学位論文要旨



No 110830
著者(漢字) 周,遠強
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,エンキョウ
標題(和) 中国大都市における自転車通勤交通の管理運営手法に関する研究
標題(洋) Traffic Management for Bicycle Commuting in Cities of China
報告番号 110830
報告番号 甲10830
学位授与日 1994.10.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3276号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 越,正毅
 東京大学 教授 中村,英夫
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 講師 渡邊,法美
内容要旨

 発展途上国では、急速な都市化の進展とともに通勤交通需要は急速に増大し都市の交通需要の相当部分を占めている。通勤交通の効率的な管理運営を図ることは、都市交通施設の整備計画をたてる上で極めて重要な課題であるといえる。

 自転車交通は多くの国々では歩行者交通の1部としてみなされている。これに対して中国では、自転車交通は車両交通の1部としてみなされ、多くの大都市において自転車道路ネットワークが発達しており、通勤交通手段として重要な役割を果たしている。一般に中国における自転車道は以下に示す3種類に分類される。

 1)独立自転車道:空間或いはフェンスによって自動車専用道路と物理的に分離している道路。

 2)簡易自転車車線:白線等により自転車専用並びに自動車専用の車線が示されている道路。

 3)自転車-自動車混合車道:自動車と共有して用いる狭い道路。

 現在のところ、多くの道路の幅員は小さく、また自転車-自動車混合車道や多くの簡易自転車車線では自動車と自転車が混在し、交通混雑・交通事故・路上駐車等の『社会汚染』と称せられる多くの問題が発生している。

 これらの問題を解決するためには、新しい道路網の整備や道路幅員の拡張等、既存の道路の改良がまず考えられるが、1)既存の道路ネットワークは都市の長い発展の歴史とともに形成されてきたため、新たな用地取得が困難であること、2)中国では交通施設整備のための資金に必ずしも十分な余裕がないこと等から、新たな道路網の整備や既存道路の拡張等の改良を早急に実現することは困難である。したがって、『社会汚染』問題を解決していくためには、既存の道路ネットワークをより有効に活用していくことが極めて重要であると考えられる。

 本論文は、中国大都市の自転車通勤交通の効率的な管理運営を図るための方策として、1)既存の交通基盤施設をより有効に活用するための短期的な管理運営方法を改良・開発、2)長期的ビジョンに基づき都市の交通システム全体を効率的に整備していくための計画手法の開発、が重要であるという認識に基づき、1)の短期的な管理運営方法の決定を支援するための手法を開発することを目的とした。

 本論文は、中国並びに世界の諸都市における自転車交通問題を整理した後、中国の将来の自転車交通施設整備に関する諸課題について考察した。中国の大都市では、諸外国と比較して通勤交通手段として自転車に依存する割合が極めて高い。この理由は、1)信頼できる公共輸送手段の欠如、2)通勤距離が比較的短いため自転車通勤が可能、3)中国では自転車は動力二輪車や自動車と比較して極めて安価であり大多数の国民が所有可能、等の要因が挙げられる。

 現在の中国の経済発展水準や個人の所得水準およびそれらの将来の伸び、並びに他の発展途上国が経験している急激なモータリゼイションに伴う社会・環境問題等の弊害を鑑みると、中国では急激なモータリゼイションだけを念頭において、将来の都市交通システムの整備を進めていくことは必ずしも適切でない。したがって、今後相当の長期間に亘って自転車が個人の都市内移動手段として重要な役割を果たすという認識に基づき、自転車交通システムを都市の交通システムの重要な一要素として位置づけ、動力交通システムと非動力交通システムとをバランス良く整備していく方策が適切である。

 自転車通勤交通を効率的に管理運営していくためには、自転車道および平面信号交差点における自転車交通の挙動特性ならびに自転車と自動車との混合交通の特性すなわち両者が相互に及ぼし合う影響を把握する必要がある。

 本論文は、中国北京市で独立自転車道、簡易自転車車線、平面信号交差点の3箇所で朝夕の混雑時並びに昼休み時に交通調査を行い、自転車交通流と自動車交通流をビデオカメラによって録画した。録画テープの再生画像から、東京大学生産技術研究所の桑原研究室によって開発されたソフトウェアを用いて、各自転車並びに自動車が調査対象の車線・道路・交差点を通過した時刻を記録し、自転車交通並びに混合交通の速度分布等の挙動特性の分析を行った。

 その結果、自転車道が平坦で舗装されており、かつ自転車交通流が安定、すなわち交通流の速度が臨界速度以上で交通流の密度が臨界密度以下である場合、自転車の平均的空間平均速度は自転車流量に依存しない、すなわち両者は独立であることが明らかとなった。したがって、自転車が、ある道路区間を通過するための平均所要時間(リンクコスト関数)は、ほぼ一定値をとること、および、自転車運転者が選択できる速度の範囲は、流量が大きくなるにしたがって小さくなることが確かめられた。

 独立自転車道の容量は、約2000台/h/mと推定された。簡易自転車車線の容量も独立自転車道の容量と等しいと考えられ、自転車交通量が大きくなるに従って、自転車用車線に隣接する自動車用車線に進入する自転車交通量が増加する。これに伴い、自動車用車線の容量並びに自動車の空間平均速度は減少することが確かめられた。

 平面信号交差点における各交通の特性分析から、以下に示す事項が明らかとなった。

 1)中国では車両は右側通行であるため、左折自転車は他の交通と接触する機会が多く、その空間平均速度は直進自転車の空間平均速度よりも著しく小さい。

 2)進入路から交差点への自転車移動の遅れを表現するためには、Websterの公式の修正式を用いることが適切である。

 3)交差点内における自動車の空間平均速度は、右折車が最小で以下左折車、直進車の順に増加する。

 都市の通勤交通を管理するために、平面交差点における自動車交通の容量を把握することは重要となる。この容量を決定するにあたっては、交差点を通過する際の各交通流の「動き」に着目した。まず、各交通流は交差点に「進入」し、次に交差点内では他の交通流と「競合」しながら目的方向に移動し、交差点を「出発」して通過を完了する。「進入」の過程によって規定される容量は、交差点への進入路の飽和交通流量である。交差点では、自動車・自転車のそれぞれについて直進・右折・左折車が存在し、一斉に各交通が目的方向へ移動するため、お互いの移動の障害となっている交通間で激しい競合が生じる。本論文は、競合過程における容量を競合する他の交通流量の一次関数式として表すことに成功した。「競合」が全く存在しない場合は競合過程における容量の上限値をとるが、この値が進入過程における容量に一致することを示した。「出発」の過程については、一般的に交差点への進入路の幅員は交差点からの進出路の幅員と等しいので、進入並びに競合過程によって決定された交差点の容量は出発過程によって変化しないとした。

 進入路における自転車の飽和流量は、約2000台/h/mであり、独立自転車道の容量と等しいと考えられるが、直進並びに左折自転車交通は右折自動車の影響を受けることが明らかとなった。しかし、飽和流量に近い自転車交通流が交差点に進入する場合は、上記の影響は現われず、実際には自転車交通流は自動車交通流に優先して移動することを現地の交通調査によって確認した。

 以上の特性分析の結果を用いて、道路区分や交差点等の交通施設の改善が、それらの施設の周辺の交通状況に与える影響を予測することが可能となる。しかし、都市交通の管理運営技術者の立場からは、これらの交通施設の改善が都市交通ネットワーク全体に与える影響を総合的に予測・評価する必要がある。本論文は、交通ネットワークを評価する指標として各自転車通勤者の出発地から目的地までの総移動時間と各交通施設におけるサービス水準に着目し、交通施設改善後の総移動時間と各交通施設におけるサービス水準の変化を予測するモデルを開発した。

 総移動時間は与えられた交通ネットワークとOD表に対して、利用者均衡配分モデル並びに各交通の特性分析の結果から得られたリンクコスト関数を適用することによって算出される。ここで、通勤交通は毎日ほぼ一定の時刻に一定の場所に移動する定常的な交通であるため、限定された交通施設の改善は自転車通勤交通のOD表に影響を与えない、すなわち施設の改善の前後において自転車通勤のOD表は変化しないと仮定した。

 交通施設のサービス水準について、自転車道のサービス水準は自転車の移動速度並びに実際の交通流量と道路容量との比(実流量容量比)によって規定することが従来の研究で提案されていたが、本研究で行った自転車交通の特性分析結果から、移動速度と実流量とは独立であることが明らかとなったため、本論文は自転車道のサービス水準を新たに実流量と移動可能速度の範囲によって規定することを提案した。交差点のサービス水準については、交差点を移動する場合の遅れに対して中国人通勤者がどのような認識を持っているかが明確ではないので、米国で使用されているサービス水準の定義を使用した。

 自転車と自動車の混合交通を分離する2つの方法の有効性を2つのケーススタディを行って検証した。1番目のケーススタディでは、北京市街地の一部を想定した幅約2km長さ約3kmの領域に存在する総延長約34kmの交通ネットワーク上のある道路区分において、混合交通を分離する一つの方法を実施した場合を想定し、この方法がネットワーク全体に及ぼす効果を本研究で開発したモデルを用いて予測した。2番目のケーススタディでは、第6章で分析した平面信号交差点において混合交通を分離する一つの方法を実施した場合を想定し、交差点内の交通流の改善効果を本研究で開発したモデルを用いて予測した。予測の結果から、提案された2つの混合交通分離方法は共に有効であることが明らかとなり、本研究で開発したモデルが、中国大都市における自転車と自動車の混合交通分離方法の評価問題に適用可能性があることを示した。

審査要旨

 本論文は、中国大都市の自転車通勤交通の効率的な管理運営を図るために、自転車道および平面信号交差点における自転車交通の挙動特性ならびに自転車と自動車との混合交通の特性を分析し、それらの結果を基に、道路区分や交差点等都市交通ネットワークの交通施設の改善が交通ネットワーク全体に与える影響を予測する手法を開発したものである。

 本論文は、中国並びに世界の諸都市における自転車交通問題を整理した後、中国の将来の自転車交通施設整備に関する諸課題について考察した。諸外国と比較して中国の大都市では通勤交通手段として自転車に依存する割合が極めて高い。この主な理由は、中国では自転車は比較的安価であり大多数の国民が所有可能であるという経済的要因が挙げられる。現在の中国の経済発展水準や個人の所得水準およびそれらの将来の伸びを考慮すると、今後も相当の長期間に亘って自転車が個人の都市内移動手段として重要な役割を果たすと考えられる。

 一般に中国における自転車道は以下に示す3種類に分類される。

 1)独立自転車道:空間或いはフェンスによって自動車専用道路と物理的に分離している道路。

 2)簡易自転車車線:白線等により自転車専用並びに自動車専用の車線が示されている道路。

 3)自転車-自動車混合車道:自動車と共有して用いる狭い道路。

 現在のところ、多くの道路の幅員は小さく、自転車-自動車混合車道や多くの簡易自転車車線では自動車と自転車が混在し、交通混雑・交通事故・路上駐車等の『社会汚染』と称せられる多くの問題が発生している。

 中国では、1)既存の道路ネットワークは都市の長い発展の歴史とともに形成されてきたため新たな用地取得が困難であること、2)交通施設整備のための資金に必ずしも十分な余裕がないこと、等から新たな道路網の整備や既存道路の拡張等の改良を早急に実現することは困難である。したがって、中国大都市の『社会汚染』問題を解決し自転車通勤交通を効率的に管理運営していくためには、既存の道路ネットワークをより有効に活用していくことが極めて重要である。

 本論文は、中国北京市で独立自転車道、簡易自転車車線、平面信号交差点の3箇所で朝夕の混雑時並びに昼休み時に交通調査を行い、各自転車並びに自動車が調査対象の車線・道路・交差点を通過した時刻を記録し、自転車交通並びに自転車と自動車との混合交通の速度分布等の挙動特性の分析を行った。

 その結果、自転車道が平坦で舗装されており、かつ自転車交通流が安定、すなわち交通流の速度が臨界速度以上で交通流の密度が臨界密度以下である場合、自転車の空間平均速度は自転車流量に依存しないことが明らかとなった。また、自転車運転者が選択できる速度の範囲、すなわち速度選択の自由度は流量が大きくなるに従って小さくなることが確かめられた。

 簡易自転車車線では、自転車交通量が大きくなるに従って、自転車用車線に隣接する自動車用車線に進入する自転車交通量が増加する。これに伴い、自動車用車線の容量並びに自動車の空間平均速度は減少することが確かめられた。

 平面信号交差点における各交通の特性分析からは、以下に示す事項が明らかとなった。

 1)中国では車両は右側通行であるため、左折自転車は他の交通と接触する機会が多くその空間平均速度は直進自転車の空間平均速度よりも著しく小さい。

 2)交差点内における自動車の空間平均速度は、右折車が最小で以下左折車、直進車の順に増加する。

 都市の通勤交通を管理するために、平面信号交差点における自動車交通容量を把握することは重要である。この容量を決定するにあたっては、まず交差点を通過する際の各交通流の「動き」に着目した。各交通流は交差点に「進入」し、次に交差点内では他の交通流と「競合」しながら目的方向に移動し、交差点を「出発」して通過を完了する。「進入」の過程によって規定される容量は交差点への準入路の飽和交通流量である。本論文は、競合過程における容量を競合する他の交通流量の一次関数式として表すことに成功した。「競合」が全く存在しない場合は競合過程における容量の上限値をとるが、この値が進入過程における容量に一致することを示した。一般的に交差点への進入路の幅員は交差点からの進出路の幅員と等しいので、進入並びに競合過程によって決定された交差点の容量は出発過程によって変化しないと考えた。

 以上の特性分析の結果を用いて、交通ネットワークを評価する指標として各自転車通勤者の出発地から目的地までの総移動時間と各交通施設におけるサービス水準に着目し、ネットワーク内の交通施設の改善が交通ネットワーク全体に与える影響、すなわち交通施設改善後の総移動時間と各交通施設におけるサービス水準の変化を予測するモデルを開発した。

 総移動時間は与えられた交通ネットワークとOD表に対して、利用者均衡配分モデル並びに各交通の特性分析の結果から得られたリンクコスト関数を適用することによって算出した。交通施設のサービス水準の内、自転車道のサービス水準は従来の研究で自転車の移動速度並びに実際の交通流量と道路容量との比(実流量容量比)によって規定することが提案されているが、本研究で行った各交通の特性分析結果から、移動速度と実流量とは独立であることが明らかとなったため、本論文は、自転車道のサービス水準を、実流量と移動可能速度の範囲によって規定することを提案した。

 自転車と自動車の混合交通を分離する2つの方法の有効性を2つのケーススタディを行って検証した。ある道路区分と平面信号交差点において自転車と自動車の混合交通を分離する方法を想定し、これらの分離方法が、ネットワーク全体に及ぼす効果と交差点内の交通流に及ぼす改善効果を本研究で開発したモデルを用いて予測し、その結果を評価した。その結果、本研究で開発したモデルが、中国大都市における自転車と自動車の混合交通分離方法の評価問題に適用可能性があることが示された。

 本論文は、自転車道および平面信号交差点における自転車交通の挙動特性ならびに自転車と自動車との混合交通の特性を分析し、それらの結果に基づいて、道路区分や交差点等ネットワーク内の交通施設の改善が交通ネットワーク全体に与える影響を予測する手法を開発したものであり、将来の中国大都市の自転車通勤交通問題を解決するための指針を与える汎用性の高い有力な手法であると考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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