審査要旨 | | 乾燥地や半乾燥地における作物栽培や緑化にあたっては,土中の水分を管理し,塩分の集積を防止することが必要である。そのためにはまず土中の水分移動と塩分移動の機構が正確に把握されていなければならない。しかし,乾燥地・半乾燥地の土中では地下水の影響を受けながらも土壌が乾燥し,土中に水蒸気移動が発生しつつ塩類化することが多く,その機構の全体像はこれまで必ずしも明快になっているとは言いがたいところがあった。 本論文は,乾燥地・半乾燥地にみられるこのような独特な条件下における土中の水移動と塩分移動による水分と塩分の特異な変化形態を実験的に調べ,その機構を理論的な解析により明らかにし,水分および塩分の変化予測の手法を解明しようとしたものであり,論分は8章から構成されている。 第1章は序文であり,研究の背景および目的を述べている。 第2章は従来の研究のレビューであり,課題の指摘,研究すべき事項の指摘をしている。 第3章は,土中の水移動および塩分移動を解析するために必要な数理モデルは,従来のものに水ポテンシャルにより誘引される水蒸気フラックス項を加えたものでなければならないと指摘して,全体の移流拡散移動システムの理論構造を解明している。すなわち,地表面における境界条件は,水の相変化速度をフラックスとして与えるべきものであると指摘して,水移動の数理モデルの数値計算手法について述べている。また,塩分移動の数理モデルは,塩分の分子拡散係数が重要な役割を有し,分散係数は水の分散特性長を0.3cmとすれば水の流速から求められると述べて,その数値計算手法を述べている。 第4章では,砂丘砂と関東ロームについて,移流拡散システムに組み込まれた水理学的係数の測定法とその実験結果について述べている。すなわち,水分特性曲線の実験曲線をよく表現する関数形を示すと共に,低水分域における不飽和透水係数を測定する蒸発実験を行い,水蒸気移動由来の成分を解析的に計算し分離して,その実験結果全体をよく表現する実験曲線の形を見つけている。 第5章では,塩分移動に組み込まれている土中溶液中の分子拡散係数の測定法として接触拡散逆解析測定法を新たに開発し,低水分域におけるその特異な実験結果について述べている。すなわち,塩分の分子拡散係数は,水分量を同じくし塩分量を異にした土壌を接触して塩分を拡散させる実験を行い,得られた塩分分布の逆解析により測定できるとし,これが低水分域では水分の減少により急激に減少し,サクションとの関係では土性にはあまり依存しないことを発見している。 第6章では,地下水がない場合の水蒸気濃度差により誘引されるカラム土壌の蒸発実験を行い,水蒸気移動を考慮した数理モデルは土壌からの水の蒸発速度および地表近くで急激な変化をするような土中水分分布変化の予測が可能であることを確かめている。すなわち,水蒸気伝達係数を0.422cm/sとすると水の蒸発速度の実験結果が恒率期から減率期までよく予測でき,数理モデルはすでに述べたような水理学的係数を用いると蒸発過程に特有な地表に乾燥層を持つ水分分布をよく表現すると述べている。 第7章では,地下水がある場合の蒸発実験を行い,地表における塩分集積について地下水がない場合のものと比較し,また地下水の深さにより地表の塩分集積の進行形態が異なることについて明らかにし,地表の塩分集積の防止には地下水位の低下が有効であり,その深さの決定は対象土壌の水分特性曲線をみて行うことができると述べている。すなわち,土中の水蒸気移動フラックス成分を分離計算してこれが卓越する条件下では塩分移動が発生しないことを確かめたうえ,地下水が浅ければ地表近くでも水蒸気移動が発生しないために塩分集積は地表に発生するが,地下水が深ければ地表近くには水蒸気移動領域が現れて,塩分集積は地表にはあまり現れず,やや深い位置で発生することを明らかにし,地表の塩分集積防止には地下水位の降下対策がまず必要であると指摘している。 第8章は,以上のまとめと結論である。 以上を要するに,本論文は,乾燥地・半乾燥地に特有な土中水および塩分の諸挙動を明らかにして,その解析に必要な移動パラメータ,とくに乾燥状態におけるものを解明し,土中水および土中塩分の移動解析・予測に必要な数理モデルを土中水蒸気移動式を加えて確立したものであり,乾燥地・半乾燥地の持続的な利用管理のための一つの指標を与えたもので,土壌物理学,地域環境工学の学術上応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |