学位論文要旨



No 110808
著者(漢字) ブス,マーチン
著者(英字)
著者(カナ) ブス,マーチン
標題(和) 知能化協調マニピュレーションに関する研究
標題(洋) Study on Intelligent Cooperative Manipulation
報告番号 110808
報告番号 甲10808
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3263号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 ロボット工学の主流は人間の知的能力までを代替する知能ロボットの研究、開発へと進んできた。AI等に代表される知識情報処理がロボットの複雑なタスクを実現するために研究され、応用されてきたが、やがてその限界が見えてきた。AIは、大規模なシステムの計画や運行といった多大なデータ処理及び静的な組み合わせを対象とするには有効である。しかし、ロボットのように外界と、情報のみならず実時間で動的な力のやりとりをも有する系では、対象として複雑すぎ現段階のAI技術では難しいと言える。

 本研究では、新たなパラダイムである知能化作業支援システム(Intelligent Assisting System-IAS)を提案する。IASでは、「機械システム(ロボット)と人間とがインタラクションすることを通じて、人間の知的能力(思考、推論、判断、認識等)を十分に利用すべきである」という主張を前提に機械の知能化を考えている。IASは人間の知的な作業を支援することを目的としており、作業の物理的な部分(物を運ぶ、動かす等の動作)に関してスキルデータベースを利用することによりその作業を人間と協調して部分的に自動化して行なう能力を持つ。このシステムでは、作業環境でマニピュレーションを行うときに、ヒューマンオペレータの支援を行う。近年ヒューマンインターフェースの研究において、コンピュータグラフィックスをベースとした人工現実感に関する研究が多数提案されている。しかし、力フィードバックを利用する研究が少ないと思われる。本研究では、インフォメーションとパワーフローを中心に人間と機械との協調作業を考える。

 知能化作業支援システム実現の第一段階として、知能化協調マニピュレーションシステム(Intelligent Cooperative Manipulation System-ICMS)を開発し、デクストラスハンドに対するのマニピュレーションスキルモデルを提案する。このモデルを用いることにより、ヒューマンオペレータからマニピュレーションスキルを獲得することが可能となる。ICMSでは獲得されたマニピュレーションスキルを4本指、24自由度を持つデクストラスロボットハンドに移植し、実行させることが可能である。

 次に、ICMSにおける人間からICMS及びICMSから作業環境との間に存在するインフォメーションとパワーのフロー(IP-フロー)を示す。

 IPフロー1・マニピュレーションスキルの獲得:ヒューマンオペレータの手にセンサグローブを装着し、仮想世界の中で手と物体との力の釣合をシミュレーションし(ダイナミックフォースシミュレータDFS)、オペレータに物体からの反力(関節トルク)をフィードバックする。仮想世界を表示することによる画像情報は人間の環境認識、作業計画のために重要であると考えられる。力のフィードバックは手と物体が接触した状態において、作業を制御するために必要とされる。作業を行なう間に、その作業を表現する関節角度・トルク・指先の位置・接触力・物体に働く外力等の作業パラメータがDFSを通じてコンピュータの中に取り込まれる。マニピュレーションスキルを獲得するための数学モデルの詳細を以下に述べる。

 IPフロー2・マニピュレーションスキルの移植及び制御:スキルデータベースに格納された作業スキルを引き出し、ロボットハンドに実行させる。環境から得る画像、感触情報とハンドの関節トルクを用いて、人間がスキル獲得で行なったのと同意味の動作を実行する。ここで、環境の情報(状態)に従って制御アルゴリズムをデータベースの中から選択し、環境に働きかけ、環境状態を変えることになる。

 IPフローコントロール・アシスティングモード:ヒューマンオペレータが行おうとする作業目的を認識し、人間と協調してそれを実現するために必要なスキルをデータベースから引用する。IASはアシスティングモードでその作業を部分的に自動化する能力を持つ。このとき、人間、IAS、環境との間に各々の情報とパワーのフローを制御するアルゴリズムが必要となる。

 ハンドマニピュレーションスキルの数学モデルが本論文の重要な結果であり、これを用いてデクストラスモーションスキームを提案する。このモーションスキームによるマニピュレーションスキルの獲得、及びロボットハンドへの移植を行い、把握支援等が可能となる。

