学位論文要旨



No 110818
著者(漢字) 加藤,雄大
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ユウタイ
標題(和) 固体材料の照射効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 110818
報告番号 甲10818
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3273号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 香山,晃
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 岩田,修一
内容要旨

 核融合炉、高速増殖炉及び軽水炉等に用いられる材料においては、中性子照射による諸性質変化(照射効果)が、炉の安全性や経済性を決定する重要な要素となる。構造材料の代表的な照射効果は、スウェリング、照射下クリープ及び延性劣化等である。特に核融合炉材料は、14MeV中性子の高線量照射による数百dpaの弾出し損傷と数千appmの核変換ヘリウム生成により特徴づけられる極限的な照射環境に置かれ、既存材料を用いた炉の工学的成立は困難とされている。

 しかしながら、材料照射効果はその化学組成、初期組織、使用条件に対して鋭敏に変化することから、照射に対する材料反応を制御したり特定の使用環境に適した材料を開発することは可能と考えられる。このためには、諸照射効果に対応するミクロ組織変化の過程と機構を理解することと、想定される使用環境における材料挙動を評価する手法を確立することが不可欠である。本研究は、原子炉・核融合炉材料における照射効果の物理機構解明と評価法の基礎確立を目的とし、デュアルイオンビーム及び高速実験炉を利用した照射実験、照射下ミクロ組織発達のモデル化、これに基づく数値計算による照射効果の解析及び予測を行なったものである。本研究の内容と得られた成果の概略を以下に列記する。

1.デュアルイオン照射実験法の高度化

 デュアルイオン照射による研究では、その初期において重点的に東京大学重照射研究設備の整備及び改善を行い、特に加速器を用いたシミュレーション照射の利点である照射条件の精密かつ任意性の高い制御が可能であることを活かすべく計測、制御系サブシステムを開発した。その結果、重・軽イオンの各試料位置における絶対誤差±2%のビームフラックス計測と、精度±0.3Kという極めて優れた照射温度制御を、それぞれ達成した。また、単軸引張り応力下イオンビーム照射用サブシステムを開発し、付随する実験手法を確立した。以上により、イオン照射実験における照射条件及び照射後試験の精度と信頼性を格段に高めることに成功し、外部応力下照射実験を可能にした。

2.イオンビームによる照射効果の研究

 開発したデュアルイオンによる高精度制御照射の手法を用いて、種々の照射因子がオーステナイト系材料のミクロ組織挙動に及ぼす効果について調べた。特に、核融合炉環境を特徴づける照射因子の中で特に複雑とされてきた核変換ヘリウムの効果について系統的に調べ、その弾出し損傷との相助効果の大要を明らかにした。

 ヘリウムの効果に関しては、Fe-Cr-Ni三元モデル合金と316ステンレス鋼を対象とした実験を行い、ボイド核生成を律速する効果とその条件、原子空孔をトラップすることによるキャビティー成長抑制の効果、欠陥組織を微細化する効果とそれによる点欠陥フラックスへの影響などを明らかにした。

 弾出し損傷速度に関しては、照射温度の効果と同様に点欠陥の各種シンク及び対となる点欠陥への分配様式から説明できることを示したが、従来行われてきたように弾出し速度の違いを単純に照射温度シフトに置き換えて解釈することは不適切であり、これら照射条件に対するミクロ組織反応の依存性を包括的に理解することの必要性を指摘した。

 外部応力が照射中に発達するミクロ組織に与える効果を調べた結果、引張り応力によるスウェリング促進効果が確認され、これがスウェリング潜伏期間の短縮に帰されることを明らかにした。これに関連して格子間原子型転位ループの発達と引張り応力の分解垂直成分の関係を調べ、転位ループが応力緩和方向に優先的に核生成する確証を得た。

3.高速実験炉を用いた照射効果の研究

 材料照射研究において中性子照射とイオン照射は相補的な役割を担う実験手法であるが、両者を結び付ける努力は従来不十分であった。ここでは高速実験炉を用いた照射実験を実施し、中性子照射効果の系統的理解と、イオン照射実験による研究に立脚した理論モデルの中性子照射効果への適用範囲の明確化を試みた。

 供試材としてはFe-Cr-Niモデル合金、316ステンレス鋼並びに核融合炉用改良316鋼を採り上げ、FFTF/MOTA及びJOYOにおいて最大約70dpaの中性子照射を行った。実用鋼におけるスウェリングには温度依存性の異なる2つの機構が存在することを示し、低温側のスウェリングは点欠陥の確率的クラスタリングに、高温側スウェリングはミクロ組織の不均一性とヘリウムの相互作用に起因するとの解釈を示した。さらに、発現したミクロ組織とスウェリング機構との相関を明確にし、イオン照射において見られる単一のスウェリング・ピークは中性子照射の低温スウェリングに相当することを示した。

