学位論文要旨



No 110812
著者(漢字) 陳,昱
著者(英字)
著者(カナ) チン,ユウ
標題(和) 流体数値解析のための格子BGK法 : 圧縮性、熱および多相モデル
標題(洋) Lattice Bhatnagar-Gross-Krook Method for Fluid Dynamics : Compressible,Thermal and Multi-Phase Models
報告番号 110812
報告番号 甲10812
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3267号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 奥田,洋司
内容要旨

 Lattice Boltzmannモデル(LB)はLattice Gas Automata(LGA)モデルから導き出されたものであり、このLBをさらに発展させたものがLattice Bhatnagar Gross-Krook (格子BGK法)である。格子BGK法はLBの衝突項にBGK近似を取り入れたものであり、LGAやLBの複雑な構造に比べて非常にシンプルである。さらに、両モデルと同様に流体のシミュレーションを行うことが可能であると報告されている。

 ここではまず、物理的にイメージしやすいLGAとLBEを紹介し、3つの手法に共通して考慮される特徴である格子対称性、衝突保存、平衡分布、計算効率、数値不安定性について述べる。

 次に格子BGK法について説明し、さらに新しく導入した3つのモデル、即ち、圧縮性モデル、熱モデルおよび多相モデルについて説明する。

 圧縮性モデルは、モデル化された流体に調節可能な音速を導入したものである。この場合、流体の状態方程式は等エントロピーである理想気体の状態方程式に一致することを確認した。このモデルを1次元の膨張波のシミュレーション(図1)に適用し、モデルの妥当性を検証した。

 熱モデルでは、粒子の運動エネルギーが物理的に意味のある保存量として現れることを利用して、マクロ方程式を導き考察した。まず、低次モデルを用いた場合に生じる非線形偏差の特性を明らかにした。次に粒子の平衡状態における流体速度を4次まで展開し、さらに粒子速度モーメントテンソルの等方性について6次まで考慮した高次モデルを開発した。これにより非線形偏差を取り除くことに成功した。また、せん断波流動(shear wave flow)における運動エネルギー減衰率をマッハ数を変化させて測定する(図2)ことにより、高次モデルの有効性を確かめた。

図表図1:1次元の膨張波内の密度分布 / 図2:せん断波流動における運動エネルギー減衰過程

 最後に粒子間ポテンシャルを用いた多相格子BGKモデルを導入した。このモデルにおいてグローバル的な運動量が保存されることを理論的に証明し、相分離の臨界点が存在することを確認した。また、この臨界点において相分離のシミュレーションを行うことに成功した(図3)。

図3:相分離の時間経過

 以上のように本研究では格子BGK法を圧縮性流体、熱効果、多相が扱えるように拡張し、数値計算によりそれぞれの有効性を実証した。

審査要旨

 数値流体解析は理工学の様々な分野で設計や研究開発に利用されるようになってきている。現在行われている数値流体解析のほとんどは基礎方程式を何らかの方法で数値差分化し得られる代数方程式を解くものであるが、対象とする流れが乱流や多相流れ、反応性流れなどのように物理的に複雑な流れになると、基礎方程式に含まれない物理やメッシュの大きさ以下の非一様性を含む物理を現象論的なモデルとして取り込む必要が出てくる。このような現象論モデルは、基本的に実験データを基礎として理論的な推論を加えて作られるが、汎用性が高く普遍的なものを得るのが困難である。これに対して近年このような現象論モデルを必要としない数値流体解析手法の研究が行われ始めており、基礎的な流体挙動の解明の面と応用面から多くの期待を集めている。

 本研究は複雑流れの数値解析に適するこのような新しい流体数値解析手法を開発することを目的として行われたもので、なかでも計算効率が高く融通性にも富む格子ボルツマン方程式法の衝突緩和にBhatnager,Gross,Krookの3人が考案した近似を取り入れる手法(格子BGK法)を取り上げ、その基礎特性を詳細に検討した上で解析対象として圧縮性流れ、熱の効果の入った流れ、二相流れを扱うことができるよう研究開発を行ったものである。本論文は6つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、数値流体解析、格子流体解析の歴史と現状をまとめ、本研究の動機、目的と本論文の概要を述べている。

 第2章は格子流体解析の基礎手法を検討した章である。まず、基礎となる格子の対称性と平衡粒子密度分布、流体基礎方程式の復元について議論した後、基礎方程式に現れる非物理成分を補正する方法として衝突項に質量と運動量の保存を満たしたままでひとつの項を付け加える方法を提案し、これを用いてコルモゴルフ流れにおける運動エネルギーの減衰とクエット流れでの密度分布を求めその有効性を確認している。

 第3章は格子BGK法の圧縮性流れへの拡張を述べた章である。マッハ数を大きくするために粒子リザーバを導入し、そこに入る停留粒子割合を調節することによって格子流体の音速を調整する手法を導入し、音速が理想気体の理論解析結果と良く一致することを示している。このモデルを用いて等エントロピー流れで衝撃波と希薄波の伝播のシミュレーションを行い、理論解析に対してこれまでのモデルより優れた結果が得られることを示している。また、同じモデルによって2次元体系で障害物がある場合の衝撃波の伝播特性を求め、その適用性を確認している。

 第4章はエネルギー保存式が取り込めるような格子BGK法の改良について述べている。2つのサブ格子から構成される格子を使用して内部エネルギーを表せるようにし、また、非線形偏差を無くすために平衡分布関数の摂動展開において4次の項まで取ることにより6次の速度モーメントテンソルまで格子の対称性が保証されるような新しいモデルを開発している。これにより従来のモデルに見られたマッハ数が大きくなった場合の偏差がこのモデルで解消されていることを示し、クエット流れでの断面温度分布計算とレイリー・ベナール対流に適用してモデルの妥当性を評価している。

 第5章は二相の格子BGKモデルの開発を述べた章である。格子ボルツマン方程式の衝突項に粒子間ポテンシャルから導かれる力を加えることによって二相の存在を表すような状態方程式が得られることを述べ、これを二相凝集の計算に適用して相分離が適切にシミュレーションできることを示している。さらに、衝撃波と相界面との相互作用のシミュレーションにこの方法を適用して通常の手法では解析困難な複雑な現象を解析できることを実証している。

 第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめるとともにこのような格子流体解析手法の今後の研究の方向について述べている。

 以上を要するに、本論文は複雑な流れにも汎用性をもって適用可能となりうる新しい数値流体解析手法のひとつである格子BGK法を、圧縮性流れ、熱効果の入った流れ、多相流れに適用できるように開発を進め、その有効性を示すとともにこれを適用したシミュレーションから多くの有用な知見を得たもので、システム量子工学、特にシステム設計工学の分野に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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