学位論文要旨



No 110804
著者(漢字) 丁,海島
著者(英字)
著者(カナ) チョン,ヘド
標題(和) 砥粒加工によるデバイスウェハのプラナリゼーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 110804
報告番号 甲10804
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3259号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 谷,泰弘
内容要旨

 今日の半導体産業は、わずか5〜6年後である2000年には夢のギガDRAMの時代に突入すると予想されている。こうした超LSIを製造するためのアプローチとしては、チップ構造の高密度化および大面積化、さらに3次元デバイス構造化まで進んでおり、またこれらを実現するために様々な先端技術が適用されている。しかしながら超々LSIの要求に従って、新たに浮上した技術上の問題点として、短波長露光光の適用による焦点深度余裕の低減、多層配線および3次元デバイス構造化による表面精度(凹凸)の悪化などが挙げられる。これらの問題点を解決するため、デバイス表面の凹凸段差を平坦化するプラナリゼーション技術が必要不可欠となってきた。しかし、既存のリフロー/エッチバックなど化学的手法のみでは、完全なプラナリゼーションが困難である。こうした時代的な要求に応じて、砥粒加工技術をプラナリゼーションの基本原理として積極的に適用することが本研究の新規性である。とくに、シリコンなど半導体材料に対してメカノケミカル除去作用が期待される超微細シリカ砥粒を研削法、ポリシング法ともに適用して、完全なプラナリゼーションの基盤技術を確立することが本研究の目的である。

 論文は、緒論と総括を含めて全8章から構成されている。第1章の"緒論"では、超LSIを製造するためのプラナリゼーション技術の重要性を明らかにした後、既存手法の限界を解決できる砥粒加工によるアプローチおよび目的について述べた。研究の背景として、最初に砥粒加工技術をプラナリゼーションに適用した例は、1991年アメリカIBM社の"Dual Damascene"と呼ばれるメカノケミカルポリシング法である。これが契機となって、日本国内の半導体メーカもポリシング法によるプラナリゼーション技術の確立にしのぎを削っているが,まだ研究の歴史が浅く、確立に至っていないことが現状である。そこで本研究では、シリコンウェハの平坦加工を始め、酸化膜の薄膜加工、最終的にはデバイスのプラナリゼーションを次々と実現できるトータル・プラナリゼーション方法を提案した。

 第2章"超微粒シリカ砥石の開発"においては、固定砥粒によるプラナリゼーションを実現するための工具開発を超微細シリカ粒子を用いて試みた。しかし超微粒シリカは表面が活性なため、凝集が激しいことと比表面積が大きいことから結合材との混合が難しいことで、現在まで通常の粉末成形法では製作できなかった。そこで、その原因を明らかにし、真空圧粉成形法と適正な粒子の均一混合法を見い出した結果、均質な超微粒砥石を試作・開発することができた。また、試作した砥石はバインダの量と成形圧力を調整することにより、空孔率5〜70vol%,集中度85〜230、結合度Hv5〜30の範囲で所望の物理特性を選択することができた。さらに砥石の成形条件が鏡面研削に及ぼす影響を調べた結果、高空孔率・低結合度の方が研削比、加工面粗さともに良好であり、その理由として砥石のチップポケットによる目づまり防止作用と低結合による砥粒の自生作用の存在が考えられる。

 第3章"超微粒シリカ砥石によるシリコンウェハの平坦加工"では、シリコンに対する超微粒シリカ砥石の乾式メカノケミカル鏡面研削特性により、6インチウェハを10分程度研削することにより、面粗さRmax3.12nmという極めて良好な鏡面を得ることができた。加工の際、排出される生成物を調査した結果、微細な機械的除去作用以外にも、界面固相反応に基づく化学的除去作用も介在することも分かった。一方、高平面・平行加工においては、超精密インフィード研削盤を用いて、加工面の平面度を左右する因子として、とくに砥石回転数の影響が強く500rpmという低速で/2程度の良好な平面度を得ることができた。さらに、真空チャックの表面構造の改善を通じてウェハの平行度を1mまで向上させることができた。従って、現状の要求精度である板厚バラツキTTV5mをはるかに上回る1m程度までウェハの厚さを均一にすることができた。

 第4章"均一表面除去ポリシング装置の開発と薄膜加工"では、ウェハ上の薄膜およびデバイスパターンをプラナリゼーションするため、均一表面除去ポリシング装置を開発した。本装置の特徴は、ウェハの表面が加工の基準面であることと、Air/Water back機構による均等加圧、偏心小円運動機構による均一相対速度が得られることである。試作した装置を用い、適切な加工条件を見い出した結果、ウェハ上の酸化膜に対してバラツキ5%STD以下の薄膜ユニフォーミティを実現できた。同時に超薄膜化を実現できる見通しも得た。

 第5章"溝付き硬質ポリシングパッドによるデバイスウェハのプラナリゼーション"では、現在、各デバイスメーカがポリシングによるプラナリゼーションを試みているものの、大きな進展が見えずストッパを付着したり、工程数を増やしたりする理由は、デバイス表面パターンの大小疎密な形状によって表面除去速度が異なったためと考えられる。そこで、パターンの形状に比例して弾性変形するパッドがその原因であることに着目して、"Indentation"理論によるモデル解析を行った。このモデル解析に基づいて開発した硬質パッドの特徴は、ヤング率Eが従来のものに比べて数倍以上大きいことと、スラリが均一に分布できる溝付きの表面構造を有することである。さらに、試作した溝付き硬質パッドを適用した結果、局所部での段差バラツキなどを30nmまで抑え、全面にわたって3%以下のプラナリティを得て、次世代デバイスの完全なプラナリゼーションのための要求条件を満たすことができた。

 第6章"デバイスウェハのプラナリゼーション特性評価"では、5章で、デバイスのプラナリゼーションの見通しは得られたが、多層構造を考えると、加工速度の均一化、加工終点の検出および連続加工時の再現性の確保が残されている。まず、加工における1つのサイクルは、初期凹凸表面の凸部の選択的除去と中期の平坦薄膜の除去および後期の異種材料の同時除去に分かれるため、各段階でのプラナリゼーション速度を調査した結果、速度値は2〜3倍程度の差があるが、その均一性は高かった。従って、各段階でのプラナリゼーション速度値が均一であるため、加工時間制御による加工終点検出が可能となった。また、シリコン酸化膜の高能率ポリシングに有利と思われるCeO2スラリを導入・適用した結果、SiO2スラリに比べて4倍程度のプラナリゼーション速度値が得られたが、加工品位、残留段差、洗浄などの問題から、以上の2種類のスラリの組み合わせにより能率・精度向上をともに狙うことが得策と考えられる。連続加工の際、従来のポリシングパッドではパッドの目づまり、劣化による加工速度の低下、精度の悪化が生じたが、試作した溝付き硬質パッドの適用により,安定した高精度加工が実現された。

 第7章"超微粒砥石ラッピングによるデバイスウェハのプラナリゼーション"では、前述した各章で得られた利点である表面除去機構および弾性変形しない工具の有効性などを応用・駆使および組み合わせた超微粒シリカ砥石による砥石ラッピング法を適用してデバイスウェハのプラナリゼーションの可能性を試みた。ウェハ全面のうねりに対する追従性を調査した結果、加工時のウェハ表面のうねりが3m前後あるにもかかわらず、0.8m程度除去した後、表面除去量のバラツキが5%以内に入っており、均一に除去できることが確かめられた。従って、本方式を適用することにより、溝付き硬質パッドを利用したポリシング水準のグローバルおよびローカル・プラナリゼーション特性がともに得られたことになる。なお、ポリシング法に比べて2倍以上の加工時間短縮を実現することができた。しかしながら加工面品位がポリシングと比較して若干悪いことから、今後の技術的改良により、新たな高能率プラナリゼーション技術として十分有用であると思われる。

 第8章"総括"では本論文の各章で得られた研究結果をまとめ、デバイスウェハのプラナリゼーションのための3大原則を提案した。また、デバイスウェハのプラナリゼーション技術の展望および各産業界に及ぼす影響について論じた。最後に関係者各位に謝辞を述べ本研究で残した参考試料として巻末に添付した。

審査要旨

 本論文は「砥粒加工によるデバイスウェハのプラナリゼーションに関する研究」と題し、LSI製造工程中に生ずるデバイスウェハ表面の凹凸をなくすプラナリゼーション(平坦化)技術を、著者の発想による砥粒加工を適用して実現した研究成果をまとめたものである。従来方法の技術的課題を解決するために,新しい加工原理・方法の提案、ならびに工具・加工装置の開発により、新しいプラナリゼーションプロセスの確立を目指している。

 従来のデバイスウェハのプラナリゼーション技術では、LSIデバイス工程中に行っているコーティング、CVD、エッチング、アニールなどの化学的・物理的方法を単独もしくは組み合わせることにより対処してきたが、原理的に完全な平坦化が実現できず、単なるスムージングに過ぎなかったと言える。近年米国IBM社からCMPと称するポリシングによるプラナリゼーション法が報告されて以来、国内でもポリシング技術が有力な技術的候補と期待され検討が始まっている。しかし、従来のポリシング法では加工の基準面、ウェハの保持方式、加工面内の圧力・速度の不均一、パッドの変形・目づまり、不明確な加工メカニズムなどに問題点が指摘されていた。このような問題点を解決できれば、ダメージレスかつ高精度に加工することが可能となり、次世代LSIのための多層配線および3次元構造化が可能になると期待できる。

 本研究はこうした世界中の半導体メーカがしのぎを削って開発競争を行っている状況の中にあって、加工の媒体として超微細シリカ粒子に着目し、遊離砥粒法のみならず、固定砥粒法としても新らたな加工方式を提案・開発することにより超微細砥粒加工によるデバイスウェハのトータル・プラナリゼーション技術の確立を目指したものである。