 本実験結果に関する解析に基づいて、材料のスウェリング挙動の諸条件に対する依存性を考察した。その結果、ヘリウム生成速度の増大は、低温スウェリングについてはその潜伏期間の短縮とスウェリング速度の温度依存性の低温側へのシフトの効果を及ぼし、高温スウェリングに対してはスウェリング速度を減少させることを示した。また、点欠陥トラップとしての微量添加元素の導入や照射前の冷間加工によるスウェリング抑制の形態を明確化した。

4.材料照射効果のモデル化

 原子の弾出しによる一次欠陥形成から点欠陥拡散及びそれに伴う種々の高次の欠陥発達、さらにはマクロ特性変化にいたる一連の照射効果の理論モデルを反応速度論に基づいて記述し、それらを統合した包括的モデルを開発した。本モデルは、点欠陥及びクラスター、転位ループ、ネットワーク転位ならびにキャビティーの照射下挙動、ミクロ組織-強度相関の各要素モデルと、これら諸プロセスと時間、入出力等の管理を行うフレームワークモデルから構成される。

 高エネルギー粒子照射下では複雑な欠陥形成様式を特徴とするカスケード損傷が生じるため、一次欠陥形成モデルではその取扱いにおいて特に工夫が必要とされた。点欠陥クラスターのモデルでは、点欠陥反応の速度から個々の構造毎に濃度変化を記述し、さらに格子間原子型転位ループ及びキャビティーへの成長をモデル化した。転位ループはグルーピングによりサイズ分布変化を計算し、成長に伴う他の転位との接触・反応による消滅を全転位密度の関数として与えた。ネットワーク転位に関しては、ループとの反応と上昇運動による増殖を生成項として、逆符号成分の対消滅を消滅項として、密度変化の速度式を記述した。キャビティー組織発達のモデルでは、キャビティーをそのサイズと含まれるヘリウム原子の数により2次元の分割化を行い分布を計算するものとした。

 基本パラメータの較正ならびにモデルの妥当性評価は、デュアルイオン照射実験結果を用いて行った。較正後のモデルにより高速炉炉心条件における単純オーステナイト合金の照射効果を予測し、後に得られた実験データからモデル計算の有効性が検証された。

5.数値計算による照射効果の解析と予測

 異種照射環境における照射効果相関の問題に関わる基本的な照射条件は、ヘリウム生成速度、弾出し損傷速度、照射温度及び照射線量である。ここではスウェリングに関する基本的照射条件依存性をモデル計算により明らかにした。弾出し損傷速度の違いは、従来から指摘されているスウェリング・ピーク温度のシフトだけでなく、ピークにおけるスウェリングの絶対値、スウェリングを生じる温度範囲の幅にも変化を与え、さらにそれらはヘリウム生成速度によって異なること、ヘリウム生成速度が大きいほどスウェリングは弾出し損傷速度が大きい条件で生じることなどが理解された。計算結果の整理から、ある照射線量におけるスウェリングはヘリウム生成速度、弾出し損傷速度及び照射温度から規定される空間上にただひとつのピークを持ち、等スウェリング面は回転楕円体に近い形状を作ることが明らかになった。また、ヘリウム生成速度が中性子照射した材料の強度特性変化に与える影響を計算した結果、高速炉照射では熱的な照射組織の回復により強度特性変化が十分に小さい温度においても核融合炉条件では顕著な照射硬化を生じる可能性が示された。

 耐照射性材料開発指針の供与の目的から、点欠陥トラップとしての微量添加元素の導入がスウェリングに与える効果について、包括的モデルを用いて検討した。その結果、トラップ濃度を増大するとキャビティー数密度はわずかに増加した後急激に低下し、原子空孔トラップによるスウェリング抑制が有効に機能するためには、トラップ不在下における平衡原子空孔濃度を越えるトラップ濃度が必要であることを明らかにした。トラッピング・エネルギーの影響についても同様な検討を行い、スウェリング抑制条件とその諸照射条件との関連を明らかにした。

 以上のように、装置開発に始まるイオン照射実験法の高度化を達成し、デュアルイオンビーム及び高速中性子照射による実験と解析から、オーステナイト系材料の照射下ミクロ組織発達の現象と機構について系統的に調べた。主としてイオン照射実験結果に基いて、照射効果の基礎過程からマクロ特性変化に至るモデル化を行い、これらを統合した包括的モデルを開発した。モデル計算により照射温度、損傷速度、ヘリウム生成速度などの基本的照射条件に対する照射効果の依存性の全体像を明らかにし、中性子照射データを用いてその定性的・定量的妥当性を検証した。この成果をもとに、原子炉・核融合炉材料研究において最も要求の高い異種環境における照射効果の相関則及び照射特性評価法の確立への包括的モデルの応用例を示し、さらに今後の耐照射性材料開発へのその有効性を示した。

