活性汚泥法のモデル化、たとえば、IAWPRC活性汚泥モデルNo.1等において加水分解を経てはじめて生物に利用される有機物(Slowly Biodegradable CODまたはSBCODと称される)の加水分解が重要なプロセスとして含まれている。このプロセスは廃水処理にかかわる微生物の生育環境における電子受容体の違いによりその速度が異なることが知られており、この嫌気性、無酸素性および好気性条件下での加水分解速度の違いは、モデル上は補正係数h(嫌気性および無酸素性条件における反応速度の好気性条件における反応速度に対する比)を導入することで解決している。 本研究では、実験室内で培養した活性汚泥、純粋培養細菌、および精製酵素を用いて、好気性、無酸素性、および嫌気性条件下におけるSBCODの加水分解速度の検討を行った。炭水化物および含窒素化合物のSBCODの代表としてでんぷんとアゾカゼインを実験に用いることとした。 でんぷんの加水分解を直接追跡するために、分析法としてでんぷん-ヨウ素錯体形成法(SIC法)を導入した。また、溶液中・細胞外蓄積・細胞内蓄積などの存在場所ごとにでんぷんおよび全糖類を分画定量できる測定法を開発した。 まず、活性汚泥のでんぷんに対する馴致過程における加水分解速度の変化を調べる目的で回文式活性汚泥反応槽(SBR)を2基運転した。一方は、嫌気・好気反応槽、他方は無酸素・好気反応槽である。これらの汚泥を用いSIC法によりでんぷんの加水分解速度を評価した。その結果から馴致によりでんぷんの加水分解速度が上昇することが示された。 無酸素・好気反応槽に馴致された汚泥でも嫌気条件で高い加水分解速度を示し、また嫌気・好気反応槽に馴致された汚泥でも無酸素条件で高い加水分解速度を示したことから馴致条件は加水分解速度に影響を与えていないようである。また70日間にわたり馴致した汚泥では嫌気・好気・無酸素の条件下で加水分解速度に大きな差は見られず、十分に馴致の進んだ汚泥ではhの値は1に近いことがわかった。 以上の活性汚泥によるでんぷんの加水分解反応はでんぷん濃度に関して一次反応速度式に従うものであった。すなわち、この反応の速度は、h=kh・XS(XSはでんぷん濃度)という速度式で表現できるものであった。ここででんぷん加水分解速度は生物濃度によらずでんぷん濃度のみに依存するものである。 本研究で用いたSIC法による方法とこれまで多く用いられてきた好気条件下の呼吸速度測定による方法で求めたでんぷん加水分解速度定数khを比較した結果、両者は良い一致をみた。したがって、嫌気・無酸素条件下での加水分解速度も十分に信頼性のあるものと判断できる。 次に2種の純粋培養細菌、Bacillus amyloliquefaciensおよびAeromonas hydrophila、を用いて、嫌気・好気・無酸素条件におけるでんぷん加水分解速度の評価をおこなった。これらの細菌はでんぷんの加水分解能を持つ細菌株として選んだものであり、活性汚泥の実験と同様に培養時の電子受容体の差異および生物濃度の影響を調べた。 純菌によるでんぷん加水分解も電子受容体条件すなわち嫌気・好気・無酸素の各条件によってほとんど影響を受けず、hの値は1に近いことがわかった。また、この反応はでんぷん濃度に対し一次反応を示した。しかし、活性汚泥と異なり、加水分解速度定数khは菌体濃度にほぼ比例していることが示された。このことは加水分解酵素が溶液中に遊離して存在していることを示唆する。そこで、菌体を除去した溶液中の酵素活性を測定した結果、でんぷん加水分解酵素アミラーゼは菌体から放出され、溶液中ででんぷんの加水分解反応に関与していることが示された。 アミラーゼの精製酵素によるでんぷん加水分解反応に対する電子受容体の違いの影響を次に調べた。市販のアミラーゼを購入し嫌気・好気・無酸素条件下ででんぷんの加水分解実験を行った結果、電子受容体の違いにより加水分解速度は影響を受けない事が示された。酵素濃度が低いときは加水分解反応はゼロ次反応を示し反応速度はでんぷん濃度とは独立であった。また、反応速度は酵素量には比例していた。 含窒素化合物としてアゾカゼインを選び、そのBacillus amyloliquefaciensによる加水分解をバッチ実験により調べた。本菌はアゾカゼインへの馴致により、アゾカゼインの高い加水分解活性を示すようになった。またプロテアーゼ精製酵素による加水分解実験も行った。アゾカゼインの加水分解速度を定量するためにこれが加水分解されたときに遊離されるアゾ色素を定量する方法を新しく導入した。 実験結果によると、Bacillus amyloliquefaciensによるアゾカゼインの加水分解は、基質濃度に対し一次反応に従い、また、菌体濃度には影響を受けなかった。すなわち、でんぷんの加水分解とはその機構が異なることがわかった。一方、加水分解速度定数khは電子受容体の種類により影響を受け、好気条件下で3.21-4.77(d-1)、無酸素条件下で2.52-2.80(d-1)、また嫌気条件下で2.01-2.23(d-1)と言う値が得られた。従って、hの値は1より小さくなることが示された。 市販のプロテアーゼを購入しアゾカゼインの加水分解実験を行った結果、純菌の実験結果とは異なり、その加水分解速度は電子受容体の影響を受けなかった。すなわち、プロテアーゼ精製酵素に対してはhの値は1であった。 以上の実験結果を通じて、でんぷんおよびアゾカゼインをSBCODとみなしてその加水分解速度を測った場合には、嫌気性および無酸素性条件下における加水分解速度は好気性条件下の速度の40〜100%(h=0.4-1)であり、これまであまり根拠無く言われてきたような嫌気性で加水分解速度が著しく低下する(好気性の時の10%程度)という考え方とは異なった結論が得られた。また、SBCODの加水分解に関与する酵素は活性汚泥フロック表面において機能する場合と溶液中に放出されて遊離の状態で機能する場合があるらしいことが示唆されたが、実際の活性汚泥プロセスでは前者が卓越していると判断された。 |