学位論文要旨



No 110806
著者(漢字) 朴,鍾千
著者(英字)
著者(カナ) パク,ジョンチャン
標題(和) 砕波を伴う三次元非線形波の数値解析法の研究
標題(洋)
報告番号 110806
報告番号 甲10806
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3261号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 助教授 影本,浩
内容要旨

 液体と気体、または液体と液体が接している問題では、この界面における運動が重要になる場合が多い。特に、液体/気体問題で、気体の密度が液体のそれと比べて無視できるほど小さく、液体の運動に比べて気体の運動を無視してもよい場合は自由表面問題となる。

 自由表面を有する流体は、重力、風などの外力によって三次元的な自由表面の複雑な挙動が引き起こされる。そこに、物体との干渉があると、更に非線形性の強い波運動が生じる。自由表面の運動は時々激しくなり、ついには砕波してしまうが、砕波瞬間の波エネルギーと衝撃圧は構造物などにとっては大変厳しい条件を与える。例えば、海岸における防波堤や海岸施設、前進する船、または波浪中の海洋構造物まわりには白波(white cap)の砕波が見られ、それによる強い衝撃圧は船や構造物等に大きい抵抗になったり、構造的にも悪影響を及ぼす原因となる。

 Navier-Stokes方程式を解く数値解析法は、自由表面を有する非定常な流れ場に応用する有効な方法の一つであるが、船首における自由表面衝撃波(Free-Surface Shock Waves)、自由表面近くを進行する没水回転体の物体後方における砕波現象、または、近年盛んに研究が進んでいる高速船の船首/船尾まわりのspary現象などのように、ある臨界条件を越えた非線形な現象を数値解析法によって取り扱うには、自由表面を単一価の波高関数で表現した今までの方法ではそもそも限界があり、しかも複雑な自由表面の三次元的な挙動が捉えられる手法は未だになく、新しい手法の開発が必要となる。

 本研究における目的は、三次元任意形状物体まわりの三次元砕波を伴う非線形な波動運動がシミュレーションできるような方法を開発することであり、それの工学的応用を試みることである。

 第I部では、計算力学分野で用いる移動境界における運動学的条件及び力学的条件について解説し、数値解析法により近似する際に使用される格子系と運動学的条件の様々なアプローチについてレビューされる。また、三次元砕波運動が捉えられるような計算法として、新しい数値計算法TUMMAC-VIII有限差分法を提案し、計算法の説明をする。支配方程式は、2層流れに関するNavier-Stokes方程式と連続方程式であり、直交格子系を用いた有限差分法により離散化される。三次元の複雑な自由表面形状を表現するために、全く新しい手法の、密度関数という不連続な関数の輸送方程式を導入し、計算法の妥当性と精度的な検証のために、二次元の数値造波問題に応用する。計算結果は実験計測結果と比較され、数値造波法の精度が確認される。結果としては、密度関数の輸送式は、差分法で離散化する際、使用された差分スキームや時間間隔による依存度が高く、数値的に拡散し易くなる傾向があり、いろいろな差分スキームのテストの上、本研究では、空間差分に3次精度の上流差分スキームと、時間微分に2次精度のAdams-Bashforth法を使用するなど、差分精度を上げることによって数値的な誤差による密度関数の空間的な拡散がかなり抑えられるようになった。一方、微小振幅波においても、波の勾配(steepness)が大きくなると、波の谷よりも山の方が急峻となり、空間的にも多少変調する傾向が計算結果から示される。密度関数の数値的な拡散が大きな問題となる場合には、制限関数を導入することによって改善できると考えられる。最後に、ダム崩壊の問題につき、VOF法との比較を行い、VOF法と精度的にほぼ同じレベルであることが示された。

 第II部では、非線形性波とは何か、また、非線形性波の砕波に到る過程や砕波の後の物理的なプロセスがレビュー・説明される。非線形性の強い砕波運動の計算例として、フラップ型造波機によって造られた波の二次元砕波運動の数値シミュレーションが行われ、砕波運動のメカニズムが説明される。また、三次元タンカー模型の船首付近における砕波の数値シミュレーションが行われ、TUMMAC-IV法及び実験との比較や三次元船首波崩れの非線形特性が説明される。二次元シミュレーションの場合、砕波運動の過程で、波エネルギーが渦エネルギー(enstrophy)に変わる乱流的なプロセスが、定性・定量的に説明できた。三次元シミュレーションの場合、砕波運動を考慮しないTUMMAC-IV法に比べて船首波の精度が向上することと、喫水ベースのフルード数の違いによる、砕波運動の相違を示した。複雑な自由表面の三次元的挙動を捉えるために、密度関数法を用いて最もシンプルに自由表面の運動学的条件をモデル化し、砕波を含む船首波のシミュレーションを可能にした。

