学位論文要旨



No 110841
著者(漢字) 石,大賢
著者(英字)
著者(カナ) ソク,デーヒョン
標題(和) 真核細胞における蛋白質細胞内輸送に関する研究
標題(洋) Studies on the intracellular protein transport in eucaryotic cells
報告番号 110841
報告番号 甲10841
学位授与日 1994.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1523号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 徳田,元
内容要旨

 分泌型蛋白質は、粗面小胞体→ゴルジ体→分泌小胞→細胞外(細胞質膜)という一連の流れで、細胞外へ運ばれる。また、粗面小胞体、ゴルジ体、リソゾームなど細胞内オルガネラへの局在は、これら一連の流れの中で選別されることによって遂行される。こうした蛋白質の分泌経路は、2つの段階に大別することができる。第一は新生ペプチドの小胞体内腔への移入という「膜通過」の過程、第二は分泌小胞の出芽と融合の繰り返しにより、小胞体からゴルジ体を経て最終的な局在部位に至る「細胞内輸送」の過程である。

 細胞内輸送過程に関しては、その流れはほぼ明らかにされているものの、細部の機構に関してはまだ不明な点が多い。今まで細胞内輸送機構を解析する手段としては小胞体→ゴルジ体間、ゴルジ体層間、ゴルジ体→細胞質膜間の各in vitro系、細胞内輸送過程に働く遺伝子に異常を持つ温度感受性変異株の取得、および細胞内輸送を阻害する薬剤を見出しその作用機序をあきらかにすること等が用いられてきた。

 Brefeldin A(BFA)は動物細胞に対して糖蛋白質の細胞表層への輸送を特異的に阻害し、細胞内に蓄積させる作用を有する事が明らかにされている。さらに糖鎖部位の解析から、小胞体またはゴルジ体シス型の前駆体糖蛋白質が細胞内に蓄積することが当研究室の高月らによって明らかにされた。

 また、当研究室の中島らは新規の温度感受性分泌変異株uso1-1を取得した。uso1-1変異株は、制限温度下(37℃)で小胞体型の糖鎖の付加したインベルターゼ(分泌蛋白質)及びカルボキシペプチダーゼY(CPY:液胞蛋白質)を細胞内に蓄積することと、小胞体の膨潤などの細胞内膜系の異常が認められることから、小胞体・ゴルジ体間蛋白質輸送に欠損を持つ。

 野生型の遺伝子USO1をクローン化し、塩基配列を決定したところ1790アミノ酸、予想分子量206kDaの親水性蛋白質をコードしていた。この遺伝子は生育に必須でありC末側約1010アミノ酸に7残基リピート構造をもち、coiled-coil構造の形成が示唆される。

 本研究では蛋白質細胞内輸送機構の解明を目的とした。第1部では動物細胞を用いて糖蛋白質細胞内輸送阻害剤の探索と単離を行い、その作用機序を明らかにすることを目的とした。次いで第2部で酵母細胞におけるUso1蛋白質の生化学的機能の解析を行うことを目的とした。

第1部.動物細胞における蛋白質細胞内輸送に関する研究

 ニューカッスル病ウイルス(NDV)感染BHK細胞の中で合成されるウイルス外皮糖蛋白質の一つである融合蛋白質は、細胞表層へ運ばれると顕著な細胞融合活性を示す。そこでこの細胞融合活性を指標として糖蛋白質細胞内輸送阻害物質の検索を行った。なお、蛋白質合成阻害の結果として細胞融合阻害を示すものは、ウイルス外皮を構成する糖蛋白質で細胞内でも活性を持つ赤血球凝集素の合成を細胞破砕後に定量することで除外した。顕著な細胞内輸送阻害活性を示すS68物質を単離して機器分析および生物活性を検討した結果、S68物質は抗炎症剤として報告されているSS33410と同一と考えられた。

