学位論文要旨



No 110815
著者(漢字) パヴォ,ヨゼフ
著者(英字) Jozsef,Pavo
著者(カナ) パヴォ,ヨゼフ
標題(和) 渦電流探傷試験法に基づいた導体平板中欠陥の形状同定逆解析
標題(洋) Reconstruction of crack shape in a conducting plate using eddy current measurements
報告番号 110815
報告番号 甲10815
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3270号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 吉田,善章
内容要旨

 渦電流探傷法(Eddy Current Testing:ECT)は非破壊検査手法の一種であり、導電性材料中の欠陥・き裂の検査に適用されている。現状におけるECTの探傷能力は十分と言えるものではなく、微小き裂や局所的な腐食のECTによる検出は困難であると言えよう。したがって、ECTの適用可能性を改善するために、次の二つの方向において研究開発が実施されている。その一つはセンサの改良等による探傷能力の向上である。もう一つは、測定データを数学的に活用して行なう欠陥判定の高度化、すなわち、欠陥同定逆問題である。本論文の内容は後者に属するものであり、欠陥と探傷プローブの相互作用の解析が本論文の主テーマである。無論、ここで提案される解析手法は、新しい探傷プローブの設計に有効利用することも可能であり、センサ技術の改良に資する内容も含まれていると言える。

 本論文では、放電加工(EDM)によって作られた導体平板中の欠陥を同定する手法として、逆解析手法の開発を行なった。この問題設定は、原子力発電プラントにおける蒸気発生器細管のECTを想定したものであり、高速かつロバストな逆解析手法の開発を目指している。解析手法の検証のために、いくつかの研究グループで測定されたECTデータに基づいて解析を実施した。

 本論文の内容の内、最も重要な部分は順問題解析手法、すなわち、欠陥と探傷プローブとの間の磁気的な相互作用の解析である。ここで提案する順問題解析手法は、従来のものと比較して十分に高速であり、それゆえに、この順問題の解を適切な最適化手法と組み合わせることによって、逆解析が可能となる。

 第1章においては以上のような研究背景・目的と本論文の概要が述べられ、さらにはECTの順問題と逆問題に関連したこれまでの研究成果のレビューがまとめられている。

 第2章においては、導電性平板中に体積を有する欠陥もしくは無限小の幅を有するき裂が存在する場合の、順問題解析手法についてまとめた。まず、欠陥を有する導体中の電磁現象をモデル化した積分方程式を提案した。この積分方程式の解を得るために、励磁コイルおよび平板中の既知の電流双極子が作る電磁場を、空間フーリエ変換した表現式を導出した。この手法の利点は、(1)種々の形状の励磁コイルを取り扱うことができること、(2)解析積分によって積分核の特異性を除去することができること、(3)高次関数や三角関数を試験関数に選ぶことができること等が挙げられ、このため高精度の数値解を効率的に得ることが出来る。

 第3章においては、前章で提案した順問題解析手法による数値計算例として、無限小の幅を有するき裂の計算結果をまとめた。ECTプローブの応答信号(インピーダンス信号や起電力信号)の計算手法と解析コードの概要についても本章の前半部分にまとめた。本章の後半部分においては、多くの独立したECTによる測定結果と順問題解析の結果を比較した。測定データの種類としては、励磁コイルのインピーダンス変化とマイクロECTプローブによる起電力(EMF)信号を取り扱った。計算結果は実験結果と非常に良い一致を示し、順問題解析手法の妥当性が検証された。さらに逆解析への適用という視点から見ても、その計算速度は十分に速いことが示された。

 第4章では、導電性平板中のEDM欠陥の形状再構成逆解析の理論を取り扱った。逆解析は、適切な0次の最適化手法と順問題解法を組み合わせることによって実施する。逆解析の手順は次に示すように2ステップに分かれている。まず、第1ステップ(予備逆解析、Pre-Inversion)として、長方形に仮定した欠陥形状をリアルタイムで求める。これは"Simulated Annealing"法を用いて、予め計算しておいたデータベースを探査することによって実施する。多くの場合において、この第1ステップ、すなわち予備逆解析で得られる長方形の欠陥形状は正確であり、最終結果としても十分な精度を有している。さらに精度のよい欠陥形状を求めたい場合には第2ステップに進む。ここでは第1ステップで得られた解を出発点として大域的最適化を行なう。このプロセスでは、目的関数のいくつかの極小解(最小解ではない)を求める。ここで得られた極小解を統計的に処理することによって最終的な解を得る。この第2の最適化を最終的形状再構成(Final Shape Reconstruction)と呼ぶ。この第2ステップは、測定データに多くのノイズが含まれている場合や測定データの数が限られている場合においても、良い解を得ることができる、ロバストな最適化手法である。

 第5章においては、インピーダンス信号を入力データとして行なった逆解析の結果がまとめられている。まず、実験によって測定されたインピーダンス信号からの欠陥形状再構成を実施した。結果として、再構成された欠陥形状の誤差は10%以下であることが示され、本手法の有効性が確認された。次に、数値実験として、計算によって得られたインピーダンス信号から予備逆解析を行なった結果について議論した。導電性平板の板厚が薄い場合には、予備逆解析のみの結果でも十分に精度が高いことが示された。本章の最後の部分では、最終形状再構成の結果について触れた。数値実験の結果、長方形以外の形状を有する欠陥の再構成についても、概ね良い結果が得られることが分かった。

