学位論文要旨



No 110821
著者(漢字) ブリジェシュ クマル メータ
著者(英字)
著者(カナ) ブリジェシュ クマル メータ
標題(和) 蒸発に伴う不飽和土壌中の塩分と水分の移動に関する研究
標題(洋) Salt and water movement in unsaturated soil during evaporation
報告番号 110821
報告番号 甲10821
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1521号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 田渕,俊雄
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨 内容

 乾燥地、半乾燥地では、土中水に溶解した塩の地表近傍での集積が、農業の維持に対して深刻な問題となっている.一般に塩類の集積は、塩を含んだ水が潅漑水として土壌に与えられたり、土中の塩分を溶解した土中水が蒸発散に伴って上方へ移動し、水だけが蒸発によって失われたりした結果生じる.したがって、土壌表面から根群層、地下水面にいたるまでの土層における塩類の移動のメカニズムを解明することが、塩類集積による被害を予測するために不可欠である。

 この研究では、不飽和土中における塩分と水の移動に関するいくつかの室内実験と数値計算を行い、現象を合理的に表現する数値計算モデルを作成した.さらに、実験結果の解析から、土中における塩類移動に影響を及ぼすいくつかの物理的要因を明らかにした.

 作成した数値計算モデルは、土壌表面から水の蒸発が生じている場合の土中における水、塩分の移動を予測するものである.モデルの中では、液相と気相の両相における水の移動を考慮しており、土中の水分変化を土壌中の水移動式で計算し、土壌表面の境界条件を蒸発速度が土壌表面と大気との相対湿度差に比例する形(等温蒸発を仮定)で与えた.土壌中の塩類の移動に関しては、移流拡散方程式を解いて求めた。

 この数値シミュレーションに必要なパラメータとしては、土壌の不飽和透水係数、水分特性と土中の溶質拡散係数がある。

 モデルに必要なパラメータ(不飽和透水係数、水分特性、土中における溶質分子拡散係数)は、二種類の土(庄内砂丘砂と関東ローム)に関して広い水分域について測定した(Fig.1)。

 水分特性は、サクションの範囲によって、吸引法、加圧板法、サイクロメータ法の三つの方法で測定を行なった.測定値は、Campbell & Shiozawa(1992)に類似した二項からなる実験式でよく表現された.不飽和透水係数は、サクションの大きさに応じて、定常法と水分分布法の二つの方法で測定を行なった.不飽和透水係数は、水分が、飽和から含水量1%までの範囲で測定し、その値は、10-2〜10-13 cm s-1であった。液状水の項と 水蒸気の項の2項からなる、測定値をよく表現する実験式を作成した。サクションが、庄内砂丘砂で2.7MPa以上、関東ロームで9.5MPa以上になると、水蒸気の移動が液状水の移動よりも卓越する事が明らかになった(Fig.2)。

図表Fig 1 Soil water sharasterstics of two soils. / Fig 2 Comparison of hydraulic conductivity function of two soils.

 土中における溶質分子拡散係数を求める実験では左右半分づつ、含水量は同じであるが、土壌水中の塩化ナトリウム濃度が異なる土壌カラムを作成し、時間をおいて塩化ナトリウムを拡散させた後、カラム内の塩化ナトリウム濃度分布を測定した.得られた濃度分布に対して、拡散係数をパラメータとして拡散方程式の解析解をあてはめ、非線形最小二乗法で土壌中の溶質分子拡散係数を決定した。この方法で、二つの土に関する拡散係数を水分量を変えて求めたところ、いずれの土でも水分量に対して両対数グラフ上で二本の直線となった(Fig.3)。サクションが0.09 MPa 以上の低水分領域では、高水分領域と比べて傾きの大きな直線になった。これは、水分量の減少に対する拡散係数の低下が低水分領域で激しいことを示している。また、二つの土の土中における溶質分子拡散係数の傾きがほぼ等しい値を示したことから、土中の溶質拡散係数とサクションの関係は、土性にあまり依存しないことが明らかになった。

Fig 3 Relationship of relative diffusion coefficient of salt in soils with water content.

 土壌表面からの蒸発速度変化を予測するために、二つの土について実験を行った。実験は、恒温恒湿チャンバー内で、蒸発を起こす外界の気象条件を制御して行い、蒸発速度は連続的に測定し、カラム内の水分分布は適宜測定した。

 数値計算モデルによる蒸発速度の変化、水分分布の変化は、実測値と良く一致し、モデルは、恒率蒸発期と減率蒸発期の二つの蒸発現象を再現することができた(Fig.4,5)。また、数値計算モデルは、異なる外界の条件における蒸発速度の違いをを精度良く予測した。

図表Fig 4 Relationship of measured and simulated evaporation rates with time (Exp 1). / Fig 5 Measured and cimulated water sentent profiles at various times during evaporation.

 数値シミュレーションと実験結果の比較から、土壌の水移動特性(透水係数、水分特性曲線)が蒸発現象を左右することが明らかになった。例えば、庄内砂丘砂では恒率蒸発期は短く、関東ロームでは長くなる。

 蒸発時の円筒カラム内の土層における塩分の集積の実験は、庄内砂丘砂を用いて行った。下端の条件として、下端に地下水面(深さ38と44cm)を設定したものと下端を閉じたもので実験を行い、蒸発速度を測定するとともに、任意の時間に円筒カラム内の水分分布と塩分分布を測定した。

 地下水面の深さの違いは、蒸発速度の時間変化、塩分の集積に大きな影響を与えた。この実験では、地下水面の深さが6cm低下したのに対応して、蒸発速度の低下と塩類の集積が生じる位置に変化が生じた(Fig.6,7)。このことから、地表近傍における塩類集積を防ぐためには、地下水面の低下が有効であることが確認された。

図表Fig 6 Measured and simulated salt content prefiles at various times during evaporation from soil columns with water table. / Fig 7 Measured and simulated salt content profiles at various time during evaporation from soil columns with water table.