 単離したS68物質が糖蛋白質細胞内輸送の阻害作用を持つかどうかを調べる目的で、VSV感染BHK細胞に[35S]メチオニンを取り込ませ、細胞画分と培地画分について糖蛋白質の分子量の検討を行った結果、S68物質はVSV-G蛋白質の合成を抑えることなく培地中への放出を顕著に阻害することが示された。細胞内に蓄積されているG蛋白質は成熟型のG蛋白質よりも低分子であることから、糖蛋白質糖鎖のプロセッシングが完了するトランスゴルジネットワーク以前の段階で細胞内輸送が阻害されることが示唆された。細胞内に蓄積されているG蛋白質の糖鎖は高マンノース型のゴルジ体メディアルの糖鎖(GlcNAc1 Man5 GlcNAc2-Asn-)であることが示唆された。即ち、S68物質はゴルジ体のメディアル以後の蛋白質細胞内輸送を阻害することが考えられる。

 S68物質は18員環にフマル酸を持つ6員環hemiketalが含まれている長い残基を持つマクロライド系抗生物質であると推定される。コンカナマイシンAは細胞内の液胞型H+-ATPaseの阻害剤で蛋白質細胞内輸送をゴルジ体で阻害する。S68物質の推定構造は、コンカナマイシンAの基本構造のrhamnoseの代わりにフマル酸が存在するもので構造的に類似である。また、液胞型H+-ATPaseの阻害剤であるバフィロマイシンB1はゴルジ体内腔のpH勾配形成を阻害することによってADP-Ribosylation Factor(ARF)蛋白質がゴルジ体膜へ結合するのを阻害することが報告されている。これらの報告結果からARF蛋白質が膜への結合はGTP-GDP Exchange Factor(GEF)蛋白質によって制御され、GEF蛋白質は液胞型H+-ATPaseによって形成されるゴルジ体内腔のpH勾配によって制御されると考えることができる。

 そこでS68物質の作用機構はゴルジ体膜に存在する液胞型H+-ATPaseを阻害することによって、GEF蛋白質が活性化されなくなりARF蛋白質がゴルジ膜へ結合できないことによって分泌小胞が出芽されないと考えられる。

第2部.酵母細胞における蛋白質細胞内輸送に関する研究

 Uso1蛋白質の小胞輸送に果たしている機能を明らかにするため、抗N末端抗体、抗C末端抗体を用いてウエスタンブロットを行った結果、USO1遺伝子の塩基配列から予想される約200kDaの蛋白質が特異的に反応することから細胞内にUso1蛋白質は実際に存在することが示された。一方、uso1-1変異株では、200kDaのバンドは認められず、抗N末端抗体のみで約100kDa部位にバンドが検出された。そこでuso1-1変異株のUSO1遺伝子のN末端から約100kDa部位にあたる染色体DNA領域を合成Primerを用いてシークエンシングを行ったところ、951番目のグルタミン酸のコドンがAmberコドンに変わっていた。

 Uso1蛋白質は膜貫通ドメインをもたず、親水性の蛋白質である。しかも、C末端に酸性アミノ酸が15残基連続する。細胞分画および間接蛍光顕微鏡でUso1蛋白質の局在性を検討した。Uso1蛋白質は100,000xg,60分の遠心で上清に存在する。また、間接蛍光顕微鏡でのUso1蛋白質の染色像は細胞全体が染色されていて特徴的な染色像は見られないことから、Uso1蛋白質は可溶性で細胞質全体に拡散して存在する蛋白質であると考えられる。

 Uso1蛋白質はC末側約1010アミノ酸にわたって、ミオシンなど、細胞骨格系蛋白質がもつ、coiled-coilの-ヘリックスを形成すると考えられる7残基リピート構造を持っている。それでUso1蛋白質の分子量および沈降係数を測定した。Uso1蛋白質は669kDaの分子量マーカー蛋白質であるthyroglobulinよりも先に溶出した。球状蛋白質と比較したUso1蛋白質の分子量は、約800-900kDaと計算される。Uso1蛋白質の沈降係数は約6Sで、44kDaの球状蛋白質であるperoxidaseとほぼ同じ位置に沈降し、19.5Sで沈降するthyroglobulinよりもはるかに低分子であるかのような挙動を示した。

