学位論文要旨



No 110824
著者(漢字) 鴻,義章
著者(英字)
著者(カナ) ホン,イーチャン
標題(和) マウス器官形成期の胎仔に対する電離放射線と超音波の共同効果
標題(洋) Combined Effects of Ionizing Radiation and Ultrasound on Mouse Embryos and Fetuses during Organogenesis
報告番号 110824
報告番号 甲10824
学位授与日 1994.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第978号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,康人
 東京大学 教授 日暮,真
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 真鍋,重夫
 東京大学 助教授 西川,潤一
内容要旨 1.研究目的

 胎児は、放射線をはじめとした種々の環境要因に対する感受性が高い。胎児の中で器官形成期は放射線防護上、とくに重要な時期である。胎児は、発育・分化の時期にありその影響には時期特異性があることが特徴の一つである。本研究では、胎齢8日の器官形成期のマウス胎芽(胚)に着目して放射線と超音波との共同影響について検討した。。器官形成期は、それぞれの器官・組織の原基の分化する時期である。胎齢8日の胚は、神経管の形成期であり、神経板、神経褶に関連した外表奇形が発生する可能性がある。

 環境中には物理的、化学的、および生物学的な複数の要因が存在し、これらの複数の要因に暴露する可能性がある。放射線と超音波はともに物理的要因であり、化学的、生物学的要因と異なり、時期特異性のある胎仔影響を、暴露したその時点の影響として検討することができる。

2.研究方法2-1実験動物

 ICR系(Crj:CD-1)のマウスを購入し、室温21-23℃、湿度50-70%、12時間ごとの

 ライトコントロール(明期を午前6時から午後6時)の条件下で1週間の予備飼育をした後、実験に供した。妊娠の成立の時期を短い時間内に限定するために、9週齢から15週齢の雌と雄マウスを午前6時から午前9時までの3時間のみ同居させ、膣栓を確認した雌マウスは、午前8時に妊娠したものとして、胎齢を起算した。

2-2放射線照射

 線源としては137Cs-線を使い、妊娠8日の母獣マウスをプラスチックの照射ケージに入れ線量率0.2Gy/minで0.5Gy,1.0Gy,1.5Gyを全身照射した。

 各線量群の実験動物数を20匹以上とし、放射線照射の影響を検討するための実験動物数は合計母獣65匹、生存胎仔は794匹である。

2-3超音波照射

 水槽式連続超音波発生装置を用いました。周波数1MHz、強度1.0W/cm2及び1.5W/cm2の超音波を妊娠マウスの腹部のみに照射した。発振器の面積は108cm2であるので、妊娠マウスの腹部が露出できる穴式プラスチック製の照射ケージ(穴の面積は4×2.5cm2)に入れそれぞれ10分間照射した。超音波照射中の水槽の温度は、37±0.2℃に維持した。各群の母獣数は20匹以上とし、合計母獣66匹、生存胎仔は725匹である。超音波照射中(10分間)および照射後(15分間)の妊娠マウスの直腸温を10秒毎に測定した。各群それぞれ5匹の母獣の直腸温を測定した。

2-4放射線と超音波の併用照射

 妊娠8日齢のマウスに1.5Gyの放射線および1.0W/cm2の超音波を照射した。放射線と超音波の照射条件は上記と同様で、両者の照射間隔を-1、0、1、3および6時間とした。各照射群の母獣の数は20匹以上にし、共同効果の影響を検討するための照射母獣は合計101匹、生存胎仔は1155匹である。

2-5インビボ影響の観察

 各照射群の母獣を妊娠18日目に胎仔の影響を観察するため屠殺した。胎仔影響としては、胎仔死亡(着床痕、胎盤遺残、吸収胚、および、浸軟胎児に区別)、胎仔体重、外表奇形及び雌雄の比に着目した。

2-6組織学的影響の調査

 放射線と超音波両者の併用照射を受けた胎仔の組織学的変化を観察するために、各照射群ともに処置6時間後に、胎芽を取り出して、Bouian固定液で固定し、通常の方法でパラフィン切片を作成した。外表奇形との関係を検討するために、胎仔の神経板と神経褶の部分の組織切片を作成した。組織切片は、Nuclear Fast Red、Crystal Violet及びHematoxylin、Eosinで染色した後に、顕微鏡下で、細胞死(核濃縮細胞及び壊死細胞)と分裂細胞の発生頻度等を観察した。

3.結果3-1胎仔の死亡率

 着床痕、胎盤遺残を早期死亡とし、吸収胚と浸軟胎児を後期死亡として胎仔の死亡率を求めた。放射線照射の場合、早期死亡率は、線量1.0Gy以上の群では、コントロールに比べ統計的に有意に増加するが、後期死亡率はいずれの線量群においてもコントロールとの間に有意な差は認められなかった。したがって、胎齢8日の照射に伴う胚死亡のしきい線量は0.5Gyから1.0Gyの間にある。

 超音波照射の場合は、強度1.5W/cm2以上での早期死亡率が、コントロールに比べ、統計的に有意に増加する。後期死亡率はいずれの強度でもコントロールとの間に有意差は無い。超音波照射による胚死亡のしきい線量は1.0W/cm2と1.5W/cm2の間にある。

 放射線と超音波を共同照射した場合、早期死亡率については放射線の単独照射との間に差は認められないが、後期死亡は両者の間隔が1、3、および6時間の時に相乗的に増加している(Fig.1)。

3-2胎仔の外表奇形の発生率

 胎齢8日の処置で発現する主な外表奇形は外脳症と無眼球である。外脳症(Fig.2)は、1.0Gy以上の照射で発生し、発生率は線量の増加に伴い増加する。無眼球は、1.5Gy以上の照射群で発生する。

 超音波照射の場合は、外脳症(Fig.2)の発生率は、強度が1.5W/cm2の場合に統計的に有意に増加した。無眼球は超音波強度が1.5W/cm2の場合も誘発されなかった。

 放射線と超音波の両者を照射した場合には、1.5Gyで単独照射した場合に比べて、外脳症、無眼球ともに発生率は高くなり、とくに無眼球は、両者の照射間隔が1時間の場合には、放射線と超音波が、相乗的に作用していることが明らかである(Fig.3)。

図表Fig.1 Early and late mortalities in mice treated with radiation(1.5Gy)and ultrasound(1.0W/cm2)at various time interval on day 8 of gestation. / Fig.2 Dose response relationships of exencephaly in mice treated with radiation or ultrasound on day 8 of gestation.
3-3胎仔体重、性比

 放射線照射により胎齢18日のマウスの胎仔体重は雌雄ともに線量の増加に伴い減少が認められたが、超音波の場合はコントロールに比べ胎仔体重が若干増加する傾向が認められた。性比については、各処置群ともに、雌雄比には変化か認められない。

3-4組織学的変化

 放射線照射を受けた胎仔の細胞死(核濃縮)および細胞分裂の頻度は、同一母獣の胎仔間では有意差があるが、母獣間では危険率5%で差がないことが明らかとなった。そこで、それぞれの処置群について1匹の母獣から5匹の胚芽を取り出し、細胞死及び細胞分裂の頻度を検討した。

 放射線あるいは超音波照射後の核濃縮の頻度の経時的変化を検討した結果、照射1時間後から核濃縮をもった細胞が現れ、その頻度は6時間後にピークとなり、9時間後には急激に減少して、24時間後に殆どコントロールのレベルに回復しました。

 放射線照射6時間後の胎仔の神経板と神経褶の部分の核濃縮をもった細胞の発生頻度は、線量の増加に伴い増加し、外脳症の発生が認められる1.0Gy照射のマウスの場合の発生頻度は9.1%である。

 超音波照射を受けた胎仔の神経板と神経褶の核濃縮を持った細胞の発生頻度は、外脳症か発生する1.5W/cm2照射の場合の核濃縮細胞の発生頻度は、僅か1.5%である。

 併用照射を行った場合の、核濃縮を起こした細胞の頻度(核濃縮細胞の発現頻度は経時的に変化するので、6時間後の値に補正をしてある)をFig.4に示すが、その発生頻度は、放射線と超音波の照射の時間間隔が1時間の場合、それぞれ単独で作用した場合の発生頻度との和を上回り相乗的であった。分裂細胞の頻度は、照射1時間後に急激に減少し、3時間後には徐々に増加するが、照射12時間後でもあまり増加していないが、24時間後に殆どコントロールのレベルに回復しました。

図表Fig.3 Incidences of exencephaly and anophthalmia in mice treated with radiation and ultrasound at various time interval on day 8 of gestation. / Fig.4 The frequencies of pyknotic and mitotic cells in neural folds and neural plates in mice treated with radiation and ultrasound on day 8 of gestation.
3-6直腸温度の温度変化

 超音波照射による直腸温度の変化は、シャムコントロール群が、1.03℃の増加であるのに対し、照射強度が1.0W/cm2及び1.5w/cm2の照射により、それぞれ平均2.5℃から3.5℃までの温度上昇認められた。

4.考察4-1放射線と超音波の共同効果のメカニズム

 放射線と、超音波の併用照射は、外表奇形の発生に対して相乗的に作用していることが明らかとなった。これは、放射線および超音波が、それぞれの要因によって発生したsublethalな状態や分裂ブロックの状況をさらに増強するものと考えられる。共同効果の影響が、同時照射の場合よりも、両者の処置間隔が1時間の場合に相乗的に出現することは、細胞死を解くための情報の一端を示唆しているものと考えられる。

4-2In Vivo影響と組織学的変化との関係

 胎齢8日のマウスに現れる外表奇形即ち外脳症、無眼球は、原基(Primordia)の細胞の数の減少であり、外脳症は、神経板と神経褶の細胞数の減少により神経管のNon-fusionによるものと考えられる。このことは、放射線照射の場合は、神経板の核濃縮をもった細胞の発現頻度および細胞分裂指数が、線量とともにそれぞれ増加あるいは減少していることからも明らかである。しかし、超音波照射の場合には核濃縮をもった細胞は、放射線照射の場合ほど増加していない。これは放射線による細胞死と、超音波による細胞死のメカニズムがに異なっていることが考えられる。神経板の分裂指数について12時間後まで減少が認められることは、細胞周期のすべての時期が分裂遅延に対して感受性が高いと考えられる。神経板または神経褶の細胞数の減少には、細胞死と分裂遅延がそれぞれ同程度関係しているものと思われる。

