学位論文要旨



No 110817
著者(漢字) 張,炳國
著者(英字)
著者(カナ) ジャン,ビョンクック
標題(和) 微構造制御による粒子分散アルミナ基複合材料の製造と力学的特性
標題(洋) Mechanical Properties and Processing of Particulates-Dispersed Al2O3 Matrix Composites by Microstructural Control
報告番号 110817
報告番号 甲10817
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3272号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 酸化物セラミックスに代表されるアルミナセラミックスは化学的に安定であり、耐摩耗性、耐食性、電気絶縁性が優れ、高密度焼結体を比較的容易に製造できるが、強度、破壊靭性などの力学的特性も小さく、その上、焼結条件による微細構造変化も大きい.そこで、セラミックスの微細構造の制御及び様々の特性改善に対して、粒子分散による複合化は重要な手法である.一方、粒子分散強化セラミックス複合材料の特性は、マトリックスに存在する分散相の性質と微細構造の特性に大きく依存する.特に、マトリックスに存在する分散相の粒子形態(等軸状、棒状、針状)、存在位置(粒内、粒界)と大きさ(ナノサイズ、ミクロサイズ)は複合材料の力学的特性に大きな影響を及ぼす.そこで、これらの微細構造の制御と力学的特性との関係を本論文で明らかにした.本論文では、3種類の微細構造の設計から酸化物と炭化物の分散相を用い、分散相の粒子サイズ(ナノ、ミクロ)と粒子形態(等軸状、棒状)を制御することにより、微細構造制御による複合材料を製造し、各々の複合材料に対して微細構造、高靭化機構、破壊形態及び、機械的特性などを調べた.以下に本論文で得た結果の要旨を示す.

1.ナノ粒子分散複合材料の製造と力学的特性

 ここでは微粒子のSiC添加による緻密化されたナノ複合材料を製造し、焼結メカニズムの解明及びナノSiC分散相がアルミナの微細構造、機械的特性、破壊形態に及ぼす影響を調べることである.材料として、マトリックスに、-アルミナを、添加材に0.3m -SiCを使用した.SiCの添加量は5vol%である.粉末混合はポリエチレン容器内でメタノールの溶媒中で24時間湿式混合した.その後、均一に混合した混合粉末をアルゴンガス雰囲気下、ホットプレスで30MPaの圧力、1000-1800℃の温度域で焼結し、焼結体を作製した.焼結挙動を分析するためアルミナ単体と複合材料の相対密度に及ぼす焼結温度の影響を調べた.アルミナは、1200℃で急激な緻密化が始まり、1400℃以上ではほぼ完全に緻密化したが、アルミナにSiCを分散させた複合材料では、1400℃で緻密化が始まり、1600℃以上では完全に緻密化した.アルミナマトリックスの平均粒径の温度依存性調べた結果、アルミナは焼結温度の増加につれて急激な粒成長を表し、特に1800℃では、約30mの大きさとなった.

 一方、複合材料では、焼結温度が増加しても粒成長が非常に抑制された.TEM観察と共に行ったEDS分析の結果、微粒子のSiCはナノサイズでアルミナマトリックスの粒内に、より大きいSiCは粒界に均一に分散されており、ナノ複合材料となっているのが確認された.以上のナノ複合化の効果が材料特性に及ぼす影響を調べるために強度試験を行った.焼結温度の増加につれ密度は増加し、それに従う強度は徐々に増加した.しかし、最大強度を示す1600℃以上では、粒成長に起因する大きい粒子が多数存在するために強度の低下が生じた.アルミナ単体の500MPaに比べ複合材料は750MPaの高い強度を示しており、複合材料での強度の向上はナノ複合化の効果である.この結果は、ヤング率と硬度が高いSiC粒子のナノ分散効果によってアルミナ粒界の移動が妨害され、粒成長の抑制、平均粒径の微細化、粒径のばらつきが少ない均一な微細構造のためである.その上、実際に破壊が起こり、き裂の進展がナノ粒子に衝突する際、SiC粒子によってき裂の偏向が発生し、き裂偏向によるタフニングが生じることによる破壊靭性向上の寄与により強度も増加した.

