学位論文要旨



No 110856
著者(漢字) 宋,東烈
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ドンヨル
標題(和) 短繊維強化プラスチック複合材料の破壊の微視的機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 110856
報告番号 甲10856
学位授与日 1995.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3283号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 塩谷,義
内容要旨

 短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料は、力学的特性や成形性が優れているために最近自動車、航空宇宙、スポーツ分野などの構造用材料として注目されている。このため、複合材料の力学的特性をはじめ、強度や破壊などの問題が重要な研究課題となってきた。複合材料では、材料特性が異なる素材が接合されているため、その破壊は均一材料の場合に比べきわめて複雑となる。すなわち、構成素材の材料定数の組合わせ、構成の幾何学的なパラメータ、接合界面での接着強度など、あるいは構成素材本来の内部欠陥や製造工程などにより複合材料内部のき裂発生やその進展様式などが多様化し、それによって複合材料全体の巨視的破壊強度も変化する。したがって、このような複合材料の工学的適用においての効率的な使用には、これらの力学的特性および巨視的破壊様相を支配する微視力学的破壊プロセスおよび破壊メカニズムに関する的確な知識が極めて重要である。しかしながら、これらの破壊については、巨視的な強度・変形特性のみが評価されることが多く、これらの巨視的な特性と材料製造条件や構成材料の特性データを直接結び付けることはきわめて困難であった。これは製造条件と直接関係づけられる繊維とマトリックス樹脂間の相互作用を含む微視的損傷の発生および破壊プロセスの理解が十分なされていないためである。

 このような観点から、本研究では短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料のマイクロメカニクスの実験的および理論的検討を行い、この材料の微視力学的破壊挙動を明らかにすることを目的としている。まず、異なる繊維表面処理を施した一本のガラス繊維を埋め込んだ単一繊維複合材料モデルについて、繊維/マトリックス樹脂界面の力学的特性および界面での応力伝達や破壊メカニズムを結びつけることにより、界面の微視力学的挙動を定量的に評価した。つぎに、これらの単一繊維複合材料結果をもとに、同様の異なる繊維表面処理を施した実用の射出成形ランダム配向短繊維強化複合材料について、巨視的力学特性である引張強度、静的面内破壊靭性や落錘衝撃破壊特性を検討した。また、超音波顕微鏡(Scanning Acoustic Microscope:SAM)及び走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)下での負荷過程中のその場観察により微視的な変形・損傷・破壊プロセスの詳細な検討を行って、繊維と樹脂間の相互作用を含む微視的破壊メカニズムと巨視的力学特性との相関関係を体系的に明らかにした。さらに、このような界面特性の変化による実際の損傷進展や破壊メカニズムを定量的に把握するために、弾性理諭に基づいて、短繊維端近傍の応力場の近似的解析を試みた。

 このような研究は、基礎的な複合材料の最適製造法の研究にフィードバックされ得るばかりでなく、一般のマクロな破壊プロセス・メカニズム解明の研究などに有力な情報となり、その工学的意義は大きいものと考えられる。

 本論文で得られた結果をまとめると以下の通りである。

 第2章では、繊維/マトリックス樹脂界面の微視力学的挙動を明らかにするために、繊維表面処理が異なるガラス繊維とナイロン6マトリックス樹脂から成る単一繊維複合材料モデルについて行った実験的および理論的検討から次にような結果を得た。

 1)埋め込み単一繊維引張試験について、界面せん断応力伝達性と臨界繊維長さに及ぼす繊維表面処理および温度の効果を明らかにした。臨界繊維長さと界面せん断応力伝達性の相違は、繊維表面処理および温度による繊維/マトリックス樹脂界面やその近傍の微視力学的変化に起因すると言える。

 2)逐次的繊維破断過程の光学顕微鏡下の直接観察により、界面での応力伝達メカニズムの解析において最も重要な繊維/マトリックス樹脂界面での破壊様相を明らかにした。すなわち、比較的高い界面せん断応力伝達性を表すAとB材の場合は樹脂の塑性変形や樹脂破壊が生じるのに対し、界面せん断応力伝達性が一番低いD材では界面はく離が発生、伝播することがわかった。また、中間的な挙動のC材では樹脂破壊と界面せん断破壊が混在した様相を示した。

