学位論文要旨



No 110851
著者(漢字) 中島,圭一
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ケイイチ
標題(和) 中世的金融業の展開
標題(洋)
報告番号 110851
報告番号 甲10851
学位授与日 1995.01.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人文第100号
研究科 人文科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五味,文彦
 東京大学 教授 勝俣,鎮夫
 東京大学 教授 吉田,伸之
 東京大学 教授 保立,道久
 東京大学 教授 村井,章介
内容要旨

 十二世紀以降、身分は低いながらも、諸権門に従属し、年貢収取実務に携わることを通じて財貨を蓄え、それをもとに高利貸を行う者が現われ、やがて専門の高利貸業者として世間の認知を受け、「借上」と呼ばれるようになった。承久の乱後、彼らは主家の下での経験を生かし、新たに遠隔地の所領を大量に獲得した地頭御家人などの下で年貢収取の実務にあたるようになる。さらに十三世紀末期以降、彼らは一円領化された荘園を預かり、その経営と収納を請け負う代官請負業者としての側面をあわせ持つに至る。こうして彼らの業務が「借上」という言葉の枠に収まらなくなった段階で、この時代の有徳人の代表として、富裕の象徴たる「土倉」の呼称が付与されたのである。土倉とは、高利貸、代官請負、さらには必要な技術さえあれば醸造など、大きな資本を必要とする分野で積極的な活動を展開する事業家であった。

 土倉は、一円領化が進んだ「成熟」期の荘園制を文字通り支える存在となり、十四世紀末期から十五世紀初期にかけて最盛期を迎えた。それとともに、新規参入を試みる者も現われてくる。高利貸的禅僧や俗人の新興土倉はその代表であり、彼らに資金を供給した禅宗寺院の祠堂銭金融も急速に成長していく。また、日銭屋という、高利・小口の貸付を業務の中心とする業者も登場している。

 しかし十五世紀中期以降、在地勢力の伸長の前に荘園領主の支配力が弱まるとともに、土倉は、重要な収入源である代官請負活動の場を少しずつ奪われ、その在所数を減少させ、個々の在所の規模も縮小していく。彼らはもはや、富裕の象徴「土倉」の名で呼ばれるには相応しからぬ存在となりつつあった。ただその一方で、高利貸活動を取り巻く環境は次第に好転し、十六世紀には債権の回収も明らかに安定に向っている。土倉が、金融業専門の「質屋」に落ち着く準備は整いつつあったのである。

 このように、近世の到来とともに姿を消したのを見ても、土倉は極めて中世的な存在であったと言えよう。例えば商業への関与も、座から本所への課役納入の請負など、荘園制的な商業支配の一角を担う形にほぼ限られており、隔地間取引などに自ら本格的に関わることは少なかった。この事実を土倉の立場に立って見直してみると、中世の商業が安定的に大きな利益を期待できない分野であったこと、そして当時の日本の商品経済の規模がまだ小さかったことがうかがえる。中世末から近世初頭にかけて、国内外の遠隔地商業の分野に積極的に進出することで豪商へと成長した者が輩出したのと対比すれば、この間の発展段階の差は明白である。おそらく政治・社会や経済の荘園制的枠組みの崩壊が顕著になり、これに比列して土倉がその数を減少させていった十五世紀中期頃から、商品経済は日本経済全体の中に占める位置を急速に上昇させていったのであろう。十五世紀末期以降、日本独自の銭貨を大量に鋳造して流通に乗せ、新たなる貨幣体系を模索する動きが本格化するが、これもそうした経済体系の変動と密接に関連する事象であるに違いない。

審査要旨

 本論文は、中世社会の商業・流通において金融の面で重要な役割を果たした土倉の存在形態を明らかにしたものである。全体は二部と補論からなり、第一部は、土倉が京や地方でいかに成立し、それと公権力がどのように関わっていたのかを探る。その際、高利貸業務とともに代官請負業務に注目して、そこに土倉の繁栄の基礎を認め、前代の借上との違いや、土倉を公権力が把握するに至る過程を具体的に明らかにした。中世金融業の展開の大枠を明示し、代官請負業務の具体的な営業活動を明らかにした点が大きな成果である。

 第二部は、室町時代の祠堂銭や日銭屋などの金融の在り方を明らかにするとともに、十五世紀中期以後の土倉の新たな展開を跡付けた。一揆や徳政による債券破棄と在地勢力の侵略で高利貸業務や代官請負業務が困難となった土倉は同業者組織をつくって防衛に努め、幕府も保護したこともあって、高利貸業務は軌道に乗り、土倉は純粋な金融業者となり、近世を迎えると質屋と称されるに至る。中世後期の金融業の実態とその展開過程に道筋をつけた貴重な業績である。なお補論では銭の流通の地域差の問題や中世の貨幣体系を概観し、今後の貨幣史に重要な論点を提供している。

 こうして中世の金融業の展開を土倉の存在を通じて明らかにした点、断片的な史料から金融の在り方を総合的に分析し点は高く評価されよう。ただ全体的に図式的な整理が目立ち、土倉の在り方についてもやや突っ込みの不足が感じられるが、それは本論文の価値を低めるものではなく、今後の研究で補われるであろう。中世の金融業に関する豊かな基礎がここに築かれたと評価されるもので、本論文は博士(文学)の学位にふさわしい内容と認められる。

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