内容要旨 | | ポリアミンは核酸、タンパク合成を介して、細胞増殖に必須の役割を果たしていることが知られている。一方、脳内に高濃度存在していることや、NMDAレセプターにポリアミン結合部位が存在することが報告されているにもかかわらず、神経細胞に対する作用についてはまだほとんど研究されていない。そこで、本研究ではポリアミンの中枢神経における役割を明らかにするために、培養神経細胞を用いて神経細胞の生存および神経突起の伸展と損傷後の再伸展に対する作用について検討した。また、天然ポリアミンのもつ神経細胞の生存促進作用および神経突起の再生過程の促進作用に関与するメカニズムを知るために、いくつかの合成ポリアミンアナログの作用比較を行なった。さらにポリアミンの拮抗薬としてのAPCHAとの併用効果を検討した。 1.天然ポリアミンの培養海馬神経細胞の生存に対する作用(1) スペルミンが培養脳神経細胞の生存を促進することが報告されている。しかしこれまでの研究では、非神経細胞の混入率が高く、また細胞間相互作用の無視できない高密度培養系で検討されたため、スペルミンが神経細胞に直接作用しているかどうかは疑問があった。そこで、neuron-neuronあるいはneuron-glia interactionが大きく制限された低密度培養系においての海馬神経細胞の生存に及ぼす影響について検討した。スペルミンは低密度培養条件下での海馬神経細胞の生存を有意に促進した。10-8Mの濃度で最大的な効果が得られ、高密度培養系において観察されたものと類似していた。スペルミジン、プトレシンはいずれの濃度においても、まったく効果がなかった。以上の結果より、スペルミンは神経細胞に直接作用して、その生存を促進することが示唆された。スペルミジン、プトレシンが無効であったことから、"神経栄養効果"はスペルミンに特異的な作用であると思われる。 2.天然ポリアミンの培養海馬神経細胞の突起伸展および再生に対する作用(1,2) ポリアミンは神経細胞の分化や発達にも関与する可能性が考えられた。そこで神経突起の形態に対する天然ポリアミンの作用を検討することにした。また、病態でのポリアミンの役割に興味がもたれ、培養海馬神経細胞の軸索(axon)損傷後の神経突起の再生過程に対する天然ポリアミンの作用を検討した。スペルミン・スペルミジン、プトレシンはともに培養海馬神経細胞軸索の伸展を選択的に促進(分岐形成、樹状突起の成長などほかの形態パラメータには影響なし)することが明らかになった。最大効果を発揮する濃度(10-8M)のスペルミンとスペルミジン、スペルミンとプトレシンを同時添加しても相加作用は認められなかった。また、3種のポリアミンとも損傷後の軸索の再伸展を強く促進した。スペルミンとbFGFを同時添加すると、損傷部位からの再伸展と、基部における分岐形成の両方が促進されたうえ、再生した軸索における分岐数についてはスペルミンとbFGFの併用により相乗的促進効果が認められた。本実験の結果から、スペルミン、スペルミジン、プトレシンがともに脳神経細胞の突起伸展、特に軸索再生を促進する作用を持つことが見いだされた。この結果より、これらのポリアミンは、損傷後の再生過程においても、重要な役割を果たしていることが示唆された。3種のポリアミンに相加効果が認められなかったことから、共通したメカニズムを介して作用していると考えられた。また、スペルミンとbFGFの作用比較および併用効果の検討から、軸索の再伸展と分岐形成はそれぞれ独立したメカニズムにより調節されていることが示唆された。 3.合成ポリアミンアナログの培養海馬神経細胞の生存および突起伸展、再伸展に対する作用 ポリアミンの作用点は数多く想定される。そこで、いくつかの合成ポリアミンアナログの培養海馬神経細胞の生存および突起伸展、再伸展に対する作用を検討し、天然ポリアミンの作用とあわせて、作用発現に必要とされる化学構造上の特徴について考察を加えた。10-10〜10-5Mの濃度範囲において、ポリアミンアナログ3-6-3、BAAMP、Mitsubusineは、まったく生存に影響を与えなかった。BESPMは、濃度依存的に海馬神経細胞の生存を促進したが、効果はスペルミンのそれより小さかった。突起伸展に対しては、いずれのアナログにも有意な効果が認められなかった。突起再伸展については、3-6-3、BAAMP Mitsubisineには活性が認められなかったが、BESPMは促進活性を示した。アナログの作用検討により、スペルミンが生存促進効果を発揮するうえでの構造要求性について、次の3点が明らかとなった。1)スペルミンの中央のdiaminobutane基が不可欠、2)両端のアミノプロピル基は、2つとも不可欠、3)末端のアミノ基が1級アミンであると、活性が強い。また中央の2つの窒素原子にはさまれた炭素数(窒素原子間の距離)が、再伸展促進作用を決定していると思われる。また、BESPMがスペルミンより弱い活性を示したことから、末端のアミノ基が1級アミンであると、活性が強いが、2級アミンの形になると活性が弱くなると考えられる。 4.ポリアミン拮抗薬としてのN-(3-Aminopropyl)cyclohexilamine(APCHA)(3) APCHAと4MCHAは、それぞれスペルミン合成酵素(Spermine synthase)、スペルミジン合成酵素(Spermidine synthase)の特異的阻害剤として開発された。これらの化合物は、合成酵素の活性中心以外においても、スペルミジンやプトレシンの作用と拮抗する可能性があると考えられる。そこで、脳神経系におけるポリアミンのneuromodulator様作用やneurotrophic作用に対するAPCHAと4MCHAの影響を検討し、新しいポリアミンアンタゴニストとしての可能性を探った。APCHAは10-10〜10-6Mの濃度で神経細胞の生存に影響を与えなかったが、10-5Mで有意に生存細胞数を低下させた。さらにスペルミン(10-8M)と併用したとき、濃度依存的にスペルミンの生存促進作用を抑制した。突起伸展、再伸展については有意な拮抗作用が認められなかった。また、天然ポリアミンがNMDA(NMDLA)誘発痙攣に影響を与える可能性について、マウスを用いてin vivoで検討することにした。NMDLA皮下(s.c.)投与により濃度依存的に痙攣が誘発された。スペルミン、スペルミジン、プトレシン単独のi.c.v.投与により痙攣は誘発されなかったが、スペルミン、スペルミジンはNMDLA誘発痙攣を濃度依存的に増強した(clonic seizure latencyの短縮)。プトレシンは、テストした用量範囲で無効だった。以上の結果より、天然ポリアミンが、痙攣誘発に関与することが示唆された。また、APCHA単独で、NMDLA誘発痙攣に影響なかったが、スペルミジンのNMDLA誘発痙攣促進作用に対して拮抗作用を示した。一方、構造類似する4MCHAは拮抗しなかったことから、APCHAに特異的な作用と考えられた。 5.まとめ 天然ポリアミンと合成ポリアミンアナログの脳神経系に対する作用について検討し、以下の成果を得た。1.ラット海馬神経の低密度培養系において、スペルミンが神経細胞の生存促進効果を発揮することを明らかにした。2.スペルミン、スペルミジン、プトレシンが神経細胞の軸索の伸展を促進することを明らかにした。3.スペルミン、スペルミジン、プトレシンが軸索の損傷部位からのの再伸展を促進することを明らかにした。4.合成ポリアミンアナログを検討した結果により、BESPMはスペルミンと同様の作用を認めた。5.ポリアミンのAPCHAが、スペルミンあるいはスペルミジンのもつ脳神経細胞に対するいくつかの作用に対して拮抗することを見いだした。 【参考文献】1)Chu,P.,Saito,H.and Abe,K.Neurosci.Res.,19,155(1994).2)Chu,P.,Saito,H.and Abe,K.Brain Res.(in press)3)Chu,P.,Shirahata,A.,Samejima,K.,Saito,H.and Abe,K.Eur,J.Pharmacol.,256,155(1994). |
審査要旨 | | 天然ポリアミンは核酸、タンパク合成を介して、細胞増殖・分化を促進する働きを持つことにより、細胞機能の調節因子として重要な役割を果たしていることが知られている。一方、脳内に高濃度存在していることや、NMDAレセプターにポリアミン結合部位が存在することが報告されているにもかかわらず、神経細胞に対する作用についてはまだほとんど研究されていない。ポリアミンの中枢神経における役割を明らかにすることは非常に興味深い研究課題である。本研究はこのような事実に着目し、行われている。 本研究の前半では、neuron-neuronあるいはneuron-glia interactionが大きく制限された低密度培養系を用いて、スペルミンは神経細胞に直接作用して、その生存を促進する可能性を明らかにした。また、天然ポリアミンの培養海馬神経細胞の最長突起伸展および再伸展に対する作用を検討することにより、スペルミン、スペルミジン、プトレシンはともに培養海馬神経細胞最長突起の伸展を選択的に促進(分岐形成、樹状突起の成長などほかの形態パラメータには影響なし)すること、特に最長突起再伸展を著しく促進する作用を持つことをはじめて明らかにした。このことは、ポリアミンが神経細胞の分化や発達に関与することを探る面で重要な研究であり、今後のポリアミンの中枢神経における役割の研究に大きく貢献するものと考えられる。 本研究の後半では、合成ポリアミンアナログの培養海馬神経細胞の生存および最長突起伸展、再伸展に対する作用を検討することにより、BESPMは、濃度依存的に海馬神経細胞の生存および最長突起再伸展を促進することをはじめて見いだした。また、合成ポリアミンアナログの作用を検討することにより、スペルミンが生存促進効果や最長突起伸展・再伸展促進効果を発揮するうえでの構造活性相関が明らかとなり、生存促進と最長突起伸展・再伸展促進作用は異なった作用点で起こることを発見した。さらに、脳神経系におけるポリアミンのneuromodulator様作用やneurotrophic作用に対するポリアミン合成酵素阻害薬、N-(3-Aminopropyl)cyclohexilamine(APCHA)の影響を検討し、スペルミンあるいはスペルミジンのもつ脳神経細胞に対するいくつかの作用に対して拮抗することをはじめて見いだした。このことは、今後、ポリアミンの作用解析を進めていく上で、有力な薬理学的toolとして非常に役立つものと考えられる。 以上、本研究の成果、特に単純な化学構造のポリアミンが、神経突起損傷後の再伸展を強く促進するという発見は、脳神経変性疾患の治療薬開発という見地から非常に興味深い。特に分岐形成を促進するbFGFと最長突起再伸展を促進するポリアミンの組み合わせにより、神経細胞側枝形成と最長突起伸展の両方が促進されたという研究は、脳神経疾患治療における薬物併用の有用性を示した点で意義深いと考えられる。その活性に関する化学構造の必要性についての知見は、今後、ポリアミンアナログの中から新しい活性物質を検索して行く上のありかたに寄与することが多大であると考えられる。また、本研究は方法論的にも優れており、薬理学的にも高く評価される研究であると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |