学位論文要旨



No 110802
著者(漢字) 金,炯秀
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンス
標題(和) 膜分離浄水処理における膜閉塞抑制方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 110802
報告番号 甲10802
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3257号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,賢二
 東京大学 教授 木村,尚史
 東京大学 教授 大垣,真一郎
 東京大学 助教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨

 膜分離技術を浄水処理に利用すれば原水を沈砂,スクリーニング後膜分離,殺菌処理だけで飲用水を得ることができるので,浄水処理設備のコンパクト化,操作の容易性という点で,膜分離技術は従来法より優れている.しかし,懸濁物質,溶存有機物,イオン状態の無機物,菌体などの自然水中の各種の物質による膜の閉塞が実用化への大きな阻害要因になっている.従って,膜分離装置を浄水処理へ適用するためには膜の閉塞の問題を解決しなければならない.

 本研究では膜の閉塞を解決または抑制する方法として,

 1)原液の膜面での乱流現状による懸濁物質の付着抑制を目的として脈動流で原水を供給する方法.

 2)溶存有機物による膜面抵抗を,活性炭によって溶存有機物を吸着除去することから低減させるために原水に粉末活性炭を添加する方法.

 3)ろ過するあいだ,膜面に付着した有機物や菌体を酸化分解することからろ過抵抗を低減させる目的としてオゾン化空気で洗浄する方法.

 4)膜で増殖しながら分泌物によってろ過抵抗になっている菌体を不活化することによってろ過抵抗を低減させる目的として紫外線で原水を殺菌する方法.

 の四つ方法によるろ過抵抗の低減効果とその原因を調べることを目的とした.

 本研究では除濁を目的として精密ろ過(MF)膜を使用した.膜は公称孔径0.1m,公称膜面積0.42m2のポリエチレン製疎水膜に親水化処理(コーチィング)を施した外圧式中空糸膜を用いた.

 実験は全量ろ過方式でろ過→洗浄→排水→満水の順番で長期間連続実験を行った.また,水温を20℃に維持して溶媒の粘性を安定させ,透過フラックスを一定に維持しながら差圧の変化で膜の目詰まりによるろ過抵抗を調査した.

 原則的に,実験で用いた原水は本学科の地下水に濁度物質としてカオリンを添加して原水の濁度を70〜90NTU程度に維持しながら使用した.

表1 供給原水の水質1.原水の脈動供給

 往復動ポンプによる脈動流で原液を乱流状態に維持することと空気泡揺動洗浄を行った場合の閉塞抑制効果を調べた.表2は実験条件である.

表2 実験条件

 この実験では,カオリンと粉末活性炭を共に除去対象にした場合には往復動ポンプによる脈動流原水供給では,膜の表面に積もるケーキ層によるろ過抵抗を減らすことができなかったことで,往復動ポンプによる膜面での原液を乱流状態に維持させる方法は膜の閉塞抑制に効果がないことが明かになった.この結果から,水中の懸濁物質により膜面に堆積されるろ過抵抗を抑制されるための物理的方法としては,処理中の原液を膜面で乱流状態に維持されることより周期的な空気泡揺動洗浄の方が効果があることが明かになった.

2.原水への粉末活性炭添加

 水中で溶存しているフミン酸によって発生する膜のろ過抵抗を,原水に粉末活性炭を添加することによって除去すると同時に,孔径より大きな懸濁物化することによって防止することを目的として,全体中の約75%が44ミクロン(325mesh)のサイズである粉末活性炭を8mg/lの濃度で添加した場合と添加しない場合に対して差圧の変化を比較した.脈動流による原水供給が効果がないことが分かったので,この実験では連続供給,空気泡揺動洗浄とした.

 この実験の結論としては,フミンを除去対象とした場合には,粉末活性炭を添加しても膜閉塞を抑制する効果はなかった.また,水中の鉄濃度が高ければ高いほどフミンとの錯体作用によってろ過抵抗が上る可能性がある.

3.オゾン化空気による洗浄

 本研究では酸化能力が優れるオゾン化空気を空気泡揺動洗浄とともに用いて,膜に付いた有機物の酸化や菌体の不活性化によるろ過抵抗を低減させることを目的にオゾン化空気洗浄効果を調べた.

 オゾン発生機はスタートからすぐ安定な量のオゾンが発生しないので,オゾン発生機のスタートから充分に安定な濃度のオゾンが発生する5分後に膜分離装置へオゾン化空気を入れた.注入オゾン濃度は洗浄時の空気量(12L/min.)とオゾン化空気量(70L/h)を足して洗浄時の全体空気量中のオゾン量で計算した.また,透過フラックスは0.06m/hで行った.

 1時間ろ過後30秒間空気とオゾン化空気をともに入れて洗浄時のオゾン濃度を0.25g/m3で洗浄した場合と空気のみで洗浄した場合とを比較した.この実験の結果としては,この実験条件でのオゾンによる洗浄効果は約2週間に約43%程度の閉塞の抑制効果があった.しかし膜が弱くなってその期間に膜が切断した.オゾン濃度を低くした実験を行う必要があった.

 注入オゾン濃度を0.04g/m3として1時間ろ過後30秒間洗浄を行った.この実験の結果としては,この実験条件でのオゾンの洗浄による閉塞の抑制効果は1ヵ月に約68%程度であった。しかし、この条件では2ヵ月程度で膜の切断が起こった.また、オゾンなしに洗浄した場合,膜の閉塞が起こった後でオゾン洗浄しても洗浄効果はほとんどなかった。また、同じ条件で20秒間洗浄した場合は空気のみで洗浄した場合の結果とほとんど同じであった.

 洗浄空気中のオゾン濃度を0.04g/m3に維持し,ろ過時間を2時間にして新しい膜とある程度閉塞が起こった古い膜を共にオゾン洗浄を行った.この実験の結論としては,注入オゾン濃度0.04g/m3で1時間に1回30秒間洗浄した場合と2時間に1回30秒間洗浄した場合の膜の閉塞の抑制効果はほとんど同じだった.しかし,洗浄間隔を2時間にすれば膜の切断が見られないので,1時間の洗浄間隔より膜には安全だと思われる.また,膜の表面に一旦付着したものがあればFlux0.06m/h以上の条件ではオゾンの洗浄効果はない.しかしFlux0.03m/hの場合はほとんど差圧力が上がらない.オゾン注入濃度0.04g/m3,FLUX0.06m/h,ろ過時間2時間,洗浄時間30秒の実験条件では新しい膜の方より,一度使った古い膜の方がカオリンのケーキ層による閉塞が早く起こる.

 洗浄する時にオゾン化空気と共に洗浄すれば洗浄効果が高いことが分かったので,その原因が(1)膜でのオゾンによる有機物酸化,(2)孔径の変化,(3)無機イオンの酸化,(4)殺菌効果のいずれかであると想定して実験によって調べた.

 空気のみで洗浄したときとオゾン化空気と共に洗浄したときの原水,処理水、ドレイン水のTOCによって膜でオゾンによって酸化される有機物の量を調べた.また,HPLC分析を行って,原水と各場合の処理水とドレイン水を比較した.この結果から見ると,オゾン化空気の洗浄効果と水中有機物の膜面での酸化とはほとんど関係がない.

 膜表面でのオゾンの殺菌効果を調べるために,超音波で膜表面の一般細菌を分離させて,膜表面1cm2あたりの一般細菌数を計算した.この結果で見ると,原水の中の一般細菌数が約1700個/mlで存在することとオゾン化空気で洗浄した膜の表面の一般細菌数が少ないことから,オゾンによる閉塞の抑制効果と一般細菌の殺菌効果とは関係があると考えられる.

 オゾンの膜孔径への影響を調べるために,走査型電子顕微鏡(SEM)で空気のみで洗浄した膜と注入オゾン濃度0.04g/m3で洗浄した膜の表面と内部の写真を撮った.この写真を見るとオゾンによる膜孔径の変化はないように見える.また,空気のみで洗浄した場合どオゾン化空気とともに洗浄した場合の処理水の濁度,TOC,HPLC分析結果が違わないことからもオゾンによって膜の孔径が変わらないことが分かる.

 洗浄間隔1時間に空気のみで洗浄した膜と注入オゾン濃度0.04g/m3ので洗浄した膜を1Nの硝酸11で充分に溶かして膜に付いたものの量を調べた.オゾンで洗浄した場合の膜に付いた鉄とマンガンの量と蒸発残留物の量が相対的に少ないことから,オゾンの洗浄による金属イオンの酸化と膜に付着する濁質との結合力の変化と関係があると考えられる.

4.紫外線での原水殺菌

 紫外線で原水を殺菌しながら空気のみで洗浄した場合とオゾン化空気と共に洗浄した場合の差圧を比較した.この実験で,両方の差圧変化が同じであることから,オゾン洗浄の閉塞抑制効果の原因は菌体の不活化であることが分かる.