 本論文は、第1章緒論および第8章総括を含め、全8章より成り立っている。第1章は超LSIを製造するためにプラナリゼーション技術の定義と重要性を明らかにするとともに、既存手法の問題点に触れ、本研究の動機と目的・意義について言及している。

 第2章は固定砥粒研削法によるプラナリゼーション加工を実現するための新工具開発に取組み、通常の粉末成形法では製作できないとされていた粒径が数10nm以下という極めて微細なシリカ粒子を用いた砥石製作の基本仕様から試作品の完成に至るまでの経緯を述べている。試作した超微粒シリカ砥石は、バインダの量と成形圧力を調整することにより広い範囲で所望の物理特性を選択でき、従来の如何なる砥石を適用しても到達できなかったポリシング水準の平滑鏡面をシリコンウェハに対して実現している。ここで開発された技術はシリカ以外の微粒子の成形法および砥石製作法への波及効果まで含めると、将来実用的に価値の高い成果と言える。

 第3章は第2章で試作した超微粒シリカ砥石を用いたシリコンウェハの平坦加工法を提案し、その2大要求項目であるダメージレス鏡面化とウェハ厚さの均一化を試みている。シリコンに対する超微粒シリカ砥石の界面固相反応によりメカノケミカル除去作用に基づいた鏡面研削機構を明らかにし、とくに乾式法の優れた効果を実証している。超精密インフィード研削盤において、最適な乾式研削条件とウェハマウント法を見い出すことにより、1m程度までウェハの厚さを均一化することができている。この結果より固定砥粒による有力なシリコンウェハの平坦加工法の誕生として期待される。

 第4章はウェハ上の薄膜およびデバイスパターンをプラナリゼーションできる均一表面除去ポリシング装置を開発し、プラナリティ向上の主要課題である装置の基本構成を検討している。Water backによる均等加圧機構、偏心小円運動による均一相対速度機構により、ウェハ上の酸化膜を均一に除去し、薄膜均一化および超薄膜化を実現している。これは、次世代ウェハとして注目されているSOI(Silicon On Insulator)ウェハの加工まで、プラナリゼーションの適用範囲を拡大できる加工システムとして期待される。

 第5章は本論文にて最も重要な課題であるデバイスウェハのプラナリゼーション法を試みている。今日に至るまで完全なプラナリゼーションが実現できなかった主要な理由として、デバイス表面パターンの大小疎密な形状に比例して弾性変形するパッドが、表面除去速度の不均一性を引き起こしている点を明確にしている。この問題点を解決するため、"Indentation"理論によるモデル解析に基づき、溝付き硬質パッドを開発・適用し、3%以下のグローバル・プラナリティが実現できることを実証した。これは次世代デバイスの完全なプラナリゼーションのための要求条件を十分満たしているため、半導体デバイスメーカの注目を集める結果となっている。

 第6章は、連続生産におけるプラナリゼーションに要求される溝付き硬質パッドの加工特性評価に言及している。溝付き硬質パッドを適用した加工における1つのサイクルは、初期凹凸表面の凸部の選択的除去と、中期の平坦薄膜の除去および後期の異種材料の同時除去に分かれ、各段階でのプラナリゼーション速度の均一性が高いことが実証され、時間制御による加工終点検出法が提案されている。また試作された溝付きパッドにおいては、従来のパッドが有する問題点であるパッドの目づまり、劣化による加工速度の低下、精度の悪化を解決できることを示している。

 第7章は第2章で試作した超微粒シリカ砥石を砥石ラッピング法に適用し、デバイスウェハの新たなプラナリゼーション法の可能性を試みている。本方式により、加工面品位が若干悪いものの、溝付き硬質パッドを用いたポリシング水準のプラナリゼーション特性が得られ、新たな高能率プラナリゼーション技術としての可能性を示している。

 第8章は本論文の各章で示した研究結果を総括し、デバイスウェハのプラナリゼーション技術の展望について論じている。

 以上のように本研究は、ギガ時代の半導体産業の基盤技術としてプラナリゼーション技術が必要不可欠となっている現状を受け、多くの技術的制約および限界を抱えている従来のリフロー/エッチバックなどの化学的な方法に対して、初めて総合的に超微細砥粒加工によりデバイスウェハのより完全なプラナリゼーションを実現したものである。超微粒シリカ砥石の開発、均一表面除去ポリシング装置、溝付き硬質パッドの開発、およびこれらの適用を通じて、シリコンウェハの平坦加工を始め、酸化膜の薄膜加工、最終的にはデバイスのプラナリゼーションなど従来困難視されていたトータル・プラナリゼーションを実現できる方法を提案し実証したものである。

 以上要するに、本研究は、次世代の半導体産業の発展に大きく寄与するものであり、精密機械工学と精密機械工業に貢献するところは極めて大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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