 最後に、本論文の結論が第6章にまとめられている。本研究によって得られた重要な結論をまとめると次のようになる。

 1.励磁コイルと既知の電流双極子分布によって作られる電磁場を空間フーリエ変換を施して表現する解析的公式を導出した。これを用いて、欠陥を有する平板を含む体系の電磁場を記述する積分方程式の順問題解法を開発した。

 2.上記の手法に基づいた解析コードによる結果は実験結果と良く一致し、順問題解析手法の妥当性が検証された。

 3.予備逆解析ステップが導体中のEDM欠陥の精度良い同定に適用可能であることを示した。またこの手法ではリアルタイムの逆解析が可能であり、工業的にも応用が広いと考えられる。

 4.実験によって測定したインピーダンス信号から、EDM欠陥の形状再構成を行ない、良好な結果を得た。

 5.最終的形状再構成と呼ぶ大域的最適化手法を開発し、予備逆解析による結果をもとにさらに改良された結果が得られることを示した。

審査要旨

 渦電流深傷法(Eddy Current Testing:ECT)は非破壊検査手法の一種で、導電性材料中の欠陥・き裂の検査に広く適用されている。しかしながら現状におけるECTの探傷能力は十分と言えるものではなく、微小き裂や局所的な腐食による自然欠陥の検出は困難である。したがって、ECTの検査性能を改善する必要があるが、そのためには次の二つの方向を目指した研究開発が必要である。一つはセンサの改良等による探傷能力の向上であり、もう一つは、数学的手法の活用による欠陥診断の高度化である。後者は、欠陥同定逆問題である。本論文は後者の課題を取り扱っており、欠陥と探傷プローブの相互作用の解析法及び診断手法の開発を主テーマとしている。

 ここで提案されている順問題解析手法は2次元のフーリエ変換に基づいており、従来のものと比較して十分に高速であり、それゆえに、この順問題の解を適切な最適化手法と組み合わせることによって、欠陥同定逆問題の解析も可能としている。

 第1章においては、研究背景・目的と本論文の概要が述べれられ、ECTの順問題と逆問題に関連した既往の研究成果がまとめられている。

 第2章においては、導電性平板中に体積を有する欠陥もしくは無限小の幅を有するき裂が存在する場合の、順問題解析手法について述べている。まず、欠陥を有する導体中の電磁現象をモデル化した積分方程式を提案し、この積分方程式の解を得るために、励磁コイルおよび平板中の既知の電流双極子が作る電磁場を空間フーリエ変換した表現式を導出している。この手法の利点として、(1)種々の形状の励磁コイルを取り扱うことができること、(2)解析積分によって積分核の特異性を除去することができること、(3)高次関数や三角関数を試験関数に選ぶことによって解の精度向上を図ることが容易にできること等が挙げられ、このため高精度の数値解が効率的に得られる。

 第3章においては、前章で提案された順問題解析手法による数値計算例として、無限小の幅を有するき裂の計算結果が示されている。ECTプローブの応答信号(インピーダンス信号や起電力信号)の計算手法と解析コードの概要についてもまとめられ、ECTによる測定結果と順問題解析の結果も比較されている。計測データの種類としては、励磁コイルのインピーダンス変化とマイクロECTプローブによる起電力(EMF)信号が取り扱われている。計算結果は実験結果と非常に良い一致を示し、フーリエ変換法による順問題解析手法の妥当性が十分に検証されている。

 第4章では、導電性平板中の欠陥の形状再構成逆解析の理論を取り扱っている。逆解析は、適切な0次の最適化手法と順問題解析法を組み合わせることによって実施される。逆解析の手順は2ステップに分れている。まず、第1ステップ(予備逆解析、Pre-Inversion)として、長方形を仮定した欠陥形状のパラメータをリアルタイムで求める。ここでは"Simulated Annealing"法を用いており、予め計算しておいたデータベースを探査することによってパラメータを決定する。多くの場合、この第1ステップ、すなわち予備逆解析だけで長方形の欠陥形状は正確に求められる。さらに精度のよい欠陥形状を求めたい場合には第2ステップに進む。ここでは第1ステップで得られた解を出発点として大域的最適化を行なう。このプロセスでは、目的関数のいくつかの極小解を求める。ここで得られた極小解を統計的に処理することによって最終的な解を得る。この第2ステップは、測定データに多くのノイズが含まれている場合や測定データの数が限られている場合においても、良い解を得る事ができるので、ロバストな最適化手法であると言える。

 第5章においては、インピーダンス信号を入力データとして行なった逆解析の結果がまとめられている。まず、実験によって測定されたインピーダンス信号を用いて欠陥形状の再構成を試みている。結果として、再構成された欠陥形状の誤差はノイズを含む場合も10%以下であることが示され、本手法の有効性が確認されている。次に、数値実験として、計算によって得られたインピーダンス信号から予備逆解析を行なった結果についても検討されている。導電性平板の板厚が薄い場合には、予備逆解析のみの結果でも十分に精度が高いことが示されている。

 最後に本論文の結論が第6章にまとめられている。

 本論文は、欠陥付平板の電磁界問題を電流ダイボールモデルに還元し、フーリエ解析手法を適用して準解析的に解いている。この高効率解析コードを用いて多くの欠陥パラメータに対するデータベースを構築し、最適化手法を用いる欠陥形状同定コードを作成し、実験によって同手法の有効性を実証しており、原子力工学における構造健全性の向上に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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