学位論文要旨



No 110813
著者(漢字) 李,相玄
著者(英字)
著者(カナ) リ,サンフュン
標題(和) 非定形試料に対するレーザーフラッシュ熱拡散率測定法の適用と実用原子炉材料の熱物性測定
標題(洋)
報告番号 110813
報告番号 甲10813
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3268号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
 中央大学 教授 高橋,洋一
内容要旨

 本研究ではレーザーフラッシュ法による熱拡散率測定の研究についてまとめたものである。まず、熱拡散率を評価するのに有効な方法である「対数法」を非定形試料に対する適用性を検討した。高燃焼度化に伴い酸化による影響をジルカロイ被覆管に酸化膜を形成させ測定し、熱拡散率の評価を行った。酸化膜のみの熱拡散率も2層モデルにより評価し、熱伝導率と酸化膜の関係を検討した。また、蒸気発生器の伝熱管材料であるインコネルを熱容量と熱拡散率測定から、腐食やSCC抵抗性の改善のための熱処理がどのように熱伝導率に影響するかを評価した。以下に各章の内容を簡単に述べる。

 第1章では本研究の背景と目的に関して述べた。新素材の開発や、原子力の材料の発展とともに材料の高温熱物性(熱伝導率、熱拡散率、熱容量など)の評価は重要な位置を占め、最近のコンピュータ技術の発展による材料開発過程や実験条件に適切なモデルのシミュレーションには欠かせない物性である。特に、原子力分野での熱物性の研究は安全評価や設計上重要であり、熱伝導率と熱拡散率は燃料の温度分布の計算に、熱容量は原子炉運転時に燃料中にどれだけの熱が蓄積されているかを調べるのに重要なデータとなる。また、熱物性評価法に関して簡単に述べた。熱伝導率、熱拡散率、熱容量はお互いの関係から求められるので、熱拡散率と熱容量の測定から熱伝導率を計算によって求める方法もよく使われている。

 第2章では、熱拡散率の測定法として最も一般的な測定法の一つである、レーザーフラッシュ法に関して説明し、解析法として従来のt1/2法と対数法に関して論じた。対数法は昇温の過度変化のある領域をln(t1/2T)対1/tにとり、そのグラフの傾きから熱拡散率を求める方法であり、昇温の過渡変化の間で得られる一連の多数のデータを用いるので、ノイズ成分の平均化に伴って、得られた値は信頼性が向上するばかりでなく、初期の領域のデータを用いることにより熱損失や輝度分布の影響を受けにくいなどの長所がある。測定条件が理想条件からずれることによる誤差の発生に関して、レーザーパルス幅の補正法と熱損失を補正する方法を紹介し、このようなレーザーフラッシュ法の非測定誤差の原因である、パルス幅の影響、レーザーの輝度分布、試料からの熱損失について解析的手法による検討を行った。レーザーパルス幅の形響をt1/2/時間とパルスの時間幅の比(t1/2/)をパラメータにし、t1/2/が小さい場合は重心法を用いても対数法がt1/2法に比べて誤差が大きくなるが、実際に使用される試料形状と熱拡散率の範囲から決定されるのt1/2/の値は大きくなるので対数法が優れたものとなる。レーザー光源に輝度分布がある場合の温度履歴曲線の解析結果は、輝度分布が大きくなるほど対数法に比べてt1/2法は誤差が大きく、形状因子が通常の測定条件(=0.2〜0.4)での誤差は対数法では3%以内に収まると考えられ、一方t1/2法は20%もの誤差を生ずる可能性があることを示した。熱損失モデルによって対数法と他の熱損失補正法との比較し、t1/2法は熱損失が大きくなると誤差も大きく増加するのに対して、対数法は1%の誤差範囲であることを示した。

 第3章では、原子力工学の分野では熱物性を評価するために一定の試料形状が得られ難いような材料や、軽水炉燃料被覆管のような薄肉の管材をそのままの形状で熱物性の知見を必要とするなど、微小試料や非定形試料を用いての測定の要求があり、この目的でレーザーフラッシュ法による熱拡散率測定を非定形試料に適用する検討を行った。非定形試料としては熱伝導率の標準物質であるSRM-735とジルカロイを用いた。レーザーフラッシュ法による熱拡散率の測定で、熱電対による測定では薄い試料の熱拡散率が厚い試料に比べて低く出る原因を赤外線による測定と対比させて検討した。赤外線による測定では薄い試料でも厚い試料との熱拡散率の差は認められず、測定誤差の範囲内でよく一致した。このことから熱電対をセンサーとして用いた場合には、熱電対の応答おくれのため、薄肉試料では低めの値を示すことが明らかとなった。レーザーフラッシュ法による解析法として対数法を用いることにより、直径の小さい試料でも比較的精度良く熱拡散率を測定でき、また、試料の局所的な熱拡散率も測定可能できることを示した。通常の形状以外の非定形の場合でも5%程度の誤差範囲で熱拡散率が測定できることを確かめた。さらに、原子炉燃料被覆管のような湾曲した試料でも対数法を用いれば、補正を行なうことなしに通常の手法によっで熱拡散率を測定誤差±3%以内で測定できることを確かめた。

 第4章では、核燃料被覆管であるジルカロイの熱拡散率をレーザーフラッシュ法により室温から800Kまで測定し、文献の熱容量から熱伝導率を求めて評価した。酸化による熱拡散率への影響評価に関して、試料形状は円盤状と湾曲材の2種類で、ジルカロイ表面に酸化膜を30mと60m形成させた試料を用いた。酸化膜付き試料のみかけの熱拡散率を室温から800Kまで測定し、酸化膜が薄い場合には温度上昇によらず熱拡散率はほぼ一定であり、厚い60mの試料は酸化膜により熱拡散率の低下が見られた。酸化膜のような絶縁体はフォノンによって熱輸送され温度上昇とともに熱拡散率は低下するが、酸化膜が厚い場合には全体としてこの効果がより強く出たと思われる。また、このみかけの温度履歴曲線から2層モデル解析により酸化膜だけの熱拡散率の評価を行った。30mの酸化膜の場合は文献値と良く一致するが、60mの酸化膜の熱拡散率は高く、特に円盤状の試料はもっとも高い値を示した。XRDの結果から下地のジルカロイの回折図形は円盤状と湾曲材に違いがあることを示したが、酸化膜には下地の組成および酸化膜厚さによらず回折図形はほぼ同じであった。さらに酸化物の結晶成長の異方性を示すと同時に酸化膜中に大きな歪みが入っていることを示した。また、試料断面観察から30mと60mの厚さの酸化膜は共に、素地表面に対して垂直方向に柱状結晶および膜に平行な層状構造が見られた。酸化膜の表面観察から30mのものはかなり緻密な構造であるが、60mの場合は亀裂が大きく、円盤状試料では中心部に試料加工時の跡が大きく見られた。以上から酸化膜自体の配向の異方性、層構造におけるボイドの集合状態、酸化膜中の歪みや表面の亀裂が熱拡散率に影響を及ぼすと考えられる。

 第5章では、蒸気発生器伝熱管材料であるインコネル600MA、600HTMAとインコネル690TTを用いて、レーザーフラッシュ法による熱拡散率、DSCによる熱容量測定し、熱伝導率をこれらから求めて評価を行った。熱拡散率の測定はすべて非接触の赤外線検出器を用いたレーザーフラッシュ法により室温から1000Kまで測定した。3種類の試料の室温での熱拡散率の結果は、インコネル600MAの熱拡散率を基準とすると、インコネル600HTMAは6〜8%、690TTは17〜20%低く、インコネルの熱処理条件による違い、種別間に熱拡散率に差があることを示した。3種類の試料の室温から1000Kまでの熱拡散率も温度上昇とともに上昇する傾向は同じであり、また室温で見られた差は変化することなく維持された。熱容量はトリプルセル方式高温走査型熱量計により測定し、組成が同じであるインコネル600MAと600HTMAの間にほとんど差はないが、インコネル690TTはJK-1mol-1単位で測定して、約5%低い値が得られた。Neumann-Kopp則による計算値とインコネル690TTの実験値とはよく一致した。熱伝導率は熱拡散率の結果と同じように、インコネル600MAを基準して、600HTMAは5%、690TTは20%低くなっている。材料による熱伝導率の差はインコネルの試料の光学顕微鏡とSEM観察から、インコネル600MAは粒界で炭化物の析出が殆ど見られないが、インコネル600HTMAでは粒界に全面的に微細な炭化物が析出していた。また、インコネル690TTは600HTMAよりも顕著に炭化物が粒界に析出しているところから、試料間の熱拡散率の差は炭化物の析出による熱拡散率の低下と見られる。粒界におけるクロム欠乏層が熱処理によって回復させられ、応力腐食割れ抵抗性が改善されるが、粒界での炭化物の析出により熱伝導は低下することを示した。一般的にも応力腐食割れ抵抗性の向上のため、700℃位で10時間以上の熱処理を行っているが、熱処理によって熱伝導率が異なる可能性があり得ることを示した。

