学位論文要旨



No 110801
著者(漢字) サンペドロ・デルフィン・クルーズ
著者(英字) San Pedro Delfin Cruz
著者(カナ) サンペドロ・デルフィン・クルーズ
標題(和) 活性汚泥法における好気性、無酸素性および嫌気性条件下での有機物の加水分解に関する研究
標題(洋) Study of Hydrolysis of Slowly Biodegradable COD(SBCOD)under Aerobic,Anoxic and Anaerobic Conditions in Activated Sludge Process
報告番号 110801
報告番号 甲10801
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3256号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 味埜,俊
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 戸田,清
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 山本,和夫
内容要旨

 活性汚泥法のモデル化、たとえば、IAWPRC活性汚泥モデルNo.1等において加水分解を経てはじめて生物に利用される有機物(Slowly Biodegradable CODまたはSBCODと称される)の加水分解が重要なプロセスとして含まれている。このプロセスは廃水処理にかかわる微生物の生育環境における電子受容体の違いによりその速度が異なることが知られており、この嫌気性、無酸素性および好気性条件下での加水分解速度の違いは、モデル上は補正係数h(嫌気性および無酸素性条件における反応速度の好気性条件における反応速度に対する比)を導入することで解決している。

 本研究では、実験室内で培養した活性汚泥、純粋培養細菌、および精製酵素を用いて、好気性、無酸素性、および嫌気性条件下におけるSBCODの加水分解速度の検討を行った。炭水化物および含窒素化合物のSBCODの代表としてでんぷんとアゾカゼインを実験に用いることとした。

 でんぷんの加水分解を直接追跡するために、分析法としてでんぷん-ヨウ素錯体形成法(SIC法)を導入した。また、溶液中・細胞外蓄積・細胞内蓄積などの存在場所ごとにでんぷんおよび全糖類を分画定量できる測定法を開発した。

 まず、活性汚泥のでんぷんに対する馴致過程における加水分解速度の変化を調べる目的で回文式活性汚泥反応槽(SBR)を2基運転した。一方は、嫌気・好気反応槽、他方は無酸素・好気反応槽である。これらの汚泥を用いSIC法によりでんぷんの加水分解速度を評価した。その結果から馴致によりでんぷんの加水分解速度が上昇することが示された。

 無酸素・好気反応槽に馴致された汚泥でも嫌気条件で高い加水分解速度を示し、また嫌気・好気反応槽に馴致された汚泥でも無酸素条件で高い加水分解速度を示したことから馴致条件は加水分解速度に影響を与えていないようである。また70日間にわたり馴致した汚泥では嫌気・好気・無酸素の条件下で加水分解速度に大きな差は見られず、十分に馴致の進んだ汚泥ではhの値は1に近いことがわかった。

 以上の活性汚泥によるでんぷんの加水分解反応はでんぷん濃度に関して一次反応速度式に従うものであった。すなわち、この反応の速度は、h=kh・XS(XSはでんぷん濃度)という速度式で表現できるものであった。ここででんぷん加水分解速度は生物濃度によらずでんぷん濃度のみに依存するものである。

 本研究で用いたSIC法による方法とこれまで多く用いられてきた好気条件下の呼吸速度測定による方法で求めたでんぷん加水分解速度定数khを比較した結果、両者は良い一致をみた。したがって、嫌気・無酸素条件下での加水分解速度も十分に信頼性のあるものと判断できる。

 次に2種の純粋培養細菌、Bacillus amyloliquefaciensおよびAeromonas hydrophila、を用いて、嫌気・好気・無酸素条件におけるでんぷん加水分解速度の評価をおこなった。これらの細菌はでんぷんの加水分解能を持つ細菌株として選んだものであり、活性汚泥の実験と同様に培養時の電子受容体の差異および生物濃度の影響を調べた。

 純菌によるでんぷん加水分解も電子受容体条件すなわち嫌気・好気・無酸素の各条件によってほとんど影響を受けず、hの値は1に近いことがわかった。また、この反応はでんぷん濃度に対し一次反応を示した。しかし、活性汚泥と異なり、加水分解速度定数khは菌体濃度にほぼ比例していることが示された。このことは加水分解酵素が溶液中に遊離して存在していることを示唆する。そこで、菌体を除去した溶液中の酵素活性を測定した結果、でんぷん加水分解酵素アミラーゼは菌体から放出され、溶液中ででんぷんの加水分解反応に関与していることが示された。

 アミラーゼの精製酵素によるでんぷん加水分解反応に対する電子受容体の違いの影響を次に調べた。市販のアミラーゼを購入し嫌気・好気・無酸素条件下ででんぷんの加水分解実験を行った結果、電子受容体の違いにより加水分解速度は影響を受けない事が示された。酵素濃度が低いときは加水分解反応はゼロ次反応を示し反応速度はでんぷん濃度とは独立であった。また、反応速度は酵素量には比例していた。

 含窒素化合物としてアゾカゼインを選び、そのBacillus amyloliquefaciensによる加水分解をバッチ実験により調べた。本菌はアゾカゼインへの馴致により、アゾカゼインの高い加水分解活性を示すようになった。またプロテアーゼ精製酵素による加水分解実験も行った。アゾカゼインの加水分解速度を定量するためにこれが加水分解されたときに遊離されるアゾ色素を定量する方法を新しく導入した。