 Uso1蛋白質の精製は40,000xg,30分の遠心の上清画分からDEAE-TOYOPEARL、Hydroxyapatite、Superose 6ゲル濾過カラムを用いて行った結果、Coomassie染色で、単一バンドまでUso1蛋白質を精製した。精製Uso1蛋白質画分にはUso1蛋白質以外の他の蛋白質は検出されなかった。なお、精製Uso1蛋白質を用いてUso1蛋白質の構造体を電子顕微鏡で観察を行った結果、1個の球状の頭部と1個の長さ150nmの長い尾部が観察された。

 これらのことから、Uso1蛋白質は球状蛋白質ではなく繊維状蛋白質であり、それ自体からなるホモ二量体であることが確認された。

 なお、Uso1蛋白質と同様、変異Uso1蛋白質に対してもゲル濾過カラムクロマトグラフィーおよび沈降係数を測定した結果、球状蛋白質と比較した変異Uso1蛋白質の分子量は約400-500kDaで沈降係数は、野生型Uso1蛋白質と同じく6Sである。

 これらの結果より変異Uso1蛋白質もまた野生株Uso1蛋白質と同様にcoided-coil構造をとり、繊維状の複合体を形成することによって許容温度である25℃では小胞体からゴルジ体への蛋白質細胞内輸送に寄与していると考えられる。

 Uso1蛋白質のC末側に存在することが予想されるcoiled-coil構造の機能を詳細に検討するために、人工的にC末を削ったUSO1遺伝子を作製して1コピーベクターに全長USO1をのせたプラスミドからデリーションを行い、4種類のC末欠損株を取得して生育および蛋白質の分泌を検討した。その結果、C末側のcoiled-coil構造が予想される領域を約370アミノ酸、330アミノ酸を持っているuso1-10,uso1-11株は25℃での生育が認められるが、37℃では生育できず温度感受性を示した。温度感受性を示すuso1-10,uso1-11株を非許容化温度でのインベルターゼの分泌を検討を行った結果、sec18と同様、小胞体型の糖鎖修飾のみ受けた前駆体が細胞内画分に蓄積した。それに対してC末側のcoiled-coil構造を全くもたないuso1-12,uso1-13株では25℃でも生育は認められなかった。

 よって、Uso1蛋白質の機能におけるC末側に存在するcoiled-coil構造の重要性が示唆された。

 Ypt1蛋白質はRas蛋白質類似のGTP結合蛋白質で変異株を用いた実験やin vitro系の解析から、Ypt1蛋白質は小胞体-ゴルジ体間蛋白質輸送に関わっており、その中でも輸送小胞のゴルジ体膜へのターゲティングと融合の過程に関与していることが示されている。必須遺伝子であるYPT1の抑制遺伝子として、4種類のSLY遺伝子(SLY1-20,SLY2,SLY12,SLY41)がとられた。これらのSLY遺伝子をuso1-1変異株へ形質転換したところ、uso1-1変異株の温度感受性変異を抑制した。このことからUSO1遺伝子はSLY遺伝子との遺伝的相互作用があることが示された。

 Uso1蛋白質はSly蛋白質とかなり近いところ、つまり輸送小胞のターゲティングおよび融合の段階で働いていると考えられる。

審査要旨

 真核生物の細胞において,分泌型蛋白質は粗面小胞体に膜透過したのち,小胞の出芽と融合を介して小胞体→ゴルジ体→分泌小胞→細胞表層という一連の流れで細胞内を輸送される。蛋白質の細胞内輸送と局在化の機構は細胞生物学のもっとも重要な問題のひとつであり,次第に詳細な機構が明らかにされつつあるが,いまだに多くの未解明の問題が残されている。著者は,特異的な阻害剤の探索と酵母遺伝子の解析という2つのアプローチによりこの問題に取り組み,その結果を本論文にまとめている。論文は,序論,第一部2章,第二部3章及び総括からなっている。

