学位論文要旨



No 110807
著者(漢字) 汪,士楠
著者(英字)
著者(カナ) ワン,シナン
標題(和) 電力ケーブル用ポリエチレンの電気的特性に対する熱刺激電流測定法の適用
標題(洋)
報告番号 110807
報告番号 甲10807
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3262号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 河野,照哉
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 助教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨

 CV電力ケーブルの長期間送電における劣化が起こる。その究極はケーブルの絶縁破壊の形になって現れる。CVケーブルの絶縁劣化診断技術は既に進んでおり、そのうち、熱刺激電流法(Thermally Stimulated Discharge Current:TSDC)ではCVケーブルに対する劣化診断の実績はまだない。本研究ではTSDC測定法はCVケーブルの絶縁劣化診断にどの程度有効であるかを実験的に調べた。実験に用いたケーブルは商業用CVケーブル(6kV級)あるいは試験的に作成されたCVケーブル(超高電圧と同じ組成の絶縁材料を用いた)、その長さはそれぞれ5mと65cmである。ケーブルは大型恒温槽内で高温(90℃)荷電を行い、その後、0℃まで冷却して電荷を安定させ、続いて一定速度(1℃/分)で温度を上昇させてTSDCを観測した。このTSDC観測を3ヶ月間にわたり繰り返して行うと、そのTSDCスペクトルに明らかな変化を図1(a)、(b)に示す。TSDCのホモ及びヘテロピークは繰り返す処理前の場合よりそれぞれ5℃と10℃ほど高い温度側に移動したことが観測されている。また、ヘテロ電流ピークの大きさは繰り返す処理前の場合より減少した。

図1 CVケーブル(長さ5m)のTSDC特性(a) 未処理ケーブルのTSDC特性 (b) 高温課電を行ったケーブルのTSDC特性

 CVケーブルのTSDC特性の変化は二つの原因と考える。まず、長期間に渡って高温高電界印加サイクルの影響によりケーブル用架橋ポリエチレン(Crosslinked Polyethylene:XLPE)の結晶性は増えるとTSDCピークは高い温度側に移動することと考える。また、XLPEの架橋残渣の飛散による影響も考える。即ち、架橋残渣アセトフェノン、クミルアルコール、a-メチルスチレンなどが高温サイクルにより抜けることによってケーブルのTSDCピークが高い温度側に移動する。これらの原因を究明するため、基礎的な研究実験を行った。また、XLPE薄膜などの電気的特性への交流高電界課電の影響も調べた。

 CVケーブル用XLPEの結晶性の影響を検討するため、100トンプレスシリンダーを用いたプレスシート薄膜作成装置を自作して、厚さ30〜100mの薄膜を低密度ポリエチレン(Low Density Polyethylene:LDPE)あるいは高密度ポリエチレン(High Density Polyethylene:HDPE)ペレット材料から作成した。薄膜作成時の冷却方法、荷重依存性、薄膜表面の保護方法依存性などをX線回折や比重法による結晶化度の観測とコロナ荷電によりエレクトレット化した薄膜のTSDCスペクトルとの比較検討を行った。作成時の冷却速度が遅いほど、荷重は少ないほど結晶性は大きくなり、その結果ヘテロ電流として現れるTSDCは大きくなると共にピーク温度は低温度側に移動することなどを明らかにしている。また、急冷により作成した薄膜は130℃から90℃までそれぞれ12時間熱処理を行った後、結晶化度と熱処理温度との関係を表1に示す。HDPE薄膜の最大結晶化度は63%、LDPE薄膜の最大結晶化度は41%となる。これに対して、図2(a)、(b)に示すように、薄膜を荷電した後、結晶化度とTSDCとの関係は同様な結果を観測している。LDPE薄膜のTSDC電流ピークはHDPE薄膜の場合より低い温度側に現れることも判明した。さらに、5分ないし20分程度の短時間熱処理ではX線回折で観測するとラメラ構造の厚化現象で結晶が融解したように見えること、さらに熱処理が長引くと再び回折強度が強まることを観測し、TSDCにおいても、薄膜作成時と同じく結晶化が進むほどヘテロ電流の大きさは大きくなりピーク温度は低くなることを確認している。