 3)繊維表面処理が異なる単一繊維引抜き試験から、複合材料性能を制御する最も重要なパラメータである繊維とマトリックス樹脂間の最大せん断応力を求めた。また、界面せん断弾性係数G1と界面厚さb1に関する情報は界面領域の微視力学的モデリングに有効であると言える。

 4)繊維破断点近傍の応力場解析により破壊進展挙動の相違、すなわち、界面せん断強度が高いA材の場合はマトリックス樹脂の塑性変形や樹脂破壊が発生すること、一方、界面せん断強度が比較的低いD材では界面はく離か生じることなどの定量的予測が可能になった。

 第3章では、ランダム配向ガラス短繊維強化ナイロン6熱可塑性樹脂複合材料について、引張負荷下き裂先端近傍における微視的な変形・損傷・破壊プロセスを超音波顕微鏡(SAM)及び走査電子顕微鏡(SEM)観察により明らかにした。とくに、異なる繊維表面処理が変形・損傷・破壊プロセスに与える効果を明らかにすることにより、破壊メカニズムの相違を明らかにした。また、これら微視的力学特性を巨視的力学特性である引張強度、静的面内破壊靭性や落錘衝撃破壊特性と関連づけて検討し、次のような結果を得た。

 1)複合材料の応力-歪挙動は繊維/マトリックス樹脂界面の応力伝達性に相当に依存する。温度上昇に伴う複合材料の強度や弾性率の低下はマトリックス樹脂の温度依存性にかなり影響される。負荷速度の変化による影響は温度に比べればあまり大きくない。

 2)デュポン式落下衝撃試験により求めた、試験板引張り側の表面にき裂が生じる、50%破壊衝撃エネルギーE50はD<C<Bの順である。

 3)計装化落錘衝撃試験より得られた動的荷重一時間線図によれば、第1ピーク時の荷重値P1(対応する吸収エネルギーE1)はD<C<Bのであった。この第1ピーク荷重が生じる原因は、上述のE50値と同様、引張り側の表面き裂発生に伴うものと考えられるが、B、C、D各材料のE1の比がE50の比と異なるのは、主として両試験機において与えた衝撃エネルギーの違いに伴う破壊プロセスの相違によると思われる。

 4)D材は界面強度が低くすぎて衝撃エネルギーに吸収はかなり低いのに対し、B材は衝撃荷重が一番高いことから、界面強度が最も高く、衝撃吸収エネルギーも大きく、耐衝撃性が最も優れていることになる。

 5)上記衝撃負荷時のき裂発生、進展特性に対応するべく、静的面内き裂発生、進展特性を、コンパクトテンション型試験片を用いて調べた。荷重P-荷重線変位線図の非線形性も考慮して、J積分概念を適用した。

 6)ある一定変位においてのJ値はD<C<Bの順であり、前述の衝撃破壊特性との密接な関係が示唆される。さらに、安定き裂成長時のJ値(Jc、累積AEエネルー急増点(c)におけるJ値と定義)の傾向は上述のE50、P1の傾向とよく一致していることから、一方の結果からもう一方の結果が推定できる可能性が示唆される。

 7)破面の微視観察によれば、A材は、引抜き長さがかなり短く(平均30m)、引き抜き後のマトリックス樹脂の穴と周辺の樹脂がかなり変形した様子がわかる。これは繊維とマトリックス樹脂間の良い接着により繊維が引き抜かれるとき、マトリックス樹脂に相当に大きい変形が与えられたと考えられる。また、引き抜かれた繊維表面にはマトリックス樹脂の薄い膜がかなり残されている。これに対して繊維とマトリックス樹脂間の界面強度が低いD材の場合は、界面での剥離が生じやすく、き裂は分岐しやすい。引き抜かれた繊維の長さが比較的長く(平均100m)、繊維表面に樹脂はほとんど残っていない。また、引抜き後の穴も明らかであり、その周辺のマトリックス樹脂表面も比較的なめらかな形態を示す。これはマトリックス樹脂が繊維の引き抜きにほとんど拘束の役割を果たさなかったことを示す。高温においてのA材とD材の代表的な破面様相においては、室温の場合と比べると両者いずれもマトリックス樹脂がかなり変形したことが認められる。一方、引き抜かれた繊維表面には依然として樹脂の残滓が多く残っていることから80℃の高温でも繊維/マトリックス樹脂界面接着が十分に保持されることがわかる。したがって、この材料の力学的特性の低下はマトリックス樹脂の劣化に起因するといえる。

 8)き裂先端近傍における微視的な変形・損傷・破壊プロセスを超音波顕微鏡(SAM)及び走査電子顕微鏡(SEM)観察により、繊維/マトリックス樹脂間の界面せん断強度が高い場合は、繊維端で発生した微小き裂は繊維端周辺のマトリックス樹脂のせん断応力集中により繊維側面に沿うマトリックス樹脂のせん断破壊を生じ、さらに進展し、マトリックス樹脂内の局部的な塑性流動の拡大、伝播につながって最終的破壊に至る。したがって、マトリックス樹脂の塑性変形が支配的な様相を示し、これがエネルギー散逸メカニズムを制御する最も重要なパラメータである。これに対して、界面せん断強度が比較的低い場合は顕著な繊維/マトリックス樹脂界面はぐ離、それに伴い繊維の引抜きによる破壊様相が複合材料全体の破壊を支配し、界面破壊による繊維引抜きがエネルギー散逸メカニズムに重要な役割を演じる。

 第4章では、繊維、界面層、マトリックス樹脂で成っている3相円筒形複合材モデルに引張負荷および一定熱負荷が加えられている場合、繊維端での応力伝達を考慮して繊維端近傍の応力分布を弾性理論に基づいて近似的に解析し、次のような結果を得た。

 1)繊維表面処理は最適な複合材料の特性を得るために人工的に与えられる。このような繊維表面処理は複合材料の微視力学的破壊挙動を制御する重要なパラメータである。本解析はこのような繊維/マトリックス樹脂界面特性の変化による微視的破壊メカニズムの相違を、引張負荷および一定熱負荷が加えられた短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の応力場に関する解析学的検討により定量的に検討した。

 以上のように繊維強化熱可塑性樹脂複合材料のマイクロフラクチャメカニクスの実験的および理論的検討を行い、材料製造条件と直接結びづく繊維、マトリックス樹脂及び繊維/マトリックス樹脂界面などの構成要素が微視的破壊プロセスに与える基本的な役割を理解し、繊維と樹脂間の相互作用を含む微視的破壊メカニズムと巨視的力学特性との相関関係を明らかにした。このような研究は、基礎的な複合材料の最適製造法の研究にフィードバックされ得るばかりでなく、一般のマクロな破壊プロセス・メカニズム解明の研究などに有力な情報、すなわち、先進複合材料の開発においての最適な材料設計及び構造設計面においての巨視的力学特性の向上と密接につながり、その工学的意義は大きいものと考えられる。

審査要旨

 工学修士宋東烈提出の論文は「短繊維強化プラスチック複合材料の破壊の微視的機構に関する研究」と題し、5章よりなる。短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料は構造用材料として多方面で応用されつつあるが、材料製造条件と密接に結びついた強度や破壊の問題が重要な研究課題として残されている。材料製造条件や構成材料の特性データに基づいた効率的な複合材料の応用のためには、巨視的力学特性や破壊様相を支配する繊維とマトリックス樹脂間の相互作用を含む微視力学的変形・破壊プロセスや破壊メカニズムに関する的確な知識が不可欠であるが、実験上の制約などから従来研究が限られてきた。本論文は、短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の微視力学的変形・破壊を負荷下で観察する実験手法を確立するとともに、単一繊維複合材料モデル、および実用の射出成形短繊維強化複合材料の両方に適用し、微視力学的変形・破壊プロセスを明らかにするとともに、観察結果をもとに理論的検討を行い、破壊の微視的機構を解明している。

