リン脂質のうち、PAF、PA(ホスファテジン酸)、PS(ホスファチジルセリン)などは様々なタンパク質と相互作用することによって直接あるいは間接的に細胞活動を制御するバイオモジュレーター、メディエーターとしての機能をはたす。PSはプロテインキナーゼC(PKC)の活性化、血液凝固反応の進行、肥満細胞の脱顆粒、マクロファージよりのNO産生の抑制などに関る。これらの作用はPSと特定タンパク質の相互作用の結果もたらされると考えられるが、リン脂質とタンパク質間の"特異的"相互作用を分子レベルで解析することは、1)リン脂質が常に水溶液中で分子集合体を形成していること、2)リン脂質がタンパク質と非特異的、疎水的に結合しやすいこと、などの理由で困難であった。 PKCがPSによって活性化されることはよく知られていたが、PKC分子上にPSと特異的に結合するサイトがあるのか、又、あるとするとPS結合ドメインは分子上どこにあるのか、不明であった。 そこで本研究においては抗-PS抗体をPS-結合性タンパク質のモデルとしてとらえ、抗-PS抗体に対する抗イディオタイプ抗体を用いてPKC上のリン脂質認識にかかわる部位の解明をめざした。 1.抗イディオタイプ抗体のPKC分子への結合 抗-PS特異抗体(PS4A7)に対する抗イディオタイプ抗体(Id8F7)および抗-酸性リン脂質抗体(PSG3)に対する抗イディオタイプ抗体(Id4H4)を調製し、ラット脳より精製した,,PKCとの反応性をELISAによって検討したところ、両イディオタイプ抗体ともに,,-PKC分子と結合した。それぞれの結合は競合的ではなく、又前者はPSにより特異的に阻害され、後者はPS,PIなど酸性リン脂質の存在によって阻害された。PKC分子上にPS特異的結合サイト、酸性リン脂質結合サイトが独立に存在する事が明らかとなった。 2.PKC上のリン脂質結合部位の解析 Id8F7、Id4H4抗体結合部位の検索をリコンビナントPKC断片を用いて行った。-PKCのC1、C2ドメインよりなるペプチド断片への両抗体の結合性を検討したところ、Id8F7はC2にのみ、Id4H4はC1、C2断片ともに結合した。PS特異的結合部位はC2ドメインに、酸性リン脂質結合部位はC1、C2ドメイン両方に存在すると思われる。C2断片について、さらにプロテアーゼによる限定分解をおこない、逆相HPLCによる分画について検討したところ、図に示す部位をそれぞれ同定することが出来た。Id8F7のこの部位への結合はジアシルグリセロールによって調節されている事も判明し、この部位が活性制御に深く関ることが明らかとなった。 PKC分子上の抗-イディオ抗体結合部位の同定 以上、本研究はこれまで解明への糸口の見つからなかったPKCのリン脂質による活性制御機構について抗-リン脂質抗体とその抗イディオタイプ抗体を利用する事によって解明へのきざしを示したもので、細胞生物学、薬学への貢献があり博士(薬学)の学位に価すると判定された。 |