 第III部では、TUMMAC-VIII法の海洋構造物まわり流れへの応用versionの特徴について説明される。TUMMAC-VIII法の応用versionによる、大波中におかれた海洋構造物まわりの激しい物体/波、または、波/波の相互干渉による砕波の三次元数値シミュレーションが行われ、波の砕波運動による流体力が予測される。但し、物体は固定され運動は考慮していない。TUMMAC-VIII法の応用例として、大波中の海洋構造物を構成しているロワーハルとその上に固着された円柱まわりの、三次元砕波運動を伴う非線形性の強い波動運動のシミュレーションを行い、実験と比較した。大波中におかれた海洋構造物まわりの波動運動は、波/物体と波/波の相互干渉によって、かなり複雑で、かつ三次元非線形性の最も強い特性を持つ。本計算の条件下で、この構造物まわり(特に、円柱の後方)には、波運動の1周期の間、パターンの違う2段階の砕波運動が起きることが示された。第1段階では、物体/波との干渉によるもので、ロワーハル上の円柱の側面近くから流れ方向に、撹乱→波面の急峻化→剥離→overturning→impinging→スプラッシュング&渦生成の過程を経る。第2段階では、波/波の相互干渉によるもので、第1段階の影響で円柱の後端で波と波の衝突により波面の不連続な上昇が起き、turbulent boreを形成して崩れ落ちるものであり、それらの非線形な挙動が本研究により明確に理解できた。本TUMMAC-VIII法による、波浪変動圧や流力特性の予測値は、実験と比べてかなり良い一致を示すことが判った。しかし、計算の精度はまだ不充分である。特に、砕波後の乱流による散逸過程に対しては課題を残している。

 本研究で、三次元任意形状の物体まわりの三次元砕波の非線形な挙動のシミュレーションができる新しい数値解析法を開発し、二次元深水重力波列における波崩れ、三次元船首砕波、または、海洋構造物まわりの三次元的な砕波の挙動を予測し捉えることに応用し、その工学的な有用性を確認した。

審査要旨

 本論文は、砕波を伴う3次元非線形波の数値解析法の研究と題し、3部より構成されている。流体現象のかなりの部分は界面を持つ運動で、非線形な界面における運動が工学的に大変重要な意味を持つ場合が多い。本論文は、主に重力波の非線形運動を対象とし、このような現象を新しい計算流体力学技術によって説明することを可能にし、この技術の有用性をいくつかの応用例によって、明らかにすることを目的としている。

 第1部では、計算流体力学技術手法の開発と、その2次元波計算による精度評価を取り扱っている。大変複雑な3次元自由表面形状と物体形状に対応させるため、直交固定座標系とスタガード変数配置を持った格子系を採用することとし、MAC法の解法アルゴリズムを使っている。つまり、比較的単純な格子系で、時間精度の高い方法とし、砕波のような本質的に時間発展的で非線形な現象に対応できるようにしている。上下2層の流体運動を交互に解くアルゴリズムとし、本論文では主に空気と水の場合を取り扱っているが、基本的にはどのような2層流にも適用可能な技術として構築している。

 自由表面における境界条件は、運動量保存則と質量保存則であるが、従来後者は接線条件として取り扱われることが多く、実現象のうち、一部の線形性の強い現象にしか対応できない。そこで、本論文では後者の運動学的条件に対して、新たに密度関数法を開発し、水面座標の多価関数となるような非線形波にも対応できるようにしている。

 密度関数法の欠点は、自由表面位置を定義する密度関数の値が拡散することである。そこで本論文では、密度の輸送方程式に最適な差分スキームを探し出し、数値造波された2次元波によって精度の確認を行っている。

 第2部では、フラップ型造波機によって造られた波の砕波問題と、船の船首波問題に第1部で開発した数値シミュレーション技術を応用し有用性の確認を行っている。

 まず、造波機によって造られた波の砕波シミュレーションでは、本法が規則波波形を出発点として、変形と急峻化、巻き波の発生、波頂の衝突、渦の発生、自由表面乱流の発生とエネルギー散逸という非線形波のすべての過程をシミュレートできることを示している。エネルギー散逸過程という、小規模で高周波数の運動が支配的な働きをする部分ではまだ精度が充分ではないが、それまでの過程での解像力は充分評価されるものである。

 次に船の船首波のシミュレーションでは、喫水ベースのフルード数が1近く、又はそれ以上のバラスト状態では、船首波が砕波現象を含み、砕波シミュレーションを含まない従来の方法では精度に問題を残してきた。これに本法の技術を適用すると、船首波全体にわたって、特に波の谷や2番目の山において精度の向上が得られることが証明されている。このことは船型優劣の相対比較、ひいては船型設計技術の向上に大きく寄与することになる。

 第3部では、海洋構造物まわりの非線形波のシミュレーションを扱っている。本論文の計算法の大きな特徴の1つは、短形格子系を使うことにより、格子生成の労力を小さくしながら、任意の複雑物体形状を近似し、物体と干渉する流体運動を適度な精度でシミュレートできることである。物体表面上の粘性境界層の解像の精度は低いが、重力波が支配的な問題では充分な近似である。ここでは一般的な半没水型海洋構造物のロワーハルの1部とカラム1本を含む部分を対象とし、大波高の規則進行波の物体と干渉する非線形波のシミュレーションを行っている。側方境界に周期境界条件を用い、多数のカラムが入射波の波頂線と平行に多数並んでいる状態に対応させている。

 入射波は構造物と干渉して急峻になり、次に砕波する現象を引き起こし、なおかつ左右からの波同志の干渉も重なり大変複雑な波の挙動が現われる。また、構造物まわりの複雑波動は構造物への波浪外力として働き、強度設計上も重要な問題である。シミュレートされた結果は、このような複雑な波の挙動をよく説明しており、精度的にも満足されるものであることが示されている。上下力、水平力についても同様のことが言える。しかし、すべてのケースに共通のことであるが、砕波後の波エネルギー散逸プロセスにおける精度には改良の余地がある。

 以上要するに、本論文は砕波を伴う自由表面波の運動を含む複雑形状物体まわりの流れをシミュレートできる新しい数値解析法を開発し、多数の船舶工学と海洋工学の問題に応用し、実験および従来の計算結果と比較考察し、本法の有用性と多方面への応用可能性を示したものであり、流体力学の発展に寄与することが大きい。従って、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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