 これらの実験結果から、アルミナに微粒子のSiC粒子を分散したナノ複合材料の製造が可能となり、ナノ分散相としてのSiC粒子の存在によってアルミナ粒子の平均粒径の減少と粒成長制御に効果があり、分散相の強化による強度、破壊靭性の向上が見られた.

2.ナノとミクロ粒子分散ハイブリッド複合材料の製造と力学的特性

 ここでは、ナノ粒子酸化物とミクロ粒子酸化物の分散相を同時に複合分散させ、ナノとミクロの粒子分散ハイブリッド構造が複合材料の特性に及ぼす影響を試みた.

 そこで、状態図よりアルミナと希土類系の酸化物が、アルミナとの反応により新しい化合物を生成することに着目し、Y2O3を用いてYAG相を生成させ、析出したミクロサイズのYAG相と共にナノ粒子SiCが分散されたハイブリッド複合材料を製造し、微細構造が力学的特性に及ぼす影響を調べた.材料は、アルミナ粉末をマトリックスとし、添加剤として5vol%SiCとY2O3粉末を使用した.複合材料の製造はホットプレスで1000-1800℃の温度域、0-20時間の焼結条件で行なた.その際、析出したYAG相は20vol%であった.複合材料での2次相の生成を分析するために、X-線分析を行い、その結果、1200℃で焼結した複合材料では、添加剤として使用したY2O3相がそのまま観察されている.1400℃以上の焼結温度では、Y2O3とAl2O3が反応し、YAG(Yttrium Aluminum Garnet)相が析出生成され、2次相として存在した.

 複合材料で存在する分散相の分散状態をTEMと共にEDSで分析した結果、アルミナ中に、YAG相がミクロサイズで存在した.微粒子のSiCはナノサイズでアルミナ相とYAG相いずれの粒内に分布し、ミクロ粒子とナノ粒子が同時に分布したハイブリッド構造になっていた.さらに1600℃で焼結時間を変えてAl2O3/SiC/YAG複合材料での微細構造の制御効果を詳しく調べた.アルミナ単体では焼結時間の増加につれ顕著な粒成長が見られ、20時間では約12mの大きさであった.しかし、複合材料では焼結時間の増加にもかかわらず、アルミナ粒子の粒成長は見られなかった.

 このような傾向は1400℃でも同じ傾向を示した.これらの結果から、アルミナへのナノSiC粒子添加やミクロYAG相の生成が粒成長の制御に効果があったことが分かった.このような微細構造の制御効果が強度に及ぼす影響を調べた結果、アルミナ単体の500MPaにくらべ、ハイブリッド複合材料では850MPaをもたらした.この高強度化の理由として、ナノとミクロ粒子の同時分散複合化による粒子の微細化と均一化にあり、さらに、分散された2次相の強化によることである.これを確認するためにき裂の進展様子をTEMによって観察した結果、き裂進展はナノSiC粒子によってき裂の偏向が発生し、その上、ミクロYAG粒子によってブリッジング現象も生じていた.また、TZ-3YZrO2粉末を用いAl2O3/5%SiC/ZrO2のハイブリッド複合材料を製造し、特性を比較した結果、Al2O3/5%SiC/60%ZrO2複合材料で1.6GPaの高強度が得られた.この高強度化は、SiC添加による強化に加え、さらにZrO2相の応力誘起相転移によるき裂先端におけるt-ZrO2のm-ZrO2への相転移がもたらす破壊応力の緩和に起因するものである.

 これらの実験結果から、ナノ粒子のSiCとミクロYAG、もしくはZrO2相が分散したハイブリッド構造を持つ複合材料の製造が可能となった.このような複合材料では、分散相の粒成長制御効果によりアルミナマトリックスの平均粒径が減少し、粒径のバラツキも小さい均一な微細構造となり、強度、破壊靭性の向上が可能になった.