 実験結果によると、Bacillus amyloliquefaciensによるアゾカゼインの加水分解は、基質濃度に対し一次反応に従い、また、菌体濃度には影響を受けなかった。すなわち、でんぷんの加水分解とはその機構が異なることがわかった。一方、加水分解速度定数khは電子受容体の種類により影響を受け、好気条件下で3.21-4.77(d-1)、無酸素条件下で2.52-2.80(d-1)、また嫌気条件下で2.01-2.23(d-1)と言う値が得られた。従って、hの値は1より小さくなることが示された。

 市販のプロテアーゼを購入しアゾカゼインの加水分解実験を行った結果、純菌の実験結果とは異なり、その加水分解速度は電子受容体の影響を受けなかった。すなわち、プロテアーゼ精製酵素に対してはhの値は1であった。

 以上の実験結果を通じて、でんぷんおよびアゾカゼインをSBCODとみなしてその加水分解速度を測った場合には、嫌気性および無酸素性条件下における加水分解速度は好気性条件下の速度の40〜100%(h=0.4-1)であり、これまであまり根拠無く言われてきたような嫌気性で加水分解速度が著しく低下する(好気性の時の10%程度)という考え方とは異なった結論が得られた。また、SBCODの加水分解に関与する酵素は活性汚泥フロック表面において機能する場合と溶液中に放出されて遊離の状態で機能する場合があるらしいことが示唆されたが、実際の活性汚泥プロセスでは前者が卓越していると判断された。

審査要旨

 近年、活性汚泥法プロセス制御技術の発展にともない制御システムの骨格としての数学モデルの利用が重要視されるようになり、現実にプロセス内で生じている現象を的確に表現する数学的構造モデルが開発されるようになった。活性汚泥法モデルを実際のプロセス運転データに適用する場合に特に問題となる点の一つに排水中の有機物質の加水分解速度の評価の問題がある。有機物加水分解過程を数学的に表現すること自体は難しくないが、実際の系、特に嫌気性条件下での加水分解速度の測定がきわめて難しいため、加水分解にかかわるモデルの定数については一般性の高い値が得られないままになっていた。

 本研究は、活性汚泥での排水からの汚濁物質除去において多くの場合に律速段階になると言われている高分子有機物質の加水分解速度を、従来難しいと言われていた嫌気性条件下で測定・評価し、好気・無酸素条件下での速度と比較するとともに、活性汚泥による有機物加水分解機構についてもあわせて考察を行ったものである。本論文は「Study of Hydrolysis of slowly biodegradable COD (SBCOD) under aerobic,anoxic and anaerobic conditions in activated sludge process(活性汚泥法における好気性、無酸素性および嫌気性条件下での有機物の加水分解に関する研究)」と題し7章から成っている。

 第1章は「序論」であり、研究の背景、目的、構成について述べている。

 第2章は「文献調査」であり、まず、活性汚泥モデルで対象とすべきプロセスの原理、モデル化に関する現状と問題点、対象排水の特性評価など活性汚泥法の数学的モデリングに関する一般的諸問題ついて既存の研究をレビューした。さらに本研究で直接対象としている「加水分解されるべき有機物(SBCOD)」がこれまでどう扱われてきたかを解説している。モデリングの専門家からは嫌気条件下で加水分解速度が著しく低下するという指摘がなされていることを述べている。

 第3章は「実験方法」である。下水中の一般的な有機物を対象としたのでは加水分解速度が実験的に測定する手段が限られるため、本研究ではでんぷんおよびアゾカゼインを対象有機物として選定し、その加水分解過程を実験的に追跡できる手法を確立した。本章ではその実験方法全般について述べている。

 第4章は「好気性、無酸素性および嫌気性条件下におけるでんぷんのSBCODとしての加水分解」と題し、でんぷんを対象に行った実験結果をまとめている。まず、本研究で開発した加水分解速度評価方法が従来の方法と同様の評価結果を与えることを好気性条件下で確認した。次に、純粋酵素、純粋培養の細菌2種(B.amyloliquefaciensおよびA.hydrophila)、実験室内で培養した浩性汚泥を用いてこれらによるでんぷんの加水分解速度を測定することにより、嫌気・無酸素条件下でも好気条件下に比べて加水分解速度はほとんど低下しないことを実験的に明らかにした。また、加水分解の機構が純粋培養細菌と活性汚泥とでは異なっていること、馴養により活性汚泥の加水分解速度は上昇することも示した。

 第5章は「好気性、無酸素性および嫌気性条件下におけるアゾカゼインのSBCODとしての加水分解」である。アゾカゼインの純粋酵素による加水分解速度は好気・無酸素・嫌気の各条件により変化しなかったが、B.amyloliquefaciensによる加水分解速度は好気条件下に比べ嫌気・無酸素条件下で40〜50%程度の低下が見られた。その理由は明らかにすることが出来なかった。

 第6章「まとめと結論」では以上の実験結果を総括し、結論を述べている。

 第7章は「今後への提言」であり、活性汚泥プロセスにおける有機物加水分解を速度論的に扱うのみならず、その機構解明が必要であることを指摘している。

 本研究は、排水処理において加水分解を受けてはじめて生物に利用されうる有機物(SBCOD)の代表としてでんぷんおよび蛋白質の一種であるアゾカゼインを選び、その加水分解速度を動力学的な見地から実験的に評価したものである。特に嫌気性条件下での加水分解速度の実測に成功した点でその意義は大きい。活性汚泥モデルの加水分解過程に関する諸定数の同定に関して有用な情報を提供した点でその成果は高く評価されされるものである。よって本論文は、都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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