学位論文要旨



No 110796
著者(漢字) ガン ブンタラ ステンリー
著者(英字) Gan Buntara Sthenly
著者(カナ) ガン ブンタラ ステンリー
標題(和) 鋼骨組構造物の不安定崩壊に対する設計法の提案
標題(洋) Proposals for Instability Design of Steel Framed Structures
報告番号 110796
報告番号 甲10796
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3251号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西野,文雄
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 堀,宗朗
内容要旨

 鋼骨組構造物の不安定現象による崩壊に対する設計では、構造物の非線形挙動解析をする必要がある。現在の設計示方書では、これらの非線形挙動の影響を条項で記述しており、示方書の条項を満たすように設計する限り、設計のための解析では、非線形挙動を考慮する必要はない。このため設計手法は簡単になるものの、種々変化に富む構造物の非線形挙動全てに対して安全性を保つために、構造物によっては必要以上に安全な設計となり、経済性を損なう設計となることが避けられない。このように非線形解析を行わず、非線形挙動の影響を条項で記述することで安全性を確保するのは、非線形解析が困難な時代には、やむを得ない設計法だったといえる。現在では非線形解析理論も確立しており、計算機も十分に発達している。計算に要する費用も安価になっている。

 しかしながら、構造物の施工時に避けられない程度の幾何学的な初期不整や、残留応力に代表されるような材料の不均一性までも全て考慮して解析するのは、現状の計算機の能力、費用のもとでは現実的でない。これらの不整の影響を何らかの簡単なモデルで置き換えたうえ、非線形解析するのが現実的であると考えられる。本研究は幾何学的な初期不整や残留応力等の不整を単一の不整量に置き換えたうえ、非線形解析を行って鋼骨組構造物の強度を推定し、これをもとに設計する手法を提案することを目的としている。

 本研究では、異なる2つの手法の提案をする。両者とも面内力を受ける鋼骨組構造物の面内の変位のみを伴う不安定現象による崩壊、及び面外の変位を伴う崩壊の2つの崩壊形式に対する手法を提案する。一つの方法は全ての不整を等価な一つの幾何学的な初期不整で代表する手法である。この等価な幾何学的な初期不整の決定をするには、その不整の無次元化された形状とその値を決める必要がある。等価な幾何学的な不整の形状としては、比例的に荷重が増加する際に、はじめて構造物が不安定になる時の固有モードの形状を用いる。このモードの最大値は、柱やはりに代表される簡単な構造物ついての厳密な強度解析をもとに決める。提案する手法では、一般的な降伏条件が満足されることをもって崩壊と定義する。もう一つの設計手法では、断面の全ての不整を弾性率の低下の形で代表させる。弾性率の低下は、前者と同じ簡単な構造物についての厳密な強度解析をもとに決める。この手法における崩壊も前述の手法と同様に定義する。

 提案する手法により種々の骨組構造物の解析を行うと同時に同じ構造物について厳密な崩壊解析も行い、提案する設計手法の精度を検討した。

 提案する手法による構造物の耐荷力の予測値は厳密解とよく合っており、その誤差は実際の設計において許容しうる範囲内にある。提案する手法は実際の設計に使用できるものであると考える。本提案の設計法を採用することにより、設計時に従来よりはるかに多くの計算をする必要が生じるものの、計算費用を含めて、従来より経済性にまさる構造物の設計が可能となる。

審査要旨

 本論文は題名が示すように、鋼で作られる骨組構造物が不安定現象によって崩壊する場合を対象に、従来の設計法と異なった設計法を提案することを目標とする基礎的な研究をまとめたものである。

 鋼骨組構造物の設計において、不安定現象による崩壊はもっとも困難な問題であり、古くから研究されてきた。現在の状況より、さらに計算機が発達し、計算速度が速くなり、計算コストが下がれば、数値計算に全面的に頼って設計解析を行うことが可能な問題である。構造物を小さな3次元の固体に分割し、連続体の水準にまで戻して解くとすれば、特に原理的に困難な問題はない。しかし、現実の計算機の発展状況はこのような解析を設計で用いる段階には達していない。不安定現象による崩壊を解析するには有限変位、幾何学的な初期不整、残留応力、材料の非弾性挙動を考慮しなければならない。構造力学の発達とともに設計方法は改善されているものの、現在でも設計解析は、材料として線形弾性体を仮定し、微小変位理論で行われている。不安定現象による崩壊に影響する上記の要因は設計基準中の規定で配慮されている。一本の部材に対しては十分安全で、かつ不経済にならないような規定を作ることはそれ程困難ではないが、複数の部材から成る簡単な構造物であってもこれらの規定を適用することには疑問の余地がある。ましてや現実の複雑な構造物に対して、このような規定を用いて安全な設計をしようとすれば、規定そのものを十分安全側の規定にする必要がある。ひいては経済性に疑問が残る。