 他分野に於けるスキルの定義に基づき、モーションスキル(MSK)をタスクの目的、対象の目標軌跡及びセンサによる環境情報から、アクチュエータによるアクションを決める作用素をモーションスキル(MSK)として定義する。更に、ハンドマニピュレーションスキルはマニピュレーション対象の位置姿勢に対して、各指の接触点位置を決める写像(スキルマッピング)と定義する。具体的に、マニピュレーション対象物体の状態空間(物体の位置、姿勢、6次元)から各指の接触位置空間(n本指、3n次元)への写像を低レベルのマニピュレーションスキルとする。このスキルマッピングをスキルデータベースの中で数値近似し、コンピュータのメモリに保存する。又、このモデルを用いて人間の作業スキルを獲得し、ロボットハンドで実行することが可能となる。このスキル表現は、人間とロボットの手の大きさ及びキネマティックな構造が異なる場合でも有効である。

 多指ハンドでマニピュレーションを行う際には、内力の最適化問題が重要な課題である。本論文では、グラディエントフローにより、指数関数的に収束するアルゴリズムを提案し、唯一の最適解を求める。非線形の摩擦条件は把持力から定義される行列の正定性と表され、対象物体の外力との釣合はこの行列の線形条件で表すことができる。これらの条件の超平面に写像を行ったグラディエントフローによって内力最適化問題を実時間で解ける。

 ハンドマニピュレーションスキルの獲得は、ヒューマンオペレータから学習することによって実現する。アーティフィシャルニューラルネットワークとメモリベースによる学習方法を用いて、4本指で鉛筆を回すマニピュレーションスキルを例に、数値的な比較を行っている。これからメモリベースのアプローチの方が有効であることが示される。

 獲得されたマニピュレーションスキルは多指ロボットハンドに移植され、実行することが可能である。このときのロボットハンドを制御するコントローラを提案し、マニピュレーション対象物体の位置、姿勢、及び内力を同時に制御する。このアルゴリズムはいわゆる「計算トルク」方法の基に、把持内力の制御則を加えたものである。制御アルゴリズムの目標軌跡は、マニピュレーションスキルモデル、デクストラスモーションスキーム、及び内力最適化問題を解くことによって得られる。ロボットハンド実験システムにより、この制御則の検討を行い。内力の制御により対象を安定に把持し、対象を軌道に追従させながら、一本の指を滑らす等の基礎実験結果を示す。

 人間と機械の協調作業として、ハンドマニピュレーションスキルを用いた把持支援を提案する。ヒューマンオペレータが3次元の入力装置(ポリーマストラッカー)でマニピュレーション対象物体の位置、姿勢を入力する。ハンドマニピュレーションスキルの適用により、ロボットハンドの各指の接触点位置が計算でき、自動的に対象のマニピュレーションを行うことが可能となる。ヒューマンオペレータはタスク目的、及びタスク軌跡のみ決定する。

 開発したセンナグローブ実験システムは、全体で11自由度を持ち(10自由度にトルクフィードバックが可能)オペレータの手にはめることにより、各関節の関節角度及びトルクの観測が可能である。又、全体で24自由度を持つ4本指の多指ロボットハンドがIASのマニピュレーションスキルを実行する。これらの実験装置は実時間で制御を行うため、並列計算可能なトランスピュータを使用している。更に、高速演算アクセラレータのRISC-CPU(i860)が取り付けられている。

審査要旨

 本論文は「Study on Intelligent Cooperative Manipulation」(知能化協調マニピュレーションに関する研究)と題し、デクストラス・ロボットハンドの知的な制御を目指して、スキルの獲得、モデル化、移植といった問題を扱っており、7章と付録からなる。

 第1章は「Introduction」(序論)であって、本研究の目的と研究の異議について述べている。すなわち、ロボット工学の目指してきた知能化の方向による完全自律化が難しくなってきており、人間の介入を前提とした高度な制御系が望まれてきている。テレ・オペレーション、スーパ・バイザリ・コントロール、ヒューマン・インターフェースといった事柄が重要になってきており、本研究の背景を明らかにしている。また、本論文の構成について述べている。

 第2章は「IAS and ICMS」(知能化作業支援システムと知能化協調マニピュレーション・システム)と題し、新たなパラダイムである知能化作業支援システム(Intelligent Assisting System-IAS)を提案している。IASでは、「機械システム(ロボット)と人間とがインタラクションすることを通じて、人間の知的能力(思考、推論、判断、認識等)を十分に利用すべきである」という主張を前提に機械の知能化を考えている。知能化作業支援システム実現の第一段階として、知能化協調マニピュレーションシステム(Intelligent Cooperative Manipulation System-ICMS)を開発し、デクストラスハンドに対するマニピュレーションスキルモデルを提案している。このモデルを用いることにより、ヒューマンオペレータからマニピュレーションスキルを獲得することが可能となる。ICMSでは獲得されたマニピュレーションスキルを4本指、24自由度を持つデクストラスロボットハンドに移植し、実行させることが可能であることを述べている。

 第3章は「Motion Scheme for Dextrous Manipulation」(デクストラス・マニピュレーションのためのモーション・スキーム)と題し、ハンドマニピュレーションスキルの数学モデルを用いてデクストラス・モーション・スキームを提案している。このモーション・スキームによりマニピュレーションスキルの獲得、及びロボットハンドへの移植を行い、把握支援等が可能となる。他分野に於けるスキルの定義に基づき、モーションスキル(MSK)をタスクの目的、対象の目標軌跡及びセンサによる環境情報から、アクチュエータによるアクションを決める作用素として定義する。更に、ハンドマニピュレーションスキルはマニピュレーション対象の位置姿勢に対して、各指の接触点位置を決める写像(スキルマッピング)と定義する。具体的に、マニピュレーション対象物体の状態空間(物体の位置、姿勢、6次元)から各指の接触位置空間(n本指、3n次元)への写像を低レベルのマニピュレーションスキルとする。このスキルマッピングをスキルデータベースの中で数値近似し、コンピュータのメモリに保存する。又、このモデルを用いて人間の作業スキルを獲得し、ロボットハンドで実行することが可能となる。このスキル表現は、人間とロボットの手の大きさ及びキネマティックな構造が異なる場合でも有効である。

 多指ハンドでマニピュレーションを行う際には、内力の最適化問題が重要な課題である。本章では、グラディエントフローにより、指数関数的に収束するアルゴリズムを提案し、唯一の最適解を求めることを提案している。非線形の摩擦条件は把持力から定義される行列の正定性と表され、対象物体の外力との釣合はこの行列の線形条件で表すことができる。これらの条件を超平面に写像を行い、グラディエントフローによって内力最適化問題を実時間で解けることを示している。

 第4章は「HMSK Acquisition」(ハンド・マニピュレーション・スキルの獲得)と題し、ハンド・マニピュレーション・スキルの獲得が、ヒューマンオペレータから学習することによって実現されることを述べている。アーティフィシャルニューラルネットワークとメモリベースによる学習方法を用いて、4本指で鉛筆を回すマニピュレーションスキルを例に、数値的な比較を行っている。これからメモリベースのアプローチの方が有効であることが示されている。

 第5章は「HMSK Control and Transfer」(ハンド・マニピュレーション・スキルによる制御と移植)と題し、獲得されたマニピュレーションスキルが多指ロボットハンドに移植され、実行されることが可能であることを述べている。このときのロボットハンドを制御するコントローラを提案し、マニピュレーション対象物体の位置、姿勢、及び内力を同時に制御する。このアルゴリズムはいわゆる「計算トルク」方法の基に、把持内力の制御則を加えたものである。制御アルゴリズムの目標軌跡は、マニピュレーションスキルモデル、デクストラスモーションスキーム、及び内力最適化問題を解くことによって得られる。ロボットハンド実験システムにより、内力の制御により対象を安定に把持し、対象を軌道に追従させながら、一本の指を滑らす等の基礎実験結果を示している。

 第6章は「Human-Machine Cooperation」(人間・機械の協調)と題し、人間と機械の協調作業として、ハンドマニピュレーションスキルを用いた把持支援を提案している。ヒューマンオペレータが3次元の入力装置(ポリーマス・トラッカー)でマニピュレーション対象物体の位置、姿勢を入力する。ハンドマニピュレーションスキルの適用により、ロボットハンドの各指の接触点位置が計算でき、自動的に対象のマニピュレーションを行うことが可能となる。ヒューマンオペレータはタスク目的、及びタスク軌跡のみ決定する。

 第7章は「Conclusion」(結論)であって、本研究の成果と意義について述べるとともに、今後の発展方向を示している。

 また、付録として開発したセンサグローブ実験システムおよび全体で24自由度を持つ4本指の多指ロボットハンドの構成と実験に関して述べている。

 以上これを要するに本論文は、デクストラス・ロボット・ハンドの高度な制御を人間との協調で実現することを目指し、スキルの獲得、モデル化、移植を行なうことによって体系的に議論し、シミュレーション・実験を通して、その有効性を確認したものであり、ロボット工学に貢献するところが少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

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