4-3本研究の意義とOriginality

 現在放射線或はその他の環境要因の基準は、それぞれが独立に作用する、即ち相加的に作用すると考えて基準が作られているが、本研究では2つの要因が相乗的に作用していることを明らかにしたので、放射線の基準を含む、従来の環境基準、安全基準等を再検討する必要があることを示唆しており、放射線防護上重要な結果であると考えられる。

 確定的影響では、原基(Primordia)を構成するある一定の細胞が、変化を引き起こした場合、臨床症状として出現するとされている。本研究の結果から、放射線照射によるCells Numbersの減少が20%-30%になると、外脳症が発生すると推定された。

 器官形成期の胎児に着目して、放射線と超音波を作用させ、両者の影響が相乗効果であることを、定量的に明らかにしたことは、本研究の特徴である。また外表奇形に着目した場合に、Primordiaの部分に、20%から30%の細胞死が引き起こされた時に、臨床的に明らかな変化が認められるということを定量的に示したのも本研究が初めてである。

審査要旨

 本論文は、放射線防護・環境安全の視点から環境因子間の共同効果及びその生物学的メカニズムを解明するために、器官形成期のマウス胎仔を電離放射線と超音波で処置し、以下の結果を得ている。

1、放射線照射による子宮内死亡及び外表奇形のしきい線量

 本研究の結果から、胎児死亡及び外表奇形の線量反応関係には、しきい線量が存在し、これらの影響が、放射線防護上、Deterministic Effect即ち確定的影響に区分されることは明らかである。

 胎齢8日のICR Mouseの放射線照射による子宮内死亡のしきい線量は0.5Gyから1.0Gyの間にあり、外表奇形については、外脳症は0.5Gyから1.0Gyの間にあり、無眼球症は1.0Gyから1.5Gyの間にある。

2、超音波照射による子宮内死亡及び外表奇形のしきい線量

 超音波照射によるしきい線量は、子宮内死亡については、1.0W/cm2から1.5W/cm2の間にあり、外表奇形については、外脳症は1.0W/cm2から1.5W/cm2の間にあり、無眼球症は1.5W/cm2以上にある。

3、放射線と超音波の共同効果

 本研究では、放射線と超音波を共同照射した場合、外脳症と無眼球症の発生率は、それぞれを単独で照射した場合に比べ、相乗的に増加することを明らかにし、両者の作用が相乗作用であることを明らかにした。胎齢8日のneural fold、neural gloveの部分のHistological studyの結果からも、Pyknotic CellとMitotic Cellの発生頻度も、共同照射により相乗的に作用していることを確認した。

 放射線と超音波が器官形成期の胎児の確定的影響に対して、相乗的に作用することをin vivo及びhistological studyの両面から、初めて明らかにした。特に放射線と超音波を同時に照射した場合よりも1時間の照射間隔を置いた方が、相乗効果が強く出ることも本研究で明らかとなった。

 現在、放射線を初めとした種々の環境要因の基準は、それぞれが独立に作用する、即ち相加的に作用すると考えて設定されているが、本研究で明らかにしたように、2つの要因が相乗的に作用するとすれば、放射線の基準を含む、従来の環境基準等を、再検討する必要があることを示唆しており、放射線防護上、重要な結果であると考えられる。

4、外表奇形のMechanism

 外表奇形は、放射線防護上確定的影響に分類される。in vivo studyでは、妊娠8日のマウスに対する放射線及び/或は超音波照射により、外脳症が誘発された。この時期はちょうどNeural FoldsのFusionする時期であり、外脳症の発生には神経管のNon-Fusionが関係していると考えられる。

 放射線と超音波照射により、Neural FoldsとNeural PlatesにあるPyknotic Cellsの増加とMitotic Cellsの減少が認められ、これらに伴うCell Numbersの減少が関係していることが、Histological Studyの結果から明らかとなった。

 確定的影響では、原基(Primordia)を構成するある一定の細胞が、変化を引き起こした場合、観察しうる病的状態が起きる。本研究の結果をもとに、このような観察しうる病的状態が認められる細胞数の変化を算定すると、放射線照射によりCells Numbersか20%-30%減少した場合に、外脳症が発生すると推定された。

 以上、器官形成期の胎児に着目して、放射線と超音波を作用させ、両者の影響が相乗効果であることを、定量的に明らかにしたことは、本研究の特徴である。また、本論文は外表奇形に着目した場合に、Primordiaの部分に、20%〜30%の細胞死が引き起こされた時、観察しうる病的状態が認められるということを定量的に示した初めての研究であり、放射線防護・安全上重要な知見を提供しており、学位授与に値するものと考えられる。

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