学位論文要旨



No 110833
著者(漢字) 高村,茂
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,シゲル
標題(和) 複素双曲曲面の剛性と非剛性
標題(洋) The rigidity and non-rigidity of complex hyperbolic surfaces
報告番号 110833
報告番号 甲10833
学位授与日 1994.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第29号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 助教授 矢野,公一
 東京大学 助教授 古田,幹雄
 東京工業大学 教授 野口,潤次郎
内容要旨

 Sをコンパクトな複素双曲曲面とせよ。よく知られているようにSの複素構造及び複素双曲構造は非自明な変形を許容しない。そこでSが全測地的複素曲線Cを含む場合を考える。この論文の目的は、S\U上の複素構造及び複素双曲構造の変形を研究する事である。但し、UはCの管状近傍である。

 まずボゴモロフによりCの管状近傍UでS\Uの複素構造の無限小変形が可積分であるように取れることが知られている。このように選んだUに対して我々はS\Uの複素構造の局所変形空間が無限次元になることを示す。まず、n:H1(S,O(TSnC))→H1(S\U,O(T(S\U)))を制限準同型とする。ここで、O(TSnC)はCで高々n位の極を持つS上の有理ベクトル場の芽の層である。我々は次の二つの事を示す。

 1.十分大きなnに対してnは単射である。

 2.十分大きなnに対してdim H1(S,O(TSnC))=(n2+6n)(g-1)-4(S)

 これら二つの事よりH1(S\U,O(T(S\U)))の次元が無限である事がわかる。よってS\Uの複素構造の局所変形空間は無限次元である事が示される。

 次に、:1(S)→PU(2,1)をSの複素双曲構造のホロノミー表現とする。1(S\U)への制限とすると、の1パラメーター変形族はゴールドマンのある結果を用いる事により、1(S)のPU(2,1)への1パラメーター変形族tへ拡張できる事が示される。従って、モストウの剛性定理よりtは共役を除いてに一致する事がわかる。特にも共役を除いてに一致する事がわかる。換言すれば、S\Uの複素双曲構造は非自明な変形を許容しない。

 最後に、我々の研究とサーストンの双曲的デーン手術理論との類似について注意しておく。サーストンの理論において実三次元双曲多様体の中の全測地的結び目の役割が、この論文では複素双曲曲面の中の全測地的複素曲線によって演じられている。

審査要旨

 この論文では、ある種の開多様体上の複素構造と複素双曲構造の変形が研究されている.とり扱われている多様体は、具体的にはコンパクト複素双曲曲面Sからその中の全測地的複素曲線Cのある閉管状近傍Uを取り除いた補空間S\Uである.主な結果は次のように要約することが出来る.

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 主張の(2)によりS\Uの複素構造は十分沢山の無限小変形を許し,(1)によりそれらはすべて、有限の変形へと積分可能であることがわかる.

 S\Uがこのように多くの複素構造の変形を許すにもかかわらず、一方で,その複素双曲構造はrigidである、という対比がこの論文の見所である.

 これらの結果の証明は次のように要約できる.

 まず、(1)の主張はBogomolovが一般型代数曲面Sの1点の近傍について行った観察を拡張して,S\Uを2つのStein空間の和として表し,Meiyer-Vietoris系列を用いることによって証明される.

 (2)の主張が論文提出者の最も力を注いでいる所である.次の準同型を考える.

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 ここで,O(TSnC)はS上の有理型ベクトル場でCに沿って高々n位の極をもつものの芽のつくる層を表す.nは自然な埋め込みS\U→Sから導かれる準同型である.証明の本質的な部分は,nが単射であることの証明である.ここに,Cが全測地的であるという仮定が使われている.証明のアイデアはSの中でCを1点につぶして得られるSが射影的であることを示し,その超平面切断Hを考えると,HはCとdisjointである.次の図式

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 において,KS+2Cがampleであるという事実と図式を追う議論により,nの単射性が導かれ,それからnの単射性が示される.

 Fnnの像とすると,

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 というfiltrationが得られる.またRiemann-Rochの定理を用いて計算することにより、

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 を得る.ここに,gは曲線Cの種数,(S)はSのオイラー数である。このことと、nの単射性により,H1(S\U,O(T(S\U)))が無限次元であることがわかる.

 (3)の主張は、曲面群のPU(2,1)表現に関するGoldmanの結果と、Mostowの剛性定理にもとづいて証明される.

 (2)の主張の証明の要約でも述べたように,H1(S\U,O(T(S\U)))が無限次元であることは,Cに交わらない超平面切断Hへ制限してみることにより証明される.このことは,この論文で存在の示されたS\Uの複素構造の変形が,例えば,Cのまわりの管状近傍の太さを変えるというような自明な変形から得られたものではないことを示しており,S\Uの複素双曲構造の剛性と対比したとき,興味深い数学的事実が示されたということが出来る.

 またこの論文の随所に論文提出者の数学的知識の広さと正確さとがうかがわれる.

 以上の理由により、論文提出者高村茂氏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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