 第6章では、全体を総括し結論を述べた。熱物性を評価するために有力な方法であるレーザーフラッシュ法における非測定誤差を補正する各種補正法の紹介を論じた。また、「対数法」の適用性を非定形試料に関して検討を行いその有用性を明らかにした。原子力分野での重要な熱物性の評価として酸化によるジルカロイ被覆管の熱拡散率を測定した。酸化膜による熱拡散率が見られた。このみかけの熱拡散率測定から2層モデルにより酸化膜だけの熱拡散率を評価した。60mの円盤状と湾曲材の試料による熱拡散率の差は試料の観察から酸化膜の配向の異方性、層構造におけるボイドの集合状態、酸化膜中の歪みや表面の亀裂などにより熱拡散率に影響されたと考えられる。また、蒸気発生器転熱管材料であるインコネルの熱物性をレーザーフラッシュ法よる熱拡散率とDSCによる熱容量測定から熱伝導率を計算し、熱処理による腐食、SCC抵抗性の改善との関係を明確にした。

審査要旨

 レーザーフラッシュ法は、今日一般的に広く用いられている熱拡散率測定手法であるが、高精度測定のために一定形状の試料を用いることが要求されてきた。ところが、実際にはこの様な一定形状の試料が得られない場合も少なくない。本論文は、レーザーフラッシュ法においては望ましくないとされる非定形あるいは微小試料を用いる場合について、熱拡散率解析法として「対数法」を用いる場合の有用性を検討するとともに、これを実際の原子炉材料に適用し、酸化膜付きジルカロイ燃料被覆管試料および熱交換用伝熱管材料であるインコネルの熱物性評価を行ったものであり、6章から構成されている。

 第1章は序論であり、熱物性研究の重要性、特に原子力工学におけるその重要性について述べている。また、原子炉材料においては照射後試験などの場合のように、レーザーフラッシュ法において必要とされる試料形状を得にくい場合があることから、いわゆる非定形試料を用いた測定解析法を確立する必要があることを述べ、本研究の位置づけと意義について述べている。

 第2章ではレーザーフラッシュ法による熱拡散率測定に関する理論的背景について述べるとともに、解析法としての従来の「t1/2法」と[対数法」について解説している。レーザーフラッシュ法は試料表面にレーザーパルスを照射したときの試料裏面の温度上昇履歴から熱拡散率を測定する方法であるが、このうち対数法は、温度上昇履歴のある領域についてln(t1/2T)対1/tプロットを行い、そのグラフの傾きから熱拡散率を求める方法であり、昇温過渡変化時に得られる一連の多数のデータを用いるので、ノイズ成分の平均化により得られた値は信頼性が向上するばかりでなく、温度上昇初期の領域のデータを用いることにより熱損失や輝度分布の影響を受けにくいなどの長所がある。測定条件がレーザーフラッシュ法測定における現想条件からずれることによる誤差の発生に関して、レーザーパルス輻の影響と熱損失の影響を補正する方法を紹介し、このようなレーザーフラッシュ法の測定誤差の原因であるレーザーパルス幅・レーザーの輝度分布・試料からの熱損失の影響について解析的手法による検討を行った結果、対数法の優位性を結論している。

 第3章では、一定の試料形状が得られ難いような場合の具体的な例として、微小試料や管材試料などのいわゆる非定形試料を取り上げ、レーザーフラッシュ法による熱拡散率測定法を適用するための検討を行っている。レーザーフラッシュ測定法では、センサーとして熱電対を用いた場合に、薄い試料の熱拡散率が厚い試料に比べて小さく測定されることが報告されている。ここでは、厚さの異なる試料を用いて熱電対と赤外線検出器による測定を実施し、熱電対の応答時間の推算から、薄い試料の場合には熱電対の線径が無視できなくなり、熱電対の応答おくれが問題となることを示している。レーザーフラッシュ法による解析法として対数法を用いることにより、直径の小さい試料でも比較的精度良く熱拡散率を測定でき、また試料の局所的な熱拡散率も測定可能であることを示すとともに、通常の形状以外の非定形試料の場合でも5%程度の誤差で熱拡散率が測定できることを示している。さらに、原子炉燃料被覆管のような湾曲した試料でも、対数法を用いれば、補正を行なうことなしに通常の手法によって熱拡散率を測定誤差±3%以内で測定できることを確認している。

 第4章では、原子炉燃料被覆管材料であるジルカロイの熱拡散率をレーザーフラッシュ法により室温から800Kまでの温度範囲で測定し、熱容量の文献値を用いることにより熱伝導率を評価した結果について述べている。特に、燃料の高燃焼度化に伴って重要となる酸化による熱拡散率への影響評価に関して、ジルカロイ表面に酸化膜を形成した円盤状および被覆管形状の2種類の試料を用いて、酸化膜付き試料のみかけの熱拡散率を測定し、酸化膜が薄い場合には温度上昇によらず熱拡散率はほぼ一定であるが、厚い場合には酸化膜により熱拡散率が低下することを観測した。また、このみかけの熱拡散率データから2層モデルを用いた解析により酸化膜だけの熱拡散率の評価を行っている。30mの酸化膜の場合は熱拡散率はジルコニアの文献値と良く一致するが、60mの酸化膜の熱拡散率は大きく、特に円盤状の試料ではもっとも大きな値を示した。X線回折や試料断面の金相観察の結果から、下地のジルカロイおよび酸化被膜の結晶粒の配向性や集合組織が、円盤状試料と被覆管形状試料で異なっていることを示すとともに、酸化膜中に大きな歪みが入っていることを示した。以上から、酸化膜自体の結晶粒配向性や層構造におけるボイドの集合状態、酸化膜中の歪みや表面の亀裂が熱拡散率に影響を及ぼす可能性があることを指摘するとともに、実炉環境における酸化膜の熱拡散率においては、被覆管の製造条件や形状が大きく影響する可能性があることを結論している。

 第5章では、蒸気発生器伝熱管材料である3種のインコネル(600MA、600HTMA、690TT)について、レーザーフラッシュ法および示差走査熱量計により熱拡散率と熱容量を測定し、これらの値から熱伝導率評価を行っている。上記3種類の試料の熱拡散率の測定結果は、600MAの熱拡散率を基準とすると、600HTMAでは6〜8%、690TTでは17〜20%低く、インコネルの熱処理条件による違いや種別間に差があることを示した。熱容量については、組成が同じである600MAと600HTMAの間にほとんど差はないが、690TTではJK-1mol-1単位で測定して、約5%低い値が得られた。熱伝導率は熱拡散率の結果と同じように、600MAを基準して、600HTMAは5%、690TTは20%低くなった。試料の金相観察によれば、600MAは粒界で炭化物の析出が殆ど見られないが、600HTMAや690TTでは粒界に全面的に微細な炭化物が析出し、その濃度も異なっているところから、試料間の熱拡散率の差は主として炭化物の析出による熱拡散率の低下によるものと判断している。一般的には、応力腐食割れ抵抗性の向上のため、700℃で10時間以上の熱処理が行われているが、熱処理条件によっては熱伝導率が低下する可能性があり得ることを示した。

 第6章は結論であり、全体を要約するとともに、簡潔に結論を述べている。

 以上を要するに、本研究は、熱物性を評価するために有力な方法であるレーザーフラッシュ法を非定形試料に適用する場合に、解析法としての「対数法」の検討を行い、その有用性を明らかにするとともに、本方法を実際の原子炉材料として重要なジルカロイやインコネルの熱物性測定に適用したものである。また、これまであまり測定の行われていないジルカロイ酸化被膜やインコネルの熱物性測定を行い、これらの物性値と試料組織の微細構造との関係を明確にしている。これらの成果は、システム量子工学、特に原子炉材料工学に大きく貢献するものであると判断される。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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