 第1章は「序論」で、本研究の背景、従来までの短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の研究動向を総括、検討し、問題点を明らかにするとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章「単一繊維複合材料の繊維/マトリックス樹脂界面の微視力学的検討」では、異なる繊維表面処理を施した一本のガラス繊維を埋め込んだ単一繊維複合材料モデルについて、繊維/樹脂界面の力学的特性および界面での応力伝達や破壊メカニズムを結びつけることにより、界面の微視力学的挙動を定量的に評価している。第一に、単一繊維複合材料引張り試験を行い、界面せん断応力伝達性と臨界繊維長さに及ぼす繊維表面処理および温度の効果を明らかにしている。また、逐次的繊維破断過程の光学顕微鏡下の直接観察により、界面での応力伝達メカニズムの解析において最も重要な繊維/樹脂界面での破壊様相を明らかにしている。第二に、単一繊維引抜き試験から、複合材料性能を制御する繊維と樹脂間の界面せん断強度を求めるとともに、界面領域の微視力学的パラメータの検討を行っている。第三に、繊維破断点近傍の応力場の有限要素解析により、異なる繊維表面処理に伴う破壊進展挙動の相違を定量的に解明している。

 第3章「ランダム配向短繊維強化複合材料の巨視的力学特性と破壊挙動」では、前章の単一繊維複合材料の結果をもとに、同様の異なる繊維表面処理を施した実用の射出成形ランダム配向短繊維強化複合材料について、巨視的力学特性である引張り強度特性、静的面内破壊靭性や落錘衝撃破壊特性を求めるとともに、走査型超音波顕微鏡および走査型電子顕微鏡両者を用い、負荷過程中のその場観察により微視的な変形・損傷・破壊プロセスの詳細な検討を行って、繊維と樹脂間の相互作用を含む微視的破壊メカニズムと巨視的力学特性との相関関係を体系的に明らかにしている。繊維/樹脂間の界面せん断強度が高い場合は、繊維端で発生した微小き裂は繊維端周辺のせん断応力集中により繊維側面に沿う樹脂のせん断破壊を生じ、さらに樹脂内の局部的な塑性流動の拡大、伝播につながって最終的破壊に至る。したがって、樹脂の塑性変形が支配的な様相を示し、これがエネルギー散逸メカニズムを制御する最も重要なパラメータである。これに対して、界面せん断強度が比較的低い場合は、顕著な繊維/樹脂界面はく離、それに伴う繊維の引抜きによる破壊様相が複合材料全体の破壊を支配することを示している。

 第4章「短繊維強化複合材料の応力場解析と破壊メカニズム」では、界面特性の変化による実際の損傷進展や破壊メカニズムの相違を定量的に把握するために、短繊維端近傍の応力場の近似解析を行っている。繊維、界面層、樹脂からなる3相円筒形複合材モデルに引張り負荷および一定熱負荷が加えられる場合、繊維端での応力伝達を考慮して繊維端近傍の応力分布を弾性論に基づいて近似的に解析し、実験で求めた繊維/樹脂界面特性の変化による微視的破壊メカニズムの相違を説明している。

 第5章は「結論」で、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は短繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の微視力学的変形・破壊を負荷下その場観察する実験手法を確立し、単一繊維複合材料モデル、および実用の射出成形短繊維強化複合材料の両方に適用し、微視力学的変形・破壊プロセスを実験的に明らかにするとともに、観察結果をもとにした理論的検討を行い、破壊の微視的機構を解明したものである。本論文で得られた研究成果は、基礎的な複合材料の最適製造法の研究にフィードバックされ得るばかりでなく、一般の巨視的な破壊プロセス・メカニズム解明の研究などにも有力な情報を与えるものであり、複合材料工学、構造材料工学上寄与することが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54428