鉄道整備などの社会資本の整備プロジェクトに際しては、地域社会への影響を詳細に把握し、それらの効果を国民経済的視点や事業採算性の視点などから評価することが必要である。しかしこれらの分析・評価の過程には従来から以下のような問題点が指摘されている。 (1)プロジェクトは多岐にわたる影響を広範囲に及ぼすことから、プロジェクト評価には多大な時間と労力を必要とし、計画策定者がプロジェクトに関わる多くの政策代替案の分析評価を行い、その結果を比較検討することは困難である。 (2)政策代替案の設定、あるいは社会への影響分析、計画の評価分析などの各評価分析段階は、一般に個別の調査・研究グループによって実施されることから、各段階間において分析対象や条件設定、分析精度を整合させることは容易でなく、また分析を適宜フィードバックさせるなど柔軟性の高い分析環境を実現することも困難である。 そこで本研究では、都市鉄道プロジェクトを対象に、これらの問題点を踏まえた実行可能な総合的な評価手法を提案し、それに基づいた実用性、操作性に富む計算機支援システムを開発する。そしてケーススタディを通して提案したプロジェクトの評価手法と計算機支援システムの有効性を検討する。 第1章では、以上の研究の背景と目的を述べている。 第2章では、従来のプロジェクト評価などの問題点を既存の研究や事例などから明らかにしている。 第3章では、提案した評価手法の概念的枠組みとシステムの構成を述べている。都市鉄道のプロジェクトが実施されると誘発交通を生じさせ、さらに周辺地域への立地を促進させる。それによって開発交通をも生じさせる。一般に交通と立地は相互作用の関係として扱われ、本研究においてもこの関係をモデル化している。これらによる交通と立地の需要予測結果を用いて、プロジェクトを国民経済的視点、事業採算性の視点から評価する。以上が評価手法の主要なプロセスであり、これに基づいて以下に示す4つの部分より全体システムを構成する。 (1)地域分析に必要な地図情報や統計情報を管理、処理する地理情報システム(GIS) (2)プロジェクトが立地や交通に及ぼす影響を把握する影響分析サブシステム (3)経済分析と財務分析のための評価分析サブシステム (4)計画策定者のシステムの操作を助けるためのインターフェース 第4章では、開発したシステムにおけるGISの役割と機能を実際の使用方法に照らして述べている。交通プロジェクトの影響の分析には、地形図や土地利用図などの地図情報や人口、従業者数などの統計情報のデータの蓄積が必要であり、それらを用いて地域の状況を正しく把握し、プロジェクトの影響を詳細に分析する必要がある。GISはこれら多種多様かつ膨大な情報を管理し、立地分析や交通分析に必要なデータを効率的に作成、処理するのに優れている。提案しているシステムではGISを導入したことにより、交通需要予測の基本となる駅勢圏の設定やその圏域でのデータの集計や加工、あるいは交通ネットワーク上での最短経路探索などに効果を発揮している。 第5章では、立地分析モデルについて述べている。導入しているモデルは基本的には東京大学測量研究室においてここ数年来開発されているモデルである。このモデルでは、立地者と土地所有者、それに土地開発者の3つの主体によって土地と建物の2つの市場を形成していると考え、立地余剰概念に基づいて立地行動をモデル化している。しかしこのモデルは理論的には精緻なものであるが、実際の適用に際してはシステムの操作性、計算時間、データ制約などの理由により必ずしも実用的ではなかった。本研究では、均衡計算アルゴリズムの改良とネスティッド・ロジット・モデルの採用によるデータ制約の緩和を行い、実用的なモデルへと改良している。 第6章では、交通分析モデルについて述べている。このモデルは基本的には4段階推定に基づいている。本研究では、通勤交通は立地モデルとの同時決定としているという点、および鉄道プロジェクトの評価に重要な駅選択モデルを導入している点についてモデルの拡張を行っている。駅選択モデルでは次の2つの手法を開発している。(1)GISのボロノイ分割機能を用いた駅勢圏の簡略設定手法。この手法は大規模プロジェクトで分析対象範囲が広いときには有効である。(2)交通目的地を考慮した確率的駅選択モデル。この手法は駅間の交通需要量をより精度よく推定する必要があるときに用いる。 第7章と第8章では、経済分析と財務分析について述べている。経済分析は都市鉄道プロジェクトを国民経済的視点から評価するために、プロジェクトを実施した場合と実施しなかった場合との間に生じる便益と費用を分析するものである。本研究ではプロジェクト便益としては、利用者便益(交通条件の改善による一般化交通費用の節約とそれに伴う交通量の増加から定義される)を考える。プロジェクトの評価基準としてはプロジェクトの社会的利益(便益-費用)の大きさを表す指標である純現在価値(NPV)、およびプロジェクトの収益性を表す指標である費用便益比(CBR)と経済的内部収益率(EIRR)を採用し、これらの指標の算出や比較を容易に行えるようにしている。 一方、財務分析は鉄道事業者の立場で事業の採算性の評価・検討に必要な情報を提供するために、プロジェクトの実施および耐用期間における貨幣の流れを分析するものである。評価基準としては事業の利益の大きさを表す指標の財務的純現在価値(FNPV)と事業の収益性を表す指標の財務的内部収益率(FIRR)を採用し、補助指標として回収期間も採用している。 また、社会的割引率や建設時期の遅れなどの不確定要素の変動による経済分析、財務分析の結果への影響は感度分析によって把握しておく必要がある。開発したシステムでは感度分析のための条件設定や分析結果の比較を容易に行うことができる。 第9章では、この提案したシステムの有効性を検証するために、首都圏において計画中の鉄道新線プロジェクトを対象に評価を試みている。対象地域の土地利用情報や交通ネットワーク情報、各種統計情報等によりGISを構築し、これを用いることでプロジェクトの影響分析サブシステムの立地分析モデル、交通分析モデルを効率的に開発することができた。立地分析モデル、交通分析モデルのパラメータ推定および再現性テストの結果はきわめて良好なものであった。さらにこの影響分析サブシステムによってプロジェクト実施の有・無の2ケースについて立地量と交通量の将来予測を行い、その結果を用いて評価分析サブシステムで鉄道新線プロジェクトの評価を行った。また社会的割引率や費用、収入などの増減によるいくつかの感度分析も実施した。以上の適用を通し、開発したシステムがプロジェクトの影響分析から経済、財務分析に至る一連の過程の合理化と効率化に十分資するものであることを確認した。 第10章では本研究の結論を述べている。本研究では従来の都市鉄道プロジェクト評価手法の問題点を示し、プロジェクトの立地や交通への影響分析、および経済分析、財務分析による評価に至るプロセスを総合的に支援する計算機支援システムを開発した。また、鉄道新線プロジェクトの評価という現実的な問題に適用し、開発したシステムの有効性を示した。 |