この論文では、ある種の開多様体上の複素構造と複素双曲構造の変形が研究されている.とり扱われている多様体は、具体的にはコンパクト複素双曲曲面Sからその中の全測地的複素曲線Cのある閉管状近傍Uを取り除いた補空間S\Uである.主な結果は次のように要約することが出来る. 主張の(2)によりS\Uの複素構造は十分沢山の無限小変形を許し,(1)によりそれらはすべて、有限の変形へと積分可能であることがわかる. S\Uがこのように多くの複素構造の変形を許すにもかかわらず、一方で,その複素双曲構造はrigidである、という対比がこの論文の見所である. これらの結果の証明は次のように要約できる. まず、(1)の主張はBogomolovが一般型代数曲面Sの1点の近傍について行った観察を拡張して,S\Uを2つのStein空間の和として表し,Meiyer-Vietoris系列を用いることによって証明される. (2)の主張が論文提出者の最も力を注いでいる所である.次の準同型を考える. ここで,O(TSnC)はS上の有理型ベクトル場でCに沿って高々n位の極をもつものの芽のつくる層を表す.nは自然な埋め込みS\U→Sから導かれる準同型である.証明の本質的な部分は,nが単射であることの証明である.ここに,Cが全測地的であるという仮定が使われている.証明のアイデアはSの中でCを1点につぶして得られるSが射影的であることを示し,その超平面切断Hを考えると,HはCとdisjointである.次の図式 において,KS+2Cがampleであるという事実と図式を追う議論により,nの単射性が導かれ,それからnの単射性が示される. Fnをnの像とすると, というfiltrationが得られる.またRiemann-Rochの定理を用いて計算することにより、 を得る.ここに,gは曲線Cの種数,(S)はSのオイラー数である。このことと、nの単射性により,H1(S\U,O(T(S\U)))が無限次元であることがわかる. (3)の主張は、曲面群のPU(2,1)表現に関するGoldmanの結果と、Mostowの剛性定理にもとづいて証明される. (2)の主張の証明の要約でも述べたように,H1(S\U,O(T(S\U)))が無限次元であることは,Cに交わらない超平面切断Hへ制限してみることにより証明される.このことは,この論文で存在の示されたS\Uの複素構造の変形が,例えば,Cのまわりの管状近傍の太さを変えるというような自明な変形から得られたものではないことを示しており,S\Uの複素双曲構造の剛性と対比したとき,興味深い数学的事実が示されたということが出来る. またこの論文の随所に論文提出者の数学的知識の広さと正確さとがうかがわれる. 以上の理由により、論文提出者高村茂氏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. |