 序論で研究の背景と意義について概説したのち,第一部では,哺乳類細胞における蛋白質輸送を特異的に阻害する抗生物質の探索と精製・作用機序の解析について述べている。

 ニューカッスル病ウイルス(NDV)が感染したBHK細胞は,表層に発現されるウイルス外皮糖蛋白質により顕著な細胞融合をおこす。第1章では,この細胞融合の阻害を指標として探索を行い,蛋白質細胞内輸送を特異的に阻害するS68物質を見いだした。単離精製ののち,機器分析および生物活性を検討した結果,S68は抗炎症剤として報告されたSS33410と同一であると考えられた。

 水泡性口内炎ウイルス(VSV)に感染したBHK細胞では,ウイルスのG糖蛋白質を特異的に35Sで標識できる。第2章では,これにより,S68がG糖蛋白質の合成を阻害することなく,培地への放出を阻害することを確認した。細胞内に蓄積されたG糖蛋白質では,N糖鎖の構造がGlcNAc1Man5GlcNAc2-であることを明らかにし,ゴルジ体のメディアル領域以後の輸送が阻害されていることを示した。S68は,V型H+-ATPaseを阻害するコンカナマイシンAと構造が類似しており,輸送小胞の出芽にはゴルジ体内腔の酸性化が必要であることから,S68もゴルジ体のV型H+-ATPaseの阻害により分泌小胞の出芽を止めると予想された。

 第二部では,小胞体からゴルジ体への蛋白質輸送に必須な酵母USO1遺伝子の解析について述べている。

 USO1遺伝子は,1790アミノ酸よりなる親水性蛋白質をコードしており,温度感受性変異株では37℃で分泌型蛋白質が小胞体から輸送されなくなる。第1章では,Uso1蛋白質のN末端領域とC末端領域に対する抗体を作製して調べたところ,細胞質画分に分子量200KDaの蛋白質を検出した。一方,温度感受性uso1-1変異株では,C末端側抗体に反応する蛋白質は認められず,N末端側抗体のみで分子量100KDaの蛋白質が検出された。変異遺伝子の塩基配列を調べたところ,951番めのグルタミン酸コドンがアンバー終止コドンに変異していた。C末端側から遺伝子の一部を欠失させたuso1変異株も温度感受性を示すことから,C末端側が短くなることが温度感受性の原因であることが確認された。

 C末端領域には1010アミノ酸にわたって,ミオシンのような繊維状の細胞骨格系蛋白質にみられる,coiled coilの-ヘリツクスを形成すると考えられる7アミノ酸リピート配列がある。抗体により検出すると,Uso1蛋白質は,ゲル濾過で669KDaの球状分子量マーカーthyroglobulinより高分子側に溶出し,沈降係数は44KDaの球状蛋白質peroxidaseとほぼ同じ(6S)であった。このような異常な挙動は,Uso1がcoiled coilの長い繊維状領域をもつ二量体蛋白質であることを示唆する。coiled coil領域が短くなった変異Uso1-1も,ゲル濾過で400-500KDa,沈降定数は6Sを示し,やはり二量体を形成していると予想された。

 第2章では,野生型Uso1蛋白質をCoomassie Blue染色で単一バンドとなるまで精製した。同時に精製されるような他の蛋白質は検出されず,Uso1はホモ二量体であると予想された。精製標品を電子顕微鏡で観察し,Uso1が1個の球状の頭部と長さ150nmの1本の尾部からなる分子であることを確認した。

 第3章では,遺伝学的解析により,YPT1の欠損を抑制する4種のSLY遺伝子がuso1変異をも抑制することを見いだした。Ypt1蛋白質は低分子量GTP結合蛋白質であり,輸送小胞がゴルジ体にターゲティング・融合する段階に関与することから,Uso1も小胞のターゲティング乃至融合の段階で働いていることが予想された。

 以上,本論文は哺乳類培養細胞及び酵母を材料として,真核細胞における分泌型蛋白質の細胞内輸送機構について解析を行った結果を論じたもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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