本論文は、砕波を伴う3次元非線形波の数値解析法の研究と題し、3部より構成されている。流体現象のかなりの部分は界面を持つ運動で、非線形な界面における運動が工学的に大変重要な意味を持つ場合が多い。本論文は、主に重力波の非線形運動を対象とし、このような現象を新しい計算流体力学技術によって説明することを可能にし、この技術の有用性をいくつかの応用例によって、明らかにすることを目的としている。 第1部では、計算流体力学技術手法の開発と、その2次元波計算による精度評価を取り扱っている。大変複雑な3次元自由表面形状と物体形状に対応させるため、直交固定座標系とスタガード変数配置を持った格子系を採用することとし、MAC法の解法アルゴリズムを使っている。つまり、比較的単純な格子系で、時間精度の高い方法とし、砕波のような本質的に時間発展的で非線形な現象に対応できるようにしている。上下2層の流体運動を交互に解くアルゴリズムとし、本論文では主に空気と水の場合を取り扱っているが、基本的にはどのような2層流にも適用可能な技術として構築している。 自由表面における境界条件は、運動量保存則と質量保存則であるが、従来後者は接線条件として取り扱われることが多く、実現象のうち、一部の線形性の強い現象にしか対応できない。そこで、本論文では後者の運動学的条件に対して、新たに密度関数法を開発し、水面座標の多価関数となるような非線形波にも対応できるようにしている。 密度関数法の欠点は、自由表面位置を定義する密度関数の値が拡散することである。そこで本論文では、密度の輸送方程式に最適な差分スキームを探し出し、数値造波された2次元波によって精度の確認を行っている。 第2部では、フラップ型造波機によって造られた波の砕波問題と、船の船首波問題に第1部で開発した数値シミュレーション技術を応用し有用性の確認を行っている。 まず、造波機によって造られた波の砕波シミュレーションでは、本法が規則波波形を出発点として、変形と急峻化、巻き波の発生、波頂の衝突、渦の発生、自由表面乱流の発生とエネルギー散逸という非線形波のすべての過程をシミュレートできることを示している。エネルギー散逸過程という、小規模で高周波数の運動が支配的な働きをする部分ではまだ精度が充分ではないが、それまでの過程での解像力は充分評価されるものである。 次に船の船首波のシミュレーションでは、喫水ベースのフルード数が1近く、又はそれ以上のバラスト状態では、船首波が砕波現象を含み、砕波シミュレーションを含まない従来の方法では精度に問題を残してきた。これに本法の技術を適用すると、船首波全体にわたって、特に波の谷や2番目の山において精度の向上が得られることが証明されている。このことは船型優劣の相対比較、ひいては船型設計技術の向上に大きく寄与することになる。 第3部では、海洋構造物まわりの非線形波のシミュレーションを扱っている。本論文の計算法の大きな特徴の1つは、短形格子系を使うことにより、格子生成の労力を小さくしながら、任意の複雑物体形状を近似し、物体と干渉する流体運動を適度な精度でシミュレートできることである。物体表面上の粘性境界層の解像の精度は低いが、重力波が支配的な問題では充分な近似である。ここでは一般的な半没水型海洋構造物のロワーハルの1部とカラム1本を含む部分を対象とし、大波高の規則進行波の物体と干渉する非線形波のシミュレーションを行っている。側方境界に周期境界条件を用い、多数のカラムが入射波の波頂線と平行に多数並んでいる状態に対応させている。 入射波は構造物と干渉して急峻になり、次に砕波する現象を引き起こし、なおかつ左右からの波同志の干渉も重なり大変複雑な波の挙動が現われる。また、構造物まわりの複雑波動は構造物への波浪外力として働き、強度設計上も重要な問題である。シミュレートされた結果は、このような複雑な波の挙動をよく説明しており、精度的にも満足されるものであることが示されている。上下力、水平力についても同様のことが言える。しかし、すべてのケースに共通のことであるが、砕波後の波エネルギー散逸プロセスにおける精度には改良の余地がある。 以上要するに、本論文は砕波を伴う自由表面波の運動を含む複雑形状物体まわりの流れをシミュレートできる新しい数値解析法を開発し、多数の船舶工学と海洋工学の問題に応用し、実験および従来の計算結果と比較考察し、本法の有用性と多方面への応用可能性を示したものであり、流体力学の発展に寄与することが大きい。従って、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |