学位論文要旨



No 110840
著者(漢字) 権,鎬淵
著者(英字)
著者(カナ) クォン,ホーヨン
標題(和) シビリアン・コントロールからみた、日本の防衛政策の決定過程
標題(洋)
報告番号 110840
報告番号 甲10840
学位授与日 1994.11.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第46号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,吉宣
 東京大学 教授 石井,明
 東京大学 助教授 加藤,淳子
 青山学院大学 教授 渡辺,昭夫
 法政大学 助教授 廣瀬,克哉
内容要旨

 本論文は日本の防衛政策の決定過程をシビリアン・コントロールという視角に基づいて実証的に分析・評価しようとするものである。すなわち、シビリアン・コントロールの核心は、軍の拘束:抑制よりも「シビリアン」がいかに防衛政策をコントロールしているのかにあるという立場に立って、防衛政策の類型を代表できる三つのケース(防衛予算、中期防、掃海艇派遣)において、シビリアン・コントロールの現状を分析した実証研究である。

 本論文の構成は、「第1章:シビリアン・コントロールとは」、「第2章:防衛政策づくりにおける主要アクター」、「第3章:防衛予算の決定過程」、「第4章:中期防の策定過程」、「第5章:掃海艇派遣決定の過程」、「第6章:結び」から成っている。

 第1章では、まず、シビリアン・コントロールという用語がもともと多義的で、その概念が非常に曖昧であることを指摘したうえ、シビリアン・コントロール論を統制主体別に、4つに分けて考えてみた。その4つとは、(a)行政府の軍権を議会が統制するのがシビリアン・コントロールの本義と考える「議会主体論」、(b)選挙で選ばれ、国民の信託を受けている政治家を統制主体の主役とみる「政治家主体論」、(c)防衛庁長官、防衛庁内局官僚、制服組などを同じ「軍事機構」の構成員とみなし、これらの軍事部門をほかの非軍事部門が統制すべだと考える非軍事部門主体論、(d)「シビリアン」の意味を「軍人でない者」と解釈し、軍人でない者(つまり「文民」)が防衛政策を統制できればシビリアン・コントロールは成立すると考える「文民主体論」、などである。

 だが、これはあくまでも理想型であり、重複を避けるなど研究上の便宜を図るため、上記の基本的な概念をよりスペックダウンした形で適用し、国会対行政府、(閣僚レベルの)政治家対官僚、(大藏省、外務省などの)他省庁対防衛庁、背広組対制服組との関係において、前者が後者をコントロールしているのかを中心として研究を行った。

 また、「コントロール」の意味を「政策づくりに参加してそれを主導する」という意味で捉えることにする。そして「政策づくり」を問題提起(agenda setting)、政策の中身づくり、政策の権威的決定など三つの段階に分けて考えることにし、その各段階の観察に基づいてシビリアン・コントロールの作動状況を総合的に評価することにした。

 そして防衛政策の分類方法を紹介し、本論文で取り上げた三つのケースが防衛政策の類型をそれぞれ代表できるケースであることを説明した。

 第2章では、防衛政策に参加する主要アクターである、首相、安全保障会議、防衛庁長官、防衛庁内局、制服組、外務省、国防族議員、アメリカなどの基本的性格と彼らが持っている防衛政策上の権限を説明した。ここでは閣僚レベルの政治家に形式的な権限が与えられているものの、それを十分に活用できていないこと、内局の文官官僚が長官補佐権・人事権・他機関との交渉接触権を掌握し、制服官僚をコントロールする体制ができていること、制服組が軍事知識をほぼ独占していること、国防族の活動が防衛予算などの問題につて、主に防衛庁の立場を政治舞台で代弁するという役割にとどまっていること、などを指摘した。

 第3章から第5章までは防衛政策の代表的な事例として取り上げた三つのケース、すなわち防衛予算、中期防衛力整備計画、掃海艇派遣の決定過程を詳しく取り上げた。各章ではまず、イシューの基本的な性質や背景を述べた。そして、それぞれの政策が決定に至るまでの過程を詳しく記述し、章末でシビリアン・コントロールの働きぶりを4つのレンズを照らして検証するという手順を踏んだ。

 防衛予算の編成過程におけるシビリアン・コントロールの働きぶりを評価してみたのが次の表1である。そこでは、防衛予算過程の権威的決定の側面においてはほぼすべての視点からもよい評価が得られた。防衛予算の決定権はシビリアン・コントロールの観点からみて、うまく配分されているといえよう。だが、下の文民主体論のほうではある程度シビリアン・コントロールが高い水準を保っているが、よりアクターのレベルが高くなればなるほど、シビリアン・コントロールが段々弱くなっていることもはっきり表れている。とくに政治家主体論や議会主体論に基づくシビリアン・コントロールはかなりの問題点を抱えていると指摘することができよう。

[表1]防衛予算の編成過程におけるシビリアン・コントロール

 中期防の策定過程におけるシビリアン・コントロールに対する評価を合わせてみると表2のようになる。ここでも、防衛予算の場合と同様、下のレベル(例えば、文民主体論)ではシビリアン・コントロールが相当作用しているが、アクターのレベルが高くなるにつれ、シビリアン・コントロールが弱まっている、という評価ができよう。

 また、行政府に対する議会によるコントロールがほとんど効いていないのも、中期防づくりにおけるシビリアン・コントロールの重要な問題点と指摘しなければならない。

[表2]中期防の策定過程におけるシビリアン・コントロール

 一方、掃海艇派遣のケースでは、イシューそのものが「派遣するのかしないのか」をめぐる両者択一の問題であり、政策を判断するのに専門知識はあまり必要なく、政治家の政治的判断が最大の変数であった。また、アクターの範囲がかなり広がり、多方面から多くのアクターが参加したこと、アクター間の関係も定性がみられなかった、などの特徴をもっていた。掃海艇派遣のケースにおけるシビリアン・コントロールを概観したのが表3である。このケースでは議会によるコントロールがかなり欠落しているが、ほかの観点からは概ね強いシビリアン・コントロールが作用していたと評価される。

[表3]掃海艇派遣の決定過程におけるシビリアン・コントローリ

 第6章の結びでは、イシュー別にみたシビリアン・コントロールの評価を整理するとともに、シビリアン・コントロールの統制主体別にみた評価をまとめた。非軍人を統制主体として考える「文民統制」のほうは防衛政策の性格にさほど影響されず、全般的によく機能しているが、シビリアン・コントロールの他の視角からみると、予算や中期防のようなケースに対する統制にはかなりの問題があるとまとめることができよう。とくに「議会統制」に立って考えるといずれの分野でもかなり否定的な評価が下されよう。日本のシビリアン・コントロールは非軍人の軍人に対する統制という側面に片寄りすぎており、他の視角によるシビリアン・コントロールの強化が行われる必要があろう。

審査要旨

 「シビリアン・コントロールからみた日本の防衛政策の決定過程」と題する本論文は、シビリアン・コントロール論にもとづいて、実証可能な分析枠組みを構築し、防衛予算、(2回目の)中期防衛力整備計画(中期防)、(湾岸への)掃海艇の派遣の3つのケース・スタディを行うことによって、日本の防衛政策の決定過程を明らかにするとともに、合わせて、シビリアン・コントロールという視点から日本の防衛政策を評価しようとするものである。本論文は、全体で6つの章からから成り、それに資料及び参考文献のリストが付されている。第1章は問題意識と基本的な分析枠組みの設定にあてられ、第2章は、日本の防衛政策の決定過程をみるときに必要な制度的な枠組みと、政策決定に参加するアクターの記述と分析にあてられる。第3章から章5章までの3つの章は、それぞれ、防衛予算、(2回目の)中期防、掃海艇派遣についてのケース・スタディである。そして、第6章では、論文全体がまとめられ、シビリアン・コントロールからみた日本の防衛政策の評価が行われる。

 第1章においては、まず、日本の防衛政策をみるとき、一方では、シビリアン・コントロールがきわめて重要な問題として提起される反面、他方では、それが、実際の防衛政策の決定過程の十分な研究と分析をもとにして行われているものではない、との指摘が行われる。そこで、筆者は、シビリアン・コントロールの内容を吟味整理し、実証可能な分析枠組みを設定し、実際の日本の防衛政策を分析することによって、そのような現状におけるギャップをのりこえようとする。このような問題意識から、第一の作業として、多義的なシビリアン・コントロールの内容を検討し、誰が誰を防衛政策についてコントロールするのか、という視点から、(a)議会が行政府をコントロールするという議会主体論(具体的には、国会対行政府)(b)選挙によって選ばれた政治家がコントロールの主体とみる政治家主体論(閣僚レベルの政治家対官僚)、(c)軍事部門を非軍事部門がコントロールするという非軍事部門主体論(他省庁対防衛庁)、(d)軍人ではない者が防衛政策をコントロールするという文民主体論(防衛庁内部の背広組対制服組)の4つを示す。そして、コントロールの内容に関しては、それを「政策づくりに参加してそれを主導する」と定義し、さらにその内容を、(イ)問題提起(agenda-setting)、(ロ)政策の中身(選択肢)の作成、(ハ)権威的な決定、の3つにわける枠組みを提示している。次に、防衛政策には、いくつかの異なる性格のものがあり、問題によってコントロールの主体及び内容が異なり得るとし、政策の分類としてルーティン的な政策と非ルーティン的な政策、実務的政策と基本的政策、軍政と軍令、等があるとし、それらの性格の異なる防衛政策のなかから、典型的なものとして、防衛予算の策定(ルーティン、実務、軍政)、掃海挺の派遣(非ルーティン、基本、軍令)、また、それらの中間的なものとして、中期防の策定、という3つのケースをとりあげるとする。

 第2章は、「防衛政策づくりにおける主要アクター」を論ずるものであり、そこでは、日本の制度を解説しつつ、首相、防衛庁、外務省、等の日本国内における防衛政策の策定に関与するフォーマルなアクターについて、その権限、特徴などが詳細に論ぜられる。また、安全保障会議等の行政府における最高決定機関のあり方と活動様式が、80年代、90年代のデータを用いながら明らかにされる。また、インフオーマルな自民党の議員集合である「国防族」について、その構成、性格、活動の内容などが広く検討される。そして、日本の防衛政策の決定に欠かすことのできない米国に関して、日米間での安全保障についての協議のシステム及び米国の日本の防衛政策決定への影響のあり方が詳細に分析される。

 第3章は、防衛予算の決定過程についての分析である。防衛予算は、各幕僚監部(制服)レベル、内局レベル、大蔵省、政府、国会、という段階を経て決定されるが、それぞれの段階において、いかに予算が編成されているか、またいかに内局が制服を、大蔵省が防衛庁をコントロールしているか、データを用いた詳細な分析が行われる。たとえば、正面装備に関して大蔵省が査定を行うにあたって、予算の額を指定しつつ、数量と単価について、さまざまなコントロールを行い、また、陸、海、空の予算に関しても、どこを優遇するか、という志向を必ずしももたない削減方式をとっている、等いままでは明らかになっていなかった事実を数字を詳細に分析することによってみちびき出している。そして、内局対制服という分野でみれば、内局が、問題提起、政策の中身、そして決定において、十分なコントロールをもっている(理由としては、内局が、広汎な長官補佐権を持っていたり、また人事権を握っていることが指摘される)。また、大蔵省は、防衛庁に対して、問題提起を除いて、政策の中身にまでわたり、十分なコントロールをもっている。しかし、閣僚は官僚に対して必ずしも十分なコントロールを発揮しておらず、また国会は、決定をオーソライズするものの、問題提起及び政策の中身に関しては、直接にコントロールすることはみられない、という結論をみちびき出している。

 第4章は、1991年から95年度までをカヴァーする第2回目の中期防の策定過程の分析である。まず、日本における防衛計画について歴史的に概観し、第2回目の中期防の策定に関して、防衛庁内における作業、大蔵省による中期防の査定、という官僚レベルの決定過程とともに、海部俊樹首相、自民党内の調整、安全保障会議、そして、米国との調整、という高度に政治的な次元の分析を有機的に行っている。ここで注目すべきは、中期防の策定に関して、従来は明らかにされていなかった防衛庁内部での策定過程(これは、89年初頭からはじまった)を、インタヴューによって、明らかにしている、ということである。とくに、中期防の策定に関して、内局が、いくつかの経費の上限を各幕に示して、そのなかで、各幕が計画を提示する、という「ケース・スタディ」という方法を採用し、内局が、有効に制服をコントロールしたことが示される。しかし、大蔵省に関しては、1990年の予算編成と並行して中期防の作業を行ったこともあり、問題提起、政策の中身づくりに関して、通常の予算のときほどのコントロールを発揮しなかったと推測される。また、海部首相をはじめとする政治家、「国防族」は、国際情勢の判断、防衛計画の大綱のみなおし等について、一定の問題提起を行った。しかし、それらは組織的なものとはならず、また、湾岸危機とも重なり、中期防の内容を有意に変更するところまではいかなかった。中期防は、国会にはかって決定されるという性格のものではなかったがゆえに、野党が若干の動きは示したものの、国会そのものは、その決定過程に全く関与しなかったのである。

