本研究はまず二種類のネコT細胞リンパ腫のcell linesについて、G-バンド法による染色体分析を行い、それぞれのcell lineに特徴的な相互転座を検出した。また、染色体転座に関係した染色体の進化における保存性を検討する目的で、最近開発された技術であるCISS(chromosomal in situ suppression)ハイブリダイゼーション法を用い、下記の結果を得た。 1、二種類のネコT-細胞リンパ膓のcell lines中において、一種類のcell line(FT-1)ではt(A2;D3)(p-;p+)、ほかの一種のcell line(FT-G)ではt(A2;B2)(p-;p+)の相互転座があることを証明した。 2、二種類のネコT-細胞リンパ腫のcell linesにおいてA2染色体短腕の切断が共通にみられた。関係する3種の染色体の内、B2はヒトの6番とかなりの程度に共通の遺伝子座位を含むことが判っている。D3については知見が少ない。A2については7番と2-3の座位が共通とされているが、対応関係が明確ではない。 3、そこで6番DNAライブラリーを用い、CISSハイブリダイゼーション法によって、霊長類及びネコ染色体について検討することとした。霊長類としてはチンパンジーおよびシロテナガザル(何れもオランウータン科)、アカゲザル(旧世界ザル)、フサオマキザル(新世界ザル)、ワオキツネザル(原猿類)という猿の全体をほぼ代表する5種類を選んだ。比較のため4番DNAライブラリーもプローブとして用いた。 4、ヒト4番と6番染色体はチシパンジーとアカゲザルでは良く保存されていた。フサオマキザルでは4番染色体のみが良く保存されていた。シロテナガザル染色体においては2本とも再配列が生じていた。ヒト4番染色体とシロテナガザルの2q、4p及び18q染色体とは相同であり、そしてヒト6番染色体とシロテナガザルの2p、20染色体とは相同であることが明らかになった。 5、ただしワオキツネザル(原猿類)とネコの染色体においては、ヒト4番或いは6番染色体との相同性は検出できなかった。この事実は両者が、残る4種の霊長類に比べ進化的にヒトから大きく離れていることを物語っている。 以上、本論文はネコT細胞リンパ腫において初めて染色体転座を記載した点で意義があると考えられる。ヒト白血病の中には、染色体転座により遺伝子の再配列がおこり、遺伝子発現の異常により発症してくるものがかなり知られている。他方ネコの白血病ではウイルスにより発症してくるものが比較的多く、染色体異常に関しての知見は少ない。特に両者に共通の切断点を含め、3箇所の染色体切断点を同定したことは意義が大きい。 また前記3箇所の切断点を含む染色体について進化レベルの比較により、2種の転座の発がんにおける意義を明らかにできる可能性を考慮した。3種の染色体とヒト染色体との比較マッピング所見などに基づき、内1本に対応するヒト6番のプローブを用い、対照の4番プローブと共にCISSハイブリダイゼーション法により、チンパンジーから原猿類にわたる5種の猿における染色体の保存性を解析した。その結果、チンパンジーとアカゲザルでは両染色体共形態、相同性が保存されているのに対し、シロテナガザルではアカゲザルよりヒトに近いと考えられているのに両染色体ともに構造異常を生じていること、またヒトの6番染色体は由来を新世界ザル(フサオマキザル)までさかのぼることができたが、4番では旧世界ザル(アカゲザル)止まりであった。これら染色体の相同性と起源の解明に重要な貢献をなすと考えられる。以上の結果を総合すると、学位の授与に値するものと考えられる。 |