタスの間隙はストロンチウム同位体層序により、20.4±1.4〜17.3±1.3Ma、16.2±1.2〜15.4±2.0Ma、14.8±2.0〜12.7±1.9Maと見積もられ、Jmi1が20.4±1.4〜17.3±1.3Maのハイエタスに、Jmi3が16.2±1.2〜15.4±2.0Maのハイエタスに対比できる。北大東島におけるハイエタスの間隙も本州中部の不整合の間隙より長いが、これもニュージャージーと同様に北大東島での海水準の低下量が大きかったために侵食量が大きかったためとして説明できる。また、Jmi2に相当するハイエタスは認められない。これは、Jmi3の海水準低下時にイベントJmi2を記録していた地層が削られてしまったためと考えられる。 ところで、日本列島、ニュージャージー、北大東島はそれぞれユーラシア、北米およびフィリピン海プレート上に位置しており、その地殻変動はお互いに異なっていたと考えられる。それにもかかわらず3地域において同時に海水準の低下が起こっているということは、それらがユースタシーによるものであることを示しており、本州中部のサードオーダーサイクルはユースタシー起源であることが明らかになった。 本州中部のサードオーダーサイクルがユースタシー起源であるならば、その原因が疑問である。各研究地域において、基盤に対する過去の海水準を、堆積物の厚さ+古水深によって見積もり、サードオーダーサイクルの原因を見積もられた変動の規模、速度、期間から議論した。各地域における海水準変動曲線は、長期の連続的な海水準の上昇と先にユースタシー起源と結論された短期の低下イベントの組み合わせで特徴づけられる。長期の海水準の上昇は八尾地域で15.8±0.6〜14.9±0.6Maに740±65m、瑞浪地域で16.2±0.6〜15.0±0.7Maに270±35m、一志地域で18.2±0.7〜15.3±0.6Maに890±50m、掛川地域で18.8±0.8〜15.1±0.6Maに1,400±50mに達し、堆積盆地の沈降にその原因を求めることができる。一方、短期の低下イベントの変動規模はJmi1が<200m、Jmi2が>2.5mand<200m、Jmi3が>35mで、その変動速度と期間はJmi1が>0.99m/1,000yrと<200,000yr、Jmi2が>1.3m/1,000yrと<150,000yr、Jmi3が>0.47m/1,000yrと<180,000yrと見積もられた。これらの低下規模、速度および変動期間は第四紀における氷河性海水準変動のものにほぼ等しい(12.5万年前〜1.8万年前でそれぞれ136m、1.3m/1,000yr、107,000yr.)。 氷河性海水準変動は海水の酸素同位体比変化によく反映されることから、短期のユースタティックな低下イベントをODPにより得られた海水の酸素同位体比変化と比較した。各低下イベントの時期に酸素同位体比の顕著な増加が認められ、前期〜前中期中新世に起こった3回のユースタティックな海水準の低下は、すべて氷河性海水準変動で説明できることが確かめられた。 以上の本州中部における前期〜前中期中新統の研究から、 (1)本州中部の前期〜前中期中新統のサードオーダーサイクルはグローバルなユースタシー起源で、古地磁気層序により海水準低下の年代は17.7±0.9Ma、15.7±1.1Ma、15.0±0.7Maと求められた。 (2)その変動の様式は0.7m.y.と2m.y.の間隔でスパイク的に起こる海水準の低下と上昇で特徴づけられる。 (3)スパイク的に起こる海水準変動の規模、速度および期間は第四紀氷河性海水準変動のものに等しく、これらのユースタシーはすべて氷河性海水準変動で説明できる。 (4)サードオーダーサイクルは百万年〜1千万年周期のサイクルと定義されているが、サードオーダーサイクルはサイクルと呼べるほどその周期が一定してはおらず、規則的な周期をもったサイクルは存在しない。これまでにサードオーダーサイクルとされてきたものは、第四紀氷河性海水準変動のようなフォースオーダーサイクルの別の表現形として認識するべきで、大陸氷床の、地球軌道要素の変動に関連した気候変化に対する反応が、前〜前中期中新世においては第四紀のように敏感ではなく、何らかの臨界点を超えた時にのみ反応するために、その変動が不規則かつスパイク的であったのであり、また、百万年〜1千万年の周期というよりも、気候変化に対する大陸氷床の反応が百万年〜1千万年に1回の程度であったと捉えるべきであり、これまでのような周期的かつなめらかな変動というサードオーダーサイクルの認識は過ちである。 |