 第5章は、掃海艇の派遣の決定過程の分析にあてられる。掃海艇の派遣は、いわば、自衛隊の行動についての決定であり、前の2つのケースとはその性格を異にするものである。まず、自衛隊の海外派遣について、その歴史的経緯(たとえば、1987年のペルシャ湾への派遣についての議論)、また、「湾岸戦争」における、掃海艇の派遣問題等が詳しく検討される。そして、「湾岸戦争」が終わったあと、91年3月6日、ドイツ政府は、海軍の掃海艇の派遣を発表するが、これがいわゆる「ドイツ・ショック」として日本に大きな影響を与えた、ドイツの決定後ただちに栗山尚一外務事務次官を筆頭に外務省では、派遣ということに一致し、「国防族」も動くが、海部首相は動かなかった。しかし、4月初旬に統一地方選挙があり、自民党は勝利し、選挙という障壁はなくなり、また、PKOの議論を優先しようとする小沢一郎自民党幹事長が退陣する。そして、この頃、内閣情報調査室の行った世論調査の内容が明らかになり、その結果は、掃海艇の派遣について、「当然だ」が26%、「やむを得ない」が37%、「反対」が29%であった。この結果に海部首相は大いに興味を示した。さらに、この間、「商工族」のボスである梶山静六衆議院議員は、経団連などの民間団体と連携をとり、派遣の方向で態勢をかためていった。また、渡辺美智雄、宮沢喜一らの派閥の領袖(河本敏夫は除く)も、派遣に賛成し、海部首相を説得する立場にたつにいたった。一方、野党も強く反対する立場をとらなかった。そして、4月11日、自民党の国防関係3部会は、掃海艇を早急に派遣すべきとの主張で一致した。そして、翌12日、海部首相は、派遣を決断するのである。この掃海艇の派遣の決定で、大きな役割を果たしたのは、外務省と政治家であり、政治家主体論、非軍事部門主体論があてはまるものであった。しかし、この派遣は、自衛隊法に依拠するものであり、国会の決定を待つものではなく、また、防衛庁は基本的には、受け身であった。さらに、決定の内容が、基本的には派遣するかしないか、という単純なものであったため、決定の中身そのものは、議論の対象とはなりえなかった。

 第6章は、論文全体のまとめと、第1章で構築したシビリアン・コントロールの分析枠組みにもとづいて、日本の防衛政策を事実にもとづいて評価することにあてられる。評価に関していえば、まず第一にいえることは、政策問題の性質によって、コントロールのあり方は異なる、ということである。すなわち、非ルーティン/基本的/軍令という特徴をもった政策(ケースとしては、掃海艇の派遣)は、政治家及び非軍事部門のコントロールが前面にあらわれ、それとは対極的な、ルーティン/実務的/軍政という特徴をもつ政策分野(予算)では、防衛庁内部での内局の制服に対するコントロールが顕著であり、また大蔵省の防衛庁に対するコントロールもつよく効いている。そして、それら2つのケースの中間である中期防においては、予算と同じ様に、防衛庁内において、内局が制服をコントロールする絶妙な仕組みが作られているが、それと同時に、政治家もある程度決定に参加するという事象がみられるのである。第二に、一般的にいえば、日本のシビリアン・コントロールは、下位のレベルほど有効に効いており、上位、とくに国会のコントロールは希薄である、という特徴をもつ。これは、問題提起、政策の内容についてとくにいえることである。もちろん間接的には国会のコントロールは効いているという見方(たとえば、カール・フリードリッヒのいう「予期された反応 anticipated reactions」)も存在し得るが、直接的なコントロールということからいえば、日本においては、議会主体論は成立しにくいということである。

 本論文は、いままで正面から取り上げられたことが少なかったシビリアン・コントロールと現実の防衛政策の決定過程との関係に関して、一定の分析枠組みを構築し、それをもとに詳細なケース・スタディを行った独創的な研究であり、高く評価できるものである。また、ケース・スタディそのものも、とくに予算、中期防の策定に関しては、その綿密さ、分析の新しさなど、いままでの研究水準を抜くものが多くみられる。分析の結果も、いままで、明確にされていなかったコントロールのシステムを実証的に明らかにしたことに大きな成果をみることができる。さらに、防衛政策といういままで深く研究されることなく、また資料の乏しい分野において、1次資料、2次資料を駆使し、さらには政策決定の担当者に対してインタヴューを行い、新しい研究方法を開発したことも高く評価できる。

 本論文は、日本の防衛政策をシビリアン・コントロールという観点から集中的に分析したものであるが、日本の政策決定の他の分野と比較して、本論文で抽出された防衛政策の諸特徴がどのように位置づけられるのか、また、他国と比較していかなる特殊性と普遍性を日本が持っているのか、さらに、シビリアン・コントロールを、たんに、政策決定過程におけるコントロール関係だけではなく、決定の結果との関係でいかに捉えることができるのか、等について検討と分析を加えることによって、なお一層深みのある論文になったと考えられる。しかし、そのことは、この論文の固有の価値をいささかも減ずるものではない。

 以上のことから、審査委員会は本論文を博士(学術)の学位にふさわしいものと判定する。

UTokyo Repositoryリンク