図表表1 LDPE薄膜、HDPE薄膜の結晶化度と熱処理温度 / 図2 熱処理を施したLDPE薄膜、HDPE薄膜の結晶化度とTSDC特性 (a) LDPE薄膜の結晶化度とTSDC特性 (b) HDPE薄膜の結晶化度とTSDC特性

 LDPE薄膜、HDPE薄膜の結晶性はそのものの分子構造と関連する。作成方法における徐冷、低荷重及び熱処理などによってポリエチレンのラメラ構造が成長し、結晶と非晶質との界面領域が大きくなる。荷電により、電荷は結晶と非晶質との界面に捕護され、昇温時における緩和されやすくなり、TSDC電流ピークは低い温度側に現れる。

 CVケーブル用XLPEの架橋残渣の影響を調べるため、コロナ荷電を行ったXLPE薄膜、熱処理により脱気したXLPE薄膜及びLDPE薄膜のTSDC特性を測定した。そのスペクトルを図3に示し、それぞれのTSDCピークは55℃、70℃、80℃に現れている。これらの3種類の薄膜の赤外線吸収スペクトルを測定した結果、波数1695cm-1において、XLPE薄膜には大きな吸収ピークが観測され、脱気XLPE薄膜には小さな吸収ピークが観測され、LDPE薄膜には吸収ピークがあまり観測されていない。この吸収ピークはCOケトンによる伸縮振動、即ち、架橋残渣アセトフェノンによるものと推定される。架橋残渣クミルアルコール、-メチルスチレンによる吸収ピークは観測されていない。この結果により、XLPE薄膜には架橋残渣アセトフェノンは多く存在し、脱気処理によりアセトフェノンを飛散させて、薄膜のTSDCピークは高い温度側に移動することを明らかにした。さらに、意図的にアセトフェノンを1%添加したLDPE薄膜と真空中脱気処理を行った添加LDPE薄膜及び無添加LDPE薄膜のTSDC特性と赤外線吸収スペクトルを測定した。アセトフェノンを添加したLDPE薄膜のTSDCピークは無添加あるいは真空中脱気処理を行った場合より低い温度側に現れる。

図3 XLPE、脱気XLPE、LDPE薄膜のTSDC特性(コロナ荷電=-9kV)

 アセトフェノンを添加したLDPE薄膜の結晶性は無添加の場合より大きくなったことを観測した。図4(a)、(b)に示すように、アセトフェノンを1%添加したLDPE薄膜のTSDCピークは無添加LDPE薄膜の場合より低い温度側に現れる。熱処理後、X線回折測定結果によりアセトフェノンを添加したLDPE薄膜の結晶性は増し、そのTSDC電流ピークは無熱処理の場合より高い温度側に移動したことを観測した。このTSDCピークの移動は、無添加LDPE薄膜と異なって、アセトフェノンを飛散させたことによる影響と推定されている。

図4 アセトフェノンを添加したLDPE薄膜のTSDC特性(a)アセトフェノン添加LDPE薄膜 (b)熱処理をしたアセトフェノン添加LDPE薄膜

 CVケーブルの架橋残渣はアセトフェノンとクミルアルコールが多く含まれ、-メチルスチレンが極少量であることが報告されている。本研究の実験結果によりクミルアルコール及び-メチルスチレンそれぞれを1%添加したLDPE薄膜のTSDCピーク温度は無添加あるいは脱気した場合とほぼ同じ、その影響は観測されていない。

 老化防止剤の影響を検討するため、老化防止剤を添加したLDPE薄膜のTSDC特性も調べた。コロナ荷電を行った老化防止剤添加LDPE薄膜TSDC特性は60℃にホモ電流ピークが認められた。このホモ電流ピークは老化防止剤の添加量が多くなると、大きくなる。無添加LDPE薄膜にはこのホモ電流ピークは観測されていない。

 従って、高温高電界印加とTSDC測定を繰り返したCVケーブルのTSDCピークは高温側に移動した原因はXLPEの結晶性は大きくなることとその架橋残渣アセトフェノンを飛散したことであると推定している。

 CVケーブルの交流高電界課電による電気的特性の変化を検討するため、交流課電した市販LDPE薄膜、自作LDPE薄膜及びXLPE薄膜のTSDC特性を調べた。実験用薄膜はすべて両面に金あるいはアルミで蒸着したものである。まず、電界強度Eac=840kV/cmとEac=700kV/cmにより、市販LDPE薄膜の絶縁破壊試験を行った。その結果、薄膜はそれぞれ50分間以内と7時間以内に絶縁破壊を起こった。破壊場所の確率は蒸着面とLDPE面の境界にはそれぞれ78%と50%である。即ち、蒸着面のエージによる部分放電は絶縁破壊の主な原因になると思われる。交流電界強度Eac=280kV/cmにて3時間シリコン油中課電のみを行った市販LDPE薄膜のTSDCピークは認められていない。この時、部分放電が起こってないと推定できる。シリコン油中交流課電を行った後、負の直流荷電により帯電した市販LDPE薄膜と自作LDPE薄膜のTSDC特性を測定した。無課電の薄膜と比べると、交流課電した市販LDPE薄膜のTSDCヘテロ電流ピークは大きくなり、また、課電した自作LDPE薄膜のホモ電流ピークは未課電の場合より小さくなると共にヘテロ電流ピークが現れる。これらの変化は交流課電の影響により試料に荷電電荷が注入しやすくなると思われる。さらに、80℃、SF6ガス中交流課電(Eac=240kV/cm)を行った後直流帯電したXLPE薄膜のTSDC特性の測定結果、交流の影響が観測されず、熱的影響によりTSDCのホモ電流ピークは大きくなる。また、油中28時間交流課電(Eac=350kV/cm)を行った後負の直流荷電を行ったXLPE薄膜のTSDC特性を図5に示す。28時間での高温熱処理のみを行った後直流荷電により帯電したXLPE薄膜のTSDCピークは高温交流課電を行った場合より大きくなっている。これは交流課電を施したLDPE薄膜の結果と逆になっており、XLPE薄膜の架橋残渣による影響と考え、即ち、図3のように、XLPE薄膜の架橋残渣を飛散した結果TSDC電流ピークは小さくなる。

図5 交流課電を施したXLPE薄膜のTSDC特性

 TSDC測定法などを用いてCVケーブル用ポリエチレンへの長期間に渡って高温直流高電界印加及び交流高電界課電の影響が判明することは有効であると思われる。しかし、今回の実験結果により、TSDCはCVケーブルの絶縁劣化診断方法としては、まだ、不十分であると思われるが、今後,さらに、この実験を続けていく必要がある。

審査要旨

 本論文は、「電力ケーブル用ポリエチレンの電気的特性に対する熱刺激電流測定法の適用」と題し、電力用ケーブルの代表的な絶縁材料であるポリエチレンならびにこれを架橋させた架橋ポリエチレン(XLPE)について、様々な角度からその構造や電気的な特性を調べ、特に、熱刺激電流測定がその診断にどの程度有効であるかを実験的に調べたもので、6章から構成されている。

 第1章は序文であり、本研究の背景としてCVケーブルの劣化診断に関する現状、本研究の目的、構成が示されている。

 第2章は、「CV電力ケーブルの熱刺激電流特性」と題し、現在商業的に使用されている長さ5mのCVケーブル、あるいは試験的に作成された長さ65cmのCVケーブルを大型恒温槽内で高温(90度C)荷電を行い、その後、0度Cまで冷却して電荷を安定化させ、続いて一定速度(1度C/分)で温度を上昇させて熱刺激電流を観測した結果を報告している。この熱刺激電流観測を数カ月間にわたり繰り返して行うと、熱刺激電流スペクトルに明らかな変化があることを見い出し、その原因追究から次章以降の研究に発展した最初の研究成果について記述したものである。

 第3章は、「ポリエチレン薄膜の電気特性に対する結晶性の影響」の題目で、実際に、100屯プレスシリンダーを用いたプレスシート薄膜作成装置を自作して、厚さ30〜200mの薄膜を、低密度ポリエチレン(LDPE)あるいは高密度ポリエチレン(HDPE)のぺレット材料から作成し、冷却方法、薄膜作成時の荷重依存性、薄膜表面の保護方法依存性などをX線回折や比重法による結晶化度の観測と、コロナ荷電によりエレクトレット化した薄膜の熱刺激電流スペクトルとの比較検討を行ったもので、冷却速度が遅いほど、荷重は少ないほど結晶化度は大きくなり、その結果へテロ電流として現れる熱刺激電流は大きくなるとともにピーク温度は低温度側に移動することなどを明らかにしている。また、5分ないし20分程度の短時間アニール処理ではX線回折で観測するとキメラ構造の厚化現象で結晶が融解したように見えること、更にアニール処理が長引くと再び回折強度が強まることを観測し、熱刺激電流観測においても、薄膜作成時と同じく結晶化が進むほどへテロ電流の大きさは大きくなりピーク温度は低くなることを確認している。

 第4章は、「ポリエチレン薄膜の電気特性に対する架橋残渣の影響」と題し、最初に、CVケーブルとほぼ同じ条件で架橋したXLPE薄膜、真空加熱脱気処理したXLPE薄膜と架橋していないLDPE薄膜の熱刺激電流を比較検討した結果を報告している。コロナ荷電時の表面電界が弱い場合には架橋ポリエチレンが最も大きなヘテロ電流ピークを低温側に示すとともに添加物や残渣のないはずのLDPE薄膜では高温度側にヘテロ電流ピークが現れること、脱気処理をしたXLPE薄膜ではその間の温度に小さな電流が流れること、電界強度が強くなるとLDPE薄膜での高温度へテロ電流ピーク値が大きくなることなどを実験的に明らかにした。さらに、意図的にアセトフェノン、クミルアルコール、あるいは-メチルスチレンなどの代表的架橋残渣などを混入したLDPE薄膜を作成し、真空処理を含めた各種の影響をフーリエ変換赤外分光やTSDC特性として調べている。アセトフェノンは真空処理や高温度処理で抜けること、アセトフェノンの混入でヘテロ電流ピーク温度は低温度側に移動することなどを明らかにし、これよりCVケーブルの熱刺激電流が高温度高電界サイクルにより変化する原因を架橋残渣が抜けていくことと結晶化が進むことによるものと推定している。また、老化防止剤を添加すると60度C付近でのホモ電流ピークが大きくなることを述べている。

 第5章は「ポリエチレン薄膜への交流高電界課電の影響」と題し、LDPE薄膜の絶縁破壊を調べ、液中、大気中、SF6環境の下に絶縁破壊を起こす直前の条件下で電圧を印加した試料の熱刺激電流を調べた結果、市販のLDPE薄膜では電圧印加によりヘテロ電流ピークは大きくなること、自作の無添加LDPE薄膜ではホモ電流ピークは小さくなり、ヘテロ電流が現れることなどを明らかにしている。

 第6章は「結論と今後の課題」でこれまでの結果をまとめると今後明らかにすべき課題を示している。

 以上これを要するに、本論文は、CVケーブル用絶縁材料としての架橋ポリエチレンとその素材であるポリエチレンについて、ケーブルとして、あるいは薄膜として、様々な条件下で熱刺激電流測定を行い、絶縁材料診断技術として熱刺激電流測定法の適用の可能性について実験的に研究したもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

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