 作成した数値計算モデルは、この実験における水と塩分の移動を精度良く表現した。また、地表面近傍に塩分が析出したり、土中水の塩分濃度が高くなったりすると地表面からの蒸発速度は低下した。

 以上の研究は、土壌の水移動特性と溶質分子拡散係数を浸潤から乾燥領域までの広い水分範囲で測定して適当な実験式で表現し、地表面の境界条件を適切に与えて土中の水移動式に基づいて水移動と蒸発速度を計算し、移流分散式に基づいて塩分移動を計算するならば、蒸発に伴う土中の水分変化と塩分集積を正確に予測再現できることを示した。

審査要旨

 乾燥地や半乾燥地における作物栽培や緑化にあたっては,土中の水分を管理し,塩分の集積を防止することが必要である。そのためにはまず土中の水分移動と塩分移動の機構が正確に把握されていなければならない。しかし,乾燥地・半乾燥地の土中では地下水の影響を受けながらも土壌が乾燥し,土中に水蒸気移動が発生しつつ塩類化することが多く,その機構の全体像はこれまで必ずしも明快になっているとは言いがたいところがあった。

 本論文は,乾燥地・半乾燥地にみられるこのような独特な条件下における土中の水移動と塩分移動による水分と塩分の特異な変化形態を実験的に調べ,その機構を理論的な解析により明らかにし,水分および塩分の変化予測の手法を解明しようとしたものであり,論分は8章から構成されている。

 第1章は序文であり,研究の背景および目的を述べている。

 第2章は従来の研究のレビューであり,課題の指摘,研究すべき事項の指摘をしている。

 第3章は,土中の水移動および塩分移動を解析するために必要な数理モデルは,従来のものに水ポテンシャルにより誘引される水蒸気フラックス項を加えたものでなければならないと指摘して,全体の移流拡散移動システムの理論構造を解明している。すなわち,地表面における境界条件は,水の相変化速度をフラックスとして与えるべきものであると指摘して,水移動の数理モデルの数値計算手法について述べている。また,塩分移動の数理モデルは,塩分の分子拡散係数が重要な役割を有し,分散係数は水の分散特性長を0.3cmとすれば水の流速から求められると述べて,その数値計算手法を述べている。

 第4章では,砂丘砂と関東ロームについて,移流拡散システムに組み込まれた水理学的係数の測定法とその実験結果について述べている。すなわち,水分特性曲線の実験曲線をよく表現する関数形を示すと共に,低水分域における不飽和透水係数を測定する蒸発実験を行い,水蒸気移動由来の成分を解析的に計算し分離して,その実験結果全体をよく表現する実験曲線の形を見つけている。

 第5章では,塩分移動に組み込まれている土中溶液中の分子拡散係数の測定法として接触拡散逆解析測定法を新たに開発し,低水分域におけるその特異な実験結果について述べている。すなわち,塩分の分子拡散係数は,水分量を同じくし塩分量を異にした土壌を接触して塩分を拡散させる実験を行い,得られた塩分分布の逆解析により測定できるとし,これが低水分域では水分の減少により急激に減少し,サクションとの関係では土性にはあまり依存しないことを発見している。

 第6章では,地下水がない場合の水蒸気濃度差により誘引されるカラム土壌の蒸発実験を行い,水蒸気移動を考慮した数理モデルは土壌からの水の蒸発速度および地表近くで急激な変化をするような土中水分分布変化の予測が可能であることを確かめている。すなわち,水蒸気伝達係数を0.422cm/sとすると水の蒸発速度の実験結果が恒率期から減率期までよく予測でき,数理モデルはすでに述べたような水理学的係数を用いると蒸発過程に特有な地表に乾燥層を持つ水分分布をよく表現すると述べている。

 第7章では,地下水がある場合の蒸発実験を行い,地表における塩分集積について地下水がない場合のものと比較し,また地下水の深さにより地表の塩分集積の進行形態が異なることについて明らかにし,地表の塩分集積の防止には地下水位の低下が有効であり,その深さの決定は対象土壌の水分特性曲線をみて行うことができると述べている。すなわち,土中の水蒸気移動フラックス成分を分離計算してこれが卓越する条件下では塩分移動が発生しないことを確かめたうえ,地下水が浅ければ地表近くでも水蒸気移動が発生しないために塩分集積は地表に発生するが,地下水が深ければ地表近くには水蒸気移動領域が現れて,塩分集積は地表にはあまり現れず,やや深い位置で発生することを明らかにし,地表の塩分集積防止には地下水位の降下対策がまず必要であると指摘している。

 第8章は,以上のまとめと結論である。

 以上を要するに,本論文は,乾燥地・半乾燥地に特有な土中水および塩分の諸挙動を明らかにして,その解析に必要な移動パラメータ,とくに乾燥状態におけるものを解明し,土中水および土中塩分の移動解析・予測に必要な数理モデルを土中水蒸気移動式を加えて確立したものであり,乾燥地・半乾燥地の持続的な利用管理のための一つの指標を与えたもので,土壌物理学,地域環境工学の学術上応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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