 本論文は有限変位理論を解析に用いることによって、少なくとも構造物の形状の違いや、荷重条件の違いを設計計算に取り入れようとする試みである。すでに述べたように構造物を小さな3次元の要素に分割すれば、初期不整や、残留応力、材料の非弾性挙動を取り入れることが可能であるが、現実的ではないので、これらの要因を等価な一つの要因で代表し、その上で骨組みの力学で設計計算をする試みである。

 幾何学的な初期不整や、残留応力、非弾性挙動のうち、非弾性挙動の影響は小さいことが知られているので、本論文では非弾性は考慮せず、材料は非線形弾性体として扱っている。具体的には鋼を対象としているので、応力の増加とともにひずみが比例的に増加した後、一定応力のもとでひずみが無限に増大する形の弾性的な応力-ひずみ関係を仮定している。残る二つの要因を、一つは等価な初期不整で置き換えることを試みている。もう一つの方法として、弾性率を応力状態に応じて低減することで二つの要因を代表することを試みている。

 このような設計方法が実用性をもつためには、等価な初期不整、あるいは等価な弾性率の低減が構造物の形状によらず決まる必要がある。

 構造物の不安定現象による崩壊は一つの崩壊現象と考えて良いが、特別な条件のもとでは異なった崩壊形式をとる。その一つは平面状の構造物がその平面内の変位のみを生じて崩壊する場合であり、もう一つは平面状の構造物に同じ平面内の変位を生じさせるような力が働いても、平面外への変位を生じて崩壊する場合である。このため、本論文では等価な初期不整、あるいは等価な低減弾性率を決めるにあたって、それぞれをこの二つの特別の場合について決めている。このように決めた量を用いることによって、上記の特別の場合の崩壊を含め、一般的な不安定現象による崩壊にも対処しようと試みている。

 等価な幾何学的初期不整を、本論文ではもっとも基本的な構造物と考えられる柱とはりから決めることを提案している。柱とはりとを小さな3次元要素に分割して厳密に解き、本論文で提案する解析法を用いたとき、この解に最もよく一致する等価な初期不整、等価な低減弾性率を決めている。

 等価な初期不整を決めるにあったっては骨組み系全体に渡って、その値を決める必要がある。このため、本論文では与えられた構造物の形状、荷重条件のもとで、構造物が不安定になるときの形状を固有値解析を行って決めたうえ、その形状で、部材長さ、あるいは一部材がいくつかの半波に分かれる場合は、半波の長さで無次元化したときの固有ベクトルの最大値を、先に柱をもとに決めた等価な初期不整値としている。

 このようにして決めた等価な初期不整値、等価な低減弾性率を用いて、より複雑な構造物の設計解析を行い耐荷力を求め、従来から行われている設計方法による耐荷力と比べることによって、本論文での設計法の優位性を検証している。優位性を検証するためには、3次元の微小な要素に分割し、初期不整、残留応力をそのままの形で考慮して求めた解が、耐荷力を最もよく表すものとし、比較のための基準値として用いている。この検証のために本提案の設計法による耐荷力と、現在使われている設計法の中で最も進歩した基準と考えられるアメリカ鉄鋼協会の提案になる規準をもとにした耐荷力とを、比較のために求めた上記の基準値と比べている。

 検証は比較的簡単な構造物について、先に述べた特定の形式で崩壊する荷重条件、特定の形式の組合わさった一般的な形式で崩壊する荷重条件のもとで比較している。

 本提案の方法と基準値を比べた場合、誤差はあるものの、その差は比較的狭い範囲に収まっている。これに反し、アメリカ鉄鋼協会の規準で求めた耐荷力と基準値との差は大きくばらついている。基準値と比較したときの誤差は、例外はあるものの一般的には本提案の誤差の方がはるかに小さい。

 本提案の設計法を通常の構造物に適用するに当たって特に困難な点はないが、あらゆる構造物に適用するには問題がないわけではない。解決すべき問題は残っているものの、新しい提案をしているという意味で、学位論文として十分成果があると考える。

 幾何学的初期不整と残留応力とを等価な初期不整と等価な低減弾性率に置き換える二つの方法を提案しているが、それぞれに長所、短所がある。

 等価な初期不整に置き換える方法の短所の一つは、固有値解析を行って等価な初期不整値を決めることであり、大型の構造物では、設計技術者に受け入れられるのに時間を要しよう。線形弾性体についての解析を行えばよく、この点は長所と考えて良い。一方、等価な低減弾性率を用いる場合の長所、短所は等価な初期不整を用いる場合と反対の関係にある。どちらが、設計技術者にとって受け入れ易いかを予測する必要はないが、等価な低減弾性率を用いる方法の方が、使い易いのではないかと考えられる。

 すでに述べたように本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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