審査要旨

 原子炉材料の中性子照射による諸性質変化(照射効果)は、炉の安全性や経済性を決定する重要な要素である。また核融合炉材料は、14MeV中性子重照射による極限的な照射環境に置かれ、既存材料を用いた炉の工学的成立は困難である。材料照射効果を評価・予測し核融合炉での使用に耐え得る材料を開発するためには、照射効果に対応するミクロ組織変化の過程と機構を理解し、想定される使用環境における材料挙動を評価する手法を確立することが不可欠である。本論文は、原子炉・核融合炉材料における照射効果の物理機構解明と評価法の基礎確立を目的として、デュアルイオンビーム及び高速実験炉を利用した照射実験、照射下ミクロ組織発達のモデル化、これに基づく数値計算による照射効果の解析及び予測を行なった結果をまとめたもので、全体は7章から成っている。

 第1章は序論であり、材料照射効果の基礎的研究の必要性について述べ、本論文の位置付けを行なっている。第2章では、照射損傷及び照射効果の現象と機構に関してこれまでに得られている知見を概説し、材料の照射下ミクロ組織変化の理論モデル開発の現状についてまとめている。

 第3章の前半部分では、デュアルイオン照射による研究の初期において東京大学重照射研究設備における材料照射実験装置の開発と整備、実験法の高度化を行なった過程と成果について述べている。その結果、加速器を用いたシミュレーション照射の利点を活かすべく、高精度のビーム計測システムや照射温度制御システム、応力下照射実験装置などを開発している。

 第3章の後半部分では、開発したデュアルイオンによる高精度制御照射の手法を用いて、オーステナイト系材料の照射効果の詳細なキャラクタリゼーションと機構論的検討を行なっている。弾き出し損傷速度、外部応力及び非定常照射履歴の効果について進んだ理解が得られたが、中でも核融合炉環境を特徴づける照射因子の中で特に複雑とされてきた核変換ヘリウムの作用について、その弾出し損傷との相助効果(同時効果)の大要を明らかにしたことの意義は大きい。

 第4章では、高速実験炉を用いた材料照射実験を実施し、中性子照射効果の系統的理解と、イオン照射研究に立脚した理論モデルの中性子照射効果への適用範囲の明確化を試みている。実用鋼におげるスウェリングには温度依存性の異なる2つの機構が存在することが示され、これらの機構と発現したミクロ組織との相関が明確にされ、イオン照射との対応付けもなされている。さらに、材料条件の効果の検討から、微量添加元素の導入や照射前の冷間加工によるスウェリング抑制の形態の明確化がなされている。

 本論文では、ミクロ組織過程のモデル化を照射効果研究の中核となるべき手段として位置付けているが、理論モデルの開発の詳細、モデルの統合化や評価の方法論については第5章で述べている。ここでは、原子の弾出しによる一次欠陥形成から点欠陥拡散及びそれに伴う種々の高次の欠陥発達、さらにはマクロ特性変化にいたる一連の照射効果の理論モデルを反応速度論に基づいて記述し、それらを統合した包括的モデルの開発を試み、さらにモデルの妥当性評価、較正、最終的な検証を行なっている。

 第6章では、包括的モデルを用いたシミュレーション計算による照射効果の解析と予測を行なっている。ヘリウム生成速度、弾き出し損傷速度、照射温度などの基本的照射条件に対する材料応答の一見複雑な依存性の全体像を明らかにし、異種照射環境における照射効果相関の問題に対する本質的な解答を与えたことは特筆すべき成果である。また、微量添加元素の導入等が材料応答に与える効果について計算結果を示し、耐照射性材料開発へのひとつの指針を与えている。

 以上のように、装置開発に始まるイオン照射実験法の高度化、イオンビーム及び高速中性子照射による実験と解析からオーステナイト系材料の照射下ミクロ組織発達の現象と機構に関する系統的理解、さらに照射効果の基礎過程からマクロ特性変化に至るモデル化及びこれらを統合した包括的モデルの開発がなされた。モデル計算により照射温度、損傷速度、ヘリウム生成速度などの基本的照射条件に対する照射効果の依存性の全体像が明らかにされ、中性子照射データを用いてその定性的・定量的妥当性が検証された。この成果をもとに、原子炉・核融合炉材料研究において最も要求の高い異種環境における照射効果の相関則及び照射特性評価法の確立への包括的モデルの応用例が示され、さらに今後の耐照射性材料開発への有効性が示された。これらの成果は材料工学、特に原子炉・核融合炉材料工学に大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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