3.棒状粒子析出による複合材料の製造と力学的特性

 セラミックス複合材料の力学的特性及び破壊機構は分散相の粒子形態(等軸状、棒状、針状)によって大きく異なるためにここでは、アルミナにLa2O3を添加し、焼結中Al2O3とLa2O3との反応により細長のランタン--アルミナ(LaAl11O18)棒状粒子が生成した粒子分散複合材料を製造し、分散相がアルミナの微細構造、力学的特性、破壊特性に及ぼす影響を調べることにある.複合材料の作製は、アルミナ粉末とLa2O3粉末を用い、ホットプレスで1400-1800℃温度域、1時間の焼結条件で行った.焼結中Al2O3とLa2O3との反応によるランタン--アルミナ(LaAl11O18)相を析出させた.その際、析出した相は0-20vol%であった.また、破壊靭性の定量化と共にき裂前方に発生する微視割れを検出する目的で試験片の一面にAEセンサーを取付けAE(Acostic Emission)法を用い、複合材料の高靭化機構を調べた.X-線解析を行った結果、1500℃以上の焼結条件で、La2O3とAl2O3が反応し、ランタン--アルミナ相が生成され、2次相として存在した.そこで、このように生成されたランタン--アルミナ相の粒子の形態を確認するためにSEMにより微細構造の観察した結果、アルミナ粒子は等軸粒子で存在し、生成された分散相は細長の棒状粒子で分布されている.このような棒状粒子の形態は複合材料の破壊靭性、強度などに大きな影響を及ぼした.ランタン--アルミナ相の増加につれ強度は900Mpa、破壊靭性は7Mpamまで増加した.TEMによるき裂進展の様子を観察した結果、複合材料ではAEが発生した応力拡大係数点から最高のAE事象数のピーク点に対応する応力拡大係数点までにマイクロクラッキングの発生、クラックディフレクッションによるタフニングが存在し、負荷された応力を遮蔽し、き裂先端での応力拡大係数を低下させ、見かけの破壊靭性を向上させた.その上、棒状粒子が分散した複合材料では、強化された2次相の存在するのでブリッジングによるタフニングがあり、予き裂内で析出した分散相などの粒子が架橋することでき裂の開口を妨げ、タフニングが生じた.これに対してAl2O3単体では、材料固有の破壊靭性(KIn)は、複合材料に比べ低く、さらに、マイクロクラッキングによるタフニングはほとんとなく、若干のブリッジングによるタフニングがあった.このことから、複合材料での高靭化は存在する分散相の粒子形態に大きく依存し、等軸分散相に比べ、棒状分散相の方がより高靭化に寄与することが分かった.これらの実験結果から、希土類の酸化物でLa2O3を用い、焼結中Al2O3との反応による2次相を析出分散させることによりLBA相が生成し、棒状粒子の形態でアルミナマトリックス内に存在した複合材料ができ、棒状粒子でのブリジングによるタフニングの寄与により、破壊靭性の向上をもたらした.

審査要旨

 本論文は、低靭性の脆性材料であるセラミックスに対して、複合化によりこの問題を克服し、高信頼性を持つ材料を開発することを目的として、特にアルミナをモデル材料として、破壊機構、高靭化機構、力学的特性に及ぼす微細組織の影響について研究を行ったものである.セラミックス複合材料の特性は、マトリックスに存在する分散相の性質と微細構造の特性に大きく依存することに着目し、独自に微細構造を設計し、2次相の添加や生成による粒子分散複合材料の開発を行い、これを用いて分散相粒子の大きさや粒子形態(等軸状、棒状)が異なる種々の複合材料を製造し、力学的評価を行った.

 本論文は9章からなっており、第1章では、本研究の理論的背景と位置付け、及び本論文の構成と内容とを述べている.

 第2章では、アルミナに5vol%SiCを添加させた組成をモデル材料として用い、ナノ分散化過程のメカニズムや微細構造の制御におけるナノ粒子の役割と粒成長抑制の関係を調べた.微細構造の観察結果、微粒子のSiCはアルミナの粒内に存在し、より大きいSiCはアルミナの粒界に存在し、ナノSiC分散相の存在によってアルミナ粒子の粒成長制御に効果があることが分かった.粒内に取り込まれるSiCの臨界粒子径はマトリックス粒子の約10分1程度の大きさであった.その上、マトリックスとSiC粒子間に熱膨張係数の差に起因する残留熱応力が生じ、転位の発生とこれによるサブグレインバウンダリーの発生が見られた.

 第3章では、第2章で述べた複合材料を用い、ナノ分散相の微細構造が強度、破壊靭性、及び破壊源を含めた破壊形態などの力学的特性に及ぼす影響を調べた.ナノSiC分散相の強化による強度、破壊靭性の向上が見られた.強度はマトリックス粒径に反比例した.また、微粒子SiCの存在によりき裂偏向が発生し、この結果破壊靭性が上昇した.今までのナノ複合材料では、特性向上に対するナノ粒子の役割が不十分であったが、本論文でのTEM観察により、き裂進展の際のナノSiC粒子によるき裂偏向が発見された.

 第4章では、ナノ粒子とミクロ粒子が同時に複合分散されたハイブリッド複合材料を製造し、ハイブリッド構造の生成メカニズムの解明、微細構造の特性について述べている.ここでは、Y2O3を用いて等軸粒子のYAG相を生成させ、ミクロサイズのYAG相析出と共にナノ粒子SiCが分散された複合材料の製造を試みたものである.複合材料の場合には、焼結温度と時間が増加しても粒成長が制御され、均一な微細組織となることが分かった.

 第5章では、第4章で述べた複合材料を用い、分散相が高靭化などの力学的特性に及ぼす影響を調べた.複合材料での強度の増加は、分散相の粒成長の制御効果によるアルミナマトリックスの平均粒径の減少と共に均一な微細構造に起因した.また、分散された微粒子SiCと硬いYAGの存在によりき裂偏向が多く観察され、破壊靭性が上昇した.TEMによる破壊過程の観察により主き裂の周辺でのマイクロクラックの発生とこの合体による破壊挙動の解明が出来た.

 第6章では、第5章で述べたハイブリッド複合材料の概念を発展させるために、ZrO2添加剤を用い、より優れた特性を持つAl2O3/5vol%SiC/ZrO2ハイブリッド複合材料を製造し、力学的特性と高靭化に対するZrO2添加量の影響を調べたものである.ZrO2添加量の増加につれ、破壊靭性の増加と共に著しい強度の増加が見られた.この特性の改善は、微細構造の微細化とZrO2相での相変態にあった.

 前章までは、等軸粒子が分散された複合材料に関して研究したが、第7章では、析出手法を用い、棒状粒子が分散された複合材料の製造と力学的特性に関して述べている.まず、アルミナにLa2O3を添加し、Al2O3とLa2O3との反応により細長の棒状形態を持つLaAl11O18単体の生成に成功した.これを用い、LaAl11O18相を分散させた複合材料を製造し、力学的特性に及ぼす影響を述べた.LaAl11O18相の増加につれ、棒状粒子のブリッジングにより、破壊靭性が向上した.これまでは針状のウィスカやファイバの添加による、ブリッジングの現象が観察されて来たが、本研究ではこのような析出棒状粒子でき裂のブリッジングの存在を明らかにした.また、棒状粒子生成による破壊靭性の向上の可能性を提示した.

 第8章では、最近、材料の信頼性を確保する材料評価として活発な研究が進められているAE手法を、破壊靭性の実験に適用し、複合材料の高靭化機構の解明を試みた.析出させた分散相の粒子形態(等軸状、棒状)が力学的特性に大きな影響を及ぼすことから、前章で製造した複合材料を用いた.複合材料での高靭化の効果は2次相の粒子形態に依存し、等軸分散相の複合材料のより棒状複合材料の方が、効果的であった.

 第9章では、以上述べた微細構造が異なる複合材料において強度、破壊靭性などの関係を整理し、総合的な結論を述べている.

 以上、本研究は、アルミナ材料を用い、セラミックスの力学特性、破壊メカニズム、高靭化に及ぼす微細構造の影響を明らかにし、より優れた高信頼性セラミックス材料の開発可能性を示したもので、セラミックス材料学の発展に大きな寄与をしている.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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