審査要旨

 浄水処理における新しい固液分離手段として、膜分離技術が採用されようとしており、在来の浄水処理システムに変革をもたらすものとして注目を集めている。前塩素や凝集剤の添加を要しないという膜分離浄水システムの特性が在来システムには無い利点であるとして嘱目されているからである。

 しかしながら、膜分離技術をこの新しい分野で実用化するためには、さまざまな間題を解決する必要がある。それらのなかでも最大のものは膜の寿命ないしは取替え時間の問題である。従来の浄水場では、小さな部品であっても補修の間隔は数年以上であり、そのような浄水システムに膜分離が受け入れられるか否かは、膜寿命をいかに長くできるかが鍵になる

 本研究は、膜分離浄水システムにおいて、この膜の取替え期間を延長する方法、すなわち膜閉塞の抑制方法を検討したものである。

 第1章は序論であり、研究の背景と目的および研究の概要が述べられている。

 第2章では膜分離に関する包括的な説明と既存の研究報告のレビューがされている。

 第3章では、この研究で用いた実験装置、膜モジュール、供試原水について説明している。全実験を通じて、公称分画径0.1m、膜糸内径270mのポリエチレン製中空糸外圧式精密濾過膜を定流量で使うことを述べ、同時に純水を用いて供試膜のフラックスを測定している。

 第4章では、膜への原水供給方法として、脈動流と連続流とを比較している。これは、脈動流によれば膜糸が振動するため、膜目詰まりが抑制されることを期待したためである。しかし、実験の結果は脈動流による原水供給は閉塞抑制効果が低く、膜面抑留物質を排除して差圧の上昇を抑制するには連続流-空気泡揺動洗浄法のほうが効果があることを明らかにしている。

 第5章では原水に粉末活性炭を添加して連続流実験を行っている。膜目詰まりの原因物質が水中のフミンのような有機物であるとすれば、フミンを粉末活性炭に吸看させたのち膜分離すれば、処理水質の改善が図られると同時に、差圧の上昇を抑制できる可能性があると考えたからである。しかしながら、実験の結果は粉末活性炭を添加しても差圧の上昇は活性炭無添加の場合と同じで、活性炭添加の効果は無かったとしている。

 第6章は膜洗浄方法に関するものである。前章までの膜洗浄方法はハウジングの膜糸外に空気を吹き込み、空気泡によって膜糸を揺動することにより膜に付着した懸濁物質を振るい落とす方法であった。本章では、これに加えて空気と同時にオゾンを吹き込んで洗浄した場合の洗浄効果を検討している。その結果、オゾン化空気による膜揺動洗浄は膜の閉塞抑制に著しい効果があることを見出している。しかし、高濃度のオゾン化空気では短時間で膜糸が切断し、また、洗浄間隔が短くても膜糸が劣化することも明らかになり、膜糸の劣化を最小にするには、オゾン化空気のオゾン濃度を0.04g/m3、洗浄間隔を2時間以上にすべきであることを提案している。ただし、この実験に供した膜材質を使う限り、オゾン洗浄では膜材質の劣化が避けられず、新たな膜材質の開発が必要だとしている。

 オゾン化空気による洗浄が膜の閉塞抑制に効果的であることが判明したので、次に、それがどういう機構によるものかを考察している。ここでは、閉塞抑制機構として、オゾンが(1)膜付着有機物質を分解した、(2)膜孔径を大きくした、(3)無機付着物質を溶出した、(4)膜面に付着した細菌を殺菌した、の4機構を考え、それぞれの仮説の当否を確認する実験を行っている。その結果、(1)〜(3)は閉塞抑制効果の原因としては考えられず、最終的に残ったのは(4)の殺菌作用であったとしている。

 第7章では、前章の結果から、膜洗浄に関するオゾン化空気の効果が膜面の殺菌作用であることが判明したので、それを確認するために、原水を紫外線で殺菌した場合について実験を行っている。すなわち、紫外線により殺菌した原水を用いて、オゾン化空気で洗浄したものと、空気のみで洗浄をしたものとを比較している。その結果、両者の間には差圧の上昇のしかたに差がなく、原水を殺菌するかあるいは洗浄によって膜面を殺菌すれば、同じように差圧の上昇を抑制できることが明らかになったとしている。

 第8章は結論である。

 以上要するに、本論文は浄水処理に中空糸精密濾過膜を適用する際の膜閉塞を抑制する各種の方法について検討し、膜分離浄水を実用化する際の操作方法を提案しているものであり、都市環境工学の分野の発展に貢献する成果である。よって、本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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