レーザーフラッシュ法は、今日一般的に広く用いられている熱拡散率測定手法であるが、高精度測定のために一定形状の試料を用いることが要求されてきた。ところが、実際にはこの様な一定形状の試料が得られない場合も少なくない。本論文は、レーザーフラッシュ法においては望ましくないとされる非定形あるいは微小試料を用いる場合について、熱拡散率解析法として「対数法」を用いる場合の有用性を検討するとともに、これを実際の原子炉材料に適用し、酸化膜付きジルカロイ燃料被覆管試料および熱交換用伝熱管材料であるインコネルの熱物性評価を行ったものであり、6章から構成されている。 第1章は序論であり、熱物性研究の重要性、特に原子力工学におけるその重要性について述べている。また、原子炉材料においては照射後試験などの場合のように、レーザーフラッシュ法において必要とされる試料形状を得にくい場合があることから、いわゆる非定形試料を用いた測定解析法を確立する必要があることを述べ、本研究の位置づけと意義について述べている。 第2章ではレーザーフラッシュ法による熱拡散率測定に関する理論的背景について述べるとともに、解析法としての従来の「t1/2法」と[対数法」について解説している。レーザーフラッシュ法は試料表面にレーザーパルスを照射したときの試料裏面の温度上昇履歴から熱拡散率を測定する方法であるが、このうち対数法は、温度上昇履歴のある領域についてln(t1/2T)対1/tプロットを行い、そのグラフの傾きから熱拡散率を求める方法であり、昇温過渡変化時に得られる一連の多数のデータを用いるので、ノイズ成分の平均化により得られた値は信頼性が向上するばかりでなく、温度上昇初期の領域のデータを用いることにより熱損失や輝度分布の影響を受けにくいなどの長所がある。測定条件がレーザーフラッシュ法測定における現想条件からずれることによる誤差の発生に関して、レーザーパルス輻の影響と熱損失の影響を補正する方法を紹介し、このようなレーザーフラッシュ法の測定誤差の原因であるレーザーパルス幅・レーザーの輝度分布・試料からの熱損失の影響について解析的手法による検討を行った結果、対数法の優位性を結論している。 第3章では、一定の試料形状が得られ難いような場合の具体的な例として、微小試料や管材試料などのいわゆる非定形試料を取り上げ、レーザーフラッシュ法による熱拡散率測定法を適用するための検討を行っている。レーザーフラッシュ測定法では、センサーとして熱電対を用いた場合に、薄い試料の熱拡散率が厚い試料に比べて小さく測定されることが報告されている。ここでは、厚さの異なる試料を用いて熱電対と赤外線検出器による測定を実施し、熱電対の応答時間の推算から、薄い試料の場合には熱電対の線径が無視できなくなり、熱電対の応答おくれが問題となることを示している。レーザーフラッシュ法による解析法として対数法を用いることにより、直径の小さい試料でも比較的精度良く熱拡散率を測定でき、また試料の局所的な熱拡散率も測定可能であることを示すとともに、通常の形状以外の非定形試料の場合でも5%程度の誤差で熱拡散率が測定できることを示している。さらに、原子炉燃料被覆管のような湾曲した試料でも、対数法を用いれば、補正を行なうことなしに通常の手法によって熱拡散率を測定誤差±3%以内で測定できることを確認している。 第4章では、原子炉燃料被覆管材料であるジルカロイの熱拡散率をレーザーフラッシュ法により室温から800Kまでの温度範囲で測定し、熱容量の文献値を用いることにより熱伝導率を評価した結果について述べている。特に、燃料の高燃焼度化に伴って重要となる酸化による熱拡散率への影響評価に関して、ジルカロイ表面に酸化膜を形成した円盤状および被覆管形状の2種類の試料を用いて、酸化膜付き試料のみかけの熱拡散率を測定し、酸化膜が薄い場合には温度上昇によらず熱拡散率はほぼ一定であるが、厚い場合には酸化膜により熱拡散率が低下することを観測した。また、このみかけの熱拡散率データから2層モデルを用いた解析により酸化膜だけの熱拡散率の評価を行っている。30mの酸化膜の場合は熱拡散率はジルコニアの文献値と良く一致するが、60mの酸化膜の熱拡散率は大きく、特に円盤状の試料ではもっとも大きな値を示した。X線回折や試料断面の金相観察の結果から、下地のジルカロイおよび酸化被膜の結晶粒の配向性や集合組織が、円盤状試料と被覆管形状試料で異なっていることを示すとともに、酸化膜中に大きな歪みが入っていることを示した。以上から、酸化膜自体の結晶粒配向性や層構造におけるボイドの集合状態、酸化膜中の歪みや表面の亀裂が熱拡散率に影響を及ぼす可能性があることを指摘するとともに、実炉環境における酸化膜の熱拡散率においては、被覆管の製造条件や形状が大きく影響する可能性があることを結論している。 第5章では、蒸気発生器伝熱管材料である3種のインコネル(600MA、600HTMA、690TT)について、レーザーフラッシュ法および示差走査熱量計により熱拡散率と熱容量を測定し、これらの値から熱伝導率評価を行っている。上記3種類の試料の熱拡散率の測定結果は、600MAの熱拡散率を基準とすると、600HTMAでは6〜8%、690TTでは17〜20%低く、インコネルの熱処理条件による違いや種別間に差があることを示した。熱容量については、組成が同じである600MAと600HTMAの間にほとんど差はないが、690TTではJK-1mol-1単位で測定して、約5%低い値が得られた。熱伝導率は熱拡散率の結果と同じように、600MAを基準して、600HTMAは5%、690TTは20%低くなった。試料の金相観察によれば、600MAは粒界で炭化物の析出が殆ど見られないが、600HTMAや690TTでは粒界に全面的に微細な炭化物が析出し、その濃度も異なっているところから、試料間の熱拡散率の差は主として炭化物の析出による熱拡散率の低下によるものと判断している。一般的には、応力腐食割れ抵抗性の向上のため、700℃で10時間以上の熱処理が行われているが、熱処理条件によっては熱伝導率が低下する可能性があり得ることを示した。 第6章は結論であり、全体を要約するとともに、簡潔に結論を述べている。 以上を要するに、本研究は、熱物性を評価するために有力な方法であるレーザーフラッシュ法を非定形試料に適用する場合に、解析法としての「対数法」の検討を行い、その有用性を明らかにするとともに、本方法を実際の原子炉材料として重要なジルカロイやインコネルの熱物性測定に適用したものである。また、これまであまり測定の行われていないジルカロイ酸化被膜やインコネルの熱物性測定を行い、これらの物性値と試料組織の微細構造との関係を明確にしている。これらの成果は、システム量子工学、特に原子炉材料工学に大きく貢献するものであると判断される。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |