内容要旨 | | 本論文は流れに直交して置かれた加熱円柱あるいは加熱球で生じる膜沸騰の熱伝達に関わる問題について理論的ならびに実験的に研究したものである. 膜沸騰は比較的高温に加熱された物体で観察される沸騰モードであり,各種の熱機器において実際的にもよく現れる伝熱形態である.加熱面と液体が蒸気膜によって隔てられた状態にあって,核沸騰や遷移沸騰などの他の沸騰モードに比べると現象の複雑さが少ないためこれまで研究が多くなされており,理解も進んでいる.しかし,今日でもまだいくつかの重要な問題が未解決で残されている.すなわち,従来のほとんどの解析では簡便さから加熱面の温度は場所によらず一定と仮定されている.しかるに一方,実験的研究においては,実験の容易さから加熱面の熱流束を一定として行われているのがほとんどである.そして,理論値と実験値には大きな隔たりのあることが知られているが,その原因が蒸気流や気液界面の乱れ,後流の渦発生とその部分の熱伝達の寄与など理論に含まれない効果によるものとして実験定数を修正することで問題を処理している.本研究は,こうした理論と実験の差異に関わる問題に関し,加熱面熱流束一定の条件の下に新たな解析を行って加熱面温度一定条件との差を明らかにすると共に,加熱面温度一定,加熱面熱流束一定の両条件に対する実験を試み,両者を比較するとともに,後流部の熱伝達の寄与度を具体的に明らかにしている.また,淀み点では固液の接触によると思われる局所的に大きな熱伝達の促進があるなどの新しい事実を見いだしている.そして最終的には,実際の加熱面条件は熱入力一定に近いとしてモデルを構成し,それに基づく解析結果がデータをほぼよく説明する事を明らかにしている. 論文では,上記の研究内容を7章に分けて記述し,別に5項目の関連事項を付録としてまとめている. 第1章は「Introduction」(序論)であり,広く沸騰現象について述べるとともに,特に膜沸騰熱伝達の特徴とその実際問題への応用について記している. 第2章は「Literature Survey」(従来の研究)であり,まず,膜沸騰熱伝達の基本となるプール膜沸騰熱伝達に関連して従来の研究を概観し,熱伝達のメカニズム,理論解析,加熱円柱や加熱球の寸法効果,重力の影響,系圧力の影響,液体サブクールの影響などについて項目別に知識を整理している. 続いて本論文の研究対象である外部流膜沸騰について従来の研究を調査し,知識を整理して,本研究の目的を明らかにしている.すなわち,液体の流速や温度の影響,蒸気膜内の蒸気の流速分布,その慣性の効果,熱放射の影響,壁温の分布,後流渦部の熱伝達などについて従来の知識を整理し,その結果として,まず加熱面熱流束一定条件の理論解析が欠けていること,加熱面温度や熱流束の空間分布に関する実験が不足していること,理論では無視されている後流渦部の熱伝達の実測が必要であることを指摘し,これらに関する理論的並びに実験的研究が本研究の主たる目的となることを示している. 第3章は「The Uniform Wall Heat Flux Condition」(壁面熱流束一定条件)と題し,従来解析例の少ない熱流束一定条件下で行った理論研究の結果について記している.すなわち,壁面温度一定のモデルであるWitte-Orozcoの考えを拡張することにより壁面熱流束一定条件下の支配方程式を構成し,それを解析的ならびに数値的に解くことにより,局所熱伝達率は淀み点で最大となり壁面に沿ってその大きさを急激に減ずること,理論的な剥離は壁面過熱度や液体のサブクールにはほとんど依存せず角度90°で生ずること,平均熱伝達率は壁温一定の場合に比べ飽和液で約30%,液体のサブクールが大きいと200%ほど大きくなること,したがって壁面温度一定条件下の理論より実験データに近い値を予測しうることを明らかにしている.ただ同時に,この理論によってもまだ実験とかなりの隔たりがあることを指摘している. 第4章は「Experimental Setup and Procedure」(実験装置と方法)であり,壁面の熱流束あるいは温度を一定とし,壁面にそった局所的な熱伝達の変化,壁温度の分布を調べるための実験の装置とその方法について述べている.この種の実験は従来例のないものである. つまり,フレオン113を試験流体とし,断面10mm×90mmの矩形流路に上昇流として循環させる.そして外径33mmの加熱円柱をそれと直交する形で設置する.試験円柱は黄銅製であり,円周方向に12分割し,それぞれに特製の微小ヒータを挿入し,局所的な熱流束あるいは温度を制御している.膜沸騰は加熱面過熱度90K〜115Kの範囲で実現し,液サプクールを5K〜25K,流速を0〜25cm/sの範囲で変化させ,熱伝達分布,壁温分布を測定するとともに,写真観察によって剥離角を測るなど,実験装置と実験手順や方法の詳細について説明している. 第5章は「Experimental Results」(実験結果)であり,一連の実験から得られた結果および第3章の理論と実験結果とを比較検討した結果について述べている.すなわち,実験によって,淀み点近傍では固液接触に起因すると考えられる大きな熱伝達促進が存在すること,この事実は従来まったく指摘のない新しい事実であること,後流渦部の熱伝達寄与はおおむね35%ほどであり無視しえないものであることなどの貴重な事実を見出している.そして,流れの前面部(剥離点までの部分)の熱伝達に関し理論と実験を比較し,壁温一定の解は常に小さな熱伝達を予測するのに対し,壁面熱流束一定の解は特に高サブクール条件下では大きすぎる値を予測する傾向にあること,要するに第3章の理論予測値と本章の実験データには一部隔たりが残ることを指摘している. 第6章は「The Uniform Input Heat Flux Condition」(熱入力一定条件)と題し,加熱面の条件として加熱面の熱伝導性,つまり円周方向への熱の移動を考慮したより現実的なモデルを考え,それに基づいて解析を行った結果について述べている.すなわち,壁面熱流束一定の条件は一つの理想的な条件であって,ヒータ加熱などによる通常の実験ではそれを厳密には実現しえないこと,つまり実際には周方向の温度分布に基づく熱伝導による周方向への熱移動がある.したがつて,この効果を考えた解析が必要であるとして,加熱面の熱伝導性を考慮した熱入力一定モデルを構築し解析している.そして,解析結果は実験で得られた高サブクール下の熱伝達や剥離角などをほぼよく説明することを明らかにしている. 第7章は「Conclusions」(結論)であり,上記の結果をまとめたものである. なお,付録として,本研究に関連する事項,および本研究の筋道とは直接関係しないものの,本研究過程で得られた膜沸騰熱伝達に関わる重要な結果を5項目に分けて説明している.すなわち,膜沸騰の崩壊に関連して観察される急冷現象の発生原因について付録Aで記し,また支配方程式の数値計算の不安定とその解決法について付録Bで説明している.また,実験データの提示で不可欠な不確かさの検討結果は付録Cに,また加熱面の寸法の影響に関しては付録Dで説明している.また,本研究における解析では厳密さを考えて支配方程式を数値的に解き,実験との比較などではその数値解を採用したが,条件を限れば(たとえば液体のサブクールが大きい場合とか小さい場合など)膜沸騰熱伝達の整理式として実用上重要となる簡便な無次元整理式を得ることができる.このような解析解について付録Eにまとめている. |
審査要旨 | | 本論文は"Effect of Wall Heat Flux Conditions on Cross Flow Film Boiling Heat Transfer"(直交流膜沸騰熱伝達に及ぼす加熱面熱流束条件の影響)と題し,流れに直交して置かれた円柱あるいは熱などの加熱体表面で生じる膜沸騰熱伝達に関わる問題について理論的ならびに実験的に研究したものであり、全7章と6項目の付録から成っている. 膜沸騰は比較的高温に加熱された物体で観察される沸騰モードであり,各種の熱機器において実際的によく現れる沸騰形態である.加熱面と液体が蒸気膜によって隔てられた状態にあって,核沸騰や遷移沸騰など他の沸騰モードに比べると現象の複雑さが少ないためこれまで多くの研究があり,理解も進んでいる.しかし,幾つかの重要な問題が未解決で残されている.すなわち,従来のほとんどの解析はその簡便さから加熱面温度一定の条件下になされている.しかるに実験の容易さから,加熱面熱流束を一定として測定が行われるのがほとんどである.そして,理論と実験には大きな隔たりのあることが知られているが,その原因は蒸気流や気液界面の乱れ,後流の渦発生とその部分の熱伝達の寄与など理論的に考慮し難い効果にあるとして実験定数を修正することで問題を処理して来ている.本研究は,こうした理論と実験の差異に関わる問題に関し,加熱面熱流束一定の条件の下に新たな解析を行って加熱面温度一定条件との差を明らかにすると共に,加熱面温度一定,加熱面熱流束一定の両条件に対する実験を試み,両者を比較し,後流部の熱伝達の寄与度を具体的に明らかにしている.そして,淀み点では固液の接触によると思われる局所的に大きな熱伝達の促進があるなどの新しい事実も見出している.また,実際の加熱面条件は熱入力一定の条件に近いことから新たに理論モデルを構成し,それに基づく解析結果が実験データをほぼよく説明することを明らかにしている. 第1章は「Introduction」(序論)であり,広く沸騰現象について述べるとともに,特に膜沸騰熱伝達の特徴とその実際問題への応用について記している. 第2章は「Literature Survey」(従来の研究)であり,膜沸騰熱伝達の基本となるプール膜沸騰および本論文の研究対象である外部流膜沸騰の熱伝達に関わる諸事項について従来の知識を整理し,その結果として加熱面熱流束一定条件の理論解析が欠けていること,加熱面温度や熱流束の空間分布に関する実験が不足していること,理論では無視されている後流渦部の熱伝達の実測が必要であることを指摘し,それらに関する理論的,実験的研究が本研究の主たる目的であることが記されている. 第3章は「The Uniform Wall Heat Flux Condition」(壁面熱流束一定条件)と題し,従来解析例の無い熱流束一定条件下で行った理論研究の結果について記している.すなわち,壁面温度一定のモデルであるWitte-Orozcoの考えを拡張して支配方程式を構成し,それを解析的,数値的に解くことにより,理論的な剥離角は90°でほぼ一定となること,平均熱伝達率は壁温一定の場合に比べ低サブクール下で約30%,高サブクール下で200%ほど大きくなること,したがって従来の理論より実験データに近い値を予測しうることなどを明らかにしている. 第4章は「Experimental Setup and Procedure」(実験装置と方法)であり,壁面の熱流束あるいは温度を一定とし,壁面にそった局所的な熱伝達の変化,壁温度の分布を調べるための実験の装置とその方法について述べている.この種の実験は従来例の無いものである.つまり,断面10mm×90mmの矩形流路を上昇する試験液体(フレオン113)の流れに直交する形で外径33mmの黄銅製の加熱円柱を置き,円柱を円周方向に12分割してそれぞれに微小ヒータを挿入して局所的な熱流束あるいは温度を制御している.そして加熱面過熱度,液サブクールや流速を広い範囲で変化させ,熱伝達分布,壁温分布を測定すると共に,写真およびビデオ観察によって剥離角を測定している. 第5章は「Experimental Results」(実験結果)であり,一連の実験から得られた結果および第3章の理論と比較検討した結果について述べている.すなわち,実験によって,淀み点近傍で固液接触に起因すると思われる大きな熱伝達の促進があること,後流渦部の熱伝達の寄与は35%ほどであり無視しえないことなどの新しい事実を見出しているが,熱伝達については理論と実験になお幾らかの隔たりのあることを指摘している. 第6章は「The Uniform Input Heat Flux Condition」(熱入力一定条件)と題し,加熱面の条件として加熱面の熱伝導性を考慮したより現実的なモデルを考え,それに基づいた解析を行って実験と比較したものであり,解析結果は実験で得られた熱伝達や剥離角などの特性をほぼよく説明することを明らかにしている. 第7章は「Conclusions」(結論)であり,上記の結果をまとめたものである. 以上を要するに,本研究は直交流膜沸騰熱伝達に関し,加熱面熱流束一定および熱入力一定という実際的な加熱面熱流束条件に対し新しく解析を行なう一方,実験によって熱伝達や壁温度の分布を詳細に調べて幾つかの新しい事実を見い出すと共に,熱入力モデルによって実験結果がほぼ良く説明できることを明らかにしており,機械工学,特に伝熱工学の発展に寄与するところ少なくない. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |